55話「兄妹喧嘩」
「――終わった~!」
14時頃――そう言って、佳織が机に倒れこんだ。
この四日間、睡眠時間を4時間まで削り、俺達は資料を調べた。
流石にチェックミスをするのが怖かったため、最低限の睡眠時間はとっていた。
俺は机に伏せている佳織に、ジュースを渡す。
「お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」
俺がそう言うと、佳織は俺の顔をジーっと見てきた。
「どうした? 違う奴が良かったか?」
「いや、そうじゃないけど……それ、だけ?」
「え?」
何か欲しいのだろうか……?
「なでなで……」
「は……?」
「頭、なでなで……」
あぁ……。
俺は佳織の言う通り、佳織の頭を撫でる。
それを佳織は気持ちが良さそうに、目を細めて受け入れてくれた。
そんな佳織の事を見ながら、俺は疑問に思っている事を、聞いてみる事にした。
「なぁ……もう、佳織のキャラ崩れてないか……?」
俺の言葉に、佳織は笑った。
「元々、私にはキャラなんてものはないよ。その場その場の雰囲気に合ったと思った性格になるだけ。まぁでも……今は心から思ってる事を言ってるだけだから、これが私の本当の性格なのかもね」
「そういう……ものか?」
まぁ、佳織がそう言うなら、それで納得するしかないんだが……。
「嫌……?」
佳織は不安そうに、俺の方を見てきた。
「嫌じゃないさ。佳織がしたいようにすればいい」
俺はそう言って、止めていた手をもっかい動かし、佳織の頭を撫でた。
「ふふ、ありがとう」
佳織は嬉しそうに笑って、行為を受け入れてくれた。
ブー……ブー……
和やかな雰囲気に鳴り響く、振動音。
俺は自分のポケットから、スマホを取り出す。
――うわぁ……。
時間が無かったため、スマホに通知が来ても無視してたのだが、中には、夕美からの怒りのメッセージがたくさん来ていた。
……向こうも苦労をしているようだな……。
俺はその中の最新の通知を見る。
桃華ちゃんから……?
彼女からという事は……。
俺はメッセージの内容を見て、顔をしかめてしまった。
「どうかしたの?」
佳織が俺の方を、心配そうな表情で見上げてきた。
「いや、なんでもない」
俺はそう言って笑い、誤魔化すように佳織の頭を撫でた。
佳織は眼を細めて、嬉しそうにした。
佳織に知られるとまずいからな……。
「今日は、帰ってゆっくりしようか。明日が山場だしな」
俺はそう言って、佳織と一緒に愛さんの会社を出たのだった――
2
「――おまたせ、お兄ちゃん」
俺は佳織と別れた後、このみを夕美の家の近くの公園に呼び出していた。
夕美達はまだ部活をしているのだろうが、このみには『用事がある』と言って、帰る様に指示したのだ。
「悪いな、急に呼び出して」
「ううん、お兄ちゃんに会いたかったから嬉しいよ。それで、どうしたのかな? 夕美お姉ちゃんが、連絡がとれないって怒ってたよ?」
そう言って、このみは可愛らしく首を傾げた。
俺はその姿に胸が痛くなる。
…………信じてたのにな……。
俺はこのみから少しだけ視線をずらし、強めな口調で言った。
「このみ、ボイスレコーダーを渡してくれるか?」
「え……?」
「俺が渡したボイスレコーダーだ」
俺がこのみに近寄ると、このみが一歩下がった。
「な、なんで急に? ごめんね、私まだ言質とれてないんだ」
「つまり、ボイスレコーダーは使ってないんだな?」
「う、うん……」
このみは戸惑いながらも、俺の問いかけに頷いた。
「なら、問題ない。こちらで必要になったから、少しの間貸してくれないか?」
「あ、あーごめん……部室に置いて来ちゃった……」
「そうか。じゃあ、部室に取りにいくから、何処に置いてある?」
俺の問いかけに、このみが押し黙る。
だが、すぐ口を開いた。
「わ、私がとってくるから、お兄ちゃんはそこら辺のお店で待ってて!」
そう言って、このみが駆け出そうとする。
だが、俺はそのこのみの手を掴んだ。
そして、鞄を奪い取る。
「あっ――!」
このみが叫んだが、俺はこのみの鞄に手を突っ込み、ボイスレコーダーを取り出す。
そして――それを“再生”した。
ボイスレコーダーから流れてくる音声は、色々な男女が話している、誰かしらの悪口だった。
俺はこのみを睨み――
「なんだ、これは?」
と、問いかけた。
「ひっ――!」
このみが、怯えた目で俺の方を見た。
俺がこんな目を――このみがこんな目で――お互いを見るのは、初めてだった。
「このみ、お前……これを使って、この生徒達を潰すつもりだったな?」
俺の問いかけに、このみは黙りこんだ。
「誰もそんな事を頼んでないよな? こんなあからさまな悪口を言っている所を流されれば、この生徒達は周りの生徒達に虐げられるぞ?」
「……お兄ちゃんがされた事を……この人達にもするだけだもん……」
このみは俯きながら、そう呟いた。
「なんでこんな事をした? お前がした事がバレれば、こいつらはお前の事を恨み、何をしてくるかわからないぞ?」
「別にいいもん……そうしたら、お兄ちゃんに守ってもらえるし、傍に居られるもん……」
俺はその一言で、このみが考えていた事を理解した。
