44話「反撃の一手」
「このみ、加奈、夕美、ちょっといいか?」
病室に移り終えた後、俺はすぐにこのみ達に話しかける。
三人は不思議そうな顔で、こちらを見てきた。
このみ達に話す内容は他でもない、手助けをお願いする事についてだった。
「いきなりどうしたの?」
三人を代表して、夕美が口を開いた。
俺は夕美達の顔を見回し――
「お願いだ、力を貸してほしい」
と、頭を下げた。
夕美達が戸惑っていることは、顔を見なくてもわかる。
いきなりのことで、わけがわからないといった感じだろう。
「えと、何に力を貸してほしいの?」
加奈が俺の傍までよってきて、俺の事を見上げてくる。
「楓先輩の件についてだ。今回で確実にケリをつけるため、三人の力が必要なんだ」
俺はそう言って、もう一度三人の顔を見る。
「お兄ちゃん、三人って言うことは、私の力も必要なの?」
俺はこのみの言葉に頷く。
俺がこのみの事を頼るのは初めてだった。
だから、このみは驚いたようにこちらを見ているのだろう。
俺はこのみを、どんなことにも巻き込みたくなかった。
今もその気持ちは変わらない。
だが、今回の作戦を成功させるには、このみの力が必要だった。
このみ無くしてでは、決め手にかけてしまう。
「もちろん、私は喜んで協力するわ」
そう言って、夕美がこちらに笑いかけてくれる。
「私だって、龍の助けになるんだったら、なんだってするよ!」
加奈は自分の顔の前で、ガッツポーズをする。
「うん、今回は私のせいでこんなことになったんだから、なんだって言ってくれていいよ、お兄ちゃん」
そう言って、このみが俺の手を握ってきた。
俺は三人の言葉に、段々と胸が熱くなっていくのを感じる。
「ありがとう、三人とも」
俺は三人に、笑顔でお礼を言った。
「ちょっと、私の事も忘れないでよね!」
そう言って、花宮が俺の背中を叩いてきた。
もちろん、忘れるわけがない。
彼女なくして、勝てるはずがないからだ。
「あぁ、頼りにしてるぞ、花宮」
俺の言葉に、花宮は笑顔で答えてくれた。
2
「夕美達にしてほしい事は、俺の学院での噂を消すことだ」
俺がそう言うと、俺以外の全員がキョトンっとした。
全員、『なんで今更?』みたいな顔をしている。
まぁ、みんなが思っている事はわかる。
今まで放置していたのに、何故このタイミングで手を打とうしているのかが、理解できないのだろう。
「ちょっと待ってクロヤン。それは今すべき事なの? 後回しにしておくべきじゃない?」
そう言って、花宮は俺の目を見つめる。
俺の真意を知りたいというところか。
「これは必要な事だ。ここでこの噂を止めておく事が重要なんだ」
俺の言葉に花宮は首を傾げる。
すると――
「なるほど、そういうわけね」
そう口にしたのは、夕美だった。
流石と言ったところだろう。
「わかったのか、夕美?」
「ええ。確かに龍の言う通り、ここで手を打っておく必要はあるわね」
夕美は真剣な顔で頷く。
「流石夕美だな」
俺がそう言うと、花宮がムっとした。
「どうした?」
俺はそんな花宮に声を掛ける。
「別に……」
言葉とは裏腹に、花宮の様子は拗ねているように見えた。
もしかして、夕美に先を越されたのが悔しいのだろうか?
