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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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30/70

30話「夜の密会」

「――ねぇ、今日泊っていかない?」

「え?」

 日課の紫之宮先輩の家で食事をしていると、いきなり家に泊まるように先輩から誘われた。

 急な展開に、先輩の後ろに控える由紀さんを見る。

 その由紀さんと言えばら小さくガッツポーズをしていた。

 

 いや……そこは止めるのがあなたの役目なのでは……?


「明日は学校も休みだし、丁度良いと思うの。ねぇ、どうかな? どうせ暇なんでしょ?」

 俺が返事をしないからか、先輩がまくしたてる様に言ってきた。

 困ったな……流石にこれは予想してなかったぞ……。

「えっと、泊るのはちょっと……」

俺はそう言いながらチラッと先輩の顔を見ると、凄く落ち込んだ表情をしていた。

 ちょっと悪い気がするが、帰らないと加奈に何を言われるかわからない。

 それに薬がきれた時、頭痛に苦しむ姿を見られるのはまずい。

 そんな事を考えていると――不意に背筋が凍る感覚がした。

 俺は恐る恐る振り返ってみると、そこには笑顔を浮かべている由紀さんがいた。

 この人……いつの間に移動したんだ?


「――龍様、どうやら肩がこっているようですね。私が揉んであげます」

「え?」

 由紀さんは笑顔でそう言うと、急に俺の肩をもみ始めた。


「ちょっ――イタイイタイイタイ! 由紀さん! 力緩めて! 痛いです!」

「これはいけませんね……。龍様、どうやらかなり疲れてらっしゃいますので、お泊りになられたほうがいいですよ?」

 由紀さんはそう言って、力を緩めるどころかさらに力を加えてくる。

「わ、わかりました! とめさせていただきます! だから、手を離して!」

 俺がそう言うと、由紀さんはニコッとして離れていった。

 あの人……力づくで用件を通していきやがった……。


「じゃあ、今から黒柳君の泊まる部屋を準備させるから、ちょっと待っててね」

 なんとなくだが――部屋を出ていった紫之宮先輩の声が、弾んでいた気がした。

 それはさておき、加奈になんて言い訳しようか……。

 俺はスマホを取り出し、加奈にレーンを送る

『ごめん、今日ちょっと用事が出来て帰れなくなった』


 ――メッセージを送ってすぐ既読がついた。

 だが、中々メッセージが返ってこない。

 いつも加奈の返事が早い分、こうやって中々返事がこないとちょっと怖かった……。





 ――ピローン♪

 30分ほどたった頃――通知音がなったため、スマホに目を落とすと――

『夕美ちゃんの家に泊まるからいいよ』

 と、返信が来た。


 そっか……夕美の家に泊まるなら安心かな。

 でも、別に一緒に住んでいるわけでもないのに、俺が帰らないからって夕美の家に泊まりに行くだなんて、とんだ寂しがり屋だな。

 俺は子供っぽい加奈に、頬が緩みそうになったが――。


 ……いや――違う!

 これはまずい――!


 俺は慌てて加奈に電話をかける。

 だが――時すでに遅かったようだ……。


「――はい、もしもし」

 電話から聞こえる声に、俺は自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 電話に出たのは加奈ではなく、夕美だったのだ。


「えっと……なんで夕美が出たのかな?」

 俺はおそるおそる尋ねる。

「ふふ、なんででしょう?」

「わかりません……」

「龍、正直にいいなさい。あなたどこに泊まる気なのかしら?」

「えっと……」

「紫之宮先輩のところでしょ?」

「はい……」

「次会った時おぼえてなさい」


 ブチッ――。

 プーッ……プーッ……――。

 

 無慈悲に鳴る機械音だけが、俺の耳に入ってくる。

 加奈の電話に夕美が出た理由は、明白だろう。

 俺が紫之宮先輩の家に行っている事を、加奈は知っていた。

 その俺が泊まるなんて言ったら、誰の家に泊まるかなんて誰にでもわかる。

 その事に対して、加奈が怒っているのは間違いない。

 異性の家に泊まる事が許せないと言った感じだろうか。

 だから、夕美にチクったのだろう。

 多分、拗ねている加奈が電話に出ようとしないため、夕美が代わりに出たんだと思う。


 加奈と夕美の仲が良くなる事は嬉しい事だが、これからは何かあればすぐ、加奈の口から夕美の耳へ届く事になるだろうな……。

 それはとても厄介な事になりそうだ……。


 それからは――由紀さんに導かれるままに部屋に入り、俺はベッドに寝転がった。

 用意されたベッドは凄いフワフワで、眠気を誘われる。

 だが、俺はまだ寝るわけにはいかない。

 俺の読みでは、今日先輩から相談をしてもらえるはずだ。

 逆に今日を逃せば、次のチャンスはなかなか来ないかもしれない。


 ――それから結構な時間がたったが、先輩が現れることはなかった。

 今日はもうあきらめるしかないか……。

 俺は仕方なく目を閉じ、眠りに入るのだった――。





 ――ゴソゴソ……。

 ん……?

