49話「腹の探り合い」
「花宮、中に入る前に、一つ言っておきたい事がある」
俺はそう言って、花宮の方を見る。
花宮は不思議そうに、俺の方を見上げてきた。
「俺と山中さんのやり取りに、決して口を挟まないでくれ」
「……? 元からそういうつもりだったけど?」
「それに、俺の言葉に驚いたりしない様にも気を付けてくれ」
「何をするつもり……?」
俺は花宮の問いに答えない。
ここで押し問答する時間は無いし、流石の花宮でも納得しないかもしれないからだ。
俺は先に建物内に入る。
「あ――! ちょっとまってよ!」
花宮は不安そうな表情で、付いて来た。
俺はその花宮の方に振り返ると――
「心配するな」
と、だけ告げた。
2
「よく来てくれたね」
受付嬢に案内された俺達の前に現れたのは、写真で見た青年――山中さんだった。
彼は笑顔で出迎えてくれた。
「いえ、こちらこそお会いして頂き、ありがとうございます」
俺はそう言って、頭を下げる。
花宮も俺に続いて、頭を下げた。
「そちらの女性が来る事は、聞いていなかったのですが?」
「すみません、彼女は僕の助手です。後学の為に、急遽彼女を同伴させる事になりました」
「そうですか」
そう言って、山中さんはニコっと笑う。
俺もお返しとして、ニコッと返した。
ただ、山中さんの顔は笑っているが、目は笑っていなかった。
そしてその目のまま、花宮の事を観察し始める。
「――!」
視線を向けられた花宮は、体をビクっとさせた。
そして、体を強張らせる。
緊張しているのが、横に居る俺にも伝わってきた。
「山中さん、ご多忙のようなので、話を早く始めた方が良いかと」
俺はそう言って、さり気無く花宮の前に立つ。
「そうですね、ではこちらにどうぞ」
山中さんは俺の行動など気に留めず、先導するように歩き出した。
俺も続くように歩き出そうとすると、服の袖が引っ張られる。
俺が後ろを振り返ると、袖を引っ張ってきた花宮が、不安そうにこちらを見あげていた。
おそらく花宮は、今回俺達が歓迎されていると思っていたのだろう。
だがさっきの視線で、自分達が全く信用されていない事を、理解したといったところか。
俺を山中さんに紹介してくれたのは、飛鳥さんだった。
彼女の評判は知っての通り、男好きで軽い女と言うのが、周りの評価だ。
そんな彼女に紹介された相手――しかも、自分よりも若い男女が来たのだ。
先ほどの品定めをされるような目を向けられても、仕方ないだろう。
しかし……半信半疑ではあったが、やっぱり飛鳥さんは自分の本性を、山中さんには隠していたか。
山中さんの方から飛鳥さんに相談したと聞いた時は、彼女の本性を知っていて、頼ってきたのかと思ったが、それは違うみたいだ。
もし飛鳥さんの本性を知っていたのなら、話はスムーズに進めていただろうに……。
まぁ、俺も人の事は言えない。
飛鳥さんに紹介してもらう時に、俺は飛鳥財閥の関係者として紹介してもらっている。
ここから始まるのは話し合いではなく、腹の探り合いだ。
俺は花宮の顔を見る。
その顔はまだ怯えている様だった。
この子は自分が優勢になる情報を持たない相手になると、途端に弱くなるな……。
今のままでは、この後のやり取りで動揺が顔に出かねない。
「花宮」
「……?」
「大丈夫だ」
俺はそう言って、花宮を安心させるように、頭をポンッポンッと叩いた。
3
「ある程度の話は聞いていますが、山中さんの方からも話を聞かせて頂きたいと思います」
俺は席につくなり、そう切り出した。
山中さんは、相変わらず笑顔を絶やさない。
「そうですね、わかりました。まぁ簡潔に説明すると、僕と紫之宮財閥のご令嬢とがお見合いをする事になっていましてね。ただしそれは、形式上であって、お見合いが成立する事が決まっているんです」
「それに対して、お断りをしたいと言う事ですね?」
「はい、そうです」
「それはどうしてでしょうか? 憶測を立てる事は出来ますが、確信がほしいんです」
「それはですね……このままでは紫之宮財閥に、山中財閥が吸収される恐れがあるからですよ」
やはりそう来るか……。
俺は花宮の事を横目で見る。
花宮は真剣な顔でメモをとっていて、顔には何も変化がなかった。
別にメモは必要ないのだが、自分が助手であるというアピールだろうか?