俺があれからもこのみの傍に居られなかったせいで、このみは憂さ晴らしをしようとしていたのだ。
そして、あえてその人間達から恨みを買い、危険にさらされるこのみを俺が守る様にして、自分の傍に俺が居る状況を作ろうとしていたのだ……。
…………もう、あの純粋なこのみは本当にいないんだな……。
「――守らない」
「え……?」
「お前がこんな事で周りから恨みを買っても、俺はお前を守らない。妹だとも思わない」
俺の言葉に、このみは絶句した。
そして、涙を流し始めた。
「うぅ……ぐすっ……」
「泣いても駄目だ。お前がやろうとしているのは、お前が加奈にした様に、人を陥れる行為だ。そんな事をするのは、人間のクズがする事なんだ」
俺の言葉に、このみが俺の事を睨んできた。
「なんで……なんでそんな事言うの!? 私が何のためにしてるか、お兄ちゃんならわかるんでしょ!?」
このみは涙声で、そう叫んだ。
「わかるよ。でも、理由がどうあれ、手段が最低だ」
「ひどい……もとはと言えば、お兄ちゃんが約束を守ってくれないせいじゃない!」
「あぁ、そうだな。俺はお前と一緒に暮らすと言ったのに、それをまだ果たせていない。でもそれは、手術が終わってから、そうするつもりだったからだ」
俺の手術成功率が絶対じゃない以上、もし失敗した時に、このみを一人で暮らさせるわけにはいかない。
だから、手術が成功してから、このみの事を引き取ろうとしていた。
「でも……でも……」
このみは涙目で首を横に振る。
「あのな……お前、何か問題を起こせば、少年院行きなんだぞ?」
このみが俺の言葉に、ビクっとした。
「もし今回何か企んでた事が、佳織達にバレてみろ……やはりお前は危険だと言って、容赦ない対応をとられるぞ?」
「佳織……? それは花宮先輩の事?」
「ああ、そうだが……?」
俺の言葉に、このみの目に怒りを宿した。
「なんで!? なんで私の事をほっといて、他の女とばかり仲良くするの!? 私は妹じゃなかったの!?」
俺は、ゆっくりとこのみに近寄った。
このみは俺に叩かれると思ったのか、目をギュッと瞑る。
俺はそんなこのみを――
「ごめんな、俺にはそんな余裕がなかったんだ」
と、優しく抱きしめた。
「え……?」
このみは俺の行動に驚いていた。
俺は、このみの後ろ頭を撫でる。
「今の俺には、楓先輩を助ける事が精一杯なんだ。だから、このみの事まで気に掛ける事が出来なかった。だけど、それは俺に力がないからだ。もし俺に力があれば、このみにこんな寂しい思いをさせずに済んだのにな……。ごめんな……」
「あ……ああぁ……」
俺の言葉に、このみはうめき声みたいな声をだした。
「だけどな……もう少しだけ、待ってほしい。あと少しで、決着がつくんだ。そうして、手術が終われば、二人で一緒に暮そうな」
「お……怒ってたんじゃないの……?」
「怒ってるよ。怒ってるけど……それは、俺自身にだ。俺がきちんとしてたら、このみがこんな感情を抱く事も、行動に移すこともなかった。ごめんな、不甲斐ない兄で……」
「な、なんで……? なんでいつもお兄ちゃんは、自分のせいにするの……? 誰がどう考えても、私が悪いんだよ?」
「俺にとって、このみが大切な妹だからだ。だから、何かこのみが悪い事をしたら、その原因を作ってしまった俺のせいなんだよ」
俺の言葉に、このみが俺の体を抱きしめてきた。
このみは何も言わない。
だけど、手だけは強く俺の事を抱きしめてきた。
俺が言わなくても、このみは頭でわかっているんだ。
自分がやっていることの意味を。
だけど、気持ちがそれを許さない。
だったら、俺は怒るんじゃなく、その気持ちを変えてあげなければならないと思った。
「このみ、もう馬鹿な事はせずに、俺にきちんと話をしてくれるか?」
「う、うん……」
「心配しなくても、このみは俺にとって大切な妹なんだ。傍に居てあげられない事も多いけど、それだけは忘れないでくれ」
「うん……ごめんなさい……」
「いいよ……」
俺はそう言って、このみの体を強く抱きしめた。
このみは嬉しそうに、俺の頬に自分の頬をスリスリと擦り付けてきた。
こういうとこは可愛いんだよな……。
俺の判断を、甘いと言う人間は多いだろう。
だけど、前にも言ったが、俺にこのみを見放す事は出来ない。
だって、たった一人の家族なのだから。
それに、このみの犯した過ちの理由が俺にあるのだとしたら、絶対にこのみを見捨てる気はなかった。
だからこそ、事前に手をうっておいた。
今度はこのみが取り返しのつかない過ちをする前に、すぐに俺が気付ける様に。
その目付け役が――桃華ちゃんなのだ。
彼女はこのみの事が大好きだから、何か違和感があれば気づいてくれる。
そして、桃華ちゃんからこのみの様子がおかしいと連絡が入った。
そこからは、このみが出来そうなことを考え、今回の策を見破れた。
このみがした事を知ってもなお、このみの傍に居てくれる桃華ちゃんは貴重な存在だった。
周りが反対しても、俺があの二人を一緒に居られる様にしてあげなければならない。
本当――やる事がおおいな……。
俺はそんな事を考えながら、自分の運命に苦笑いするのだった――。







