34話「さようなら」
「――先輩達、大丈夫かな?」
俺がテーブルを片付けてキッチンに戻ると、加奈が心配そうな表情をして、俺の方を見ていた。
今日は楓先輩が後継者になるという事を、役員達に宣言しに行っている。
もちろん愛さんと、花宮も一緒だ。
楓先輩達は決着がつき次第、喫茶店さくらに来ることになっているため、悩み相談委員のメンバーも全員、喫茶店さくらに集まっていた。
皆不安そうにしているが、何も心配いらないだろう。
愛さんを後継者に推す役員達は、予定通り全員楓先輩側についてくれた。
愛さんが説得してくれたのもあったが、決め手になったのは、先日楓先輩が説得して、花宮側の役員達を味方につけたという功績を見てだった。
そもそも、花宮側についていた人間達は、花宮のお母さんを慕って居た人達だ。
……まぁ、中には楓先輩の父親のやり方が気に入らずに、花宮側についた人達も居たそうだが……。
そんな花宮のお母さんを慕っていてくれた役員の方達は、花宮の事を本気で心配してくれていたらしい。
彼らは花宮に同情し、花宮の幸せを望んで、紫之宮の後継者にし、紫之宮財閥に迎え入れようとしていたのだと聞いた。
だから、飛鳥さん達がその事を花宮が望んでいないと伝えてくれた事と、将来は花宮が紫之宮財閥に入ると言った事で、すんなり署名をしてくれたそうだ。
そして、楓先輩のお父さんが反対する事はまずない。
だから、楓先輩は絶対後継者になるだろう。
だが、俺にとってはその後が大事なのだ。
俺が仕掛けていた事が上手くいくかどうかは、8割ぐらいか……。
この後花宮と一緒に楓先輩が戻ってくるかどうかで、その結果がわかるだろう。
2
その時が来たのは、あれから二時間後だった――。
まず最初に、花宮が入ってきた。
花宮の顔は、何とも言えないといった感じの表情をしている。
「もしかして……上手くいかなかったの?」
夕美が花宮に問いかける。
「ううん、作戦自体は上手くいったんだけど……」
そう言いながら、花宮は俺の方をチラッと見てきた。
だが俺はその視線に気付いていないふりをする。
どうやら――予定通り事が運んだようだな。
花宮は帰ってきたのに、一緒に帰ってくるはずだった楓先輩の姿は見えなかった。
「何か問題があった? てか、紫之宮先輩はどこにいるの?」
「それにつきましては、私がお答えさせて頂きます」
花宮の後ろから、真剣な表情をした由紀さんが出てきた。
確か花宮以外は、由紀さんと会うのは二度目だったな……。
「どういうことですかメイドさん?」
良くない事が起きたことを理解しているのだろう――。
由紀さんに話しかけた夕美の表情は、険しかった。
「龍様、旦那様からの伝言です」
そう言って、由紀さんは俺の前まで歩いてきた。
そして手紙を取り出し、読み上げ始める。
「黒柳龍君。まずは此度の活躍、ご苦労であった。君が今回の件で色々やっていてくれたことは、今手紙を読み上げている由紀から聞いている。それについては、とても感謝している。だが、それとこれとは話が別だ。今回、楓が紫之宮財閥の正統後継者になるという事が、正式に決定した。そして、楓には紫之宮財閥を一緒に次ぐものとして、相応しい男と婚約させるつもりだ。楓が君の事を気に入っていて、よく家に呼んでいる事を執事達から聞いて、君について調べさせてもらった。残念なことに、君の学校での評判は、最悪な様だ。そんな男に、紫之宮財閥を任せるわけにはいかない。だから、楓はこれを機に転校させることにする。今後一切、楓には関わらないでもらおう」
由紀さんは手紙を読み上げると、そのまま手紙をしまった。
「以上が旦那様からの伝言になります」
――これでいい。
この展開は、俺が望んでいたものだ。
前に会長に聞かれたことだが、噂を消さずにそのままにしていたのは、これが狙いだった。
楓先輩が俺に依存しだす危険がある事を知ってからは、俺は保険として、噂を利用する事を考えていた。
俺が頻繁に楓先輩の家を訪れていれば、執事やメイドから楓先輩のお父さんに連絡がいく事は当然だろう。
そして、楓先輩に近寄る男がどういう男かを、絶対調べると思っていた。
その際に色んな女と関係をもっている噂が流れているとしたら、どうだろう?
