第四十三話 噂
和樹たちが動画を発見した日の夜。カフェのバイトと家事と勉強をすべて滞りなく終わらせた和樹はいつものようにBGOへとログインした。
目を開けると変わらない街の風景が広がり、活気に包まれていた。シロは集合場所である酒場へと直行しようと足を動かす。だが、街を歩いているとなぜかやたらと視線を感じる。目線だけ動かして周りの人間を観察すると、皆シロの顔を見るなり興味深そうにジロジロと見ていた。
(あの動画のせいか)
思い当たる理由があるとしたらそれしかない。数多くのプレイヤーたちを苦しめたアサシンフロッグを無名のプレイヤーが倒したという事実が多くのプレイヤーの興味を引いたのだろう。
(絡まれると面倒だな)
面倒なことに巻き込まれるのを防ぐためシロは出来るだけ周りと目を合わせまいと視線を下げ早足で酒場へと向かう。出来れば全速力で走り出したいところだがそれだと余計目立つので却下だ。とにかく急いでホックの酒場へと足を進める。
「おい、お前」
(というか、俺はともかくユキやフィーリアは大丈夫か? 変な奴に絡まれてなければいいけど)
「おいって、聞こえてるのか!」
(こんなところで決闘なんて申し込まれればいい見世物だ。出来るだけ目立たず、そして穏便に行動しなければ……)
「おい! いい加減無視するなよ!!」
考えにふけっていたシロの肩に衝撃が走る。いきなり肩を掴まれたシロは顔を後ろに向けた。
そこには一人の男がどうしてか怒った表情をして立っていた。ギロリ、こちらを睨んでいる。
相手の表情からしてどうにも面倒くさそうであったがここで揉め事を起こしてもあれなので応対する。
「……あの、何か御用ですか?」
「何か? じゃねぇよ! お前、さっきから人が話しかけてるのに無視してんじゃなぇよ!!」
「あれ? それはすみません、ちょっと考え事してました。で、ご用件は?」
どうやら彼は前から自分に声を掛けていたらしい。それは悪いことをしてしまった。と、素直に謝罪を述べるシロ。
さて、謝罪も済んだところで丁寧な口調で相手の用件を伺う。それを聞いて男は不敵に顔をニヤつかせた。
「お前、今から俺と決闘しろ!!」
男は声高々にそう告げる。だが、シロは顔をにこやかにしながらも心でため息を吐いていた。
「嫌です」
「は?」
「お断りします。では、俺はこれから用があるので……」
「いや、待てよっ!? 何勝手に断ってんだよ!」
「えぇ……? だって受けるか受けないかは俺の判断ですし」
「いや、だからってここで普通断らないだろ! いいから決闘しろ!」
まるで駄々っ子のように意味の分からない言い分をする男。ほら、見たことか予想通り面倒くさいことになった。シロは自身の不運に泣きたくなりそうなのを我慢して、どうこの場を切り抜けようかと考える。
しかし、男はそんな彼を他所にメニューを操作する。すると、シロの目の前に文字が現れた。
『ケイがシロに決闘を申し込みました。受理しますか? YES/NO』
シロは文字を見てからケイと言う男を見る。ケイは仁王立ちで腕を組みながらシロの反応を待っていた。さっさと押せと言っているように感じる。
それを見て、シロは今度こそ口からため息を漏らした。そして、出て来た文字をタッチする。
『NO』
「なっ!? 何で断ってんだよ!」
「いや、だから俺これから用事があるって言ってるでしょ。いい加減諦めてください」
「んだとこらぁ! テメェ、さっきから黙って聞いてりゃ舐めた口しやがって。俺はあの【猛者の巣窟】に所属してんだぞ!」
【猛者の巣窟】の名前を聞いてシロは眉をピクリ、と動かした。
【猛者の巣窟】。
元【六芒星】のレオンがギルマスをしているギルド。ギルマス自らギルメンを選び、気に入った者しか入れない実力主義のギルドである。ゆえに構成人数は多くはないがギルド全体の戦力としてはBGO最強と言われている。目の前の男もレオンのギルドに入っている実力者のようだ。
だが、そんなことはシロには関係ない。ぎゃあぎゃあうるさいケイをシロは迷惑そうな目で眺める。
