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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
近くて遠い道の先
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第57話 剣気と狂気


「良いわ……相手になってあげましょう。時にあなたは、そこいらに倒れている連中と同じ、お仲間なのかしら?」

「私は私だよ……愛しきお花ちゃん」

「お花……?」

「花はねェ、あまァい蜜を秘部に蓄えて蠱惑こわくな色香を所構わず撒き散らしては、私みたいな虫を自ら誘き寄せるんだ。でもねェ、私はそんな花からひらひらした花弁を一枚一枚剥いでいくのが大好きなんだよ……そしてやがて露わになった秘密に――」

「お止めなさい。もう……十分よ。あとは言葉ではなく、お互いの腰にあるもので語り合いましょう」

「くっふふふふふ……いいねェ、実にいい。その眼、その髪、その声……。一つずつ剥ぎ取っていけば、いずれ本当の君に出会えるのかなァ?」


 ――相手の注意をこの私の方に引き付け続けられれば、リゼやレイラにこれ以上の危害が及ぶことは何とか避けることが出来そう。

 けれど、この相手の力量が一体どれ程のものなのか……その全身に纏っている異様な気配からのみではまるで想像が付かない。確かなことは、私がこれまでに一度も相対したことのない、何とも不気味な相手ということだけだわ。


「まずはその子を離しなさいな。やりあうのはそれからよ」

「ふ、ふふふふふ……良いだろう。こいつからは何かが入り混じった匂いがしてかなわん。行け、お楽しみの邪魔だ」

「レイラ! 先に橋を渡って向こう側で待っていて頂戴!」

「わ、分かりました!」


 これで憂いの一つは消えた。あとはこちらから相手の近くにまで歩み寄って、その戦闘範囲を誘導していけばリゼも巻き込まなくて済む。無論のこと、相手の周囲に妙な仕掛けが無いかどうかは十分に探りながら。


「それで、あなたは一体どこの誰なのかしら? あなたは私のことを知っているようだけれど、私は名前も知らない相手とは踊れなくてよ?」

「ふぅむ。これ、本当は人に教えちゃだめなんだけど……お花ちゃんにだけは特別に教えてあげてもいいかな。渡リ鴉(コルクラーベン)、第十三番隊隊長、マリオン・ツヴァイブルッケンだよ。どうぞ、お見知りおきをっと」

「コルクラーベンの、マリオン……? どちらにも統一言語(パリグラット)以前にロイゲンベルク周辺で長く使われていた旧語の響きを感じる辺り、やはりあなたはあの貴族院が擁する諜報組織の一員であるようね。それも、殺し専門の」


 ロイゲンベルクの貴族院が擁する諜報組織には、他国からの諜報活動に対する情報操作などの妨害を専門に行う防諜部隊を始めとして、勢力圏の内外における密偵を担う隠密部隊や、貴族院からの指令を受けて不穏分子を排除する暗殺専門の部隊などが存在していると聞いていた。

 そして十中八九、このマリオンとやらはその暗殺部隊の一員と見える。


「ふふ、お花ちゃんのことはよぉく知っているよ。まだ若いのに其処で這いつくばっている女と一緒に駆け落ちしたんだろう? 家を棄ててまで愛に生きるためにさァ。ここまで毎日お互いを貪り合って、さぞ楽しかったんだろうが……くふふ」

「……全く、とんだ誤解があるようね。あなたが私たちの一体何を知っているというのかしら。さ、御託は良いから早くかかっていらっしゃいな。高まりたいのでしょう? お望み通りその願いを叶えて差し上げるわ」

「くっふふふふ、いいねェ……いい目だァ……大事な女の目の前で、その煩わしいひらひらを一枚残さずひん剥いて、真っ裸にしてやるよ!」


 ――速い!


「ぐっ!」

「きっひっひっひっひ……! いいぞ、いいぞォ! きえィ!」

「はっ! くっ!」

「ほらほら、どうした! どうしたァ! そんなもんでいいのか、オィ⁉」


 この敏捷性と反応速度、そして一振りの重さと精確さ、どれをとっても先ほどの連中とは次元が違う。回転と半回転を不規則に使い分けながら、巧妙な体捌きと足捌きを以て、こちらに反撃と攻撃予測の機会を与えない。こんな剣技はロイゲンベルクの国内に存在しないはず。相手は異国の流派か我流の使い手なのかもしれない。


 ――貴族院の連中はこんな気が触れたような輩まで使って、これまでに人知れず数々の不穏分子を排除してきたのね。けれど、そうまでして守りたいものなんて、きっとろくなものじゃないわ。


「ほらほら見せてみなよ、エーデルベルタの神髄とやらをさァ!」

「ふ……言われなくても!」

「来い! 来い! 来い来い来いィ!」


 ――お望みとあらば、毛穴の一つ一つを貫くように、蜂の巣にしてやるわよ。

 刺突の暴雨をその身に浴びて、千の痛みに打ち震えるといいのだわ!


飛泉豪瀑襲(ウォルケンブルッフ)!」

「うおっほぉ、はっは、ひぃぃぃやっはァ!」


 ――馬鹿な。この一撃一撃を、全て受け流している……?

 この速度と剣筋に、初見での対応が出来ているとでも言うの?


「くっ! 何て反射神経なの……ならこれは、どうかしら!」

「んあ?」


 相手と距離を取り、一度納剣した後、足を巧みに捌く。

 左へ右へ、右へ左へと、不規則に踏み込みながら、地を踊る。

 次の攻撃がいつ、一体どの角度から閃くのかを読ませないように。


「お花ちゃんは蝶々にでもなったのかァ⁉ くっふふふふふ、ならそのふわふわした羽根を引きちぎって、地べたを這いずる芋虫にしてやろう!」

「ふ……土の味を知るのは、どちらかしらねぇ!」


 抜剣から一刹那の内に攻撃へと移行する次の瞬間に踏み込む足は、少しの剣威すらも殺さずにその全てを活かすため、常である右ではなく、敢えて左を選ぶ。

 そして弾指の内に、相手は自身に襲来する剣先の姿に瞠目することとなる。


 私が長年磨き抜いた魔導とエーデルベルタの歩法とを融合させた我術、幻踏ネーベンモントによって。


「なんだァ⁉」


 踏み込みの瞬間、体内で極限まで高めた魔素によって自身の幻影を幾つも創り出し、複数の方向に分かれて同じ動きを見せながら、相手の一点に向けて斬り込む。

 そして、相手が惑乱の陥穽に落ちた時、その五感が何かを伝えるよりも一足先に、意識の糸をぷつりと絶つ。この、影すらも追いつけない神速の一撃で。


鏡花無影刃フェルシュテクト・アングリフ!」

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