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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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42/70

42話「目が覚めた時には……」

 ――俺は眠りが覚める様にうっすらと目を開けた。

「ここは……?」

「先生! 患者が目を覚ましました!」

「ああ。もう大丈夫な様だね。外に居る子達を呼んであげなさい」

 そう言って、白衣を着た人達が慌ただしく動いていた。

 医者か……という事は、ここは病院か。

 そうか、俺はあの時倒れて、病院に運ばれたんだな。

 ここは病室ではないよな……手術室なのか?


「お兄ちゃん!」

 手術室に入ってきたこのみが、抱き着いてきた。

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 このみは泣きながら、俺の事を呼ぶ。

「このみ、龍は目を覚ましたばかりだから、あまり刺激を与えたら駄目よ」

「でも、でもー!」

「いいから、ね? 離れましょ?」

 そう言って、優しく夕美がこのみを俺から離した。

 夕美がここに居るという事は、夕美にまでバレてしまったか……。

「龍、気分はどう?」

 心配そうに俺の顔を覗き込んできたのは、加奈だった。

 加奈までいるのか……。

「頭が重いな……」

 俺は短く、そう答えた。

「まぁ、起きたばかりだしね。それに、四日も目を覚まさなかったんだし、仕方ないよ」

 ……なんだって?

「四日? 俺は四日も寝ていたのか?」

「うん、そうだよ」

 なんてことだ――!

「花宮に連絡をしてくれ!」

 まずい、これは本当にまずい。

 なんで俺はあの時倒れたんだ。

 しかも、四日も寝てただなんて……。


「そんなに大声を出さなくても、ここにいるよ」

 そう言って、花宮も手術室に入ってきた。

 一瞬、加奈が嫌そうな顔をした気がする。

 だが、そんな事を気にしている場合じゃない。

「ごめんね、クロヤン。クロヤン的には連絡してほしくなかったんだろうけど、一日たっても目を覚まさなかったから、正直に話たんだ」

「それはいい、それよりもあの件はどうなった?」

 俺の問いに花宮が答えようとすると――

「ちょっと待ちなさいよ。目を覚ましたばかりだから、隠してたことを問い詰めるのをやめようと思ってたのに、私達に説明もせずに、まだ何かしようとするの?」

 俺達の話を遮ったのは、夕美だった。

「病気を隠してたことは悪いと思ってる。だけど、今は一秒でも惜しいんだ。わかってくれ」

「駄目よ! 今回、もしかしたら目を覚まさなかったかもしれないのよ? ちゃんと安静にしてなさい!」

 そう言って、夕美は花宮が手に持っていた紙を奪おうとする。

 だが、花宮はその手を払う。

「ちょっと、何で手を払うのよ!」 

「安静にして、クロヤンの病気は治るの?」

「――っ」

「水沢さん達を呼んだ時に説明したよね? クロヤンの病気は、手術をする事も難しい病気だって」

「で、でも……」

「クロヤンを殺したいのなら、好きにしなよ」

 そう言って、花宮が紙を夕美に差し出す。

「私は、龍に出来るだけ苦しんでほしくないのよ!」

「だから安静にしてろって? そうすると、クロヤン死んじゃうよ?」

「でも、手術が難しいんだったら、そうするしかないじゃない!」

 夕美の言葉に花宮は溜息をつく。

 そして、一瞬だけ俺とこのみの方に視線を移すと――

「これには触れないであげようと思ってたけど――」

 まさか――

「待て、花――」


「クロヤンは、紫之宮先輩を取り戻す事を条件に、手術を無償で受けれる事になってるの」


「「「え?」」」

 俺と花宮以外の声が揃う。

「ちょっと待って……。手術が失敗したら命を落とすんでしょ? それに、手術の成功率も高くないって話だったんじゃ?」

「普通の医者ならね。でも、世界で有名な医者を手配してくれる事になっていて、成功率もかなり高いの。でも、その分お金がかかるから、それを出してくれるって話なの」

「じゃあ、龍は死ななくて済むの?」

 加奈は嬉しそうな声で、花宮に尋ねる。

「まぁ、絶対ではないけどね。でも、その為には、紫之宮先輩を助けないといけないの」

「それって……」

 このみが俯いたまま、言葉をもらす。

 花宮が最初この事を話していなかったのは、このみの事を気遣ってだろう。

 いや、花宮がこのみを気遣う事は無いか。

となると……もしかしたら、思いつめるこのみの事を、俺に心配させないで済むようにしてくれていたのかもしれない。

 だが、このみは知ってしまった。

 そして、理解してしまった。

 あの時自分が行ったことが、どういう結果をもたらしたのかを。


「私の……せい……で……お兄ちゃんは……手術が……受けれていないって……事……?」


「あ……」

 このみの呟きに、加奈が声を漏らす。

 夕美は多分、花宮が話した時に気付いていたのだろう。

 だから、このみの呟きにも反応をしめさなかった。

「このみ……」

 俺の呼びかけに、このみがこっちを向いた。

 その顔からは、かなりの後悔の念が伺える。

 そして、このみはよろよろと、こちらへと歩いてくる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「もう済んだことだから、そんなに気にするな」