「わからないか?」
俺がそう聞くと、加奈とこのみは素直に頷いた。
だが、花宮はムスっとして、目を逸らす。
このまま教えてもいいが、花宮がこの雰囲気を引きずる事は避けたいな……。
仕方ない、花宮に解かせるか。
「花宮、紫之宮社長が俺を否定した理由はなんだった?」
俺は花宮にヒントを出す。
「え、否定した理由……?」
俺が頷くと、花宮は目を閉じて考え込む。
記憶を遡っているのだろう。
「あ――!」
花宮が『わかった!』みたいな顔で、俺の方を見てきた。
「わかったのか?」
「うん! なるほど、そう言う事だったんだね!」
花宮はさっきと打って変わって、笑顔を見せた。
どうやら機嫌は直ったようだ。
紫之宮社長の真意はどうであれ、あの人は俺が駄目な人間だと主張する理由として、噂の事を挙げた。
なら、その主張する根拠を無くしてやればいい。
「えー……三人だけで納得せずに、私達にも教えてよー」
……花宮の機嫌が直ったかと思ったら、今度は加奈の機嫌が悪くなった。
その横で、このみも教えてほしそうな顔で、俺の方を見ている。
ふむ……。
「いや、良い機会だ。加奈も自分で考えてみろ。いつでも俺が答えを教えてやれるわけじゃないんだ。自分できちんと考えないとな」
俺がそう言うと、加奈は頬を膨らませた。
後数年もすれば、俺は加奈とは別の道を歩いているだろう。
そんな時に彼女が困らない様、しっかりと考える力を養ってほしい。
これからは彼女に教えるのではなく、自分で答えを出せる様に導いてあげる方が、彼女の為になる気がする。
それにこのみも、あの時の紫之宮社長との会話は夕美から聞いていたみたいだし、自分で答えを考えさせてみよう。
3
――結局、このみと加奈は答えを出すことが出来なかった。
しかし、俺は答えを教えない。
二人には宿題だと告げた。
「それじゃあ、これからの流れを説明するよ。まず、夕美にはいつまでも噂を流す中心人物達を特定してほし――」
「待った!」
俺が言い切る前に、花宮が口を挟んだ。
「どうした?」
俺は花宮の方を見る。
「どうしたじゃないよ! その役目は私が一番相応しいでしょ?」
花宮はそう言って、右手を自分の胸に当てる。
確かに情報収集は花宮の得意分野だ。
彼女が適任と言うのは間違っていない。
だが――
「花宮は駄目だ」
「なんで!?」
俺が駄目だと告げると、花宮がショックを受けた顔をする。
花宮のこんな顔は滅多に見れないな。
「なんでって、花宮には俺のサポートに回ってもらうからだ。俺の方と学校の噂を両立のするは無理があるだろ?」
俺がそう言うと、花宮はホッと息を吐く。
「なんだ……。ねぇ、紛らわしい言い方をしないでよ! 私じゃあ、役不足って言われてるのかと思ったじゃない!」
そう言って、花宮は拗ねる。
俺はその花宮の言葉に、首を傾げた。
「何度も花宮の事は頼りにしていると言っているだろ? 何を今更。そんなに不安になる必要がある?」
俺がそう言うと、花宮は面喰った顔をした。
心なしか、少し顔が赤くなった気がする。
「ねぇ、話がついたんだったら、私がその役目を任された理由を説明してくれないかしら?」
そう言って、呆れた顔をしながら、夕美がこちらを見ていた。
「あぁ、悪い。――夕美なら、俺の噂を流してそうな奴がわかるんじゃないかと思ったからだ」
俺の言葉に、夕美が首を傾げる。
「どうして? 私より人付き合いの多い、加奈の方がわかるんじゃないかしら?」
「いや、そういう奴らは自分が流しているとバレない様に上手く隠す。加奈が友達に聞いて言っても、辿り着くのは難しいだろう」
「でも、私でも難しいんじゃないかしら?」
「俺はそう思わない。夕美、お前なら学校で噂話をしている生徒の顔や表情を、今でも鮮明に覚えているんじゃないか? その様子から、怪しい奴を見つけてほしい」
俺がそう言うと、夕美は納得いったという感じの顔で、頷いた。
「それで加奈、お前には友達に、俺がどうして彼氏の振りをしていたかとか、その辺の事を全て話してほしい」
「え? いいの?」
加奈は花宮の方を一瞬だけ見て、俺に確認をとってくる。
多分本当の事を話すことによって、花宮のしていた事が明るみになってしまうのではないか、と思っているのだろう。
だが、その心配は必要ない。
「心配するな。花宮の事は誰も気づかない」
「どうして?」
