33話「甘ったるい時間」
「――黒柳君はいるかしら?」
授業が終わり昼休みになった時、何故か楓先輩が俺のクラスに現れた。
何か問題でも起きたか?
クラスメイトが俺の事を指さし、それに従って楓先輩はこっちに歩いてくる。
「どうかしましたか?」
「生徒会の事でちょっと相談があってね、一緒に来てほしいの」
「わかりました」
なんだ生徒会からの依頼か。
……ん?
待てよ?
今はもう表向きには、俺は悩み相談委員を抜けている事になっている。
だから、悩み相談委員への依頼なら夕美に行くべきだ。
「紫之宮先輩、俺じゃなく夕美のとこに行くべきではないですか?」
学校ではお互い苗字呼びをすることになっているため、上の名前で呼ぶ。
「いいえ、あなたでいいの」
先輩は俺の質問を否定した。
……多分、夕美と仲が悪いから話したくないんだろうな。
だからって、俺に接触されるのは困る。
これでは、周りからは俺が悩み相談委員を抜けたという事が、ウソのように見えてしまう。
「あ、おい、今日は副会長と歩いてるぞ」
「本当だ。毎日とっかえひっかえ、うらやましい奴だな~」
……あぁ、そうか……。
あの噂があるから俺が楓先輩と歩いていても、周りからは悩み相談委員として一緒にいるのではなく、恋人として一緒にいる様に見えるのだ。
つまりこれは、俺の噂がまだ根強く残っているということだ。
夕美達に迷惑をかけなくて済むことを嬉しく思うべきか、俺の噂が一向に消えない事を憂うべきか……。
階段まで来ると、先輩は昇り階段の方に行ってしまう。
おかしいな?
生徒会室に向かうなら、下り階段の方にいくはずなのに……。
別の場所で、二人だけで相談したいという事か?
そのまま楓先輩について行くと――結局屋上に出てしまった。
夏休みももうすぐなため、屋上は結構な暑さだった。
それにより、他の生徒達の姿は一切ない。
「それで話ってなんですか?」
「とりあえず、あのベンチに座りましょ?」
俺の質問を遮り、先輩は日陰になっているベンチに座りに行く。
食事をとりながら話をするだろうと思い、俺も楓先輩も弁当を持ってきていた。
弁当を広げると、やっぱり楓先輩の弁当は豪華だった。
「その弁当って、龍君が作っているのよね?」
見れば、楓先輩は俺の弁当箱の中を覗き込んでいた。
「はい、そうですよ。まぁ、お金があまりないから、作るにしても質素になり気味ですがね」
俺はそう言って、自嘲気味に笑う。
「全然質素じゃないと思うわ。ねぇ、私のおかずもあげるから、そっちのおかずも食べさせてくれない?」
「あぁ、いいですよ」
俺はそう言って、弁当箱を差し出す。
楓先輩の弁当は専属シェフが作っていて、かなり美味しい。
それに他の人が作った料理を食べるというのは、とても勉強になる。
だが――俺が弁当箱を差し出すと、先輩がこちらをジロリと睨んだ。
なんか、おかしい事したかな?
