第百二十七話 レイドボス12
「GYEEEEE!」
「来るぞっ!」
デビルトスがシロたちのいるほうを見た瞬間、これまでよりも大きな咆哮が上がった。即座にシロは上空にいるユキたちに注意を呼びかける。
「ハク、お願いします」
「HIHIIIIIN!」
気合の入った鳴き声と共にハクは翼を広げ、一気に相手へと駆けた。その姿を見つけた他のプレイヤーたちは刹那呆然とした面持ちになるが、すぐに立て直してデビルトスに攻撃を続けた。
魔法や剣がデビルトスに刺さるが、相手はそれを虫を払うように軽々と蹴散らす。プレイヤーたちの叫びがシロのいる方まで届く。
虫を払ったデビルトスが天を駆けるハクを見つけると、恨みの籠った声が響く。かつて、自分を封印した憎き者を思い出したのだろうか。
「来るよ!」
「避けてハク!」
「BYUU」
容赦のない氷のブレスがフィーリアたちを襲う。空中を蹴るようにして、ハクは躱す。
しかし、次から次へとハクたちにブレスが迫る。休ませる気がないようだ。いや、ただムカつく相手だから片っ端から攻撃しているだけなのかもしれない。
「これじゃ、近付けないよ」
「どうしましょう…」
「BYUUUU」
困り果てるユキとフィーリア。ここからでは、距離があって玉の効果が出ないようだ。
もう少し、近づきたいところであるがブレスのせいでそれも叶わない。
「【光の軌道】!」
「【風射太刀】!」
そこへ、巨光と風刃がデビルトスにめり込んだ。しかし、攻撃はデビルトスの氷鎧にヒビを入れただけである。
「固いわね」
「燃えるね~」
自分の攻撃が通らなかったというのに、ミルフィーとエルは涼し気な顔で分析していた。二人の攻撃のおかげでヘイトが移り変わった。
「GYEEEE」
「おぉ~吠えてる吠えてる~」
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ! ほら、来た!」
「【サントゥアーリョ】!」
デビルトスの氷石が二人に降り注ぐのと、二人を光が包み込むのはほぼ同時だった。光に阻まれ氷石は粉々になっていく。
「ありがとうミカちゃん~」
ミルフィーは後方で杖を構えているミカに手を振る。答えるようにミカも笑顔で振り返してくれた。
攻撃が防がれたことに憤怒の叫びをあげるデビルトスは、四方にブレスを吐き暴れる。
「うわぁ、すっごい怒ってる…」
「…遠距離攻撃があればなぁ」
辺りを凍り付かせ、プレイヤーたちが逃げ惑うなかシロとルカは後方で呑気に観戦していた。といっても、シロが前衛に行っても特に何か出来るわけでもないし、ルカみたいに遠距離射撃が出来るわけでもない。つまり、ヒマなのだ。
「シロ君、結構気楽そうだね」
「えぇ、俺に出来る仕事はほとんどありませんから」
「なら、フィーリアちゃんの護衛に行けばよかったんじゃない?」
「…ちょっと、考えがありまして」
「ふぅ~ん」
シロの答えに納得いったのかルカはそれ以上何も聞かず、前を見据えた。
勿論、シロがフィーリアと一緒に行った方が良かっただろう。だが、シロはこの頃ある考えが浮かび出していた。
(最近、深入りしすぎかもしれないからなぁ)
BGOを初めてはや3ヶ月、ゲームで一緒にいる時間が長くなるにつれてシロは彼女たちとの距離が近づいて行くのを感じていた。自分から歩み寄っているつもりはないが、いかんせん時間の長さというのは怖いものだ。遺跡の時に感じたこそばゆさが思い出される。いつもあるものがなくなった時の違和感。シロはそれに危機感を覚えたのだ。
