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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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26話「儚い二人だけのひと時」

「――ねぇ先輩、なんで急に不機嫌になったんですか?」

「……」

 はぁ……無視ですか……。

 俺は仕方なく、窓の風景を見る。

 俺達は今、電車に乗っていた。

 水族館を出た後、食事をし、そのまま地元に戻っている最中だった。

 ただ――紫之宮先輩に『地元に帰ります』と言った所、先輩の機嫌が一気に悪くなった。

 ……もしかして、このまま帰るとでも思っているのだろうか?

 まぁ――それならそれでいい。

 落としてから上げるのも、大切だからな。


 それからは――窓からの景色を眺め続け、電車が目的の駅に着くまで過ごすのだった。

 改札を出ると、俺は目的の家に向かって歩き出した。

「どこ行く気なの? そっちは家と逆方向でしょ?」

 俺の歩く方向に疑問を感じた先輩が、首をかしげている。

「誰も家に帰るとは言ってないでしょ?」

「え?」

 俺は不思議そうな表情を浮かべている先輩に笑顔を向け、また歩き出した。

 そして、目的の家につき、レーンを飛ばす。

 するとすぐ既読が付き、家のドアが開いた。


「悪いな、裕貴」

「別にこんくらい、いいさ。はい、これが鍵だ」

 俺は裕貴から自転車の鍵を受け取る。

 俺が裕貴の家を訪れた理由はこれだった。


「――まじで、副会長とデートしてるんだな」

 裕貴はチラっと紫之宮先輩の事を見ると、俺に小さく耳打ちしてきた。

「加奈達には内緒な」

「あぁ、わかってるよ」

 裕貴は興味深げにこっちを見ていたが、すぐ家の中に戻っていった。


 ――なぜ裕貴がすぐ戻って行ったかというと、みーちゃんが遊びに来ていたからだ。

 先ほど裕貴が出てきた時に、みーちゃんが玄関からこっちを見ていて、目が合うとピョコっと頭を下げてくれたのだ。

 ……裕貴はしっかりやってくれているようだな。

 状況に満足した俺は自転車にまたがり、先輩に声をかける。

「先輩、後ろに乗ってください」

「二人のり?」

「はい、多分先輩経験ないですよね?」

 俺がそう尋ねると、先輩はコクっと頷いた。


 多分先輩は、自転車に乗った事すら無いだろう。

 紫之宮先輩は俺達が経験できないたくさんの事を経験している。

 しかし逆に、普通なら当たり前の事を全然経験していなかった。

 だから俺は、今日1日先輩がしたことないことを経験させてあげようと思った。


 先輩は俺の指示に従い、後ろに座ってくれた。

「先輩、落ちると危ないから、しっかりしがみ付いておいてくださいね」

 俺がそう言うと、先輩は後ろから俺に抱き着いて来る。

 ただ、思ったよりも先輩は体を押し付けていた。


 ――いや、確かにしっかりとは言ったけど、そこまでくっつかれると胸が背中に当たってしまう……。

 俺が意識を背中に集中させていると、先輩がジト目で俺の顔を見上げていた。

「黒柳君はこれ目当てで、二人乗りしようって言ってきたのかな?」

「いや、違いますよ!」

 俺は慌てて否定するが、先輩からの追及の眼差しは弱まる事がなかった――。

「い、行きますからね」

 俺はそういうと、誤魔化すように自転車をこぎだす。

 そして――バランスが安定してから、段々と速度を上げていく。

 もちろん、先輩が怖がらないように、ある程度速度は抑えている。


「――先輩、気持ちいいですか?」

 俺はそう言って、少しだけ先輩の方を振り返る。

「うん、風が凄く気持ち良い」

 そう言って、先輩は少しほほ笑んでいた。

「景色も楽しんでくださいね!」

 先輩が楽しんでいる事を感じ、俺はそれを嬉しく思いながら、最初の目的地へと自転車をこぐのだった――。





「――学校……?」

 最初の目的地へ着くと、先輩が『なんでここに連れてきた?』みたいな視線を向けてくる。

