第百十九話 レイドボス4
「や~」
「GYOOOO!」
ミルフィーのレイピアとデビルトスの爪が衝突する。激しい音と火花がそこらじゅうにまき散らされる。
「ミルフィー、スイッチ!!」
「は~い」
ミルフィーとデビルトスとのせめぎ合いの最中、後方から駆け出して来たエルの声に反応しミルフィーは交差させていた爪を受け流してバックステップで戦線を離れる。
「はあっ!!」
入れ替わるようにエルが大剣をデビルトスの腹に叩き込む。
「…ふん」
「…やぁ」
「GYOOOO!」
さらに左右からララとルルがそれぞれの武器を振る。
「GYOOOO!」
前左右から強烈な一撃を喰らいデビルトスの咆哮が轟く。
しかし、そこからデビルトスは爪を双子のほうへ振り下ろした。攻撃してすぐのことだったので反応が遅れた二人は咄嗟に武器を上へ構えるが、巨体からなる攻撃は重みが違う。振り下ろされた爪にララとルルは、地面へ倒された。
「【ハイヒール】、【ハイヒール】」
ララとルルが地面へ倒されてから爪が地面から離れた瞬間、ミカによる回復がなされた。二人の失われたHPが元に戻る。
「ブレス!」
だが、エルの声のすぐに相手側のブレスが放たれる。ララとルルは地面を転がるようにしてそれを回避。
回避した二人の肩が大きく上下しているのをエルは捉えていた。
(流石に、疲労が出始めたわね…)
デビルトスが出現して、おおそ10分は経過していた。ララとルルじゃなくても、【向日葵の輪】以外のプレイヤーたちも疲れている様子が見られた。緊張感のあるこの場で前衛で動き回っていたらそりゃ疲れるだろう。
「とりゃぁ~~」
そんな中、この場にはふさわしくないような間延びした声が周りに響き渡った。
エルがそちらへ顔を向けると、疲れを知らないのか不安定な地面を縦横無尽に動き回りながら相手へ迫るエースの姿があった。それを見ていると、何故だろうかフッ、と口角が上がるのを感じた。
「はぁ、しょうがないわね」
どうせ、付き合ってあげられるのは自分だけなのだ。なら、とことん付き合ってやろうじゃないか。
エルは大剣を構えなおすと、黄色の和服を追いかけていった。
デビルトスの足元では他のプレイヤーたちが攻撃を繰り出しているのが確認できた。今の段階で生きているプレイヤーはやはりと言うべきか、レベルも技術もそこそこ上のほうにいる者たちばかりで的確にかつ互いに邪魔にならない程度にしっかりとダメージを与えていた。
「GYOOOO!」
『うわぁ!!』
しかし、そんな彼らをデビルトスはまるで虫けらのように尻尾で吹き飛ばす。エルは大剣を地面に刺して衝撃の余波で飛ばされないように耐える。
ミルフィーはその尻尾での攻撃をジャンプして躱すと空中でレイピアを突き出した。
だが、ここでデビルトスに変化が起こった。
「GYOOOO!!」
デビルトスは自分の周りに氷塊を出現させるとそれをミルフィーの攻撃軌道上に設置した。設置された氷塊は盾のような役割をしてミルフィーの攻撃をすべて受け止める。
「やばっ!」
そう思った時には既にミルフィーの横から強い衝撃が襲い掛かった。
「っ!」
「ミルフィー!」
エルの声が遠くに感じる。直後、ミルフィーは森を覆っていた巨木に衝突した。
「がはっ」
口から吐血するような錯覚に陥る。いや、これで痛覚をオンにしていたら吐血どころでは済まなかっただろう。それぐらいの衝撃であった。
ミルフィーは自分のHPを確認する。今ので3割ほど削られたようだ。即座に体を起こすとミルフィーは傍に落ちていた相棒を拾う。
「ミルフィー、避けて!」
「っ!?」
エルの言葉に頭より先に体が反応した。ミルフィーは受け身も考えず横へ飛ぶ。
ドゴーン!
瞬間、森が破壊される音が響き渡る。森は、氷漬けとなり綺麗な銀世界へと様変わりしていた。
ミルフィーは湖の外から元凶を睨む。デビルトスはそれに答えるように鋭い視線をミルフィーに向けていた。
一度、レイピアを振る。ピュッ、と切れの良い音が鳴る。
ミルフィーは足腰に力を加えると地面を蹴った。
「GYOOOO!」
刹那、ミルフィーの視界は移り変わり目の前にいる巨大な体を持つモンスターへレイピアを突き出した。
ドドドドーン!!
