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貧乏学生の相手は大手企業!  作者: ネコクロ


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25話「いつもは見れない姿」

 休みの日――俺は駅にある噴水の前で、スマホをいじっていた。

「――おまたせ、黒柳君」

 俺がついてから、20分ほどたった頃、今日の約束の相手が現れた。

「おはようございます、紫之宮先輩。僕もさっき来たとこなので、気にしないでください」

 俺はデートでのお約束の台詞を言ってみた。

「そう」

 だが、興味なさげに軽く流された……。

 多分、この人は言葉そのままに受け取って、意味すらわかってないな。


「それでは、私はこれで」

「ありがとう、由紀。また帰る時は連絡するから」

 紫之宮先輩に頭を下げた由紀さんは、一瞬だけ悲しい表情をして俺の方を見た。

 ――この前の話を引きずっているのだろう。

 由紀さんは何か言いたげだが、紫之宮先輩がいる手前、迂闊なことは言えない。

 結局、俺にも頭を下げて、車に戻っていった。

「それで、今日はどこに行くのかしら?」

「そうですね――」

 俺は行き場を告げようと思って紫之宮先輩の方を見ると、言葉に詰まってしまった。

「どうかした?」

「あ、いえ何でもありません」

 びっくりした……。

 可愛いのは知ってたけど……今日は一段と可愛い。

 本当にモデルみたいだな……。


「それで、どこに行くの?」

 先輩に見とれていると、しびれを切らした先輩が、同じ質問をしてきた。

「今日は水族館に行こうと思っています」

「水族館?」

「はい、先輩は行ったことありますか?」

「ううん、ないわ」

 ――そうだと思った。

 お嬢様である紫之宮先輩は、あまりこういうことに経験が少ない。

 まぁ、俺もお金がなかったから経験は少ないが……。


「お魚さん見に行くのね」

 心なしか、先輩が待ちきれないといった様子に見える。

 紫之宮先輩がお魚さんって言うなんて、かわいいな……。

 緩みそうになる口を押えて、俺は券売機に向かう。

 乗車券を購入して先輩の方を見ると、先輩は券売機の前で一向に動こうとしない。


「先輩?」

 俺が声をかけると、先輩の肩がビクッとする。

「もしかして、買い方わかりませんか?」

 先輩は恥ずかしそうに小さく頷く。

「今まで、電車とかってのったことありませんか?」

「移動は車だし、新幹線に乗る事があっても由紀たちがチケット買っててくれるし、他の移動は自家用ジェットだから……」

 流石、一流財閥会長の孫娘……。

「それなら、上にある電車の経路図で行きたい駅の名前を見てください。そこに一緒に金額が書いてあるでしょ? お金を入れてその金額のボタンを押せばいいんですよ」


「じゃぁ、320円ね」

 そう言って先輩はボタンを押す。

「じゃあ、それをあの改札口に通してください」

「わかったわ」

 先輩はおそるおそる、乗車券を改札口に通す。

 慣れない手つきが可愛らしかった。

 いつも凛としている先輩だからこそ、こういう姿を見ると微笑ましいとさえ思う。

 ただ、この駅の周辺にはガラの悪い奴らが居るから、ちょっとだけ心配した。

 今も、先輩の事をニヤニヤと見ているし……。

 それから少しして電車が来たので、それに乗り込む。

 隣に座った先輩を盗み見てみると、外の景色を見ながらなんだかソワソワしていた。

 電車に乗ったのが初めてのためか、好奇心が抑えれない様だ。

 ちょっとの間は、そっとしておいてあげよう――。