「花宮がいじめをしていた事は、花宮のグループと華恋ちゃんと俺達しか知らない。それに、華恋ちゃんはその事を告げ口する様な子じゃない。まず間違いなく、いじめをしていたのが花宮だって気付く人間は、いないと思っていい」
俺がそう言うと、加奈は感心した様に頷いた。
「なんだか、お兄ちゃん達が悪い事を隠そうとしている様にしか、聞こえないんだけど……」
そう口を挟んだのは、このみだった。
まぁ、このみが言っている事は間違ってないからな……。
花宮がやっていた事は、最低な行為だったわけだし。
その花宮といえば、このみの言葉などどこ吹く風と言った感じで、聞き流していた。
このみはそんな花宮を、ジト目で見ている。
前に叩かれた事も有ってか、このみは花宮の事が嫌いみたいだった。
「このみ、お前には噂を流している生徒が特定出来次第、その生徒達に接触してほしい」
「「「なっ――!」」」
俺の言葉に、夕美、加奈、花宮の三人が驚く。
肝心のこのみは――
「うん、わかった!」
と、笑顔で返事をした。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 龍、正気なの!?」
すごい剣幕で、夕美が俺に迫ってきた。
「あぁ、本気だ」
「駄目よ! このみにそんな危険な真似させるなんて、どうかしているわ!」
どうやら、夕美は退いてくれそうにない。
「いや、これはこのみにしてもらう必要がある。他の人間では無理な事だし、何よりこれがこの噂を止める鍵になる」
「どういうこと?」
怒り狂う夕美をなだめながら、加奈が俺に質問してきた。
「ここにいるこのみ以外のメンバーは、俺と仲が良い事で知られている。今更そんな人間が接触した所で、本音を話してくれるとは思えない。だが、このみは俺の妹だと知って居る人間は少ないし、仲が良いとも思われていない。何よりこのみの演技力が、噂を流して居る人間から、本音を引き出してくれると思っている」
俺が『演技力』って言ったところで、このみは気まずそうに顔を逸らした。
このみはあんな闇の感情を抱えていて、一切それを表に出さなかった。
そして、周りの人間をだまし続けた。
その事に対して、このみは負い目があるのだろうが、俺はその演技力を評価していた。
「それで、接触してどうしようって言うのよ?」
未だこちらを睨みながら、夕美が聞いてきた。
「このみにはボイスレコーダーを隠し持っててもらう。それを生徒会に提出し、学校側を動かす」
「それってこのみが恨みを買う事になるじゃない!」
「いや、その心配はないだろう。白川会長の事だ。情報提供者が誰だか特定できない様に、上手く学校側に話をつけてくれるだろう。それに、もし万が一このみが提出したとバレたとしても、噂を流している生徒達を罰するわけではない。ただ、これ以上噂を流さない様にしてもらうだけだ」
「え? それだけしかしてもらわないの?」
「ああ、それで十分だ。後は、加奈に頼んだ件が生きてくる」
俺の言葉に、全員が納得した様に頷いた。
「まぁ、このみに危険がないんならいいけど……。ねぇ、もしかして私の役目って、記憶を探るだけで終わり?」
そう言って、夕美が不満げに俺の事を見る。
「いや、夕美には悩み相談委員の指揮をとってもらいたい。この件は、俺から悩み相談委員に依頼をしたという形にしてもらって構わない。それで、力生にも加奈と同じような事をしてもらってくれ」
力生は女子からかなりの人気がある。
あいつの言葉も加奈と同様、みんなが受け入れてくれるだろ。
ただ――
「ねぇ、神崎君はどうするの?」
そう、問題は裕貴だ。
良い奴なのだが、何分喧嘩早い所がある。
そして、余計な事まで言うかもしれないという懸念もある。
「裕貴には余計な事をしない様、上手く指示をしてくれ……」
「要するに、お守りってわけね……」
俺と夕美のやり取りに、加奈と花宮が吹き出した。
このみはその二人の事を不思議そうに見ている。
「裕貴には裕貴にしか出来ない事がある。ただ、今回の場合はあいつが不向きなだけだ。別に裕貴の事を邪魔者扱いしているわけじゃないんだから、そんなに笑ったら可哀想だろ」
俺はそう言って、二人を軽く叱る。
「龍が厄介者みたいな言い方をしたせいじゃない……」
笑いを堪えながら、呆れたような表情を作る夕美が、そう呟いたのだった。







