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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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66話「止まらない通知音」

「おはよ~……」

「あぁ、おはよう。……どうしたんだ?」


 俺は挨拶をしてきた佳織の表情を見て、おもわずそう尋ねてしまった。 

 佳織はゲンナリとしており、どうも疲れ切っている様子だった。


「ふふ、ふふふ……」

「お、おい……」

 不気味な笑いをしながら佳織がフラフラと近寄ってきたため、俺は身の危険を感じ、ジリジリと後退する。

 そんな俺に対して、佳織が涙目でキッと睨んでき、新調したばかりのスマホの画面を向けてきた。

 反射的に俺も、スマホの画面に視線を向ける。


「昨日から通知が死ぬほど来るんですけど⁉ しかも、ほとんど私の事じゃなく、クロヤンの事なんだけど⁉ いや……最初は(みんな)『佳織と紫之宮先輩が従姉妹いとこと言うのは、本当なの?』って感じで送ってきたんだけど……それに返信したら、みんなその返事に『それで、黒柳君が死にそうな病気に掛かっているのって、本当なの?』ってみんな送ってくるんですけど⁉ しかもその後の話題、全部クロヤンの事だから『もう本人に聞けよ!』って何回思った事か! おかげで全く寝れなかったし!」

 そう言いながら(本当は怒鳴りながら)佳織が昨日のやり取りをスクロールして、俺に見せつけてくる。

 確かに、かなりの人数一人一人とやりとりをしているんだが……これ、俺が見てもいいのだろうか?


「というか、クロヤンの方は何ともなかったわけ?」

 (なか)ばヤケクソみたいになりながら、佳織が俺の顔を見上げて尋ねてきた。


「あぁ……俺の方も普段あまり絡みが無くて、連絡先だけ知っている奴らから連絡来たが、裕貴達以外は無視して、グループチャットの方に『詳しい話は全てが終わってからするよ』って送ったぞ。佳織もそうすればよかったのに」


 俺がそう言うと、佳織は眼を細めて睨んできながら、肩を落としたようにして、首を横に振る。

「女子からの返信を無視しようものなら、後で何を言われるか……。それにこういう個人の話は、他の人に聞かれたくなかったりするから、グループチャットに出来ないんだよ。特にクロヤンなんか、二年生の女子から密かに人気があるんだから……」

 

 ゲンナリした表情で話す佳織に、俺は首を傾げる。

「俺が女子から人気があるだと? そんな訳ないだろ? 俺、告白された事ないぞ?(夕美のはちょっと告白とは違うと思うから、数に含まない)」

 俺がそう言うと、佳織はジト目で俺の顔をジーっと見てくる。

 

 な、なんだ?

 俺は嘘を言ってないぞ?

 生まれてこの方、女子から呼び出しをされて告白されるどころか、下駄箱にラブレターが入っていた事すらない。


「あのね……"密かに"って言ったでしょ?」

「それは所謂(いわゆる)、マニアックな層に人気と言う奴か?」


「違うし! なんでこういう時だけ、クロヤンは察しが悪くなるかな⁉ 普通に考えてみなよ! 学年一勉強が出来て、体育系に負けないくらい運動神経が良い――ましてや、それが……ゴニョゴニョ……なら、モテないわけないでしょ⁉」

 そのような事を凄い剣幕で言ってきた佳織だが、途中何を言っているのか良く聞き取れなかった。


「悪い『運動神経が良い』の後が上手く聞き取れなかったから、もう一度言ってくれるか?」

 俺がそう言うと、佳織は『ぐっ……』と声を漏らした後、ちょっと顔を赤くしながら口を開いた。


「クロヤンが――イケメンだって言ったの!」


 ……何を言ってるんだ、こいつは?


「何を馬鹿な……。俺のどこがイケメンだって言うんだよ?」

 俺が本気でそう尋ねると、佳織が『信じられない』といった表情をしている。


「まさか、自覚なかったの⁉」

「いや、自覚も何も……ただそこら辺にいるような普通の顔だろ?」

 

 俺は自分の顔が不細工とは思っていなかったが、だからと言ってイケメンだとも思っていなかった。

 ……そこら辺にいる一般的な顔だろ?


「……………………クロヤンの妹ってさ……日本人形みたいなスッゴク可愛い顔をしているよね?」

「なんだよ急に? まぁ、確かにそうだと思う。このみは凄く可愛いよな」

「……シスコン過ぎて、ドン引きです」

「おい!」

 

 おかしい……。

 佳織の方から話を振ってきたはずなのに、それを肯定したらシスコン呼ばわりだ。

 前から思っていたが、こいつはそこまでして、俺の事をシスコンに仕立てあげたいのだろうか?


「まぁ、クロヤンがシスコンだと言う事実はおいといて――」

 ……もう突っ込む気も起きない……。


「そんな子の血縁者であるクロヤンが、イケメンじゃないはずないでしょ?」

「いや、そうとも限らないだろ? なんせ男兄弟でも、兄がイケメン、弟がちょっと残念っていうのも多いんだ。だから、妹が半端なく可愛いと言って、兄がイケメンとは限らない」


 俺がそう言うと、佳織が肩を落とす。

 ――というか、もう俺の相手をするのがめんどくさいと言った感じに見える。

 

 他人にこんな態度をとられるのは、俺の人生で初めてじゃないだろうか?