〈神様〉の正体を突き止めたら、BGOを去る。これは前々から決めていたことだ。
やめてしまえばシロと彼女たちを繋ぐものはなくなる。それは、リアルでの交流を断つという事にも直結していた。だけども、ここ最近のシロと彼女たちの間にリアルとゲームの垣根を越えてきている。
それは、決して許しがたいことだ。
だから、今回シロは敢えて彼女たちだけに大役を任せた。いつ、自分が消えても彼女たちがやっていけるように、ほんの少し距離を取った。それが果たして正解なのか、否かはシロ自身にも分からなかった。
「GYEEEEEE!!」
デビルトスの咆哮が耳を刺激する。暴れまわる海獣を、エルやミルフィーが先頭に立って抑え込んでいた。
空中で機会を窺うフィーリアたち。そして、その時は訪れた。
ミルフィーたちに気を取られている隙にハクは高度を下げ、海獣との距離を詰めていく。
「GYEEEEE」
「させないよ~」
自分に近づいてくる白き天馬に気づいたデビルトスは攻撃を仕掛けるがミルフィーがそれを妨害する。衝突し合う両者の攻撃の余波に耐えながらハクは進んでいく。
その距離は、20mから15mへ。
「【ゲイムルーム】!」
エルの防御魔法が発動し、ミルフィーに襲う氷石を受け止める。
15mから10mへ
「【ホーリーバレット】!」
ミカの長杖から聖光の弾丸が飛び出す。
10mから7mへ
「GYEEEE!」
「っ、しまった!」
デビルトスの爪を防御していたミルフィーから口惜し気な声が漏れる。
急接近してきた憎き相手に渾身の一撃が放出された。距離的に回避は不可能。
「BYUUUUUU!」
「【サラマンダーブレス】!!」
だが、ハクの鳴き声とユキの声が重なり合い暴風と火炎が噴き出す。
氷のブレスと、暴力的な風によって威力を増した炎が衝突。
すべての氷が蒸発し、空気へと変わった。
「今だよ!」
「はい!!」
邪魔するものを取り払らわれたことを確認するとフィーリアはシロから受け取ったガラス玉を天へ掲げ。
「えいっ!!」
大きく腕を振った。
投げ出されたガラス玉は曲線を描きながらデビルトスへ近づいて行く。
ゆっくり、ゆっくりと……。
デビルトスの目にはスローモーションのように、ガラス玉が近づいてくるのが見えていた。だけども、玉は緩い速度なのに全く撃ち落とすこと出来なかった。
やがて、玉はデビルトスの眼前へ到達する。
閃光
あまりに突然で、眩い光にデビルトスだけでなく他のプレイヤーたちも自分の目を手で覆った。
数秒、玉は光を放ち続けると光量を落として消失した。
「GYUU…」
目を開いたデビルトスは、自分の体が傷ついていないことを確認する。
なんだ、ただのこけおどしか。
自分の体に何の以上も受けていないデビルトスは本能的にそう判断した。そして、それは間違いである。
「GYEOO!?」
刹那、デビルトスの体に強力な重力がのしかかる。まるで、体が石になったかのように。
この、感覚以前どこかで感じたことがある。そして、思い出す、かつて自分を封印した男の持っていた玉を。
「GYEEEEEEEEEEE!!」
自分は神だ。神ならば、人は皆自分を崇め奉るのが普通だ。自分が欲したものは問答無用で彼らは与えないといけない。
なのになのになのに!!
戦ってきた中で、一番といえる怒りの咆哮が森全体に響いた。
この屈辱、侮蔑、全て気に入らない。自分より下の者たちがどうして自分に逆らう。
気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない!
