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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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29話「変わりゆく関係」

「――納得できない!」

 放課後、白川会長に委員会を抜ける様に言われ、了承したことを告げると、夕美が怒りを露わにした。

「いくらなんでも、それはひどいんじゃないか?」

「そうだね、俺も納得できないかな」

 裕貴と力生の二人も、夕美の意見と同じようだ。


「辞める様に言われたからって、反論もせずに帰ってきたわけ?」

 夕美は俺の事を睨んできた。

 ……久しぶりにここまで怒った夕美を見たな……。


「仕方ないだろ? こうするのが一番だったんだから」

「どこがよ!? 私たちにとっては、最悪の手段よ!」

「今俺達は別の事で動いてるんだ。噂を止めるために、それを中断する事なんて出来ない」

 俺がそう言うと、夕美は顔と顔が当たるくらいの距離まで、近づいてきた。

「まだ私達はその事について、詳しく説明してもらってないんだけど? 今までは黙って従ってたけど、あなたが抜けて私がリーダーになるんだったら、加奈と山吹君の活動は今すぐ止める。それでいいわけ?」

 やはりそう来たか……。

 夕美なら絶対、俺が今一番困るであろうことを持ち出してくると思っていた。


「あくまで表面上は委員を抜けるだけで、協力はもちろんする。それじゃあ駄目か?」

 ジッと夕美の目を見ると、夕美は頬を赤らめて俺から距離をとった。


「やり方が納得いかないのよ……。ねぇ、加奈は何も言わないけど、あなたはどう思っているわけ?」

 夕美は先ほどから言葉を発さない加奈に、意見を求める。

 加奈のお願い事なら、俺が聞くとでも思っているのだろうか。


「えっとね……。私は龍がそれでいいって言うなら、いいと思うの……」

 加奈の発言は意外だった。

 俺が抜ける事を、一番に嫌がる子だと思っていたからだ。

 他の三人も加奈の意見に驚いている。


「なんでそう思うわけ?」

 夕美が不思議そうに加奈に尋ねる。

「だって、龍の考えが間違ってる事って滅多に無いじゃん。その龍が正しいって言うなら、それは正しい事なんだよ」

 そう言って加奈は笑顔を浮かべる。

 しかし、その笑顔は寂しそうに見えた。

「それは間違いね。この男は時々、とんでもない間違いを犯すわよ?」

 夕美はそう言って、俺の方を睨んでくる。

 多分、借金を一人で背負い込んで、夕美とこのみを置いていなくなったことを言っているのだろう。


「でもでも、結局は龍も協力してくれるんだから、今と特に変わらないんじゃないかな?」

「いいえ、龍がここで辞めるって事は、この部屋にはもう来ないって事よ?」

「え……なんで?」

 加奈はそう言いながら、夕美の事を不思議そうに見上げている。

 やっぱり気づいてなかったんだな。

 加奈はこういう事に対して疎い。


「当たり前じゃない。龍が委員に居る事を嫌がってるのに、龍が委員室を行き来してたら意味がないじゃない」

「そ、そっか。でも、私の意見は変わらない……よ?」

 加奈は一瞬だけ俺の顔を見たが、自分の意見を貫くようだった。


「そうね……。あなたにとっては、龍が委員室に来なくても困らないもんね。

だって、毎日龍と部屋で会えるもの」

 夕美はそう言って、加奈に冷たい視線を向ける。

「べ、別にそれは関係ないよ!」

「本当かしら? むしろこうなってホッとしてるんじゃないの? 龍が他の相談者と関わらない様になれば、また一人占め出来るんだから」

「そんな事考えてないってば!」

「どうかしらね?」

 目に涙を溜めながら加奈は夕美を睨むが、夕美は加奈をほっといて俺に向き直った。

「とりあえずもう決定している事なら、これ以上言っても無駄ね。でも、どうするつもり? リーダーを引き受けるなんて真っ平ごめんだから、あなたが抜けるなら私も抜けるわよ?」


 ――おいおい……せめて加奈と話をつけてから俺に話を振ってくれよ……。

 これじゃあ夕美が残ったとしても、委員はたちまち壊滅してしまう……。

 まぁ、夕美はわかっててワザとそうしたんだろうがな……。

 それにこのやり取りは、もうひとつ狙いがあるのだろう。

 しかし……仕方なかったとは言え、その標的にされた加奈に同情する。

 ただ、夕美が加奈を標的にしたのは意外だった。

 この二人はとても仲が良い。

 というより、夕美が加奈にかまっているという感じだ。

 そんな夕美が加奈を標的にしたのは、俺が一番気にするからって理由だろうか……?


