第三十一話 三倉芳
街に戻ったシロたち三人はそのまま解散となったがシロだけはまだログアウトせずに裏通りにあるジョウの店にいた。借りた装備を返すためである。
「ありがとうございました。おかげで間に合いました」
「おう、そうかい。で? 何があったんだ?」
「あぁ、なんてことないですよ。ただ、モンスターに囲まれたからヘルプを呼んだだけでしたよ」
「……そうか」
ジョウの質問にシロは【デビルズパレード】のことを隠した。ジョウにはまだ初めて一ヶ月程度のプレイヤーと教えているからだ。そんな新参者が有名PKギルドを返り討ちにしたなんて言ったら変な噂が広まる恐れがある。なのでシロは悪いと思いながらもジョウに嘘の出来事を答えた。
シロはジョウとそんな会話をしながら借りた装備を解除してカウンターに置いた。しかし、ジョウはそれを片付けようとしない。
「どうかしましたか?」
「……お前これどうだった?」
目を細めておもむろに聞くジョウ。意図がよく分からずシロは首を傾げるが特に不利益になりそうになかったので正直に答える。
「普通に便利でしたよ。着心地もよかったですし」
「そうか、ならそれはやるよ」
「えぇ!?」
いきなりの発言にシロは驚愕した。これまでの会話の流れからしてもそんな要因が存在しないからだ。
「いいんですか? これ結構高そうなんですけど」
「値段なんか気にするな、タダだから」
「はあ!? 余計なんでですか?」
さらに無料で提供されることに驚くシロ。考えが読めない。
「なんだ、その、お得意様へのサービスみたいなものだ」
「…………」
「なんだその胡散臭そうな顔は?」
胡散臭い物を見るシロはジョウがそういうサービスをする人間なんかではないことは既に知っているのだ。なのにジョウはここ最近、機嫌がよいようで何だか逆に怖かった。
だが、このアサシンメイムは素材は軽く、AGIにも補正がかかっているから動きやすくてシロは気に入っていた。
「……そういうことなら、ありがたく受け取っておきますよ」
「おう、しっかりと宣伝してくれよ」
どうやらジョウは装備の先行投資のためにシロに装備を提供したみたいだ。それを聞いてシロは一人納得する。
「さて、じゃあ、俺はこれで落ちますので」
「あれ? もう落ちるのか」
「もうって、夕食とか色々とあるでしょ」
「いや、てっきり徹夜でインしているもんだと思ったが……」
「……俺はそんな廃人ではないですよ」
意外なものを見る目でシロを見るジョウに自分がどんな風に見えるのか訊きたくなったが今回はやめておいた。確かに昔はそれくらいの勢いだったが…ってバレてるのか? いや、ジョウの様子からそんな感じは見受けられない。
「んじゃ、俺はこれで……」
ありがたく服を装備し直してシロは店を出ようとした。
『~~♪♪』
だが、扉に手をかけたシロの耳にある歌が流れ込んだ。軽快でポップな歌に何故かシロは足を止めていた。
「これは?」
「ん? どうした、この曲知ってるのか?」
「いえ、けどこの歌声どっかで聞いたことがあるような…」
「これ今結構有名な歌らしいぜ。詳しくはよく分らんが今やっているアニメの主題歌みたいだぞ」
「へぇ~……」
ジョウの説明を受けながらシロは生返事を返した。どこかで聞いたことがあるこの声を懸命に思い出そうとしていた。
「どっかで聞いたと思うけどな」
「そんなものその辺で流れているを聞いただけじゃないのか?」
「……そうかもしれませんけど」
ジョウの言う通り、どこかで流されているのを聞いただけかもしれない。しかし、それでシロは釈然としなかった。
「ちなみに歌っている人って分かりますか?」
何気なくシロはジョウに尋ねた。シロの質問にジョウは「ちょっと待て」と言ってメニューを開いた。そして、数秒操作すると口を開いた。
「っと、あ、これだ。何々、三倉 芳だとよ」
「へぇ……」
画面を見せてもらうがシロは思案顔を浮かべている。知らない名前だったからだ。問題が解決せず、心の中にモヤモヤしたものを抱いたままシロはジョウにお礼を言って店を出た。
☆☆☆☆☆☆
その日の夜、和樹はパソコンを操作していた。パソコンの画面はある情報掲載サイトを映している。そのサイトを見ながら和樹は考えに浸っていた。
和樹が調べているのはジョウの店で聞いた三倉芳だった。何故、三倉芳のことを調べているのかと言われれば何となくとしか言えない。だが、和樹の中にあるモヤモヤを取り払うには彼女の事を調べないといけないような気がした。そうしてパソコンで調べた結果色々なことが分かった。
三倉芳。今、人気急上昇中の女性声優。二年前、14歳の時にとある声優事務所のオーディションに優勝し業界入り。約一年の下積み時代を経て、あるアニメでヒロインに抜擢、そのアニメが爆発的ヒットをしたことで彼女の知名度は上がりアニメファンの間で人気になっていった。その後、何本ものレギュラーを持ち、さらに歌まで出すようにと成功への道を突き進んでいた。
しかし、今年に入ってアニメの出演本数が激減。ファンたちがその声を聞く機会がなくなりつつあった。
