46話「胸の中に広がる複雑な感情」
「おはよう」
俺は、待ち合わせ場所に先に来ていた花宮に、挨拶をした。
「おはー……」
花宮は眠そうにしながら、挨拶を返してくる。
「眠たいのか?」
「そりゃあ眠いよー……。今何時だと思ってるの? まだ、朝の六時だよ? いくらなんでも早すぎるよー……」
花宮は拗ねたような態度で、文句を言っていた。
「仕方ないだろ。向こうの都合で、10時半からしか約束できなかったんだから。新幹線を使っても、片道四時間近くかかるんだ。今から行かないと、間に合わないだろ」
そう、山中さんが居る所は岡山県で、俺達が住んでいる東京からそれだけの移動時間がかかるのだ。
山中財閥は岡山県を拠点としている。
聞いた話によると、岡山県は、中国山脈、四国山脈、九州山脈に囲まれている事により、台風などの被害が少なく、地震などの災害が少ないそうだ。
さらに、海に面している事と、交通の便が良い事から、拠点を岡山県に移そうと考えている企業も多いと、昔由紀さんから教えてもらった事がある。
山中財閥は、ここ最近急成長を続けている企業らしい。
そう言ったところが、紫之宮社長の目にとまったのだろう。
楓先輩を使って、山中財閥を吸収しようとしているのではないだろうか。
「ねぇ……着いたら起こして……」
東京駅まで行くために地下鉄に乗ると、座席に座った花宮がそう言って、眠りに入った。
十五分ぐらいで着いてしまうんだが……。
まぁ、眠たそうだし仕方ないか。
俺は花宮と少しだけ距離を取って、座席に座った。
しかし、花宮は朝に弱いんだな。
思わぬ弱点を見つけたという感じだ。
俺は花宮を起こさない様に、スマホを見る。
そこには、夕美達の経過報告が来ていた。
どうやら、みんな上手くやってくれている様だ。
そのままスクロールしていくと、俺は加奈のある文面で手を止めた。
そこには――
『店長が、そろそろバイトに出てくれないと、お店が回らないーって泣いてたよー』
と、書いてあった。
楓先輩が軟禁されてから、俺はバイトにほとんど出ていない。
それで喫茶店桜のメンバーには迷惑をかけていた。
その事はまた改めて、お詫びをしないといけないだろう。
ただ、問題はそれだけではなかった。
バイトに出ていない――つまり、バイト代が入らないのだ。
今までは、生活費で余ったお金を少しずつ貯めていたのを使っていたのだが、元々貯蓄額が少なかった事も有って、段々と心もとなくなってきた。
それだけではない、前にこのみが問題を起こした時、このみと一緒に暮らす約束をしてしまっている。
俺の手術が終わり次第、一緒に暮らすつもりなのだが、このままではこのみを養っていけない。
バイト、またたくさんいれないとな……。
なぜ、加奈達と直接会話をしていなかったかと言うと、昨日紫之宮会長に連れられて、俺と花宮は夜遅くまで、紫之宮会長の自宅にお邪魔していたのだ。
紫之宮会長は、楓先輩達とは一緒に住んでいないらしい。
お酒に酔う紫之宮会長を介抱する花宮の姿は、祖父と孫の姿にしか見えなかった。
俺は横で寝入っている、花宮の顔を見る。
初めて彼女と出会った時、俺は彼女の事を不気味だと思った。
心の底が見えない奴だと。
その後花宮の過去を知り、今何に困っているのかを知った時、俺は彼女を助けたいと思うようになった。
あの時の花宮は、過去の自分に重なって見えたというのも有ったと思う。
実際は、花宮の方がひどい経験をしていたわけだが……。
そのせいで、花宮は自分の傍に居てくれる人間に飢えていた。
幸せな家庭というのは、彼女にとって憧れだったのだろう。
憧れの幸せな家庭に入れたと思った矢先、後継者争いに巻き込まれてしまった。
その事を語る花宮の悲痛な表情は、今でも鮮明に覚えている。
そんな彼女が昨日、あんな楽しそうな表情で、紫之宮会長と話をしていた。
俺は、彼女の願いを叶える事が出来たのだろうか?
それに、今回の件が片付いたら、花宮はどうするつもりなのだろうか?
彼女にお願いされたあの日以来、俺と花宮は行動を共にする事が多かった。
彼女が優秀だったという事が一番の理由だが、花宮と一緒に居る事が心地よかったというのも、今となっては有ったと思う。
彼女は俺の為に色々と考えてくれて、俺の意見を尊重してくれた。
何より、俺の事をよく理解してくれている。
だからこそ、彼女と居ると気が楽になったのだと思う。
だが、楓先輩を取り戻せれば、花宮に協力してもらう必要がなくなる。
そうなると、俺達はこれからどうなって行くのだろうか?
何故なら、俺と花宮は利害関係だからだ。
花宮の頼み事は解決した。
そして、今回の件が完了すれば、花宮が俺に見返りを返したことになる。
そうなれば、彼女は一体どうするのだろうか?
この関係は、彼女が望んだものだ。
彼女が利害関係になりたいと、言い出して始まった関係。
だから俺は、花宮の事を苗字で呼んでいる。
それが、利害関係で居るという証だった。
やはり、全てが終われば、俺と花宮は疎遠になるのだろうか?
親しくなった今、なんだかそれはそれで残念な気がする。
別に、花宮が俺に好意を寄せてくれているわけではないと思う。
俺が花宮の傍に居る人間だから、ここまでしてくれているのだろう。
もちろん、俺だって花宮を恋愛対象として見ていたわけでない。
俺が好きなのは楓先輩だし、その気持ちに嘘偽りはなかった。
しかし、花宮の過去を知っているせいか、彼女を放っておけない気持ちがある。
彼女が一人になる事はないだろう。
花宮のグループは健在だし、もし卒業したりしても、彼女ならすぐ周りを上手く取り込むだろう。
何も心配する必要は無いはずなのだが――。
……結局、俺が花宮の事を気にしている原因を、無理矢理理由付けしようとしているだけなのだ。
彼女に恋愛感情を持っているわけではない。
それでも、彼女の事が気になる。
これはどういった感情なのか。
この件のケリがつく前に、その事だけはハッキリとさせないといけない気がした――。
「『東京駅―、東京駅―』」
俺の考えがまとまってすぐ、お決まりのアナウンスが流れだした。
俺は花宮の肩を揺らす。
「花宮、もうすぐ東京駅だ、起きてくれ」
「う……うぅん……」
花宮は虚ろな目で俺の方を見てきた。
「おはよー、クロヤンー……」
俺の事を認識して挨拶をしてきた花宮だが、どうやら寝ぼけているようだった。
このまま一人で歩かせるのは危ないな……。
俺は仕方なく、花宮と手を繋いだ。
「花宮、危ないからここのまま移動するぞ?」
俺がそう言うと、花宮はコクンっと頷いて、俺にもたれかかってきた。
半分寝た状態の花宮を支えながら、俺は新幹線に乗ったのだった。