 チラッと加奈の顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしている。

 夕美の事を慕っている加奈にとって、今のやり取りはかなり辛かったようだ。

「そうだな……。夕美がこれからも上手く依頼をこなしてくれるのなら、この時期急遽リーダーが抜けたにも関わらず、悩み相談委員の活動は素晴らしかったという事で、内申評価の際に、便宜を図ってもらえるように白川会長に交渉するよ。もちろん、他のメンバーも一緒にな。それでどうだ?」


「……まぁ、それなら良いわ。」

 本当は夕美にとって、内申点なんて興味がないだろう。

 学力だけで日本トップの大学に余裕で入れるんだからな……。 

 つまり、これは落としどころとして受けいれてくれたのだ。

 それに途中からは、他のメンバーの為にわざと俺にくってかかったのだろう。

 サッカーで優秀な成績を残している力生はともかく、勉強に不安を抱える加奈と裕貴が良い所に進学するには内申点が重要になってくる。

 今のやり取りがあったからこそ、俺も白川会長に交渉しやすくなるのだ。

 まぁ、その事を他のメンバーは理解できていないだろうな。

 ただ単に、夕美が気に入らないからってだけで、俺や加奈に文句を言っていたと思っているだろう。

 夕美もその事を説明したりはしないから、誤解が解ける事はない。

 だが、それでいいのかもしれない。

 恩を着せたがらない夕美は、誤解されていた方が良いと思っているからだ。

 基本、夕美は損得で行動するタイプの人間だ。

 その夕美が自分の利益にならないのに行動したという事は、それだけ悩み相談委員のメンバーを大切だと思っているのだろう。

 いや……もしかしたら裕貴達は関係なく、加奈の為だけに動いたのかもしれないが……。


「加奈、さっきはごめんなさい。龍を困らせるためにわざと、ああ言ったの」

「ふぇ……? そうなの……?」

「ええ、もちろんよ。私があなたに酷いことをするわけないじゃない」

 そう言って、夕美は加奈の頭を撫でる。

 夕美は基本近しい男子以外には冷たいが、女子には誰であっても優しい。

 まぁ、紫之宮先輩に対してだけは噛みつきまくっているが……。

 夕美にとって加奈は、二人目の妹に見えているのだろう。

 そして、加奈も夕美の事を姉の様に見ている節がある。

「ふぇ~ん。良かったよ~。夕美ちゃんに嫌われたのかと思っちゃったよ~」

 加奈は泣きながら、夕美に抱き着いた。

 よっぽど辛かったんだろうな……。

 夕美は申し訳なさそうな顔をしている。

 やりすぎたと思っているんだろう。


 ……あれ?

 そういえば、裕貴達は何処に行ったんだ?

 気付けば、いつの間にか裕貴と力生の姿が消えていた。

 あれか、俺に全て任せて逃げたという事か……。

 俺はスマホを取り出し、裕貴に電話をかける。


「あ、終わったか?」

「あぁ、なんで俺だけおいていなくなってるんだよ?」

「いや、あれは俺達がいたら駄目な雰囲気だっただろ? だから、空気を読んで黙っていなくなったってわけさ」

「……そういう建前で逃げたんだろ?」


「もちろん!!」


 裕貴の即答に、おもわず笑ってしまう。

「とりあえず、俺と力生は龍が決めたことなら賛成しようと思う。でも、俺達が困った時は力を貸してくれよな?」

 俺はチラッと、加奈と夕美を見る。

 加奈は甘える様に、夕美に頬をスリスリしていた。

 その様子は同級生なのに、姉と妹にしか見えなかった。


「もちろんだよ。元々俺が巻き込んだ事だし、精一杯協力するさ」

「ああ、頼りにしてるぜ」

 そう言って、裕貴は電話を切った。


 ――頼りにしてるか……。

 悪いな裕貴。

 多分力になれる時間は――そう長くない……。

 

 俺はもう一度加奈と夕美を見た。

 加奈は俺がかまってやれなくなってからは、夕美と良く一緒に居る。

 多分寂しさを紛らわせるためだったのだろう。

 最初は外食ばかりしていた加奈も、今では夕美がご飯を作ってくれているらしい。

 二人が仲良くなっていく事は、俺にとって好都合だった。

 俺を兄の様に慕っている加奈は、常に俺に甘えている状態だった。

 今までは、それでも良かった。

 加奈が甘えてくれるのは、俺にとってももう一人の妹が出来た様で嬉しかったし、何より心の癒しになっていた。

 この関係をこれからも続けられるのなら、何1つ問題はなかったのだ。

 だが――俺の命が長くないとわかった今、頼れる相手が俺しかいなかった以前の加奈なら、俺がいなくなった時立ち直れなかったかもしれない。

 でも、今では夕美が俺の代わりになりつつあった。

 このままいけば、今はまだ俺に甘えている加奈も、いずれ俺には甘えなくなり、夕美にだけ甘えるようになってくれるかもしれない。


 ……まぁ、本音を言えばそんなの嫌なんだがな……。

 こんなの、妹を他人に盗られるようなものだ。

 でも、仕方ない。

 だって、俺は加奈に幸せになってほしいのだから。

 俺が足枷になり、加奈を傷つけてしまうくらいなら、俺は喜んで孤独を受け入れよう。

 それは死にゆく俺が、唯一加奈にしてやれる事なのだから――。


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