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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
熱砂の都 アル・ラフィージャ
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第38話 開き直りが肝心?


「えっ、これは……?」


 復活祭が執り行われる日の夕刻。


 町が先日とは比べ物にならないほど多くの人で溢れ、大きな賑わいを見せている中、私たちはサルマンの願いに応える形で、このすぐ後に控えている催し物に出るべく、予め用意されているという衣装に着替えるため、専用の化粧室へと通された。


 ――と、そこまでは良かったものの、今、私たちに用意されていたその衣装を目の当たりにしたところで、三人が揃って舌を何処かに置き忘れたかのように、次に発するべく二の句を失ったまま、その場で固まっていた。

 

 そしてやがてその沈黙を切り裂いたのは、傍らで戦慄きながら、耳まで真っ赤になっているリゼだった。


「こ……こんなの、聞いていませんよ! これ……ほとんど裸じゃないですか!」


 そう叫んだリゼの対面に立つレイラも、自身に宛がわれた衣装を何度も見返しながら、その顔に明らかな困惑の色を湛えているように見えた。


 私に赤、リゼに青、そしてレイラに緑を基調とした衣装が、煌びやかな装飾品と共に用意されていたものの、その身を覆う面積たるや本当に微々たるもので、あとはそれに縫い付けられた半透明の薄布が、蝶のように揺れ舞って見えるだけであった。


「これを着て、あの町中を衆目に晒されながら練り歩けと言うのかしら……なるほど、サルマンの狙いは最初からこれだったのね。どうりで会った時から妙に優しかったわけだわ」

「前にお風呂で着た水着よりずっと布地の面積が小さくて、しかもこれから向かう場所は町のただ中……こんな屈辱、私だけならまだしも、メ……エミリーにまで……断固として許せません! 私、今からあの男を探して、直接抗議してきます!」

「待ちなさい、ルイズ。あなたが今からサルマンを探したところで、きっと見つからないわ」

「し、しかし!」

「ここまで来たらもう、開き直るしかないわよ。それに他の娘たちを見てみなさい。皆、堂々としたものだわ」


 化粧室の中には当然、他の女性も大勢居た。しかしその誰もが同じような衣装を身に纏いながらも、恥じらいを見せるどころか、極めて堂々とした佇まいを見せており、皆が皆、意気揚々とした態度で自分たちの出番を待っている様子だった。


「どうして……皆、あんな嬉しそうな顔をして――」

「あら、あなたたち見かけない顔ね。ひょっとして観光で来た人かしら? あなたたちも参加するなら、早く着替えないと行進パレードが始まってしまうわよ?」

「いえ、私たちはその、偶然というか成り行きで……こんなものを着て外に出るだなんてつゆ知らず……失礼ですが、あなたは、恥ずかしくはないのですか?」

「んん……私たちは普段、厳しい戒律があって、人前で肌を露わには出来ないのだけど、この日だけは特別で、これだけ露出していても何も言われないの。だから何だか開放的な気分になれるっていうか、逆に見せつけてやろうって感じかな。もちろんあなたみたいに思う子も居るけれど、一度やっちゃうと大半が吹っ切れちゃうの」


 リゼにそう答える女性は、私たちとそれほど変わらないような年代に見える。

 しかしその肌は、まるで雪のように見事な白で、彼女の言葉通り、肌のほぼ全てを日常的に覆っていたことが窺える。


 ――確かにこの町に初めて訪れた時にも、レイラに思わず訊ねてしまったけれど、町中の女性が皆、その肌を覆い隠すような恰好をしていたのは、私にとっても不思議な光景に映っていた。そして、それが常である彼女たちからすれば、肌を思う存分見せることが出来るこの催しは、かえって待ち遠しいものだったのかもしれない。


「いいわ、ルイズ。私たちもやってやりましょうよ。これだけ多くの子たちが同じような恰好で踊り歩くのだから、私たちはただそれに付いて行けば良いだけよ」

「……分かりました。エミリーがそこまで言うのなら、私も腹を括ります。ええ、やってやりますとも! 武道で磨いたこの動き、存分に披露してやりますよ」

「ふふ、そうこなくてはね。ローザも、いけるかしら?」

「はい、私なら大丈夫です。お二人と一緒でなら、何も怖くはありませんから!」


 ――レイラの顔からも、つい先ほどまではあった、当惑の色が消えているように感じられる。彼女もまた私たちのやり取りを見ている内に、その決心を固めた様子。


「ふ……皆、覚悟は決まったようね。なら、もう着替えてしまいましょう。この催しを無事に終えれば、私たちの約束だって果たして貰えるのだから、そのためにもここは一つ、三人で団結して乗り切るわよ」

「でもエミリー、もしあのサルマンが約束を違えるようなことがあったら……?」

「その時はルイズ、あなたの好きなようにおやりなさい。私は加勢はしても、止めはしないから」

「ふ、承知しました」


 ――何だか今、とても良い顔に変わったわね、リゼ。


 これで万が一、サルマンが約束を反故にした時には……彼女が持つもう一つの一面を久し振りに見ることとなるでしょう。どうか彼にはしっかりとその約束を守って欲しいものだわ。今後、二度とものを噛むことが出来なくなるかもしれないから。

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