24話「神様は意地悪だ」
「おい、あいつだろ?」
「そうそう」
「二年生のくせになめた野郎だよな」
「本当、次から次へと手を出しやがって」
昼休み――俺が一人で歩いていると、そんな話声が聞こえてきた。
多分あれは三年生だろう。
一年生の間で噂になってたことが、とうとう三年生にまでいってしまったようだ。
――ここ最近ずっとこの調子だった。
知らない女子からは距離をとられ、男子達からは非難の嵐だった。
身から出た錆とはいえ、めんどくさい事になったものだ。
俺が考え事をしながら歩いていると、後ろから駆け寄って来る足音が聞こえてきた。
「りゅう~、お昼一緒に食べよ」
そう言って、加奈が俺に笑顔を向けてきた。
悪口を言われている俺を心配してきてくれたのだろう。
加奈は昔からそういう奴だ。
「いや、悪い一人で食べるよ」
俺は加奈の誘いを断った。
こいつは周りから噂されても、気にしないからな。
俺が加奈から距離をとらないと、巻き込んでしまう。
「やだ。もう一緒に食べるって決めたから」
そう言うと、加奈は俺の服の袖をつかむ。
顔を見れば、頬をふくらませている。
こうなった加奈は、言うことを聞かないから困る。
そして、周りからの視線はより痛くなった。
「わかったから、とりあえず離してくれ」
加奈は渋々ながら、手を放してくれた。
「なんか、周り皆敵って感じだね」
加奈は小さい声で、周りをキョロキョロしながら、そう呟いた。
「まぁ、実際俺がしてた事は、噂と似たようなものだから仕方ないさ」
そう、今回の噂では、俺が否定することはできない。
それが非常に厄介であった。
「気にしたらだめだよ?」
加奈はよほど心配なのか、心細そうな声を出す。
「人の噂なんてすぐ消えるさ」
俺にとってこんな噂どうでもいい。
ただ1つ心配なのは、この噂が二次災害を生む可能性がある事だ。
俺はそんな懸念を胸に、加奈と屋上に向かった。
2
「おっひる~おっひる~♪」
加奈は嬉しそうに髪をピョンピョン跳ねさせながら、弁当を取り出す。
加奈の弁当も俺が作っているため、必然的に弁当の中身は同じものになっていた。
流石に弁当箱は違うため、中身を見られない限り周りにはバレない。
まぁ、一年生の時に普通に加奈が『龍にお弁当作ってもらってるよ』って言ったせいで、この事は結構な数の同級生が知っている。
ここ最近、加奈と昼ご飯も晩御飯も一緒に食べていなかったな……。
昼休み、いつも加奈は女子の友達と食べているから、俺とは別だ。
そして、晩御飯は俺が紫之宮先輩のとこに行っているため、料理を作ることが出来ないということで、加奈には外食をしてもらっている。
そのお詫びの意味もこめて、朝ご飯と昼の弁当だけはしっかりと作っている。
加奈が昼休みに誘ってきたのは、それもあるのかもしれないな。
この子は一見我が儘に見えるが、俺が本当に困る事は自分がどれだけ辛くても我慢してくれる。
だから、俺としてもある程度の事は甘やかしてしまうのだ。
それに、加奈は俺が作った料理を幸せそうに食べてくれる。
その顔を見るだけで、俺は心を満たされていた。
「今日も晩御飯は別かな……?」
不意に加奈が、俺の方を上目遣いで見ながら聞いてくる。
「あぁ、ごめん、今日も無理だ……」
「そっか……」
俺の返答に加奈はシュンっとしてしまった。
だが、それ以上は何も言ってこない。
俺と一緒に食べれないだけでこんな態度をとってくれるなんて……。
本当に加奈はかわいいよな……。
「――なぁ、加奈。もし、俺がまた転校するって言ったらどうする?」
「え……? そんなの嫌!」
そう言って、加奈は俺に詰め寄ってくる。
「そんなの駄目! 絶対だめだから!」
「いや、もしもの話だからさ、そんな必死になるなよ」
俺はそう言って、加奈をなだめる。
「もしもってなに!? 急にそんな事を言い出す事自体、おかしいじゃん!」
「悪い、冗談だ冗談。だから、そんな怒るなって」
――本当は冗談じゃない。
俺にとって転校は選択肢の1つにある。
俺には誰とも結ばれる訳にはいかない理由が出来た。
だから、恋の芽は摘まなければならない。