 俺は何も答えず笑顔だけ先輩に向けると、グラウンドが見えるとこまで歩き出す。

 制服を着ていないため、学校の中には入れないが、フェンスの外から部活をしている生徒の姿が見えた。

「みんな頑張ってますね」

 俺は先輩に話しかけながら、グラウンドを見渡した。

 今、部活をしている生徒は多かった。

 サッカー部や陸上部はもちろん、ホッケー部も活動をしている。

 テニスコートの方では、テニス部が元気な声を出しながら活動していた。


 多分体育館では、女子バレー部やバスケ部が活動をしているだろう。

「――ええそうね、最近委員会をサボりまくっている誰かさんとは、大違いよね?」

 そう言って、先輩はジト目をこちらへ向けてくる。

 どうやら、俺が委員に出ていない事は把握済みみたいだ。


「別にサボってるわけではないですよ」

 俺はそう言って、苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、最近何をしているのかしら?」

 先輩はそう聞いてきながら、俺の顔を覗き込んでくる。

 きっと、俺が裏で何かしているんじゃないかと疑っているんだろう。

 何か話題をごまかせる事がないかとテニスコートの方に目を向けると、知っている姿が見えた。

「あれって会長じゃないですか? あの人部活入ってたんですね」

 俺がそう言ってテニスコートの方を指すと、先輩もそっちに視線を向ける。

「あぁ、唯今は何でも出来るから、たまに部活動の助っ人を頼まれるのよ」

 そう言う先輩は、少しだけ羨ましそうに白川会長の方を見ていた。

 紫之宮先輩は運動が苦手なため、運動部に頼られる会長の事が羨ましいのかもしれない。

 俺がそんな事を考えながら先輩の方を見ていると、先輩がゆっくりと口を開く。


「あの子は昔からそう。何をやらしても完璧にこなす。私とは全く違う存在なのよ……」

 先輩は小さくそう呟いた。

 どうやら、俺が思う以上に先輩は気にしているみたいだ……。

 しかし、俺は紫之宮先輩も十分凄い人だと思う。

「先輩も十分凄いじゃないですか。たくさんの知識を持っていますし、テストだって学年上位でしょ?」

 俺はそうフォローをするが、先輩はゆっくりと首を横にふる。

「私は人並み以上の努力をしているだけよ。それでも、あの子には敵わない」

 そう言って、先輩は自嘲気味に笑う。

「自分は自分、他人は他人ですよ。紫之宮先輩には白川会長ですらない、紫之宮先輩だけの良さがあります」

 俺がそう言うと、先輩はフッと笑う。


「気休めはよして……」

「気休めではないですよ」

「じゃああなたは私と唯今、どっちかを選ばなければならないって言われたら、どっちを選ぶの?」

先輩は試すような眼で俺を見てきた。

「俺なら紫之宮先輩を選びます」

 俺が即答すると、先輩は驚いた表情を浮かべる。

「あくまでどっちかを選ばなければいけないんだったら、ですけどね」

 俺はそう言って、自転車のあるとこまで歩いていき、自転車にまたがった。

「先輩、次行きましょう」

 俺は固まってしまっている先輩に優しく声をかけた。

 先輩はなんだか頬を赤くしながら、俯いて俺の方に歩いてくる。

 俺はそんな先輩を茶化したりせず、ただ彼女が俺の後ろに乗るのを待つのだった――。





 学校を出発した後は――しばらくの間目的地を定めずに、ただひたすら自転車を漕いだ。

 それは時間を潰すのと、先輩に風と景色を楽しんでほしかったからだ。

 さっきまで落ち込みかけていた先輩は、また機嫌を戻してくれた。

 

 大体目安の時間が近付くのを確認すると、次に向かったのは海だ。

 ――もうすぐ夏だが、まだ海開きには早いため、海水浴のお客さんはいない。

 ただ、海に沈む夕日というのは綺麗だった。

 先輩も目をうっとりさせて、夕日を見つめている。


「――あの夕日を追いかけて、海の向こうに行ってみたいな……」

 先輩はそう言って、俺の方を上目遣いで見つめてきた。

「先輩が望むなら出来るんじゃないですか?」

 俺はちょっとアンニュイになっている先輩に、冗談を返してみる。

「ふふ、本当にそれが出来たらいいのにね……」

 そう言って先輩は、俺の肩に頭をのせてきた。

 