先輩がこちらを睨んできた理由がわからず、俺が首を傾げていると、先輩が頬を膨らませた。
……かわいい。
普段クールな先輩が見せてくれた子供っぽい一面に、そんな事を考えてしまう。
「私は食べさせてって言ったのよ?」
「え、そういう意味なんですか? でも、それは流石に恥ずかしいというか……」
「別に他に誰もいないじゃない」
「それでも恥ずかしいです」
俺がそう言うと、先輩はシュンっとしてしまった。
……これは反則だ……。
こんな可愛い態度をとられると、言う事を聞いてあげたくなってしまう。
……俺はつくづく甘いな……。
「わかりましたよ。はい先輩、あーん」
俺がそう言っておかずを差し出すと、先輩は目をキラキラさせて口を開ける。
ヤバい……マジで可愛いんですが……。
「あ~ん……パクッ――」
先輩はニコニコしながら、おかずを噛みしめている。
学園生の前ではクールで厳しく恰好良い先輩なのに、俺の前では甘えん坊な先輩。
俺にしか見せない一面に、俺は胸が高鳴るのを感じていた。
まぁ厳密には、先輩のこの姿を知る人間は他にもいるのだが……。
しかし――困ったな……。
この件が片付いたら俺は楓先輩の傍から離れるつもりなのに、こんな風にくっついて来られたら離れられない。
やはり、転校を考えておく必要はあるな……。
それにこのままじゃあ、俺の気持ちが抑えきれなくなる。
早めに、今回の件を決着つけさせないとまずいな……。
「それで先輩、相談ってなんですか?」
俺は今回の本題を切り出す。
だが何故か、楓先輩はキョトンとしている。
まさか……。
「――あぁ、相談はただの口実よ?」
「やっぱりですか……」
「何、迷惑だった?」
「迷惑ではないですけど、それならそうと言ってくださいよ。他の誰かに知られたくなかったんなら、レーンで呼んでくれてもよかったんですし」
「まぁまぁ、そんな事より、はいあ~ん」
話題を逸らすように、今度は先輩が自分のおかずを箸で掴み、俺に差し出してきた。
「あ、いや、先輩。やっぱり俺はいいです」
そう言って、俺は顔を逸らした。
自分がするならまだしも、他人にされるなんて恥ずかしい。
だが――それで納得する先輩ではない。
「なによ……。私のおかずが食べられないっていうの~?」
まるで酒に酔った上司が『俺の酒が飲めないのか?』と言ってくるような感じで、先輩がおかずを押し付けてくる。
なんか俺の中での先輩のキャラが、どんどん崩壊している気がするんですが……。
結局観念した俺は、あ~んを受け入れる事にする。
その後も、お互いに交互に食べさせあって、お弁当を完食した。
……ただ食事をするだけだったのに、酷く疲れてしまった気がする……。
しかし――それで終わりではなかった。
むしろここからが本番だったようだ。
弁当箱を片付け終わると、先輩が俺の腕に抱き着いてきたのだ。
「せ、先輩!?」
俺は先輩の突如の行動に、声が裏返ってしまった。
抱き着いてきた先輩は、うっすらと汗をかき、とても色っぽく見える。
「いいでしょ、こんくらい……」
そう言って、先輩は俺の腕に頬をスリスリとしてくる。
ヤバいヤバい……。
俺の胸はドキドキしすぎて、張り裂けそうだった。
甘えてくる先輩が可愛すぎる事もあるが、先輩の胸が腕に当たっているのだ。
俺の内心を知ってか知らずか、楓先輩はとても満足そうな顔をしている。
「先輩、もう離れましょ?」
「む~……わかった。離れる」
先輩が素直に離れてくれたので、ホッと息をつく。
だが――先輩はまたすぐ抱き着いてきた。
「せせせせ、先輩!?」
「ちゃんと一回離れたでしょ?」
「あなたは子供ですか!?」
「龍君が甘やかしてくれるなら、子供でいいも~ん」
そう言って、楓先輩はまた幸せそうに頬すりを始める。
……あの冷徹で知られる副会長が今こんなことをしていると、誰が想像するだろうか?
確実に言えるのは、この事を口頭で伝えたところで、誰一人として信じないだろう。
しかし、1つ勘違いしてはいけない。
こんな行動をとっている所を他の人間が見れば、確実に俺達の事を恋人だと思うだろう。
だが、俺達は付き合っていない。
だから、先輩の行動は本来おかしいのだ。
しかし、俺がその事を指摘する事は無い。
これでもしその事を指摘して、付き合うだの付き合わないだのの話になれば、俺は答えてあげる事が出来ないからだ。
いや、それよりも……先輩がこれを好意でやってくれているのではなく、ただ素直に甘えられる存在が出来たことによる行動だったとしたら、俺がショックを受けるかもしれない。
それを確かめるのが怖いというのもあるのかもしれないな。
結局何も言えずに昼休みが終わるまで、楓先輩の好きなようにさせるのだった。