 目的の水族館につくと、結構人が居た。

 これははぐれるとまずいな……。

 俺がそう思っていると、ギュッと誰かに右手を握られた。

 いや――この場合1人しかいないだろう。

 手を握ってきた人の顔を見ると、頬が少し赤くなっていた。

「はぐれると危ないから」

 先輩は早口でそう言うと、顔を背けてしまった。

 俺は何も言わずに、先輩の手を握り返す。


 ――中に入ってみると、色々な魚がいた。

 このクマノミなんかは、大分昔に映画になったキャラのモチーフになっていたな……。

 先輩はどの魚も興味深げに見ていた。

「あ、この子綺麗」

「ロクセンスズメダイって言うんですね。僕もこの色は好きです」


「うわ~、ここ凄~い」

 先輩は水槽のトンネルに来ると、瞳を輝かせていた。

 最早(もはや)、いつもの学校での姿とは別人だ

 由紀さんが言っていた、先輩の本当の1面が出ているのかもしれないな。

「これはアクアゲートって言うんですよ」

「なんか神秘的な世界だね」

 よかった……先輩はとても喜んでくれているみたいだ。


「わ、わ、かわいい~!」

 先輩は水槽の中に居るゴマフアザラシを見つけると、テンションマックスになっていた。

「先輩、ちょっと声が大きいです。周りにもお客さんいるので声抑えて」

「ご、ごめんなさい」

 周りのお客さんはクスクスと笑っていた。

 注意されるよりはいいが、恥ずかしくて仕方ない。


「ねね、ペンギンだってペンギン。あっち見に行こ」

 そういって先輩は繋いでいる手をクイクイっと引っ張てくる。

 最早子供だ。


「わかりましたから、そんなに引っ張らないでください」

 俺は苦笑いしながら繋いでる手が離れないように、先輩についていく。

 ただ、そんな先輩のテンションは急行落するのだった――。


「せ、先輩?」

 俺はテンションが下がってしまっている先輩に、おそるおそる声をかける。

「イルカショー……」

 先輩は先ほどから、イルカショーとしか言っていない。

 紫之宮先輩が1つ1つ長々と水槽を見ていたため、ちょうどイルカショーが終わってしまったのだ。

 よほど見たかったのか、ずっと落ち込んでいる。

 もう出口が近づいてきているため、先輩のテンションを戻すのは難しい。

 出口までくると、お土産屋さんがあった。


 ……そうだ!

「先輩ちょっとここで待っててください!」

 俺はそう言って手を放すと、お土産屋さんに向かった。

「あ……」

 一瞬先輩の残念そうな声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではなかった。


 ――俺は目的のものを買うと先輩のとこに向かう。

 すると、驚いたことにちょっと離れた間に、先輩は男数人に囲まれていた。

「なぁ、いいだろ? 俺達と遊ぼうぜ」

「そうそう、1人でいるより、俺達と遊んだ方が楽しいぜ?」

「私、人を待ってるだけだから、迷惑なんだけど」

「そう言うなって、俺達と遊んだ方が楽しいぜ?」


 随分熱心に誘われているな……。

 まぁ、先輩の見た目からすれば、不思議でもないか。

 とりあえず、助けに行かないといけないな。

「あ~、すみません。彼女俺の連れなんで」

 そう言って俺は先輩の手を握る。

 先輩は俺に気づくと、顔をほころばせた。

 だが、男達はそれで諦めてはくれなかった。

 それどころか、俺が現れた事に驚きもしない。

「は、なんだよ。どんなイケメン彼氏が来るのかと思ったら、この程度の男か」

「なぁ、君。こんな奴ほっといて俺達と遊ぼうぜ」


 ……中々言ってくれるな。

 しかし男数人だけで、水族館に遊びに来るか?