ここまでが和樹が調べ上げた三倉芳の詳細である。ちなみに三倉芳が所属している事務所のホームページを覗いたがプロフィール欄に三倉芳の写真は掲載されていなかった。まだ学生ということもあっての配慮だろう。三倉芳の他にまだ学生の声優たちの顔写真も掲載されていなかった。
「……ふぅ」
椅子に背を預けて和樹は一息入れる。 色々と調べたからか目に疲れが溜まったようだ。しかし、これだけ情報を集めても和樹のモヤモヤが解消されることはなかった。
コーヒーでも飲もうと席を立ち、和樹は部屋から出た。
「父さん、今夜も遅いみたいだな」
テーブルに置かれている夕食を見ながら和樹は呟く。和樹の父は建設関係の仕事に就いており、帰宅時間は日によってバラバラである。
「ただいま~」
噂をすればなんとやら、玄関のほうから父の声が響いた。和樹はその声を聞いた途端、直ぐにテーブルに置いてある料理を温め直し始めた。
レンジに料理をセットし、キッチンにある味噌汁も温め直す。すると、リビングの扉が開かれた。
「ただいま、お、和樹起きていたか」
「おかえり、今ご飯温めているから着替えてくれば?」
「そうか、ならそうしようかな」
和樹の父、裕樹は和樹に言われるがまま自室へと消えた。味噌汁の鍋をかき混ぜること数分、頃合いを見て和樹は火を止め、器によそう。レンジも温めが終了した合図を出し、和樹は味噌汁をテーブルに運ぶのと同時にレンジから料理を取り出し、それをテーブルに配置した。最後に白米も準備して完了。
和樹が配膳を終了させるとほぼ同時に裕樹も着替えを済ませて部屋から出て来た。
「おっ、今日は魚か」
「スーパーで安売りしていたから」
「そうか、じゃ、いただきます」
裕樹は目の前に置かれているサバの味噌煮に箸をつける。一口大に切られたサバを口に運ぶ。
「うん、美味い! さすが我が息子」
「そりゃ、どうも」
四十代後半だというのに子供のような顔をする裕樹。コーヒーを淹れながら和樹は父の称賛を受け止める。父子家庭の白井家では料理、洗濯、掃除など家事全般は全て和樹が請け負っていた。裕樹もたまに家事を手伝ってくれるがそれでも和樹の方がスキルレベルが上である。
満足げに料理を堪能する父親に和樹は皿は水につけておくように言ってから自室へと戻ろうとした。が、途中裕樹がそれを止めた。
「あ、そうだ和樹」
「……何?」
「これ、職場の後輩に貰ったんだけどいるか?」
そう言って裕樹が差し出したのは謎の腕時計だった。デザインは見たことあるキャラクターが数字の奥に描かれており、人前で着けるのは勇気がいる品物である。
「……いらねぇ」
「そう言うなよ。お前こういうの好きだったろ」
「それは昔の話だ……って、昔も今もこういうのは別に好きじゃなかったわ!」
「そうか、なら父さん、明日からこれをつけて」
「やめろ! 父親が二次元女子の腕時計してるとか息子として恥ずかしいからマジやめて!!」
恐ろしいことを言う裕樹を和樹は全力で止める。四十代後半の男が可愛らしい女の子が描かれている腕と時計をしているなんて、思春期男子として恥ずかしすぎて死んでしまいたくなるだろう。
「でもな、せっかくもらったから使わなきゃ悪いだろ」
「いいよ!! じゃ、俺が貰っとくからいいよ!!」
和樹は半ばやけくそに裕樹から奪い取る。この父親は年の割に行動が若いから油断できない、それとは逆に容姿はダンディ系の顔立ちをしている、歩いているとそういう男性が好きな女性が皆振り返るほどだ。
時計を奪った和樹はそのまま部屋へと戻った。
「はぁ、本当どうしてあの父は精神年齢が低いのだろうか」
奪った腕時計を見ながら和樹は呟いた。子供の頃からの疑問はまだまだ解決出来そうになかった。
コーヒーを机に置いて、腕時計を観察する。
「これって、三倉芳が演じているキャラクターだよな」
時計に描かれている女の子は先ほどまで調べていた三倉芳が今演じている唯一のキャラクターであった。どんな因果なのか和樹はしばらく腕時計のボタンを適当にいじった。
『0時だよ、0時だよ』
「っと、音声付きかよ」
急に腕時計から声が発せられて一瞬驚く和樹。もう一度、同じボタンを押してみる。
『0時だよ、0時だよ』
すると、さっきと同じセリフが流れた。どうやら、アラーム機能を兼ね備えているようである。
(やっぱりどこかで聞いたことある気がするんだよな)
懸命に思い出そうとするが、もうひと押しが足りない。和樹は半ば諦めかけて再度同じボタンを押してみた。
『キャッ! もう、どこ見ているんですか!』
すると、今度は別のセリフが飛び出して来た。テンプレのような萌えセリフに和樹は別の意味で焦った。
が、同時に和樹はこのセリフの一部分に強烈な関心が湧いた。別に萌えに目覚めたわけではない。
和樹はもう一度、ボタンを押す。すると今度は、時刻を知らせるセリフが流れもう二、三回目にもう一度萌えセリフが流れた。セリフが流れ終わると和樹は頭の中のパーツがはまる音が鳴った。
「……まさか、いやでも」
はっきり言って確証はない。証拠もない、まだ何となくといった状態だ。だが、和樹はその考えが頭から離れなかった。
「三倉芳、か……」
これから更新が二、三日に一話となると思います。
どうぞご了承ください。