普通の親なら、自分の娘から遠ざけるのが正しい判断だ。
この策が上手くいかなかった場合、俺は転校するしかなかっただろう。
楓先輩には、悪いことをしたと思っている。
だが、俺と楓先輩はそもそも、住む世界が違う人間なのだ。
それに加え、俺の余命はあと少し……。
ここでお別れするのが、お互いの為だろう。
俺が黙り込んでいる間、悩み相談委員のメンバーが必死に抗議してくれている。
楓先輩の事を嫌っていた夕美までもがだ。
「龍、あなたはこれでいいの!? 楓先輩の為に頑張ったのに、こんなお別れ方でいいの!?」
何も発言しない俺に、発破をかける様に夕美が問いかけてくる。
――いいんだ、これで。
これが俺の出した結論。
俺が、望んだ結末なのだから。
「――良くないに決まってるだろ!」
だが、俺は心とは裏腹の言葉を出す。
ここで俺が何と言おうと、楓先輩のお父さんは意見を変える事はないだろう。
だから、全力で抗議しても問題ない。
「由紀さん、せめて楓先輩のお父さんと、お話をさせて頂く事では出来ないですか?」
まぁ、無理だろうがな。
俺は自分の質問に自分で結論を出しながら、由紀さんの顔を見る。
「実は――ここにもう1つ手紙があるのです」
……は?
由紀さんは、先ほど手紙をしまったポケットとは、反対側のポケットから手紙を取り出した。
「旦那様を愛お嬢様と、楓お嬢様が必死に説得したのです。愛お嬢様が、話を聞いてくれないなら、社長を下りると言い出しため、旦那様も折れてくださいました」
そう言って、由紀さんはニコっと微笑む。
いつもは素敵な笑顔に見える由紀さんの笑顔が、今は憎く思えた。
愛さんも愛さんだ。
簡単に社長を下りるとか、言い出すなよ。
まぁ、型破りなあの人らしいんだろうな……。
俺の計画が早くも崩れた事に嘆いていると、由紀さんが二枚目の手紙を読みだす。
「やはり、君の功績を考慮する必要があると考え直した。そのため、一度だけチャンスを与えよう。私も忙しい身だ。二週間後の水曜日に、直接話をしようがじゃないか。いいか? チャンスは一度きりだ。例え何があっても、来るように。もし来なければ、二度と楓と会う事が出来ないと思うように」
「――龍、絶対行くよね?」
由紀さんが手紙を読み終えると、加奈が俺に笑顔で詰め寄ってきた。
曇りのない笑顔が、今の俺にとってとても眩しかった。
「もちろんだ」
俺はそんな加奈に笑顔で返す。
ここで行かないなんて、言えるわけがない。
はぁ……なんでこんなことになるんだよ……。
その後は――皆バラバラになって、帰って行ったのだった。
3
バイトが終わり加奈と一緒に喫茶店さくらを出ると、花宮が待っていた。
花宮は俺達に気づくと、俺にアイコンタクトを送ってきた。
どうやら、俺に話があって待っていたようだ。
「ごめん、加奈、先に帰ってくれるか?」
「え~……。ここ最近、そんなのばっかじゃん」
頬を膨らませた加奈は、ぶつぶつと文句言いながら帰って行った。
多分、また夕美に告げ口をするだろうな……。
「あっちに行こっか」
花宮はそう言って、公園に向かって歩いていく。
「それで、話はなんだ?」
「う~ん、まず最初に――ありがとうね」
そう言って、花宮は俺に笑顔を向けてきた。
「あぁ、気にしなくていいよ。最初からそういう約束だったんだしな」
「それでも、ありがとうだよ。まさか本当に解決してくれるなんて、思ってなかったから」
そう言って、花宮は俺の方を上目遣いで見てくる。
俺は気恥ずかしくなり、冗談半分に話題を変える。
「俺の事信じてなかったのか?」
「うん!」
……俺の問いかけに、笑顔で即答しやがった……。
流石にイラっとくる。
「あ~、怒んないで~」
花宮はそう言って、俺の前で手をパタパタさせる。
はぁ……。
「――で、そんな演技はいいから、本題はなんだ?」
茶番に付き合うのもつかれたため、花宮の狙いを尋ねる。
「あは、やっぱクロヤンには通じないか」
そう言って、花宮は背中をこちらに向けた。
「でも、感謝をしてる気持ちは本当だよ? だって、私本当に悩んでたんだから」
こちらからは、花宮の表情は見えない。
だが、おそらく本心だろう。
「でも、話はそれだけじゃないんだろう?」
俺には、大体花宮が話したい内容はわかっていた。
しかし、俺は話したくない内容なんだけどな……。
「今回のこと、全てクロヤンの狙い道理でしょ?」
そう言って花宮はこちらを振り向き、前に見せた、ニタ~っと嫌な笑みを浮かべる。
流石の俺も、この笑顔には一瞬寒気がする。
「何処から気づいてたんだ?」
「気づいたのは、紫之宮先輩が軟禁された時だね。それまでは、私にもわからなかったな。でも、クロヤンが噂に一切関与しない時点で、何か企んでたことには気づいてたから、それで気づいたんだよ」
「はぁ……。本当、お前は厄介な奴だな」
俺はあからさまに溜息をつく。
花宮には俺がやる事が、遅かれ早かれバレてしまう。
