58話「違和感」
「――却下」
俺がアリアさんに説明をし終えると、即座に拒絶された。
やはりそう簡単にはいかないか……。
「なんででしょうか?」
俺はあえて、アリアさんに理由を尋ねる。
俺の質問に対して、アリアさんは馬鹿にしたように肩をすくめる。
「『なんで?』 ふっ――そんなの決まってるじゃない。紫之宮楓のクーデターなんかを私のテレビ局で流しても、私にメリットがないからよ」
「そうでしょうか? 一番最初に情報を発信できると言うことは、情報を発信直後は視聴率を独占できます。ましてや、こっちの細かい内情はアリアさんのテレビ局だけにしか教えない――つまり、本当に視聴者が知りたい情報を独占できるわけですよ? それは確かな利益じゃないですか?」
俺の言葉にアリアさんは人差し指を立て、チッチッチと、指をふる。
そして、目をギラリとさせながら口を開く。
「あなた中々面白いわね。でも、残念でした~。そんな手には引っ掛からないわよ? 確かにあなたの言うとおり、それは"利益"になると思うわ。だけど、私が言ってるのは"メリット"なの。目先の利益に飛び付くほど、私は馬鹿じゃないわよ?」
アリアさんの言葉に、愛さんとアリスさんを除いた三人が首を傾げている。
アリアさんが何を言いたいのかがわからないのだろう。
愛さんは俺達の話についてこれているだろうし、アリスさんはそもそもこちらの事に関心を示していなかった。
「つまり――ここで利益を得たところで、将来紫之宮財閥が力を増すことになるような事をするつもりはないと?」
「そう言うこと。将来平等院財閥を継ぐものとして、そこは看過できないわけ」
この条件で食い付いてくれていれば良かったんだが……まぁ、元々上手くいかないことを想定していたから問題ない。
となれば、すぐに策を切り出すだけだ。
「なるほど、よくわかりました。ところでアリアさん、平等院財閥は春川咲選手をイメージキャラにしたいと考えてるようですね?」
俺の言葉に、アリアさんが怪訝な表情をする。
「えぇ、確かにそうよ。もうすぐワールドカップが始まるから、日本中が彼女に注目しているの。だからどうしてもイメージキャラにしときたいのに、交渉人が下手くそみたいで、全然上手くいってないのよね……」
そう言って、アリアさんはチラッと俺の方を見る。
「もしかして――この場でその話をしてくるということは、あなたが春川さんに話をつけてくれるのかしら?」
――流石に状況を理解するのが早いな。
アリアさんにする交渉の材料になるものを探しているときに知ったことだが、同じ規模の大手企業だからか、目をつけるとこが同じだったみたいだ。
だから春川さんには、もうその辺について話はつけてある。
「というより、元々彼女には、紫之宮財閥のイメージキャラになってもらうように話をつけてあります。だから、今回アリアさんがこちらの要求を飲んでくれるのであれば、平等院財閥にその権利をお譲り致します。もちろん、春川さんには事前に話をつけてあり、僕に一任してくれるとのことです」
俺の言葉に、アリアさんは目を見開く。
そしてその顔は、すぐに笑顔に変わった。
「なるほどなるほど、あなた随分と優秀じゃない。そうね――ちょっとだけ、考える時間を頂くわ」
そう言って、アリアさんは俺の顔だけじゃなく、周りの人間の顔を見ながら、黙り混んでいる。
俺達の表情から考えを読み取り、そしてここで条件を飲むかどうかでどっちにメリットがあるのかを考えているはずだ。
だが俺の読みが正しければ、十中八九アリアさんはこっちの要求を飲む――。
――ズキッ。
くっ……このタイミングで……。
だけど、この場で他の人間に気づかれるわけにはいかない。
それは弱味を見せることになってしまう。
強い薬の影響か――そこまで頭痛もひどくなかったため、俺はなんとか頭痛に耐え、ポーカーフェイスをする。
そんな俺の様子を横目に黙りこんで考えていたアリアさんが、最後に一瞬だけアリスさんを見る。
俺はその視線に違和感を感じた。
俺達を見ていたのはわかる。
交渉において相手を観察するのは、基本中の基本だ。
しかし、俺達の話に興味を示さず、本を読み続けているアリスさんを見たのはなんでだ?