芽が生まれる可能性があるのなら、遠ざけなければならないのだ。
この事は誰にも悟られるわけにはいかない。
だが、悲しそうな表情を浮かべる加奈を見ていると、心配からか少し口が滑ってしまった。
「本当に? どっか行ったら嫌だよ?」
加奈は涙目で、こちらを伺う。
正直可愛いと思ってしまった。
紫之宮先輩や加奈だけじゃない、俺の周りには魅力的な女の子が多い。
だからこそ、俺は紫之宮先輩と決別するだけじゃ足りない気がしていた。
それに、俺が噂を強く否定できないのは、そういう負い目もあるのかもしれない。
それだけじゃない、俺が関係を深めれば深めるほど、最後に周りを泣かせてしまうかもしれない。
――神様は意地悪だ。
この世の最も偉大な方は、どれだけ俺の事が嫌いなのだろう。
俺は自分の心の中に埋めく闇を抑えるように、加奈の頭を撫でて気を紛らわすのだった。
3
「ねぇ黒柳君、今度の休みの日、どこか遊びにいかない?」
ここ最近日課となった先輩の家で世間話をしていると、先輩が急にそんな提案をしてきた。
どうするかな……。
俺としてはこれはチャンスなのだが、学園で噂になっていることを考えると、休日に先輩と遊んでいるところを見られれば、厄介な事になるだろう。
俺は紫之宮先輩の顔を見る。
見た感じは落ち着いてるから、ただ暇つぶしのために俺を誘ったのか?
これから先の事を考えれば、時間が足りないのは明らかだ。
何より、俺にどれだけの時間が残されているかわからない。
なら、チャンスを無駄にするべきではないだろう。
「いいですよ、どこか行きたいとこはあるんですか?」
俺は笑顔でそう答えた。
「特にないかな。黒柳君が考えたプランで遊びましょう」
……おい、俺に丸投げかよ。
まぁこちらとしても、下手なところに連れて行かれるよりはいいか。
「俺金があんまりないから、遠くはいけれませんよ?」
「うん、わかってるから気にしないで」
理解されているのは当然なのだが、なんかそれはそれで辛いな。
いつもより少し早いが、そろそろ帰るか。
「それじゃあ、今日は帰りますね」
俺はそう言って荷物を持ち、席を立つ。
「え……? もう帰っちゃうの……?」
「え?」
俺は今まで先輩から聞いたことの無い声色に、反射的に振り返ってしまった。
「な、なんでもない。帰るなら由紀に送らせるわ」
そう言って紫之宮先輩は、離れたところに立っている由紀さんに声をかける。
さっきのは聞き間違いか?
一瞬そう思ったが、目の前の由紀さんが今までで一番の笑顔を浮かべていることから、どうやら聞き間違いではないようだ。
どうやら思っていたよりも、順調なようだな。
玄関に向かって歩いている途中、急に由紀さんが振り返った。
「龍様、大丈夫ですか?」
「どうしたんですか、急に?」
「いえ……なんだか、ご無理をされているのではないかと思いまして……」
そう言って、由紀さんはこっちをジッと見てくる。
「ハハハ、何言ってるんですか。俺は元気ですよ」
そう言って俺が笑うと、由紀さんは顔を曇らせる。
「今日、お食事あまり召し上がっていませんでしたよね?」
「あ~、いや、今日はたまたま入らなかっただけですよ」
「こちらに来られた後、時々真っすぐ家に帰られてませんよね? 私が家の前まで送ってますのに」
気づかれていたのか……。
「それを知ってるって事は、車で引き返した後、隠れて俺の事を見張ってましたか?」
俺は真剣な顔で由紀さんを見る。
もし、俺を見張っていたのなら、この人は俺の事を信用していないという事だ。
「いえ、1度龍様をご自宅にお送りした後、伝えるべきことがあったので、引き返したのです。
すると、龍様が家の中に入らずに、どこかに歩いて行かれていました。
その時はたまたまかと思ったのですが、それ以降も何度か家に帰らずに出かけられているところを見かけました」
冷や汗が背中を流れる。
「病院……行かれてますよね……?」
俺はその言葉に目を瞑る。
気づかれないように、わざわざ夜遅くに出かけていたのにな……。
俺はあきらめて、由紀さんに全て白状したのだった――。







