第二十話 勧誘
「ちょっと来い」
和樹はノートに課題を写している雪の腕を取る。その顔は無表情であったが周りに黒いオーラを放っていた。
和樹はキョトン顔の雪に有無を言わせずに教室から連れ出す。連れ出されていく雪を桜香はどこか羨ましそうな眼差しで見ていた。和樹は階段に雪を連れてくると誰もいないことを確認してから顔を合わせた。
「……どういうつもりだ?」
「何が?」
和樹の質問に雪は首を傾げながら訊き返す。その顔で彼女が何も考えずに言ったのだと理解する。取り敢えず、先ほどの意図を確かめるなければならない。
「お前、姫野に何言おうとした」
「え、BGOに誘おうと思って…」
なんでもないかのように言う雪。しかし、その言葉に和樹はやっぱりか、とため息を吐いた。
「お前はバカか! 何ちゃっかり誘おうとしているわけ!?」
「だ、だって、姫野さんクラスに馴染めないようだったから。ほら、BGOやってる子クラスにいるからそれで話が合えばなぁって思って…」
つまり、雪はクラスでの共通の話題作りのために桜香をBGOに誘ったというわけだ。その考え自体は和樹も反対ではないむしろ推奨する。だが、それには問題がある。
「誰があいつの面倒見るんだ?」
「え? もちろん私とシロ君が…「ダメだ」…なんで!?」
雪の言葉に被せるように却下する和樹。それに雪は驚いた声を出す。
「お前、俺が出した条件忘れているだろう?」
和樹は『シルバー』騒動の後、雪にこれから一緒にBGOをやっていくために必要な条件を追加している。それは和樹が伝説のプレイヤー、シルバーであることを誰にも言わないことである。それが破られた時、即和樹はBGOから姿を消すことにしている。
その他に前に出した条件も有効なので和樹はクラスメイトたちにシロの存在がバレるのも恐れている。というか、それが一番の理由であった。
「えぇ!? いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減るわ、俺の命のカウントダウンが」
もし仮に、桜香がBGOを始めるとして、最初のうちの世話を和樹と雪がする。それはつまり、桜香に彼らが常に一緒に行動していることが知られるといことだ。そして、桜香を始めとしてクラスの連中に自分たちの関係がバレたらと考えたら和樹は自然と冷や汗が出て来た。
「とにかく、姫野をBGOに誘うのは無しだ」
「でもでも、姫野さん何だか寂しそうだし…」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「お願い! 白井君に迷惑はかけないから!」
「………」
「姫野さんにも白井君のこと黙ってくれるように頼むから!!」
このとおり、と両手を合わせる雪。その目は珍しく真剣で和樹は目を瞑った。数秒、和樹は考える。そして、なおも真剣な表情で自分の目を見て来る彼女を見て、折れた。
もはや、何を言っても聞かないだろうなぁ。
ここ数日一緒にゲームをしてきて分かった彼女の性格を鑑みて和樹はそう結論付けた。
「…はぁ、分かったよ。好きにすれば」
「本当! いいの!」
「…迷惑をかけるなよ」
「うん!!」
和樹が折れると雪は全身で喜びを表し、輝くような笑顔を放った。男子ならイチコロの天使の微笑みを和樹は直視できず目を逸らした。
☆☆☆☆☆☆
「ゲ、ゲームですか?」
昼休み、桜香は雪に呼び出されて屋上に来ていた。何の用だろうかと来てみると桜香は雪からBGOの話を聞かされた。
「そう、とっても楽しいゲームなんだけど、良かったら姫野さんも一緒にどうかな?」
明るくBGOの良さを説明する雪。その説明に和樹はやや盛ってる部分があるのを感じたがここは彼女に任せて沈黙を守った。桜香の反応を見てみると中々好感触のようで教室では見せない目をしている。興味はあるようだ。
「でね、今、私とシロ君、あ、白井君の事なんだけど、今二人だけだから寂しいの。姫野さんが一緒に遊んでくれたら嬉しいなぁ」
雪の誘いに和樹は感心させられた。別に和樹は寂しいなんてことは言ってない。しかし、桜香は困った人を放っておけない性格だと朝の時点で確認済み、なのでそこに付けこむわけじゃないがこうやって頼み込めばいけると思ったのだろう。口が上手いとはまさにこのことだ。
「どうかな姫野さん? 無理にとは言わないけど…」
