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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
ザールシュテットの水伯爵
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第18話 氷雨に響く跫音


「――ます、起きてください、メル!」

「んん……ん? リゼ……? 今日はそんなに早く起きても仕方が――」

「雨です! 雨が降っているんですよ!」

「あめ……? ――っ、何ですって!」


 ――昨日はあんなに晴れていて、夜も月が霞むことなく見えていたというのに。

 例の人さらいの話をしていた矢先に、まさか待望の雨が降ってくるとはね。

 ただ、屋根を叩いている音からして、そんなに強い雨ではないようだわ。


「早朝とはいえ、空は随分と暗いようね。この感じだと、これから徐々に雨脚が強まってくるかもしれないわ。とりあえず身支度だけは早めに済ませて、いつでも外へ出られるようにしておきましょうか。あぁもちろん朝食も忘れずにね」

「はい、分かりました!」



 ***



「どうやら雨風共に強まってきたようね……では、そろそろ私たちも町に出ましょう。雨具なら昨日の内にちゃんとしたものを用意しておいたから」

「それでメル、町へは昨日のように手分けして回るのですか?」

「そうね。遭遇率を高めるために、目の届く範囲は広い方が良いわ。それに今回は事件の性質上、私たち自身が囮となることも出来るからね。なるべく人気が少なそうな場所をそれぞれ探しながら巡回しましょう。警戒だけは常に怠らないように」

「承知しました。どうかメルも十分にお気を付けになってくださいね」

「ええ、ありがとう。もしどちらかが先に相手を見つけたら、体内の魔素を一気に高めて知らせ合いましょう。そうすれば、大よその方角ぐらいは掴めるだろうから」



 ***



 深みを増した鈍色の雲が空を厚く遮っている。

 雨の勢いも手伝って、街中を往く人も疎らで。

 こんな状況下であれば、現れるかもしれない。

 

 今、私たちが追っている、人さらい――妖魔が。


「やはりこの季節の中にあって、風も強いとなれば、さすがに冷えるわね……次は、昨日は回りきれなかった西側の方に行ってみようかしら」


 町の西側には住宅が密集している区域と商店街とがあり、地図上では至るところに細い路地があるのが確認できた。強い雨が降っていて、日中でも薄暗いこの状況でなら、点在している人が突然襲われてもそれが目撃される可能性はかなり低い。


 しかし、そう簡単にこちらの思惑通り、相手が目の前に現れるものではない。

 ただ、いつ遭遇してもすぐに動けるよう、注意を払い続けておく必要がある。 


「地図で見た時には随分と細いように見えたけれど、実際にこうしてこの辺りの路地裏を歩いてみると、意外と道幅があるものね。馬車ぐらいなら普通に通れそう」


 ――言っている間に、一両の荷馬車が見えてきた。

 後ろ側はほろ……ではなく、箱型になっているのね。

 ちょうど店の荷物を運んでいるところみたいだわ。


「……うっ! あいたたたたた!」

「ん……? もし、どうかされましたか?」

「い、いや、急に腰が……いたたたたた」


 ――この感じはおそらく、魔女の一撃。

 俗にいうぎっくり腰、というやつかしら。

 よく荷物を持ち上げようとした時などに、起こるみたいだけれど。


「腰を痛められたのですか? こういう時はどこかでしばらく休まれるべきだと思います。そちらの商店の方に場所を借りられるか、私が話してきましょうか?」

「ご親切にありがとう……でも、ここで大丈夫だよ。出来ればこれだけは、地面の熱が伝わると駄目になるから、早く馬車の方に積んでしまいたかったのだが……」

「それなら私がお手伝いしましょう。別段急ぎの用があるわけでもないですから」

「ありがとう、優しいお嬢さん。それじゃあ悪いけれど、そのお言葉に甘えさせてもらうことにするよ。ちょっと重いかもしれないが、その長い箱を馬車の荷台に載せてくれるかい?」

「ええ、構いませんわ」


 ――確かに少し重いけれど、この程度なら素の腕力でも十分ね。

 見て見ぬ振りをするのは簡単だけれど、私は手を差し伸べたい。

 その想いが、いずれまた次の想いへと繋がっていくはずだから。


「外気の影響を受ける恐れもあるから、荷物はなるべく奥の方に運んでくれると助かるよ」


 荷台の中は意外と広く、何故か雨の音が、入ってきた方からしか聞こえない。

 箱はこの隅の方にでも置いておけば、あの男性がまた位置を固定するはず。

 あとは荷台から降りて、彼に――


 ガチャン。


「えっ、何……? 何が起きたというの?」


 自分の居る空間だけが、突如として外界から切り離されたような感覚。

 視界は漆桶しっつうの奥底に囚われ、自らが発した声と足音のみが短くこだまする。

 今は慌てふためくよりもまず、この闇を切り裂き、道を照らす光こそが必要。


光あれ(フィーアト・ルクス)!」


 指先に燈した光が示すのは、ここがやはり荷台の中であるということ。

 妙な結界内に囚われたわけではないと分かっただけでも、十分な収穫。

 恐らくは強い風か何かで、荷台の扉が閉まっただけなのかもしれない。


「ん……開かない? 内側からは開かないようになっているのかしら。壊すのは簡単だけれど、今のはあの人にも見えていただろうから、きっとすぐ――うあっ!」


 ――これは、馬車が動いている?

 あの男、まさか……例の妖魔!

 またも不覚をとってしまった。

 

 今すぐこの扉を破壊して外に……いや、むしろこの状況は逆に利用できる。

 こうして大人しく乗っていれば、相手の潜伏先に辿りつけるはずだもの。


 それに、この荷台全体に私の魔素を送り込み、魔導体コンダクターにした上で、その魔素の濃度を高めていけば、リゼならすぐその反応に気付くだろうし、何より魔素を帯びた車輪のわだちを足跡代わりにして、私の後を正確に追って来られるでしょう。


 では先に行っているわよ、リゼ。

 あまり遅れないように来て頂戴ね。

 あなたの殴る分が、減ってしまうわよ?

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