(さて、どうするか……)
シロは本格的にケイの対処に悩み始めた頃、ドスの効いた声が後ろから放たれた。
「おいケイ、お前こんなところで何してやがる?」
その声が聞こえた瞬間、ケイの顔が強張り背筋がビシッと伸びた。気のせいか顔色が悪い。
対してシロもドキリ、と鼓動が若干早くなったのを感じた。背後から聞こえるドスの効いた低い声。決して怒っている訳でもないのに、相手をビビらせる効果を持つ声はシロが昔よく聞いていた声だった。
ゆっくりとシロは背後を振り返る。
「レオン、そんな怖い顔していたら他の人が逃げるぞ」
「これが俺の普通の顔なんだから仕方ないだろ」
真っ赤な鎧に強面の顔、髪の毛は自身の存在を主張するのに持って来いの赤い髪。そこにいたのは、現在BGO最強と名高く言われ、かつての仲間であるレオンの姿があった。
☆☆☆☆☆☆
意外な人物の登場にケイやシロだけでなく、周りにいた他のプレイヤーたちもざわついていた。そんな声を全く気にしない様子のレオンはケイに話しかける。
「お前、一体こんなところで何してやがる。今日はこれから未開拓エリアの探索に行くって言っていただろうが」
「す、すみませんボス!!」
レオンがまるで教師が生徒に注意するかのようにそう言うとケイは上半身を90度に曲げて頭を下げた。その行動にシロは驚きと呆れを感じる。
(完全にビビられているな、これは……)
昔から顔のせいか本人が何気なく言った言葉に相手に過剰に受け取られてしまうことが多かったことを思い出す。
思わず笑いそうになる口元を何とか抑えて、シロは平静を装った。ここで笑うと不審がられる。
「それで? そこの彼は一体どういう知り合い?」
レオンの隣、同じような赤い鎧を身に纏っている爽やか系な好青年、シンがシロを見ながらケイに尋ねた。その質問にケイはさらに顔を強張らせる。
「いや、その、そいつは……」
「道に迷ったんでこの人に聞いていたんですよ」
しどろもどろな態度のケイに割って入って来たシロ。苦しい言い訳だったと思うが何やらこの場にいると面倒なことに巻き込れるという確信がひしひしと感じたため早々の撤退を決めた。決してケイを助けた訳ではない。
「ふ~ん、君、掲示板に載ってた子だよね? 名前は?」
まるで品定めするかのような目つきでシンがシロに訊ねた。どうやら、彼もあの動画について知っているらしい。若干、シンの目つきに不快感を覚えたが気にすることなくシロは自分の名前を答えた。
「……シロです。あの俺、このあと人と会う約束してるのでいいですか?」
「あぁ、ごめんね。何だか引き留めてるようで、道はもういいの?」
「はい、思い出しましたから」
早々に話を切り上げようとするシロ。だが、それを許さない人間がいた。
「ちょっと待て」
早足でその場から離れようとするシロをレオンが呼び止めた。シロは内心冷や汗をかきながら振り返る。振り返った先には自分の顔をジー、と堀の深い顔が見つめてくる。
「お前、どっかで会ったことあるか?」
一瞬、心臓が止まるかと思った。が、動揺を顔には出さず、冷静を心掛ける。
「いえ、初対面ですが?」
「……そうか」
シロの答えにどこか違和感を感じながらもレオンはその場は引いた。
シロはすぐに会釈すると再び歩き出した。背中に鋭い視線を終始感じながら…。
「レオン、あの子と知り合いなのか?」
「いや、どっかで会ったことあると思うんだけどな。思い過ごしか?」
後ろのほうで行われる会話を拾いながらシロはそそくさとレオンたちから離れて行くのであった。
☆☆☆☆☆☆
その後、シロは何人かに絡まれながらもそれらをかわし、逃げ込むような形でホックの酒場に入った。
「はぁ、あぁもう、疲れた……」
「よっ、有名人。その様子じゃ、モテモテだったようだな」
シロが入るのを見てホックがからかうような声を出す。どうやら、ホックもあの掲示板のことを知っているらしい。ホックの言葉にシロはため息で返した。
「別に嬉しくないですよ。それより、あいつら来てますか?」
