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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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68話「久しぶりに会う甘えん坊の先輩」

「――はい、はい、流石紫之宮財閥のご令嬢さんですね」

「そうだろ? 私としても、自慢の娘なんだよ」

 現在、楓先輩と山中さんのお見合いが行われていた。


 見合いの間に居るのは、楓先輩と紫之宮社長、それに山中さんだった。

 山中さんの親は今回居られると作戦の邪魔になる為、呼んでいない。

 紫之宮社長の方も、山中さんが山中財閥の代表だからかまわないと言ったらしい。


「よく言うわよ……。何が自慢の娘よ、軟禁してるくせに……」

 そう言って、俺の横に居る佳織がしかめっ面をする。


 俺と佳織は今、山中さんに用意してもらった別室で中の状況を確認していた。

 山中さんに協力してもらえたおかげで、俺達は見合いの会場となる――山中さんの家に入れてもらえた。


 何故山中さんの家が見合いに会場になっているかという事だが、紫之宮社長が提案したらしい。

 

 おそらく、山中財閥の規模をより知る為だろう。

 こういう格上の相手とかを招く時、自分の家で一番良い屋敷に招待する。

 そこから家の格式も判断できるという考えだと思う。


 楓先輩は悲しそうに俯いている。


 俺が動いてる事は知っていても、それが上手く行っているのか、どのタイミングで俺が動き出すのか、このお見合いが終わったら手遅れだと言うのを俺が理解しているのか――と考えているのかもしれない。 


 しかし……久しぶりに見たあの人の姿が、これとはな……。


 俺は楓先輩の姿を確認すると、立ち上がる。

「それじゃあ、俺は準備に行くから何か変化が有ったら教えてくれ」

「はいは~い、がんばってね」

 そう言う佳織に手を挙げると、俺は厨房へと向かうのだった――。





「――では、そろそろお昼と致しませんか?」

「そうだな、そうしよう」

 山中さんがお昼を促すと、紫之宮社長が頷いた。


 俺は現在準備が終わり、また佳織の横に戻ってきていた。

「ここまで紫之宮先輩、最初の自己紹介以外一言も喋ってないんだけど……。それに対してあの男が何も言わないのが気になるの」

「まぁ紫之宮社長の中では、このお見合いは上手く行く事が確定しているからな。楓先輩が喋らなくて相手の心証を悪くしても関係ないんだよ」

「つくづく最低な男ね……」

 俺が、紫之宮社長が楓先輩に無理矢理話させようとしない理由を話すと、佳織が吐き捨てる様にそう呟いた。

 俺達が話してる最中に、食事が楓先輩達の前に運ばれる。


 ただ、その食事は普通のお見合いの時に出される豪華な物ではなく、普通の一般家庭で出る物だった。

 これは、俺が作った料理で楓先輩に送るメッセージ。

 あの人なら気づいてくれると信じている。


「――これは、また変わったものが出てきたな……」

 お見合いの席に並んだ品を見て、紫之宮社長がそう呟いた。

「――っ!」 

 おかずを見た瞬間、楓先輩が顔を上げ、そしてキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


「えぇ、多分紫之宮社長はこういった一般家庭に出てくる物を食べた事が無いと思いまして。ただ、腕は確かな物が作っておりますので、お召し上がり頂けると光栄です。それと楓さん、もし宜しければ、案内の者をお付けいたしますよ?」

 キョロキョロしている楓さんに、山中さんがもう一つのメッセージを出す。

「え?」

 楓先輩は、その言葉に戸惑ったように返した。

 

 ……だめか?

 俺が居る事には気付いたが、部屋を抜け出してほしいというメッセージが伝わらないかもしれない……。

 

 こんなお見合いで、一般家庭の料理が出てくる事を不思議には思うだろう。

 それに対して、山中さんは理由を説明した。

 何も知らなければ、ただそれを信じたはずだ。

 だけど、楓先輩は俺が動いている事を知っているから、このタイミングで違和感がある一般家庭の料理が出てくれば、俺が居る事に気付くといった考えだった。


 俺が山中さんの家にいる時点で、山中さんは協力している。

 そして普通なら、キョロキョロしていたら何かありましたかって聞く。

 だけど、ただキョロキョロしている楓先輩に何も聞かずに、山中さんが案内を付けると言った事が何を意味しているかが、それで理解できると思ったんだが……。


「全く……しょうがない奴だ……。お言葉に甘えて席を外させてもらえ」

 そう言って、紫之宮社長が楓先輩に促す。


 それで自分がどうするべきか気づいたのだろう、楓先輩は頷いて、山中さんが案内人を付けた。


 ……まさか、あの人に助けられるとはな……。

 まぁ、紫之宮社長は山中さんの言葉から、楓先輩が花を摘みに行きたがってると思ったのだろう。

 結果、俺がしてほしい行動を楓先輩が取ってくれた。


 俺は楓先輩が出た廊下とは違う方の廊下に出て、別の部屋を目指す。

 楓先輩を案内している人にも、山中さんがその部屋に通すようにと話をつけていた。





「――楓先輩」

「龍君!」

 バッ――!

