57話「双子の姉妹」
「――お待たせしました、黒柳さん」
そう言って、飛鳥さんが笑顔で挨拶してくれた。
「いえ、お忙しいところ来ていただき、有難うございます。こちらへお掛けください」
俺はそう言って、飛鳥さんを椅子に座るよう促した。
「これは――中々の面子でございますね。私が最後でしょうか?」
飛鳥さんは椅子に座るメンバーを見ながら、俺に尋ねてきた。
現在椅子に座ってるのは、佳織はもちろん、愛さんに山中さんが座っている。
今回の件に関わる重要人物達だ。
「いえ、後でもう一人来る予定です」
「そうですか。後でと言う事は、とりあえずこのメンバーで先に話をしておきたいという事ですか?」
「話が早くて助かります」
俺の言葉に、飛鳥さんは微笑んで席に座った。
「さてみなさん、改めてお忙しいところお集まり頂き、感謝致します。もうご存知かと思いますが、今回の件で紫之宮財閥に打って出る為に、皆さんの協力をお願いしたいのです」
「ちょっと待ってくれるかい?」
俺の言葉に口を挟んだのは、山中さんだった。
「どうしました?」
「いや、どうしましたじゃなくてさ――どうして紫之宮財閥を相手取るのに、紫之宮財閥の実質NO2がここに居るんだい?」
そう言って、山中さんは愛さんの方を見る。
まぁ、もっともな疑問か……。
「安心してください。愛さんは味方です」
「それは本気かな?」
「はい。前に申し上げたと思いますが、僕は愛さんと懇意にさせて頂いてます。彼女は妹さんを助けるために、僕達に協力してくださるのです」
俺がそう言うと、愛さんがニコッと微笑んだ。
何も喋らないのは、この場は俺に主導権を譲ってくれると言う事だろう。
「まぁ君がそう言うなら……」
そう言って、山中さんも黙り込んだ。
「ご理解頂き感謝いたします。それでは、この後に合流される方が来るまでに話しておきたい事があるので、そちらに移らさせて頂きます」
俺はそう言って、佳織の方を見る。
佳織は頷いた後、資料を愛さん達に配った。
この前愛さんに集めてもらった資料から、リストアップしたものだ。
「この資料は、紫之宮社長が圧力を掛けて、相場よりもかなり安く物品を仕入れている、企業をリストアップした物です。数は大体50社くらいなのですが、この企業に、こちらが連絡するまで納品を止めて頂きます。もちろん、こちらからは物品をもらわない期間も、お金は払い続けますが」
俺の言葉に、山中さんと飛鳥さんは怪訝な表情をする。
「正気ですか……? そんな事をすれば損失がとんでもない事になりますが……?」
俺は飛鳥さんの言葉に頷く。
「その通りです。ですが、それが狙いなのです。紫之宮社長が社長の立場を愛さんに譲るまで、その対応をしてもらいます」
「そんなの、相手企業が了承しないと思いますが?」
「それはどうでしょうか。僕の見立てでは、これらの企業の社長達はみな、紫之宮社長の理不尽な要求に不満を持っていると思っています。そんな時に物品を納品しなくてもお金が入り、ましてや紫之宮社長からの圧力から逃れるチャンスがくればどうでしょうか? そしてこちらとしてはその見返りに、これからの取引額を一割増しにする旨もお伝えします」
俺の言葉に二人は考え込む。
1割増しと言えば安く思えるかもしれないが、例えば取引額が一千万だとすれば、百万ふえるのだ。
その額は決して安いとは言えないだろう。
ましてや、その数は50社に及ぶ。
その分、紫之宮財閥が負う負担も凄い物だが……。
「しかしそれはどうだろうか、黒柳君。いくら紫之宮社長を下ろすためとはいえ、そうなれば、紫之宮財閥の経営が苦しくならないかな?」
山中さんは口に手を当てた状態で、俺の方を見てくる。
「元々このままいけば、将来取引相手を失うリスクがあります。先を見るなら相場に近づけるべきだと言うのが、僕と愛さんの結論です」
俺がそう言うと、愛さんが同意の意思を示すという意味で、頷いてくれた。
「なるほど、黒柳さんの考えはわかりましたが、何故ここに私達が呼ばれたのでしょうか?」
「お二方には、これらの企業のトップの方々に知り合いが居れば、口利きをして頂きたいのです」
「山中さんはわかりますが、私もですか?」
飛鳥さんは不思議そうに首を傾げる。
白々しいな……。
俺が言いたい事はわかってるだろうに――。
「飛鳥さんは、ご子息の方々に知り合いが居るのではないかと思ったんです」
俺の言葉に飛鳥さんがニコッとした。
「見返りは何でしょうか?」
「やっぱりそう来ますか……。山中さんとは今回協力関係にありますが、飛鳥さんはそうではないですもんね。どうでしょう、口利きをして頂けたい際には、三人の優秀な人材の中から、一人を紹介いたしますよ? もちろんその人が入社するかどうかは、飛鳥さん次第にはなりますが」
「へぇ――」
飛鳥さんは興味深げに、俺の方を見る。
この人はこれから会社を経営していかなければならないため、優秀な人材を凄く欲しているだろうという事から、俺はそう提案した。
「一人目は、一度見たり聞いたりした事を忘れないという、驚異的な記憶力を持ち、尚且つ頭がキレる才女。二人目は、コミュニケーション能力に優れ、初対面の相手でもすぐに仲良くなれる奴で、営業職が天職だと思える奴です。三人目は高い演技力を持つ少女です。彼女にはこれから俺が持つもの全てを教えていくつもりです」
「なるほど――それが本当なら、ぜひともお会いしたいですね」