その豪快な音とともにデビルトスの体は後方数m退けられる。
華奢な体の少女が数倍あるモンスターの体を動かすその光景に多くの人々が目を丸くさせた。あまりに非常識で、不可解な現象。しかし、それはれっきとした事実でありそれこそがミルフィーの実力である。
ここで初めてデビルトスが体を横へ倒した。
そして、その光景は多くのプレイヤーを震え上がらせた。
「「「「ボーナスタイムじゃあああぁぁぁぁぁ!!!」」」」
発狂しているかと勘違いするほどの雄たけびと歓喜がその場を支配する。
デビルトスは倒れたまま、状態を起こす様子は見られない。
スタン。つまりは気絶。
数秒の間この怪物は攻撃をすることは出来ない。これを逃すようなことをする愚かな者はこの世界には誰もいない。
雄たけびと共に一斉にプレイヤーたちはデビルトスに襲い掛かった。
「ミルフィー!」
エルが呼ぶ声が聞こえた。ミルフィーは声のするを向くと大剣を肩に乗せて走る親友とララとルルの姿があった。自然と彼女が言いたいことが手に取るように分かった。
「畳み掛けるわよ!!」
「うん!!」
獰猛かつ野蛮そうな笑みを浮かべて言うエルにこちらもレイピアを携え、いい笑顔を見せながらミルフィーが頷いた。
ミルフィーの横に並ぶエルと双子。一気にデビルトスが倒れている場所へ駆け寄った。
「やっちまえぇぇぇ!!」
「やっほおおおぉぉぉ!」
「すぐに殺してやるぞおおぉぉぉ!」
物騒な叫びと武器たちの甲高い音が所々で響き渡る。
巨体の傍まで来たミルフィーたちはそれぞれの武器を振るい、通常攻撃を仕掛ける。
スキルを使った攻撃よりも攻撃力は弱いがそれでもしっかりとHPを減らしていく。
「GYOOOOO!!」
声を荒げ、ジタバタとするデビルトスであるが脅威にはならず徐々にその声も弱々しくなり抵抗していた体も大人しくなっていく。
それを好機とみて大勢のプレイヤーたちが己の武器を振るった。
そして、ついにデビルトスのHPは3本目を損失させた。
いける、誰もがそう感じていた。その時__
「GYEEEEEEEEEE!!」
瞬間、デビルトスの体から白い霧が放出された。
霧はプレイヤーたちの足元に薄く円状に広がっていく。
「なんだ?」
「落ち着け! たいしてダメージはない」
突如として放出させられた霧を見て混乱になりそうになるが、ダメージがあまりないと見ると即座に放棄。
誰もが演出だと思っていた。
(いや、これは…)
そんな中、ミルフィーはこの霧に違和感を感じる。
HPを3本失ったレイドボスがこの状況で無意味な攻撃などしてくるだろうか。
ミルフィーの経験から言わせれば答えは否だ。
そして、デビルトスの体へ攻撃するために足を動かそうとした時、霧の正体を知ることになった。
「なっ…」
動かそうとしていた足が全く動く気配がしない。
違和感を覚えたのはミルフィーだけじゃない。他のプレイヤーたちも己の体に生じた変化に気が付いていた。
「…っ!?」
「なんじゃこりゃ!」
「どうなってんだ!?」
混乱と困惑が辺り一面に広がる。ミルフィーは動かない自分の足に目を向ける。
そこには、膝から下が氷と一体化している自分の足があった。
「……っ! 【凍結】!」
原因は言うまでもなくデビルトスの霧だろう。異常状態の【凍結】になったプレイヤーたちがガヤガヤと騒がしくなる。
「くっ!」
ピクリとも動かない自分の足を恨めしそうにミルフィー。
デビルトスの霧によって動きを封じられたプレイヤーたちが試行錯誤している中、低い声が轟いた。
「GYEEEEEE…」
『……っ!』
多くのプレイヤーが伸びる影に目を見開かせた。
デビルトスの体がゆっくりと起き上がる。まるで、タイミングを見計らったかのように立ち上がったデビルトスはジタバタと抵抗するプレイヤーたちを嘲笑うように口を開いた。
氷のブレスが彼らを襲う。
「GYEGYEGYEGYEGYE!」
笑われている。
バカにされている。
ブレスによって多くのプレイヤーが戦線から退場させられた。文字通り赤子のように。
