第四十五話 クエスト
「…………頼みたいことがある」
唐突に発せられた一言に服の裾を握られているユキは戸惑いの表情を浮かべた。何事かと振り返っていたシロとフィーリアもファングの言葉に疑問顔をする。
「えっと、その、少しいいですか?」
ユキは一言断りを入れて服を開放してもらう。そして、小走りにシロとフィーリアのほうへ駆け寄った。
「どうするシロ君?」
「どうするって言われてもなぁ……」
小声でシロの意見を聞くユキ。フィーリアもシロに顔を向けて話を見守る。
シロとしては、このままファングと一緒にいるのは好ましくない。だからと言って、特に理由もなくファングの頼みを無下にするのも人としてどうかと思う。
「……とりあえず、内容だけでも訊くか」
「そうだね。すぐに終わるものならそれでいいし」
方針が決まったところでユキは顔を上げ、ファングと向き合った。
「ファングさん、とりあえずお話だけ聞かせてくれませんか?」
「…………分かった」
ユキがそう言うとファングは言葉とともに頷いた。人が言ったことに対して間が空く癖は相変わらずだなぁ、とどこか懐かしくなるシロ。そんなシロを他所にファングは話の内容を教え始めた。
「……あるクエストを一緒に受けてほしい」
☆☆☆☆☆☆
「ここがそうですかぁ」
シロたちは《オルス山脈》の麓に位置するとある村を訪れていた。
村の入口を見て、ユキは小さく呟く。村は一見すると小さな町のように見えた。石造りの家と放牧されている牛たちが辺りをうろつかせている。
「……こっちだ」
村の入口で立ち止まっているユキたちを先頭を歩くファングが先を促す。村をキョロキョロとしていたシロたちは先を行くファングの後ろをついて行った。
(とりあえず事情を知るために来たのはいいが、こんなところに村なんてあったか?)
歩きながら村を見渡すシロは密かな疑問を浮かべていた。シロが知る限り、この《オルス山脈》にはこんな村などなかったはず。然れば、シルバーが消えた後から発見されたといることだろう。
先頭を行くファングの背中をシロは見つめる。かつてのギルメンの彼がシロたちに頼んだのは『あるクエストを一緒に受けてほしい』という内容であった。その内容から察するにパーティでないと受けられないクエストであるのは間違いないはず。しかし、ならシロたちでなくても他に頼れる人くらいいたはずだ。
例えば、元ギルメンのレオンやミルフィーなどシロたちよりも腕が立つ知り合いがいるのに。ファングの行動に疑問を抱いているとシロの隣のユキが代わりに訊いてくれた。
「あの、ファングさん。何で私たちだったんですか?」
「…………?」
「私たちの他に頼める人がいるんじゃないですか? 例えばギルドのメンバーとか、友達とか」
シロのほうをチラッと見ながらユキは質問を口にする。同じギルドのメンバーだったシロを目の前にしてもいい質問だったのか分からなかったが彼は特に気にしてないようだったので続ける。
「ファングさんって、元【六芒星】の方、ですよね? だったら、その人達に頼ることだって出来たじゃないですか?」
シロが訊きたかったことと一言一句違わないユキの問いにファングは重々しく口を開いた。
「……あいつらは、自分らのギルドで忙しいから無理だ」
「じゃあ、自分のギルドは?」
「……オレはギルドに所属してない」
「そう、ですか。なら、私たちの他にいくらでもパーティはいたんじゃないですか?」
「…………」
ユキのさらなる問いかけにファングは再び沈黙を作る。その様子を見て、シロは大体の事情を把握した。それは、彼の性格で判断が出来た。
昔から寡黙で物静かな彼は実は、根っからの人見知りなのである。
慣れれば会話するのに問題ないが、いざ知らない人と会話するとなると鋭い目がさらに尖ってしまい人が怯えてしまう。さらに、そこで口下手が発生するものだから余計人が近づきづらい空気になってしまうのだ。恐らく、これまでも色んなパーティに話をしよとしたのだろうが口下手な彼には難しくすぐにログアウトしてしまったのだろう。
それが噂の正体、その結論に達したシロはいささか拍子抜けして肩から力が抜ける。いなくなって三年も経過しているのに変わらない元ギルドメンバーに呆れとともに安堵してしまう。
彼の状況を一通り把握したシロはいつの間にか立ち止まっているファングに気が付いた。どうやら目的地に到着したようだ。ファングの後ろから前を見ると村の中心に一人の少女が立っていた。
両手を組み、まるで祈りを捧げているような姿勢のまま目の前に現れたシロたちに気づくと目を見開かせた。そして、組んでいた両手を降ろしその場から駆け出した。勢いよくシロたちの前に駆け寄る少女の顔がよく見るとその瞳から一粒の涙を出している。何事か、とシロたちの疑問を答えるように少女は喋り出す。
「すみません! 開拓者様方ですよね、どうか私のお話を聞いてくれませんか?」
歳は多分、十歳くらいだろうか。一目で村娘と分かる恰好の少女は懇願するように言った。少女の登場に戸惑いの顔をするユキとフィーリア。が、シロは少女の行動を見てこれがファングの言うクエストだと瞬時に理解した。となると、彼女はNPCということになる。ファングは少女と目線を合わせるように腰を折る。
「……話を聞こう」
おそらくこれが初めてではないだろうがシロたちにクエストの詳細を教えるため敢えて少女に続きを促した。
「ありがとうございます。実は開拓者様方に一つお願いがございます」
開拓者とは、NPCがプレイヤーを指す言葉である。BGOの設定として、プレイヤーは新たな土地を目指してフィールドを駆け回ることからNPCがそう呼ぶようにしてある。あと単純にプレイヤーとNPCの見分けをつきやすくするためにしているらしい。