だけども、体は自由に動かない。デビルトスは激しい咆哮を吐きながらブレスをあちこちへとにかく放出する。
そこへ、もう一つの光が煌めき出した。
「GYEE!?」
バカな、あの玉は一つだけだったはず。そう思い、デビルトスは光がある場所に目をやると光の正体が判明した。光はガラス玉から出たものではなく、誰かの【光魔法】や【聖魔法】でもない。
光の正体は___
片手にレイピアを携え、ヒラヒラな和服をひるがしている一人の少女だった。
☆☆☆☆☆☆
デビルトスの動きが止まった。
フィーリアが投げたガラス玉から発せられた光が治まるのを待って見ると、デビルトスはまるで何か重たいものを背負っているかのように必死になって地面に体をつけないようにしていた。
「ミルフィー!!」
エルの合図が彼女の耳に入る。
名前を呼ばれた彼女は、右手に持つ愛剣を掲げ呟く。
「【闇夜の祝宴】」
瞬間、彼女の体を極光が覆う。
煌めく光は、眩いが誰も見惚れるほど美しく目を隠せない。ミルフィーは右手に掲げた愛剣を一振りすると、剣から光が零れた。
彼女は目標の位置を正確に把握し、一気に地面を蹴った。
「GYOOOOO!!」
ミルフィーが近づいてくることに気づいたデビルトスは、重い身体を酷使してブレスを吐く。
一直線へ迫るブレスにミルフィーは避ける様子を見せない。走る足を止めない。
「【ゲイムルーム】!」
ミルフィーの前に、自分に防御魔法を纏わせたエルが立った。エルは大剣を突き立て、足腰に力を加える。ブレスが彼女に直撃した。
「くっ!」
だけども、彼女は退かない。絶対に、動くものかと歯を食いしばりながらHPがギリギリになるまで耐える。
徐々に減っていくHPを横目にエルはエースに向かって声を張り上げる。
「行きなさい!」
「うん」
短い会話。
しかし、彼女たちにはそれだけで十分だった。
ミルフィーは、ブレスに耐えるエルの横を通過していく。
「GYEEEEE!!」
エルに防がれたことでさらに声を上げるデビルトスは、動きにくいだろうに両腕を使ってミルフィーを叩きつけようと振り上げる。
「…させない」
「…邪魔」
振り下ろされた爪が、小さな二つの影によって衝突させられた。
水色とオレンジ色の髪を持つ少女二人は、耐えきれず後方へ飛ばされた。
「…あと」
「…よろしく」
飛ばされながら、発せられた言葉はしっかりミルフィーの耳に入っていた。
返事の代わりに、力強く頷く。それを見て、双子は満足そうに微笑んだ。
近づくミルフィーに焦ったデビルトスは、「これでどうだ!」とばかりに上空で氷石を作り落下させた。
「【ホーリーバレット】!!」
「【ミラージュアロー】!」
しかし、それも光の弾丸と複製された矢が粉々にしていく。
ミルフィーは前だけを見据えて突き進む。
全く攻撃がうまくいかないデビルトス。だが、氷石を落下させるのは止めなかった。次々に落下されていく氷石をルカとミカが寸分狂わない狙いで打ち砕く。
そちらに意識を注がれるのをデビルトスは狙っていた。
もう少しで、ミルフィーの間合いに入ろとした時__
「っ!?」
「まずい!!」
デビルトスは自分の顔近くに三つほどの槍を形成させるとミルフィー目がけて飛ばした。
駆けながらミルフィーは、考えていた。
(躱す? いや、間に合わない。払う? ダメスキルを発動させちゃっている)
普段のミルフィーなら、レイピアで切り伏せることなど造作もないだろう。
しかし、今の彼女にそれは出来ない。
固有スキル【闇夜の祝宴】。その効果は《発動者の攻撃が止まらない限り攻撃力アップ》、つまり一撃よりも二撃、二撃よりも三撃と徐々に攻撃力が上がっていくものである。
攻撃が止まらない限り、というのは攻撃の間が2秒以下でないといけない。それ以上攻撃の間にロスがあるとスキルは強制終了。クールタイムは21600秒。
そして、メリットがあればデメリットもある。
【闇夜の祝宴】はSTRとAGIを上昇させる代わりに、VITとINTを0とする。それはつまり、魔法攻撃力0と紙装甲になってしまうのだ。
だから、皆が身を挺して彼女を守っていた。
一撃でも喰らえば即死。死が紙一重で存在する状態の中でミルフィーの判断能力はほんのわずかに低下した。
(ヤバい! 間に合わない!!)
一瞬の迷いが取り返しのつかないことなる。
ミルフィー目がけて飛んできた氷槍が避けられるタイミングを失っていた。
そこへ、一つの影が飛び込む。
黒い服に、刀を持つ彼の姿にミルフィーの目がわずかに見開く。
「【番狂わせ】」
囁くように発せられた言葉のあと、彼の身に紫色の光が覆う。その光はミルフィーの極光と比べれば地味なものに見えるが、彼女は綺麗に思えた。
紫光を纏った彼は腰に携える刀の鞘に手を置いた。
(1、2、3!)