 どうやら、物音により目が覚めてしまったようだ……。

 俺は物音の正体を確かめようとして、背中に何かが触れている事に気が付く。


「おきた……?」

 その声に、俺の体は強張ってしまった。

 声の正体は紫之宮先輩だ。

 つまり――背中に感じるこの感触は、紫之宮先輩なのだ。


「せ、先輩……?」

「だめ、こっち向いたらやだ」

 俺が振り向こうとすると、先輩が俺の背中により体を押し付けてきた。

 そうすると、必然的に、背中に押し付けられている柔らかい感触が強くなるのだが……。

 だ、だめだ……。

 こんなことを考えていたら、折角来てくれた先輩に嫌われてしまう……。


 とりあえず俺は自分を落ち着かせるために、深呼吸をした。

「――それで、どうしたんですか?」

まだ胸がドキドキしているが、俺は先輩に声を掛ける。

「そのね、相談したい事があるの」

「なんでしょうか?」

「えっとね、その、ね……

 なんだか先輩は、すごく言い淀んでいる。

 ――どうやら今の先輩は、可愛い性格の方が出ている様だ。

 それは顔が見えない暗闇だからなのか、夜遅い時間で眠気が混ざっているからなのか、それとも――俺に心から向き合ってくれているという事なのか……。


「先輩、ゆっくりでいいので、落ち着いて話してください」

「ありがとう……。――ねぇ、私が今、後継者争いをしているって言ったら、信じてくれる?」

「……それは驚きですね……。まだそんなのは、早いと思っていました……」

 俺は先輩にそう答えたが、今先輩に言っている事は当然嘘だ。

 先輩が全て話してくれるまで、俺は知らないふりを続ける。


 その後は――先輩が後継者問題について説明してくれた。

 ほとんどは俺が知っている事だったが、紫之宮先輩の気持ちは初めてここできちんと聞く。

 全てを話し終えた先輩は、心細いのか俺の体をギュッと抱きしめてきた。

 俺はその行動に、反応を示さないように我慢した。

 そして、ゆっくりと先輩に話しかける。

「結局のところ、先輩はどうしたいのですか?」

「私は……」

「今、先輩は辛いですか?」

「うん……辛い……」

「それなら――」

 俺は優しく先輩の腕をほどき、先輩の方を向きなおした。

 そして、今度は俺が先輩の体を抱きしめる。

 先に先輩からしてきた事だから、大丈夫だろう。

 ……まぁ、腕の中の先輩は驚きと戸惑いで、体が硬直してしまっているが……。

 俺は優しく先輩の頭を撫でて、幼い子をあやすような感じで、先輩に話し掛ける。 

「辛いのが嫌なら、逃げてもいいと思いますよ?」

「え……?」

「後継者の問題は、愛さんともう一人の後継者に任せるんですよ。そして、先輩は愛さんのバックアップをしてあげればいいです。元々、愛さんが長女なんですし、無理して紫之宮先輩が後継者になる必要なんてないんですよ」

「それは……」

「紫之宮先輩、今までいっぱい頑張ってきたんでしょ? もう楽になって良いと思いますよ」

 俺が笑顔でそう話しかけると、先輩が上目づかいでこちらを見てくる。

「本当に……そう思う……?」

「ええ、それに愛さんなら、紫之宮先輩が嫌がってるって伝えたら、きっと引き受けてくれますよ」

「うん……お姉ちゃんは優しいから……」

 そう言って先輩は、俺の胸に顔を埋めるようにしてきた。

 そして甘えるように、グリグリと顔を押し付けてくる。

 俺はそんな先輩の事を、ジッと見つめる。


 この人はこのまま俺の誘いにつられて逃げを選ぶのか――それとも悪魔の誘いを振り切って運命に立ち向かうのか――ここが分かれ目だ。

 もし逃げを選ぶのなら――。

「さぁ、どうします先輩? 先輩が望むなら、俺はいつでも手を貸しますよ?」

「うん……それなら龍君、私に手を貸して……」


 ……今、龍君って呼んだか……?

 いや、それよりも先輩の選んだ道は逃げの道か……。


「でも――それは後継者から抜けるためじゃない。私が、後継者になるために力を貸してほしいの。今ここで逃げたらきっともっと辛くなると思う。それにお姉ちゃんは後継者になることを望んでない。それなら私が後継者になって、私の思う様に紫之宮を変えて見せる」

「――っ!」


 俺は先輩の返事に、自然と笑顔になった。

「そうですか、それがあなたの答えですね?」

「うん、これが私の答え。あなたの望んでいた道とは違うかもしれない……。それでも龍君は手を貸してくれる?」

 先輩は目をうるわせながら、俺の目を見つめてきた。

 俺に断られる事を、恐れているのかもしれない……。

 それなら――

「もちろんですよ。さっき俺は言ったでしょ? あなたが望むのならいつでも手を貸すと。だから――一緒に頑張りましょう、楓先輩」

 俺は安心してもらえるよう、笑顔でそう答えた。

「ありがとう……」

 そう言って、楓先輩は嬉しそうに、より強く抱き着いてきた。

 俺はそんな先輩が可愛くて、また優しく頭を撫でる。

 先輩はくすぐったそうに目を細めながらも、もっと撫でろと言わんばかりに、頭を押し付けてきた。

 俺もそれに答えるように頭を撫で続けながら、くすぐったそうに身をよじってる先輩の事を見つめる。


「――楓先輩、会ってもらいたい人達が居ます。彼女達を味方にできるかどうかは、楓先輩にかかっています。お願いできますか?」

 俺の問いかけに、楓先輩はコクリと頷いた。

 そして俺は、これからの流れを詳しく先輩に説明する。

 先輩は驚いた表情をしながらも、大人しく話を聞いてくれた。


 それからは――先輩が眠りにつくまで、二人で他愛の無いことを話し続けるのだった――。


 ――やっとこれで全てのピースが揃った。

 さぁ――俺にとって最後となる、悩み相談委員の活動を始めようか――。


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