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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
ザールシュテットの水伯爵
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第24話 記憶の声が語る時


「……話は分かった。その不審な施設というのも、すぐに調査団を向かわせることとしよう。君たちには此度の多大なる活躍に対し、心からの敬意を表したい。本日はどうかこの私に、その労をねぎらわせて欲しいものだ。そこで提案なのだが、君たちの二人を夕餉ゆうげの席に招待させてはくれまいか」

「お心遣い、大変痛み入ります。しかし畏れながら、私共の身には余るご高配かと存じますが……」

「遠慮は無用だよ。そしてその時にでも、君たちが請うていた運河の利用について、中身のある話をさせて貰う心算だからね。本当はそこに居る二人も招きたいところだが、随分と疲弊しているようだから、その分も含めておもてなしをさせてくれたまえ」

「……承知いたしました。それでは、そのお誘い、謹んでお受けいたします」

「うむ。ではまた後で使いの者をそちらへ送ろう。今日は本当に大儀だった」

「ありがとうございます。それでは私共はこれで、失礼いたします」


 ――この反応は、運河の利用に対しての取り計らいがあると見て良いはず。

 今回の一件は、あの妖魔のこともあったから、いささか後味が良いものではないけれど、とにかくこれで私たちは、目的地への距離を大きく縮めることが出来る。


「エミリー、さっきの聞きましたか? 夕食が頂けるんですよ! 久しぶりの豪勢な食事が……!」

「ふふ、そうね。家を出てからまだそれほど長い時間は経っていないはずなのだけれど、かつての当然が、何だかとても昔のことであるように想えるものね」

「あの……エミーリアさん。宿の方に戻ってからでも構いませんので、この後、ちょっとお時間を頂いてもいいですか?」

「ん、どうしたのコロナ? 私は別に構わないけれど、あなた、本当は一刻も早く家に戻って、家族と再会の喜びを分かち合いたいはずなのでは……?」

「それはもちろんなのですが、その前に大事なお話が、あるんです」

「あら……そう、なの? 分かったわ。それなら宿の方で話を聞きましょうか」


 ――先ほどからずっと感じてはいたけれど、どうにもコロナの様子がおかしい。

 屋敷で伯爵に謁見してからというもの、私に何か言いたげな顔をしていたから。

 平穏な日常を取り戻した後とはまるで思えないような、とても神妙な面持ちで。


 何だか嫌な予感がするのは、気のせいかしら。



 ***



「ねぇ……コロナ。それは本当に、あなたの聞き間違いでは、無いのね?」

「間違いない、と思います。私が町で拉致された後、あの施設で聞いた声の一つは、先ほどあの屋敷で領主様がお話されていた時のそれと、確かに同じものでした。目隠しをされていて姿こそ見えませんでしたが、私、小さい頃からピアノを習っていて、音には人一倍敏感なんです」

「エミリー……これって、まさか」

「ええ。そのまさか、でしょうね。ねぇルイズ……あなた、私と最初に屋敷に訪れた時、ほんの少しだけれど妙な気配を感じた、と言っていなかったかしら?」

「あぁ、そういえば……お手洗いをお借りしようとして一階に降りた時、通路にあった手延べ硝子越しに、小さな入り口のついた建物のようなものが見えて。そこから何だか不思議な感じが伝わってきたのですけど、その時は単なる気のせいかと」

「……何か、あるわね。今夜、確かめてみましょう。危ない橋を渡ることになるかも知れないけれど、もし私の疑念が正しいとすれば、看過することは出来ない」


 コロナの話が本当なら、あのザールシュテット伯が、町で起きた一連の失踪事件に極めて深く関わっていることになる。それに、リゼが感じたという違和感の原因についても、その正体次第では思いもよらぬ事態を巻き起こす恐れがある。


 相手は伯爵という貴人にして、この町と地域とを一手に治める領主でもある。

 仮にそれを敵に回すとなれば、ただの妖魔より何倍にも増してたちが悪い。


 本来であれば、このまま見て見ぬ振りをして、運河を渡ってしまうのが一番。

 けれど乗りかかった船でもあるし、私自身が放っておけないから仕方ない。

 無論最悪の事態も想定して、もしもの時の手も用意しておく必要がある。


「ではルイズ、そろそろコロナをお家まで送ってあげて頂戴。私はその間に、少し用意をしておかなければならないことが出来たから」

「分かりました。ではコロナ、行きましょうか」

「はい……エミーリアさん、この度は本当にお世話になりました。どうか、この先もお元気で。ルイーゼさんに家の場所をお教えしておくので、いつかまた訪ねてきてくださいね」

「感謝には及ばないわ、コロナ。私はただ、成すべきことをしたまでよ。でも、いずれ自分たちのことが落ち着いたら、顔を見せに必ずそちらへ伺うわね」

「はい。では……またいずれ」


 ――もう一方の半妖であるレイラは、本当なら伯爵のところに保護をお願いする心算だったけれど、事情が事情であるだけにそうもいかなくなった。かと言ってこのままここに置いておくわけにもいかないし、何か良い手を考えてあげなくては。


 しかしもっともそれは、私たち二人が、無事にここへ戻って来れたらの話。

 今は自分たちのことを考えなくてはならない。そして、万が一の時の備えも。

 そのために打てることの出来る手は打つ。例え頼りたくない相手を頼ってでも。

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