雪は恐るおそる桜香の様子を窺う。和樹も彼女が返事するのを静かに待つ。少し考えこむ素振りを見せた桜香であったが、やがて答えが出たようで口が開いた。
「……………分かりました」
相変わらず小さい声だが絞り出すかのように一生懸命言葉を並べる。
「やります」
その一言に雪は飛び上がって喜んだ。
「やったぁ! ありがとう!!」
朝の時と比べて異常に高いテンションで桜香に迫る雪。
そのテンションに怯えたように後ずさりする桜香。だが、そんな桜香に気づいていない雪はどんどん距離を縮める。傍から見たらいじめの現場に見えて来たのでここいらで和樹は雪を抑える。
「痛っ!?」
脳天にキョップが落ち、雪は頭を押さえて和樹の方を見る。いきなり何するんだ、と不満が分かりやすく顔に書いていた。
「落ち着け、怯えてるだろうが」
「え? あ、ごめん姫野さん、嬉しくてつい…」
「……い、いいえ」
首を振る桜香。気にしてないというのを表しているのだろう。だけど、苦笑いは隠せていない。
まぁ、雪にバレていないから大丈夫か。
その後、落ち着いた雪は桜香と弾んだ声で話をする。その雰囲気に和樹は安堵していた。
(ま、なるようになるか)
和樹は会話を弾ませる二人を眺めながらどこかそんな考えを浮かべていた。そして、嬉しそうに笑う雪と表情を固くしたままだがちゃんと受け答えする桜香の姿を見て、和樹はまた頭に何か引っかかるのを感じた。
(なんだかなぁ……)
和樹はこの光景にデジャヴを感じたがその正体は分からないままだ。
「そういえば、姫野さんってVR機持ってるの?」
ふと、思ったことを雪は桜香に確認をとる。それに桜香は首を横に振った。どうやらVR機を持っていないらしい。
「じゃあ、明日休みだし、一緒に買いに行こうよ!」
興奮冷めない雪は桜香にそんな提案をしてくる。明日から始まるGWで学校も休みとなる。だが流石に、いきなり一緒に出掛けるのはハードルが高いのではと思いながら和樹は桜香の反応を窺う。
「…うん」
しかし、桜香は意外にも雪の誘いを受け入れた。和樹は意外な返答に驚く、勿論、顔には出さないが…。
(この短時間でこれほどまでに人と距離感を縮めるとは柊雪、恐るべし…)
和樹は雪のコミュ力の高さを改めて認識させられ、若干戦慄する。
一方で雪は桜香の反応に花が咲くような顔を見せた。その後、雪は桜香と簡単に待ち合わせの時間と場所を話し合う。
その光景を眺めながら和樹は何故、自分が桜香のことを気にしているのか考えていた。
席が隣だから?
クラスに馴染めていないようだったから?
答えは分からない。
もし仮に転校してきたのが桜香ではなかったら自分はどうしていたのだろうか、それも分からない。
だが、一つ言えるのはきっと雪は転校してきたのが桜香ではなかったとしても手を差し伸べていたに違いないということだ。
「シロ君、ねぇ、シロ君ってば…」
ぼんやりと考え事をしていた和樹は雪の声で我に返った。話し合いが終わったのだろう、二人とも和樹の方に顔を向けている。
「何だ?」
「だから、明日10時に駅前でいいよね?」
「……はい?」
言っている意味が分からず思わず聞き返す和樹。雪はその反応に首を傾げる。会話が嚙み合っていないようだ。
「一体、何の話だ?」
「明日の待ち合わせ…」
「いや、何でわざわざ俺に確認を求める?」
「え? だって、シロ君も一緒に行くんでしょ?」
「……はい?」
言っている意味は分かったが、やはり意味が分からない和樹は再度素っ頓狂な声で聞き返した。その反応に雪も再度首を傾げる。
「いつ俺が一緒に行くって言った?」
「えぇ!? だって私VR機の事よく分からないよ」
VR機が大量生産されている現代、メーカーや種類によって様々なスペックや形状を持つため使用者によって使うVR機は違う。パソコンを購入する感覚に近いかもしれない。
「そんなものお前と一緒のやつでいいんじゃないか?」
「…私のVR機、パパからもらった限定モデルだから」
「よくそんなもん貰えたな」
「ん、まぁ、その…」
和樹の疑問に突如として歯切れが悪くなる雪。しかし、見た限り桜香も機械について知っているようでもない。欠陥品を買って来てゲームに支障をきたされても困る、ということで和樹は仕方なく二人の買い物に付き合う羽目となった。
さて、面倒なことになってしまったぞ…。