一々思考がバレるのは厄介だ。
「む~……。そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃん」
流石の花宮も、一方的に邪険にされるのは堪えた様だ。
頬を膨らませて、唇を尖らせている。
「花宮が、あの笑顔をしなければいいだけだ」
「え~……だっていかにも、裏で色々考えてそうな知的なキャラに見えるじゃん!」
……あの笑顔は、キャラ付けだったのか……。
「クロヤンって、意外と鬼畜だよね?」
「どこがだよ?」
「だって、あんなに仲良くしていた紫之宮先輩の事を、まさかこのタイミングで裏切るなんてさ。まぁ、仲良くなりすぎたからこそ……なんだろうけどね?」
「わかっているなら聞くなよ」
俺がそう答えると、一瞬花宮は下を向いた。
だが、すぐにこちらへと顔を向ける。
「ねぇ、クロヤンはこれでいいの?」
「もちろんだ」
「後悔しない?」
「ああ」
「そっか……なら私は何も言わない」
花宮はそう言ってこちらに、笑顔を向けてくる。
もっと何か言ってくるかと思ったが、そうではないようだ。
「納得したのか?」
「うん。前にも言ったでしょ? 後悔しないようにねって。クロヤンが今回の事で後悔しないなら、私はそれでいいんだ」
「楓先輩を見捨てた様なものなのにか?」
「クロヤンは知ってるでしょ? 私は自分の周りに居てくれる人にしか、興味がないの。紫之宮先輩は、私の周りにいてくれる人とは違うし、他のメンバーもそう。だから、特に私はなんとも思ってないよ」
「辛辣だな……」
俺は花宮に苦笑してしまう。
花宮のためにも動いていたようなものなのに、加奈達に対しても興味がないと言ったからだ。
「でもね、クロヤンは違うの……。クロヤンは私の周りに居てくれる人。私が幸せにしたい人。だからクロヤンが望むなら、大抵の事なら私は協力してあげる」
そう言って、花宮は俺と距離を詰めてきた。
目と鼻の先の距離に、花宮の顔がある。
「お、おい――!」
「残りの人生、私が幸せにしてあげるよ。クロヤンが出した結論に、皆が反対したとしても、私は味方してあげる。だから、クロヤンは私の傍にいないと駄目だよ?」
そう言って、俺の鼻をチョンっと指で触ると、花宮は離れていった。
花宮の行動に頭がこんがらがってしまったが、簡潔にまとめると――。
「つまり、俺のこれからの行動に手を貸してくれるんだな?」
「もちろんだよ。元々利害関係なんだし、私が敵に回らないのは、クロヤンにとっても有難いでしょ?」
確かにな……。
俺の思考経路をよく理解している花宮は、敵に回すと厄介だ。
それに、俺の病気の事も知られてしまっているしな……。
「クロヤン、もう薬効かなくなってきてるんじゃないの?」
「どうしてだ?」
「なんとなくだけど、そういう薬って、段々効かなくなるイメージがあったから」
「……あたりだ」
「そっか……。もし、頭痛が始まって誤魔化すのに困ったら、私に言ってくれれば、上手く誤魔化してあげるからね?」
「本当に協力してくれるんだな?」
「もちろん。今度からは、私が他の女の子の代わりになってあげるから」
そう言って、また花宮はニターっとする。
「いや、それはいいかな……」
なんとなく、遠慮してみる。
「何よ? 私じゃあ、不満って言うの?」
拗ねたふりをするかと思ったら、結構本気で怒ってしまった。
「俺にはそんな余裕がない」
「あんま……さ、あきらめないでよ。奇跡が起こるかもしれないじゃない」
「奇跡は滅多に起きないから、奇跡なんだぜ?」
俺は雰囲気を変えるために、よく耳にするセリフを言ってみた。
だが、花宮には通じなかったようだ。
「愛さんにお金出してもらうとか……さ?」
「俺がそれを望んでない事はわかってるんだろ? 俺の意見を聞いてくれるんじゃなかったのか?」
「わかってるよ……言ってみただけ。まぁ、どうせこれからクロヤン暇になるんでしょ? 仕方ないから私が相手してあげるよ」
そう言って、花宮はこちらに笑顔を向けてくる。
まぁ、悪くない提案かもしれないな。
俺から離れさせるために、加奈の相手をあまりしない事を決めているし、悩み相談委員にも出来るだけ関わらないようにするつもりだ。
その口実として、花宮と一緒にいるのもいいかもしれない。
それにいきなり頭痛がきた時、花宮なら上手く誤魔化してくれるだろう。
「そうだな、よろしく頼むよ」
「まっかせなさい!」
花宮は胸に手を当てると、自信満々みたいなポーズをとる。
俺がそれに吹き出して笑うと、花宮が怒って殴りかかってきた。
ハハハ――。
残り少ない人生、こういうのも悪くない。
さよなら先輩。
今まで、楽しかったです。
もう会えないでしょうが、どうか幸せになって下さい――。
俺は花宮とじゃれ合いながら、そんな事を考えていた。
俺の家で、俺が帰ってくるのを待っているメイドさんが居る事など、思いもせずに――。