――予定通り、釣れたな。
これで飛鳥さんの方は大丈夫だろう。
夕美達を餌にしているように思えるかもしれないが、もし本当に飛鳥さんが交渉に行くとすれば、彼女達にとって好条件で話がいくだろう。
それは夕美達にとっても良い事と言えるはずだ。
「しかし――その策には一つ不安な部分がありますね」
そう言って、山中さんは首を傾げている。
「何がでしょうか?」
山中さんの言う不安な部分が気になった飛鳥さんが、山中さんの方を見る。
「あ、いえ、そちらの紹介云々の話ではないですよ? ただこの納品を止めて頂く事を交渉しに行くのは、そちらの紫之宮さんなのでしょうが、その事を他の人間にバラされてしまいませんか? ましてやマスコミなどに洩らされた場合、紫之宮さんが自分の会社を陥れようとしていると、社員達が暴動を起こす危険があるかと」
「確かにその危険はありますね……やはり、契約書に『他言無用』とサインして頂くのでしょうか?」
飛鳥さんは首を傾げながら、俺に尋ねてきた。
「いや、もし今回の事を行動に起こすとすれば、寧ろそれが狙いです。というか、交渉が全て終わり次第、僕の方からマスコミに流しますよ」
「「は……?」」
俺の言葉に、飛鳥さんと山中さんが唖然としていた。
「いやいや――そんな事すれば、紫之宮さんの立場はどうなるんだい?」
山中さんは、笑顔で成り行きを見届けて居る愛さんの方を見る。
「まさか紫之宮さんを犠牲に、妹さんを助けるおつもりですか?」
飛鳥さんは訝しげな表情で、俺の顔を見ていた。
「そんな事はしません。愛さんが自分の会社を陥れる事をしている事を敢えてマスコミに流す事で、この事は話題性を持ち、日本中に広がるでしょう。そして広がり次第、紫之宮社長が楓さんを軟禁している事実を公表します」
「「軟禁!?」」
楓先輩が軟禁されている事を知らなかった二人が、凄い驚いた表情をしていた。
「な、なるほど……強制的なお見合いを潰す事を『助ける』なんて言い方するから、大げさだなって思ってたら、紫之宮社長はそんな事をしていたんだね……」
「はい。そして、その証拠もたくさんあります」
俺はそう言って、楓先輩が軟禁された日に由紀さんから渡された、紫之宮社長の直筆の手紙、そして、保存してある、俺達の数多くの楓先輩が軟禁されている事を指すやりとりを見せた。
「これを公表すれば、愛さんは自分の妹を助けようとしたんだと世間は見る様になり、必然的に愛さんの評価は上がり、紫之宮社長は世間から叩かれるでしょう」
「なるほど……しかし――あなたは自分の父親を見限る事が出来るんですか?」
ここまで黙って話を聞き続けていた愛さんに、飛鳥さんが話しかけた。
「見限る……ね……。まぁ……ここまでしないと、多分あの人は眼を覚まさないから、仕方ないよね」
そう言って、愛さんは笑顔を見せた。
ただ、その笑顔が心からではないのがわかる。
やはり自分の親を陥れるような真似、したくないよな……。
こんな事になってしまって、申し訳なく思う。
だが――
「でも、あくまでこれは行動に移すとしたらです。まだ実行するとは決まっていませんので」
「そうですか。確率としてはどれくらいでしょうか?」
「それは――」
「――待たせたわね」
俺達の話に割り込んできたのは、フワフワとした天然の金色をした髪色で、その髪をツインテールに結んだ少女だった。
そしてその目は碧眼の色をしており、誰が見ても美少女と評価する女の子と言えるだろう。
彼女はアメリカ人とのハーフだと聞いている。
しかし――。
俺はスマホの時計を見る。
……待たせた……?
約束よりも1時間も早いのだが……?
それに――
「確かお話では、妹のアリアさんだけお越しいただけるとの事だったはずですが?」
俺はそう言って、アリアさん――ツインテールの少女の横に立っている、同じ金色の髪をした、ストレートロングヘアーの少女を見る。
確か彼女はアリアさんの双子の姉で、名前をアリスさんと言ったはずだ。
アリスさんは俺の方をジッと見ていた。
「暇だから……来てみた……」
そう言って彼女は空いている椅子を持って来て、何故か俺の横に座った。
しかも――彼女達は話をしに来たはずなのに、自分の鞄から本を取り出して読み始めた。
妹のアリアさんは好戦的で、頭がキレるため要注意だが、姉のアリスさんは何を考えているかわからないくらいマイペースで、気に留めるほどでもない存在というのが周りの評価らしい。
実際目にしてみても、本当にこの子が何を考えているかわからなかった。
ちなみに――二人の歳は俺と同じなのだが、アリアさんの方はいくつかの会社を既に経営しているらしい。
というのも、彼女達は紫之宮財閥と肩を並べる大企業――平等院財閥の跡取りなのだ。
まぁ、要は紫之宮財閥のライバル企業のご息女達な訳だが、彼女達にもお願いがあってお越し頂いたんだが――。
俺はアリアさんの方を見る。
アリアさんは俺の方など見向きもせずに、愛さんの方を睨んでいた。
話には聞いていたが、やけにライバル視しているんだな……。
まぁ……愛さんは気にも留めてないみたいだが……。
業界では注目されている少女を歯牙にもかけていないとは、流石愛さんだな……。
しかしどう考えても、アリアさん達が早く来たのはわざとだろうな……。
若干予定を狂わされたが、俺は頭を切り替えて、アリアさんへと話しかけるのだった――。