少女は深く頭を下げると話始めた。
「私のお姉ちゃんを救ってくれませんか!」
そこから少女は長々と話しを始めたが要約すると少女__エマの姉であるエイミーがあるモンスターに攫われたようである。エイミーは近々、村の青年と結婚を控えていたらしく攫われた直後、村の男たちで救出作戦が実行されたが結果は返り討ちにあったと言う。
「その時、結婚相手の男性も怪我をしたと……」
「何だか可哀そう」
話が進むにつれてユキとフィーリアもエマに対して同情的な目になっていた。
「それで? その攫ったモンスターって言うのは?」
「……鬼です」
「鬼? 鬼ってあの鬼?」
「そうです。真っ赤な皮膚に二つの角、巨漢な体に肩に金棒を担いでいた鬼です」
「その鬼がなんで君のお姉さんを攫ったんだ?」
「それは……」
言いづらいのだろうか、エマは一瞬口曇るが再び口を開いた。
「お姉ちゃんのことが好きになったみたいなんです」
「……ほう」
話によると鬼は突如村にやってきて、村から金品を奪った挙句エマの姉であるエイミーに一目惚れしたらしい。それで『ガハハハッ、こいつは俺様の嫁にしてやる!』と大声を上げながら《オルス山脈》へと帰ったと言う。
「ひどい」
「ひどいですね」
鬼の行為に女子二人はカンカンになる。シロはシロで話に興味がないのか、エマが涙ながらに説明する様を見て「良く出来てるなぁ」とNPCの完成度の高さに改めて感嘆していた。
「お願いです開拓者様、お姉ちゃんを救ってください! お礼はちゃんとしますので!」
そう言ってまた深く頭を下げるエマ。その様子を見て、ユキとフィーリアはすでに臨戦態勢になっていた。とりあえず、まだ杖を出すのは早いから収めなさい。
「……ということ」
ファングは説明が終わると静かにそう呟いた。確かに状況は分かった、このクエストがパーティでの参加を推奨しているためファングはシロたちとパーティを組みたいということだろう。しかし、シロにはまだ疑問があった。
「何故、ファング……さんはこのクエストにこだわるんですか?」
一瞬、呼び捨てで呼びそうになり慌ててさん付けをする。シロの疑問にファングは例のごとくゆっくりと答えた。
「……女の子が泣いていたら助けるのが男の役目。って知り合いが言っていたからだ」
「…………」
果たしてその知り合いというのがどこの誰なのか、シロは訊くことはしなかった。シロは目の前で涙ながらみ見つめる少女を見る。
所詮、この世界はゲーム。そして目の前にいる少女はNPC。感情も浮かべている涙もプログラミングされたものだ。しかし、今目の前にいる少女の涙を見て思わない所がないかと言われればないとは言い切れない。結構、迷う場面である。
シロはユキとフィーリアを呼び、ファングから少し距離をとる。
「どうする?」
「私は受けたい。ファングさんには助けてくれたお礼もしたいし」
「私も、エマちゃんのお姉さんを助けたいです」
シロが二人に意見を求めると肯定的な意見が返って来た。考えをするように宙を見る。
このクエストをする必要はシロにはない。ファングが求めているのはパーティでのクエスト参加。そこにシロがいる必要もないのだ。ファングといると色々と面倒なことになることは間違いないだろう。それに《神様》が関わっていない時点でシロがこの場にいる理由もない。考えれば考えるほどメリットよりデメリットのほうが大きいことは判断出来た。
だが、それとは裏腹にシロは真逆な考えが脳裏によぎっていた。
灰色の髪を揺らし拳を構えるファング。そして、背中合わせて剣を構える銀色の男。
懐かしく、温かな記憶がシロの胸にじんわりと染み込むように広がる。同時に、心中に既にシミとなっている罪悪感。
気づけばシロは口を開いていた。
「よしっ、んじゃ決まりだ」
「えっ!? いいのシロ君」
「まぁ、しゃーないだろ。俺が抜けてお前が変なことを口に出す心配もあるしな」
「むぅ~、そんなに私のこと信用ないの?」
「うん」
「即答!?」
シロとユキのやり取りを見てフィーリアは首を傾げる。彼らの事情を知らない側からしてみればよくわからないやり取りなのだろう。シロはジト目で睨むユキを横にファングと再び向き合う。
「事情は分かりました。俺たちでよかったら協力しますよ」
「……助かる」
猫かぶりの愛想笑いをしながらシロは参加を表明する。その顔になんの疑いを持たないファングはぼそり、と呟いた。シロはメニューを開いて操作するとファングの目の前に文字が現れた。
『シロからパーティ申請が来ました受諾しますか? YES/NO』
シロたちの組んでいるパーティへの参加を促す文が並べられていた。シロは最後の確認のようにユキとフィーリアを見る。二人はシロの視線に真っすぐと返し来た。自身ももう一度心の中で問う。しかし、それは無用な問いであった。
ファングはYESの文字をタッチするとシロたちのパーティへの参加を受諾した。
『ファングがパーティへ参加しました』
シロの目の前に確認する文が現れる。そして、ファングはエマのほうへ体を向けた。
「……お前の頼み、引き受けた」
ファングがそう言うとエマは顔をあげた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そう言って何度も何度も頭を下げ、感謝するエマの目からはいくつもの綺麗な水滴が漏れていた。ファングの目の前に文字が出てくる。
『クエスト【花嫁の奪還】を受けますか? YES/NO』
文字が出てくるとなんの迷いもなくファングはYESをタッチした。
かくして、元【六芒星】にして現在BGOトップソロプレイヤーのファングが誰かとパーティを組んだのは約三年ぶりのことであった。