 俺はこのみを優しく抱きしめてやる。

 そして、いつも通り頭を撫でる。

「またそうやって、甘やかす……」

 俺の行動が気に入らなかったみたいで、花宮は不満げに俺の事を見ていた。

「お兄ちゃん……本当に、ごめんなさい」

「もうこの話は終わった事だろ? だから、俺はもう怒ってないよ」

 俺がそう言うと、このみは俺の胸に自分の顔を押し付ける。

 そして、小さな嗚咽が聞こえてきた。





「それで花宮、結果を聞かせてもらえるか?」

 俺がそう言うと、花宮は先程持っていた紙を俺へと渡してきた。

 このみは俺に抱かれたままで、加奈達は黙って俺達のやりとりを見ていた。

「クロヤンの予想はビンゴだったよ。詳しくはそこの紙に書いてあるけど、山中さんには長い付き合いの彼女がいるね。しかも、紫之宮先輩との事があるのに、別れていない。周りの人達にもお見合いの事は相談してたみたい」

「そうか……それは好都合だな」

「で、どうするの? お祖父ちゃんには話がついてるから、クロヤンがその気なら、明日にでも会ってもらえると思うけど」

 俺が眠っている間に、話をしていてくれたのか。

 少しでもロスが取り戻せるように、動いてくれていたんだな……。

 ……ん?

「なぁ、今、紫之宮会長の事をお祖父ちゃんって呼んだのか?」

 確か花宮は、俺が倒れる直前までは、紫之宮会長のことを紫之宮先輩のお祖父ちゃんと呼んでいたはずだが……?

 俺の言葉に、いじけたような表情をする。

「仕方ないでしょ……紫之宮先輩のお見合いを遅らせてくれるようにお願いしたら、その見返りに、きちんとお祖父ちゃんと呼べって、言ってきたんだから。なんでも……お願い事をするには対価が発生するから、その事を知る社会勉強だってさ」

 社会勉強でお祖父ちゃん呼びって……。

 やはり紫之宮会長は、きちんと花宮を家族として迎えたいのだろうな。

「そこまでしてくれたのか。本当、お前は頼りになるな」

「それほどでもねー」

 俺の言葉を、花宮は軽く流す。

 俺は花宮の態度に笑えてくる。

 短い期間で調べるなど、大変だったはずなのに、まるでなんともなかったかの様に言う。

 本当、頼りになる奴だよ。


「なるほどね……最近、花宮さんが龍の周りによく居るとは思ってたけど、龍が彼女の能力を買って頼っていたわけね」

 俺達の一連のやり取りを見ていた夕美が、そう呟いた。

「でも、能力がいくらあるからって……華恋ちゃんを虐めた人と仲良くするなんて、納得いかないよ」

 むくれた加奈が、俺達の事をジト目で見ながらそう言う。

 ああ、だから花宮が入ってきたとき、一瞬ムスッとしたのか。

 しかし、加奈は知らないのだろうか?

 もしかしたら、あの時泣きじゃくっていたのと、あまりの恐怖で気づかなかったのかもしれない。


「なぁ加奈、そうは言うが、お前が攫われた時、助けてくれたのは花宮だぞ?」

 

 俺の言葉に加奈が固まる。

「え……そうなの?」

 俺が頷くと、加奈は申し訳なさそうに花宮の事を見る。

「あ~あ、まさか恩を仇で返されるとは思わなかったな~」

 花宮はニヤニヤしたまま、そう答える。

 意地が悪いな……。

「ほんっとうに、ごめんなさい! そして、ありがとうございました!」

 そう言って、加奈は頭を下げる。

「えー、そんだけー?」

 まだおいつめるのか……。

「えっと、本当に感謝してますんで、許してください!」

「あははは、大丈夫だよ。私がしてた事は理解してるしね。だから、この前の一件で手打ちにしてくれたら嬉しいな」

 花宮がそう言うと、加奈はホッと息をついた。

「うん、ありがとう。そっか、じゃあ、花宮さんは悪い人じゃないんだね」

 加奈は自分の恩人である花宮を、良い奴と認識したようだ。

 華恋ちゃんの事は、頭から抜け落ちたみたいだな。

 このチョロさが加奈の良いとこで、周りから慕われる理由なのだが、加奈の将来が心配になってくる。

 それに、花宮を良い奴という認識も、少し違うしな。

 なんせ花宮は、自分の周りにいる人間以外なら平気で切り捨てる。

 まぁ……多少違いはあれど、誰だって、赤の他人にはそんなものか。

 ……花宮の場合、見過ごすとかじゃなく、平気で陥れるのが問題ではあるが……。

 その辺は俺との約束で、今後他人にも危害を与えない事になっているから、大丈夫か。


「話を戻したいんだが、いいか?」

 俺がそう言うと――

「話を逸らしたのは、クロヤンじゃないかな?」

 不満そうに花宮が返してきた。

 それはおいといて――

「明日、紫之宮会長と話がしたい。そう連絡してくれるか?」

「わかった、任せといて。それで、山中さんにはどうやってアポをとるの? 紫之宮財閥から連絡してもらうわけにはいかないよね?」

「あぁ、そっちには既にツテがある。だから問題ない」

 そう言って、俺はある人に電話を掛けるため、手術室を出たのだった。


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