「はいはい、クロヤンは普通ですね。もうそれでいいです」


 ……結局、投げやりの言葉が返ってきたし……。

 ……なんだろ……釈然としないな……。


「もうめんどくさいから"密かに人気"の方に触れるけど――それは入学当初から、クロヤンが桜井さんと付き合ってるって噂があったから、クロヤンへの好意をみんな隠してたってわけ」

 

 ……なるほど、確かに加奈とは入学当初……というか、中学の途中くらいからはそんな噂が立っていた。

 でも、(にわ)かには信じ難いな……。


「それにクロヤンって、凄く桜井さんを甘やかしてたでしょ? しかも周りから見てウザイって思わせるんじゃなく、微笑ましいと言うか、羨ましくなるような態度で――。そんな紳士的な態度が、女子の中では話題になっていたの。まぁ噂のせいで『本性は最低男だったんだ』ってなって、人気がどん底に落ちたけど、それは昨日の全校集会で、誤解が解けたみたいだしね~。その時にクロヤンと紫之宮先輩の関係も知っているはずだけど、そんな事関係なしに、憧れの男の子が居なくなるかもしれないって感じで、みんな焦ってるんじゃないかな? それにまだ、紫之宮先輩とくっついているわけじゃないから、チャンスを狙ってる子もいるかもしれないし」


「う~ん……聞けば聞くほど、信じられないな……。それよりも、学園に戻ってからどうするかで頭が一杯だ」

 俺の言葉に、佳織がしかめっ面をする。

「やっぱり、クロヤンの病気をみんなに暴露したのは悪手だよね……。おかげで、私は寝かせてもらえなかったわけだし……」

「そうだな……正直、予想外の展開だった。夕美が居てこうなるとは思わなかったからな……。まぁ多分、加奈が独断で勝手にしたんだろうが……」

 

 そう言う俺の表情を、観察する様に佳織が見てきた。

「でも、怒ってないんだね?」

 俺は佳織の問いかけに頷く。


「まぁな……。正直、噂とは関係ない――しかも、同情を買うような内容をああいう場で話すのは、批判を買いかねないし、何より新たな悪い噂を流されかねない。だが、実際は俺や佳織に来てる内容や、白川会長からの連絡でわかる様に、皆好意的に捉えてくれている。結果論と言えばそうなのかもしれないし、加奈が話すまでに良い雰囲気が出来ていたというのもあるだろう。だけど、俺達から見れば悪手でしかない事を、加奈は成功させた。そこには打算なんてなく、ただ一生懸命に自分の思いを言っただけだ。感情だけで動くなんて、愚行だと思うかもしれないが、俺は感情だけで動ける人間も大切だと思う」


「なるほど……。でも、これで失敗してたら、桜井さんはどうするつもりだったのかな?」

 佳織は首を傾げながら、俺の事を見上げてくる。

 その表情は『どうせそこについても、何か策が有るんでしょ?』と言う、意味が込められていそうだ。


「言っとくけど、さっきも言った通り、加奈のこの行動は俺も予想外だぞ? だから、学園に帰ってからの事を考えているわけだし」

「え? じゃあ、本当に失敗したらどうするつもりだったの?」

 俺の返答に驚いた表情をする佳織に、俺は笑いかける。


「言っただろ、俺は皆を信頼してるって。加奈が予想外の行動をしたとしても、失敗するなんて思ってなかったさ。恐らく加奈は、場の雰囲気を感じ取って、話して大丈夫って判断したから、俺の病気について話したはずだ。あいつは天然だけど、誰よりも他人の雰囲気を察するのに長けている。だから、加奈は男女問わず、皆から人気があるわけだしな」

「本当に、随分と桜井さんの事を買ってるんだね」

 俺は佳織の言葉に、何も言わず、笑顔だけを返した。

 

 俺が加奈を買っているんじゃなく、それが事実なだけなんだけどな……。

 佳織もそれを理解しているはずなんだが、それを認めようとしないのは、何らかのライバル視をしているのかもしれない。

 流石にそこまでは、俺にも読み取れないしな……。


「後一つ言っておくが、俺が帰ってどうしようかってのは、ただ単に、俺に注目が集まるのが嫌なだけだ。だから、今回は佳織に迷惑をかけた……というか、恐らく通知音が止まない今も迷惑をかけているんだろうが、加奈を怒るのは止めてやってくれ。おそらく、既に夕美に散々怒られた後だろうしな」

 俺がそう言うと、佳織がため息をついて、苦笑いを浮かべる。

「文句を言おうとしてたのもバレてるんだね……うん、そう言う事なら、怒ったりしないよ。それに――」

 佳織は足を止め、ビル街にそびえ立つ、ここからは最上階が見えないビルを見上げる。


「多分、そんな事を考えてる余裕も無さそうだしね――」

 そう言って、俺の方に視線を戻してきた。

「そうだな……。でも、これが終わればいよいよ――だ」


 そう――これで全ての準備が終わる。

 もうすぐ……楓先輩に会う事が出来るんだ……。


 あと一歩のとこまで、やっとこれた。

 あの人を相手取る不安はもう無い。


 やるべき事を、やるだけなんだ。

 

 ――俺と佳織は顔を見合わせ頷き合うと、ビルの中に入っていくのだった――。 

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