 無くはないんだろうけど、特にこんなチャラいような奴らが足を運ぶようには思えない。

 あと、こいつら駅前でも見かけたような……。


 ――あぁ、そういうことか。

 こいつら紫之宮先輩に目をつけて、ついて来たんだな。

 俺はスマホを取り出し、ある人のスマホに1ギリをする。

「いい加減にしてくれない? 迷惑なんだけど?」

「おぉ、きっついね~」


 紫之宮先輩が睨んでも、男たちはニヤニヤしている。

「先輩、相手にする必要ないです。もう行きましょう」

 俺はそう言って、先輩の手を引っ張り歩き出す。

「おいおい、ちょっとまってくれよ」

 そう言って、男達は俺達の道をふさぐ。

「1つ忠告するけど、先輩にちょっかい出さない方がいいよ?」

 俺がそう言うと、男たちは笑いだす。

「ハハハ、まさかちょっかい出せば、ケガするって言いたいのか?」

 リーダー格の男が俺に近寄ってくる。

「ケガで済めばいいけどね?」

 そう言って、俺は先輩を後ろに庇う。

 先輩は俺の事を心配そうに見上げてきた。

 だが、この状況で危険なのは俺ではなく、この男達の方だ。


「ここで暴れると目立つから、外に行ったほうがお互いのためだよ」

 俺はそう言って出口に向かって先輩と歩きだす。

 男達も笑いながら、俺の後をついてくる。

 紫之宮先輩はこれだけで俺の行動の意味と状況がわかったのだろう、ちょっとむくれていた。

 まぁ、もし俺も先輩の立場だったら、同じような感情を持ったかもしれないな。


 ――俺達が外に出ると、たちまち囲まれてしまった。

 だが、俺達が男達に囲まれたのではなく、男達が黒服の怖い大人達に囲まれたのだ。

「は? は?」

 男達はいきなりの展開に、目をパチパチさせている。

 そして、そんな男達を黒服集団はどこかへと連れて行くのだった――。


「――お疲れ様です。龍様」

 黒服集団と入れ違いに、由紀さんが現れた。

「由紀さん、ありがとうございました」

「いえいえ、これも私達の仕事なので」

 俺達がそう会話している中、紫之宮先輩が凄く機嫌が悪くなっているのがわかる。


「由紀、監視してたわけ?」

「もちろんです、何かあればお嬢様を守らなければならないのですから」

「もうついてこなくていいから」

「なりません。万が一の事があってからでは遅いのです」

 由紀さんがそう言うと、先輩は深くため息をつく。

 今までにも何度かしてきた会話なのだろう。

 これ以上言っても無駄だとあきらめたようだった。

「せめて、遠くからにしてよね。邪魔したら怒るから」

「心得ております」

 そう言って、由紀さんはニコっとほほ笑むと、頭を下げて離れて行った。


「黒柳君は気づいていたわけね?」

 どうやら今度はこっちに矛先が向いたようだ。


「まぁ、紫之宮先輩を1人にするわけがないと思っていましたからね」

「ふ~ん」

「それより、水族館は楽しかったですか?」

 俺は話を変えることにした。

 あれだけ喜んでくれてたんだ、水族館の話なら食いついてくれるだろう。


「普通ね」

 ……くいつかなかった。

 普通に澄ました顔で、先輩はおっしゃられる。

 水族館の中でのはしゃぎようは、どこにいったんだ……。

 最早、あの先輩が影武者だったのかと疑うぞ?

 俺が、お土産屋さんに行っている間に入れ替わったのかって感じだ。

 俺はそうバカのようなことを考えてて、ふとある事を思い出す。

 先ほど、先輩のために買ってきたお土産をまだ渡していなかった。

「先輩、これもらってください」

「え、ありがとう」

 先輩に袋を渡すと、先輩は袋の中を覗き込む。

 そして、中身を取り出すと目を輝かせてた。


「わ~、可愛い!」

「喜んでもらえたようでよかったです」

 俺が先輩に渡したのは、ゴマフアザラシのぬいぐるみだ。

 先輩が一番気に入っていたから、それにしたのだが大正解だったようだ。

 ぬいぐるみを抱きかかえて喜んでいる先輩を見ていると、先輩は急にハッとしたようにこっちを睨む。

「ま、まぁ、折角のプレゼントだからね。私はこんなの興味ないけど、仕方なくもらってあげるわ」

 いや先輩……それはちょっと遅いかな……。

 俺は笑っている顔を見られない様に横を向くと、先輩が手を握ってきた。

 そのことに突っ込むような無粋な真似はしない。

 まだまだ時間は残っている、今日1日は先輩をしっかりと楽しませよう。


「さぁ――次のとこに行きましょうか」

 俺は優しく先輩の手を引っ張り、歩き出すのだった。


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