まぁ、動揺を顔に出さないで居てくれさえいれば、それで問題ない。
今のところ、山中さんは本心を話す気が無いようだ。
この人は自分の弱みを見せないために、バレにくい嘘をついている。
「なるほど、確かにそれは脅威ですね。しかし、そうなると少し疑問が残ります」
「と、言いますと?」
「失礼ながら、僕は御社と紫之宮財閥の経営状況を把握しております。そこから導き出した限り、いくら紫之宮財閥が日本屈指の企業とは言え、御社ほどの規模の会社なら、気を付けてさえいれば、吸収されませんよね?」
俺の言葉に、一瞬だけ山中さんの顔が引きつった。
動揺を見せたのが一瞬だけだったのは、流石この若さで、大手財閥のトップを務めているだけある。
「経済と言うのはわからないものでしてね……いつ急激に悪化するのかわかりません。もし山中財閥の業績が悪くなった時、紫之宮財閥が山中財閥を吸収しに動けば、たちまちやられてしまうでしょう」
ふむ……そう来たか。
確かにそれはありえるが、ここでたらればの話をしても仕方がない。
「つまり山中さんは、これからの山中財閥の業績が伸びないと思ってるのですか?」
「どういうことですか?」
「これから経済が悪くなる。確かに、それは考えられる事ですね。なんせ今の日本はただでさえ経済が悪い。この先どうなるのか不安になるのもわかります。しかし、山中財閥がこれからも今の様に伸び続けるのであれば、多少経済が悪化した所で、そんな心配でてきませんよね?」
「うーん、経済が悪化すれば、企業が伸びないのは当然じゃないでしょうか?」
「いいえ、それは違います。経済が悪くても企業は伸びますよ。実際日本の経済が悪く、たくさんの企業が苦労をしている中で、山中財閥は業績をかなり伸ばしているではありませんか」
俺の言葉に、山中さんは押し黙る。
そして、俺の事を観察する様に見始めた。
その視線は俺だけではなく、花宮の方にも向ける。
花宮は気づいているのだろうが、必死にメモをとる振りをして、顔をあげない。
……それでいい。
顔の表情さえ見せなければ、相手にこちらの考えを読み取られない。
さて、今度はこちらから仕掛けようか。
「しかし、これは困りましたね」
「どうされました?」
「いえ、山中さんが思ったよりも弱気な方だったのでね。僕のプランに支障が出てくるなっと、思いまして」
俺の言葉に、山中さんはもちろんの事、花宮まで驚いた表情を俺に向けてきた。
驚くなと、先に言っておいたのにな……。
「紫之宮財閥に吸収されるおそれがあるのは確かですが、これはどう考えても、山中財閥を成長させるチャンスでもあると思いますが? 紫之宮財閥のご令嬢と結ばれれば、山中財閥に欲しい物資を融通できますし、何より取引企業を一気に増やせます。そういうのを目的としたのが、政略結婚の狙いでしょ? なのに、あなたは吸収されるかもしれないという可能性が低い事をおそれて、そのチャンスを逃そうと言うのですか? 会社のトップに立つ人間として、それでいいんですか?」
「知った風な口を……」
山中さんの余裕が消えた。
本音を聞き出すなら、怒らせるのが一番手っ取り早い。
「知った風な口? 違うと言うのですか?」
「紫之宮財閥の人間と結婚するからと言って、その財閥を掌握できるわけでないでしょう? 彼女にだって、姉が居る。そう簡単に進む話ではない」
「へぇー……面白い事言いますね。あなたとお見合いをする、紫之宮楓さんは、次期紫之宮財閥の当主になる方だ。姉がいるとは言え、彼女の発言力は強い。強いて言えば、その夫となるあなたなら、紫之宮社長が前線を退き次第、無茶苦茶をしない限りは、紫之宮財閥から山中財閥に融通が出来るはずです。まさか、お見合いの相手が次期当主だと言う事を、聞いていなかったとは言いませんよね?」
この男が聞いていないはずがない。
紫之宮社長なら、楓先輩の価値を上げるために、必ずその事を教えているはずだ。
山中さんは俺の事を『何故そこまでで知っているのか?』と言った顔で見ていた。
もちろん、その事について触れる気はない。
「山中さん、あなたが今回のお見合いで得れるメリットについて、気づかなかったとか、吸収される事を本気で恐れてお見合いを断ろうとしているなど、思っていません。腹の探り合いはこの辺にして、正直に話してくれませんか?」
俺の言葉に、山中さんは大きなため息をついた後、頭を下げて謝罪してきた。
その後ゆっくりと、本当の事を話始めてくれたのだった。