たまたまかもしれない――いや、普通ならその考えが濃厚だろう。
だが、このアリアという人間――彼女は交渉において、無意味に相手から意識を離すとは思えないというのが、彼女と話して抱いた印象だった。
何かしらかの決定権が、アリスさんにもあるのだろうか?
やがて――思案を終えたアリアさんが、笑顔で口を開く。
「OK、その要求を飲むわ。多分ここで断っても、他のテレビ局に話が行って、結局は紫之宮楓の評価はあがる。それなら、ここで視聴率という利益を得て、尚且つ春川咲という美味しい餌を頂いた方が、私達のメリットになる」
俺の読み通り、アリアさんは了承した。
ただ、春川さんを餌に表した言い方は気に入らないな……。
「ありがとうございます。ただし、あくまでそれは実行するとなればです。しかし、俺達に協力をするというサインを頂ければ、イメージキャラを譲るわけにはいきませんが、独占インタビューなどをアリアさんのテレビ局でやってもらっても良いです」
アリアさんは俺の言葉を聞いた後、唇に指を当てて考え始める。
「まぁ、わかってたことだけど、そうくるわけね……。確かに――あの子可愛いからか、警戒心が強く、中々深いとこまでインタビューさせてくれないのよね……。だから、そんな彼女の独占インタビューとなれば、視聴率ははね上がる……。それに実行する訳じゃないと言うことは、紫之宮楓の人気が上がるなどというイベントもおきない……。なるほど、その条件でいいわ」
そう言って、アリアさんは頷いてくれた。
この理解の早さと損得の見極めの正確さが、彼女の武器か。
相手への要求の仕方も知っているし、何より度胸がある。
実に交渉に向いた人材だな――。
だが、俺の思惑を理解していない。
確かに優秀で厄介ではあるが、彼女の名前の知名度とは釣り合ってない気がした。
そう、何か違和感があるのだ……。
「それで、私達が来た時にそちらの方が聞いていたけど、実際行動を移す可能性はどれくらいなの?」
俺が考え事をしていると、アリアさんが首を傾げて俺の方を見ていた。
「そうですね――おそらく、10%もないかと――」
「「「は……?」」」
俺の言葉に、アリアさん、飛鳥さん、山中さんの三人が固まる。
というか、飛鳥さんはお嬢様口調だったはずなのに、その驚きかたは良いのだろうか……?
「いやいやいや、ちょっと待って! そんな確率が低いのに、わざわざ私達――というか、この人数を集めたの!? 一体何がしたいわけ!?」
アリアさんの言葉に、飛鳥さんと山中さんの二人がコクコクと頷いている。
まぁ、ここまで大々的に話を進めておいて、実行確率がかなり低いとなれば、このような反応にもなるか……。
「まぁ、それにもちゃんとわけが――」
「dummy」
ゾクッ――。
俺が適当に話をごまかそうとしたら、横から口を挟まれ、俺はその言葉に言い様のない感覚に襲われた。
俺は横で本を読んでいる少女を見る。
俺はこの子の事もきちんと警戒していた。
そして、この子は確かに本を読んでいたはずだ。
目の動きから、しっかりと本の内容を頭に入れながら、文字を目でおっていたことを確認している。
ということは、この子は本を読みながら俺達の話を聞いており、そして俺の思惑を理解したのか?
俺がアリスさんに声をかけようとすると――
「ちょっとお姉ちゃん! みんなで話してるときに本の内容を口にしたらダメだって、何回言ったらわかるの!」
「ごめん……」
アリアさんが俺よりも早く声をだし、アリスさんに注意をした。
そしてアリスさんも何も否定せずに、素直に謝った。
俺の思い過ごしか……?
いや、思い過ごしでもなんでも、きちんと確認しておく必要がある。
「アリスさん、どんな本を読んでいるんですか?」
「……? これ、だよ?」
そう言って、アリスさんは俺に本の表紙を見せてくれる。
――推理小説物……か。
これなら殺人などのトリックを見抜いて、思わず口走ってしまったとも考えられる。
どうする……アリスさんが今読んでいた数ページも見せてもらうか?
いや、そんなことをすれば、この二人から信用を失う……。
結局――俺は本の内容までは確認しなかったのだった。