 俺が部屋に入って楓先輩の名前を呼ぶと、楓先輩が抱き着いてきた。


 ……これはちょっと予想外だった……。


「会いたかった、会いたかったよぉ……」

 そう言って、楓先輩が自分の顔を俺の胸へと押し付けてくる。


 あぁ、そう言えば、この人も実は甘えん坊だったんだっけ……。

 ここ最近ずっと一緒に居なかったし、俺の中では未だにクールでカッコイイ楓先輩の印象が強いんだよな……。


 だけど――

「俺もです……」

 俺だって会いたかったのは一緒だから、俺はそう言って楓先輩の体を抱きしめた。


 でも、あまりこうしている時間はない。

 楓先輩が長く席を外していると、紫之宮社長が怪しむだろうからだ。

 

 そう思って、俺が口を開こうとすると――

「なんか最近、花宮さんを凄く可愛がってるそうじゃない……」

「――っ!?」

 俺が口を開く前に、楓先輩が俺の良く知るクールバージョンの時よりも低い声でそう言ってきた。


 え、まって、なんかすごく怖い……。

 というか、なんでこの人がそれを知ってるの?

 後、別に可愛がってるわけじゃないんですが……。


「えっと、それは何かの間違いかと……」

「あら、嘘をつくの? 凄く優しくしてるってお姉ちゃんが言ってたわよ? この前もお姉ちゃんの会社で、机にうつぶせになってる花宮さんの頭をナデナデしてあげてたそうじゃない」


 ……愛さ~ん……。

 なんでそんな事わざわざ言ってるんですか……。

 あなた楓先輩には内緒にしとくって言ったじゃん……。

 いや、別にやましい気持ちがあったとかそう言う訳じゃないけど……。

 てか、バッチリ頭撫でてるとこ見てたのかよ……。


 俺の中では愛さんに言いたい事が渦巻いていたが、今はこの楓先輩をどうにかしないといけない。

 というか、それよりも早く俺が聞きたい情報を聞かなければ……。


「その辺についても全てが終わったら教えますから、とりあえず時間が無いので俺の聞きたい事を教えてくれませんか?」

「……しっかりと説明してもらうからね……? それで、何を聞きたいの?」

 俺の言葉に渋々楓先輩が納得してくれたため、俺は聞きたかった事を聞く。


「楓先輩に紫之宮社長が何か約束を取り付けていませんか? それだけは俺の方で調べられなかったので、行動に移す前に知っておきたかったんです」

 そう、俺がわざわざ楓先輩を呼び出したのはこれを聞きたかったからだ。

 もし何かめんどくさい決め事をされていたら、計画を調整しないといけなかった。


「えと……龍君が約束の時に現れなかった時、一時間待ってもらう代わりに、もし現れなかったらお父様が連れてこられた人――山中さんと婚約するって約束をさせられたわ」

 そう言って、楓先輩が俯く。

 

 なるほど……。

 だから、楓先輩は自分からはどうも出来なかったのか。

 俺が来ると信じてそんな約束までしてくれてた楓先輩に、本当に申し訳ないと思った。

 しかし、これなら大丈夫だ。


「わかりました、後は俺に任せてください。それじゃあ、あまり長く席を外すと怪しまれますので、部屋に戻って下さい」

 俺はそう言って、楓先輩を離そうとする。


 しかし――

「やだ……」

 ――と言って、楓先輩は離してくれなかった。


 ……えぇ……。

 気持ちはわからなくないけど、これは困る……。


「駄目です、お願いしますから」

「だって、離れたら花宮さんに盗られる……」

 そう言って、楓先輩が抱きしめる力を強くしてきた。


 この人は何を言ってるんだよ……。

 愛さん、一体どんなことを楓先輩に吹き込んだんだ……?


「あの、本当に困るんで……」

「私に抱き着かれて困るの?」

 楓先輩は拗ねたような顔と声で、俺の顔を見上げてきた。


 ……あぁ、なんだか凄くめんどくさい……。

 いや、好きな人にそんな事言ったら駄目なんだけど、この人状況考えようよ……。


「そうじゃありませんよ、このままだと作戦にも影響します。我が儘なら後でいくらでも聞いてあげますから、離れて下さい」

 俺がそう言うと、楓先輩はやっと離れてくれた。


「とりあえず、今のとこはお見合いを続けてください。大丈夫です、絶対楓先輩を助けますから」

「わかった、信じる……」

 そう言って、楓先輩は部屋を出て行った。


 さて、後は山中さんのタイミングを待つだけだな……。


 …………それにしても、久しぶりに見た楓先輩、凄く可愛かったな……。

 

 俺は楓先輩の可愛さで、さらにヤル気が出るのだった――。


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