それでもミルフィーがまだ冷静でいられる。長年の経験と修羅場を乗り越えた数、そして自信が物語っていた。
しかし、それらすらデビルトスは叩き壊しに来た。
ブレスを吐いたデビルトスは、長い尾を大きく一周するように振るった。
『うわぁぁぁぁ!』
【凍結】状態となっていて動けないプレイヤーたちにデビルトスの長い尾が鞭のようにしなり、襲い掛かった。
悲鳴が、断末魔が響き渡る。
攻撃を喰らったミルフィーも20mほど飛ばされ、地面へと落下した。
「がはっ!」
勢いよく落下した衝撃で呻き声を上げる。HPを見ると、7割ほど減らされているがなんとか耐えることが出来たようである。
「ミルフィーちゃん!」
「ミルフィー!」
ミルフィーのピンチに後方で待機していて霧から逃れられていたミカとルカが助けようと攻撃を仕掛ける。
その時、デビルトスはまた体から霧を発生させる。今度のは、足元だけでなく自身を覆い隠すように広がっていく。
「そんな…」
「くそっ、いやらしいことを…」
魔法とボウガンでデビルトスを攻撃しようとしていた二人だが、これでは狙いが定まらない。
もし、無理やり攻撃してもどこに飛んでくか分からない。下手したらミルフィーや他のプレイヤーに当たる危険がある。
どうすることも出来なくて苦い顔をする二人。
(……まずいかも)
霧の中、ミルフィーは倒れたまま歯を食いしばる。
敵の場所が分からない上に、いつHPが残りわずか。そして、いつ攻撃が来るのかも分からない。
もはや、生き残ることは難しい。
「ミルフィー!」
「ミルフィーちゃん!」
二人が呼ぶ声がする。
しかし、【凍結】状態で自力で動くことはできない。
(あぁ~こんな時、シル君ならなんて言うかな?)
いつ攻撃が来るのか分からない状況でミルフィーはかつての仲間を思い出す。
彼はいつだって前向きで、勇敢で、明るくて、決して後ろを向かなかった。そんな姿に敬意と憧れを持った。
彼ならこんな絶対絶命のピンチになんて言うだろうか。
諦めるな? まだ負けるなんて決まってない?
いいや、そんなことは多分言わないだろう。
恐らく彼なら__
「HIHIIIIIIN!!」
真っ白な世界で、美しい声が響いた。
次の瞬間、世界に暴風が吹き荒れた。
風によってミルフィーの髪が揺れる。
「……えっ?」
ミルフィーは目の前の光景に目を丸くした。
先ほどまで真っ白だった視界が、一気に拓けデビルトスの巨体が目に入った。
しかし、デビルトスは巨大な爪を振りかぶりミルフィーを狙っていた。
(まずい!)
異常状態で体が動かない彼女に回避行動を起こすことは不可能。
ピンチが変わっただけに見え、ミルフィーは今度こそ覚悟を決めようとしていた。
「GYEEEEE!」
ギュッ、と目を閉じ衝撃に備える。
「「ミルフィー(ちゃん)!!」」
ミカとルカの叫び声が聞こえた。だけど、それに返答することは出来ない。
やがて、デビルトスが振りかぶっていた腕を降ろす。
ドゴーン!!
絶望的な音が湖に轟く。
誰もがその衝撃と音で、助からないと判断しただろう。
だが、その場で見ていた多くのプレイヤーは誰もが自分の目を疑った。
目を閉じていたミルフィーは、来るべき衝撃が中々来ないことに困惑していた。
そして、自分の体を包む温かなこの感触は一体なんだろう。これはどこか、くすぐったく、心地の良い感触。
まるで昔、触ったことがあるような。そんな気さえ起った。
シルバーは彼女にとって憧れと敬愛すべき存在だった。
いつも明るく、前向きで、勇敢だった彼。そんな彼がこの状況のミルフィーを見たらなんて言うだろうか。
諦めるな? まだ負けてない? 立て?
いいや、そんな安っぽい言葉なんて彼は言わない。彼にとって敗北すら楽しい一場面でしかないのだ。
きっと、彼なら多分こう言うだろう。
ミルフィーは自分を包む正体を確かめるべく目を開けた。
「何、つまんなさそうな顔してるんですか?」
呆れたように首を振るシロの姿が、そこにあった。