「おう、奥の席にいるぜ。いつものでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
シロはホックに会釈すると言われた通り、奥のボックス席に近づいた。シロが席に近づくと先に来ていたユキとフィーリアがそれぞれ挨拶をしてきた。
「あ、シロ君、ヤッホー」
「こんばんわ」
「……よう」
いつもと何ら変わらない二人にシロは安堵した。フィーリアの隣に座りながらシロは二人に訊いた。
「二人は絡まれなかったのか?」
「あ、来る途中でギルドやパーティに誘われたよ。断ったけど」
「フィーリアは?」
「私は特に何も…」
動画は主にシロばかりを映していたのを思い出す。ユキも所々、映っていたためやはりか絡まれたようだ。しかし、コミュ力が高いユキは相手を不快にさせず断れるので問題がなかったのだろ。フィーリアは、実際あの動画には映っていなかったので絡まれること自体がなかったようだ。
それもそれでおかしい話ではあるがあの《神様》が撮影したと言われれば自然と納得がいく。ほんと、どういう意図であんなものを流したんだか。
二人が問題ないのを確認できたシロは今日の予定を決めようと口を開いた。
「それじゃ、今日は本格的にあいつを探すことにする」
「は~い」
「……あいつ?」
「あぁ、フィーリアは知らないんだったな。ま、ちょっと人探しをしてるんだ」
と、シロは軽く《神様》について説明をする。だいぶ歪曲させているがフィーリアがシロの説明を何の疑いなく聞き入っているので問題なかった。その際に、普通に話を捻じ曲げられる口のうまさにユキがポカン、としていたがフィーリアに説明していたシロの視界に入ることはなかった。
「へぇ、人探しですか……」
「というか、フィーリアが俺らの人探しに付き合う必要ないんだぞ?」
なんとなく今も一緒にいるフィーリアであるがイベントが終わった辺りから学校に慣れてきている様子なのでこのゲームをやる必要もないはずだ。
「いや! 私も協力します!!」
シロの言葉に過剰に反応するフィーリア。顔を近づけて息巻くその様子にシロは自然と顔を離した。ま、まぁ、本人がこれほどまでにやる気を出していると強引に突き放すわけにもいかない。思わぬところで《神様》探しに仲間が一人増えてしまったようだ。
フィーリアがシロたちに協力することを表明した時、ちょうどホックがシロの飲み物を持ってきた。そこで、シロはさっそく情報収集を始める。
「ホックさん、最近、変わった噂とかってありますか?」
「変わった噂? そうだなぁ……あ」
シロが尋ねるとホックは一瞬、考えるような表情を見せると何かを思い出したような顔をした。その表情を見てユキが間髪入れずに訊く。
「何かあるんですか?」
「あぁ、なんか最近《オルス山脈》に正体不明の黒ずくめ姿のプレイヤーがよく目撃されているらしい」
「黒ずくめですか」
「あぁ、ロックゴーレムに襲われそうになったパーティがそいつに助けられたようだが、お礼を言っても無言で何か訊いても黙っているだけだったらしい」
「へぇ、何かのクエストとかって線はないですか?」
「いや、すぐにログアウトしていったって話だったかられっきとしたプレイヤーだろう。それにあの辺りじゃ、他のクエストが発生しているらしいからないと思うぞ」
そこまで話すとホックは他の客に呼ばれたらしくシロたちから離れて行った。シロは先ほど聞いた話を吟味する。
「黒ずくめで正体不明のプレイヤーか、明らかに怪しいな」
「そうだね。それに黒ずくめのプレイヤーと言ったら……」
シロとユキの脳裏に浮かぶのは木の影から出て来た《神様》の姿。あの時も顔が隠れていて、どんな人物だったのか分からなかった。今回の話とよく似ている。シロとユキは顔を見合わせるとお互いの意見が一致しているのが理解出来た。
「決まりだね」
「あぁ、行ってみるか《オルス山脈》へ」
すぐに今日の活動方針が決まったシロたちはホックにお礼を述べながら店を出た。