心の中でタイミングを計ると、シロは氷槍を目で捉えた。
抜刀。
パリンッ!!
二撃目。
パリンッ!!
三撃目。
パリンッ!!
「嘘ッ!?」
誰かが驚く声が聞こえる。
「…《スキルカット》」
シロの為した芸当にミルフィーがぼそりと呟いた。
《パーフェクトガード》という防御技がある。完璧なタイミングで盾を用いて相手の攻撃を防げば、どんなスキルでもダメージが0となるものだ。
そして、そこから派生されて出来たのが《スキルカット》。これは、《パーフェクトガード》の剣バージョン、完璧なタイミングで完璧な角度で相手の魔法に攻撃を加えられたら相殺できるというほとんど偶然に近い現象である。単純に敵より自分の攻撃力が上だった場合とは違い自分より相手の攻撃力が上の時に《スキルカット》を発動させるのは、ほとんど運だ。
それを、狙ってやれるということは尋常じゃない集中力と動体視力を持っているという事である。
「止まるなよ、【閃光】」
氷槍が斬られ、キラキラと舞い散る。幻想的なその光景の中、シロが呟いた言葉をミルフィーはしっかりと聞いていた。
その一言がどこかおかしくてミルフィーは笑ってしまった。
「当然」
自信満々の返事に自然と口角が上がるシロ。その顔はすぐ通り過ぎたミルフィーには視認できなかった。
極光がデビルトスへ向かって突き進んでいく。
薄暗い場所で、綺麗に煌めく彼女に誰しもが目を奪われる。それはまるで夜空に眩く星。その中でも駆ける星、刹那の時間で走る姿をいつしか人は【閃光】と呼んだ。
極光が、間合いに入った。
「一!」
レイピアがデビルトスの腹に突き刺さる。
その威力で氷鎧が砕けた。
「二、三、四、五……」
止まらない刺突により、苦痛の叫びがあがる。光速の刺突がデビルトスの体にめり込んでいく。
「六、七、八、九…」
その攻撃の速さに誰もが目を奪われるが誰もその刺突を捉えることが出来ない。激しい音とともに巨体が後ろへさがる。一撃より二撃、二撃よりも三撃。攻撃は激しさと強さを増しながら次々に相手に襲い掛かった。
「十五、十六、十七……」
ユキとフィーリアはその光景を呆然と上空から眺めた。凛として強くて綺麗な姿に思わず見とれてしまっていた。
これが、彼がかつて一緒に戦っていた人の姿。シロの隣に立っていた人の強さ。自分に出来ない、なれない姿。
極光の刺音が鳴り響く。
「十八、十九、二十!!」
「GYEEEEEEOOOOO!」
「二十一!」
「GYEEEEEEOOOOO!」
「二十二!」
「GYEEEEEEOOOOO!」
「二十三!!」
「GYEEEEEEOOOOO!」
「二十四!!」
刺突音とデビルトスの叫びが湖に轟く。デビルトスのHPが緑色から徐々に色を変えて、レッドゾーンへ入った。
そして___
「二十五ぉぉぉ!!」
ドゴーン!!
「GYEEEEEEOOOOO!」
パリンッ、とガラスが割れる音がする。
デビルトスの最後のHPが、底を尽き、巨体が発光するとパーン、と弾けた。
粒子が湖に舞い散り、線香花火みたいである。
神と名乗った暴獣は消え去り、その場にはレイピアを突く姿勢を保っているミルフィーだけ。
ミルフィーは、愛剣の光を払うように振ると腰へ仕舞った。
そして、くるっ、と振り返るとそこにあったのは達成感溢れる笑顔だった。
『おおおおおぉぉぉぉぉ!!』
瞬間、湖にいた全プレイヤーたちによる熱い歓声がフィールド中に轟いた。
『Congratulations!』
レイドボス、デビルトス討伐完了。
決着!