 ……この人は、漫画で出てくる馬鹿な大金持ちの子供とは違う。

 大抵ああいう漫画に出てくる大金持ちの子供は、全ての事がお金で解決できると思っている。

 そのお金は、自分が稼いだお金でもないのに……。

 その点この人は、お金で解決出来ない事がたくさんある事をきちんと理解しているし、自分が無力なことも知っている。

 所詮今お金があるのは、親が稼いでくれているおかげだ。

 自分で稼いだお金じゃないため、親の言いつけには逆らえない。

 それを理解しているから、この人は焦っているのだろう。

 いつか来るであろう――自分の意志とは関係なく将来を決められる日に、怯えながら生活しているのだ。


 ただ――この人は抗うことをしていない。

 怯えながら、周りの意見に流されているだけなのだ。

 頭が良いため、抗うことが無意味だと理解して、諦めているのかもしれない。

 でも、この人は自分で思っているよりも、遥かに凄い人だ。

 それを自覚してくれれば、抗うことも可能だろう。

 だからこそ俺は、自分の命を削ってでもこの人のために尽くす。

 しばらく海を眺めた後――俺達は最後の目的地へと向かった。





 目的地に着く頃には、もう完全に日が沈み、周りは真っ暗になっていた。

「ちょっと怖いかも……」

 紫之宮先輩はそう言いながら、俺の服をギュッと掴む。

 怯える先輩は、失礼ながら可愛いとおもった。


 現在俺は、自転車を押しながら歩いている状態だった。

「もうすぐ着きますよ」

 そう言って、怯える先輩に笑顔を向ける。

 それで気をまぎらわせてくれたら良いと思ったのだが、何故か先輩は腕をギュッと抱き締めてきた。

 ちょっと困惑はしたものの、先輩がそうしたいのなら、させてあげようと思った。





 それから少し歩くと――小さい光が見えてきた。

 俺達はその光を目指して歩く。


 そして――

「わぁ――!」

 俺が今日一番見せたかった景色を先輩に見せると、先輩は感嘆の声を上げてくれた。

 先輩が今見ている景色――それは丘の上から見える俺達の町――清水町の光だった。


「喜んでくれましたか?」

 俺は先輩の横に立ち、声をかけた。

「うん! うん! こんな綺麗な景色見れて嬉しくないわけがないよ……!」

 先輩は満面の笑みを浮かべて、俺に微笑んでくれた。

 水族館を出た時に聞いたときは、しらを切られてしまったが、今回は誤魔化すのも忘れるくらい喜んでくれているようだ。

 しばらくの間、先輩はここから見える景色に夢中になっていた。

 俺はここからの風景ではなく、そんな先輩の横顔に見とれていた。

 普段は年齢以上に大人に見える雰囲気を出している1つ年上の先輩――。

 そんな彼女が今見せてくれている表情は、年相応――いや、幼くすら見える。


 ――やっと見たかったものが見れた。

 これが彼女の本性なのだろう。

 それは俺にとって、とても魅力的に見える。

 それに今日1日を思い返してみても、周りからしたら付き合っているように見えただろう。

 俺は先輩と遊べて楽しかったし、先輩も喜んでくれていたんじゃないだろうか。

  

 しかし――俺はこの人と結ばれることはない……。

 身分の差が問題なんじゃない。

 絶望的なほどの理由が、それを遮っていたのだ。

 だから俺は恋心を封印し、この人への恩を返す事だけに集中している。

 俺にとって恋心は、邪魔でしかないのだ。


 ――そんな事を考えながら先輩の横顔に見とれていると、突如急激な頭痛に襲われた。

 どうやら薬が切れてしまったようだ……。


 俺は先輩の顔を見る。

 先輩は今はまだ、景色に見とれていた。

 俺は先輩に気づかれないようにポケットから薬を取り出し、それを水で流し込む。

 薬が効くまでのしばらくの間――先輩にこちらの異変を気づかれないように会話をし、頭痛に耐えていた。

 幸いこちら側は暗闇のため、たまにしかめていた顔には気づかれなかったようだ。


 ――薬が効き始めたころには、もう帰らなければいけない時間になっていた。

「今日はありがとうね、黒柳君」

 先輩がこっちへと笑顔を浮かべる。

「先輩が楽しんでくれたのならよかったです」

 俺も笑顔で先輩に返した。

 ただ、今日午後から清水町を色々見て回ったのは、なにも先輩のためだけではなかった。

 最期を迎える前に、俺自身が1度、先輩と数年間住んでいたこの町を見て回りたかったのだ。


「――私、今日の事一生忘れないと思う。でも、また二人でここに来たいな……。ねぇ、また二人でここに来るって、約束してくれる?」

 先輩は遠慮がちに、俺の方を見上げてきた。

 その姿は、いつもの凛とした雰囲気が完全に無くなっていた。


 そんな彼女に、俺が返す言葉は決まっている。

「もちろんですよ。これから僕は忙しくなってしまいますが、全てが片付いて落ち着いたら、また二人でここに来ましょう」

 俺の返事に、先輩は笑顔を浮かべる。

 だが、本当に忙しくなるのは俺じゃなく、紫之宮先輩の方だ。

 しかし紫之宮先輩にとって、俺は後継者争いについて何も知らない事になっている。

 この人が直接相談してくれるまで、俺は何も知らないで通すつもりだ。

 ただ――問題は後継者争いだけではないだろう。

 紫之宮先輩はそれほど大変な立場にいる人間だ。


「約束だからね! 破ったら絶対許さないから!」

 そう言って先輩は小指を出してくる。

 そして、おなじみの指切りのおまじないをすると、先輩は凄く嬉しそうに笑った。

 俺はそんな先輩の顔を直視できなかった。

 すみません先輩……多分全てが片付いたときには、俺はもう……。

 先輩の顔を見れなくなった俺は、美しい光の景色へと視線を逃すのだった――。


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