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最終話「ようこそ」

お出迎え致します。

 新宿駅西口の改札口を出ると、目的の人物はすぐに見つけることができた。そこだけ人だかりができていたのだ。有名人を遠くから見るような、路上ライブを見る時のような感じで少し距離を置き、小さな円になっている。

 円の中心にいるのは女性だった。壁に寄りかかっている。

 その女性にしきりに話しかけている男が二人。


「なぁ人も多くなってきたしさ。ここは友人のフリして抜け出した方がいいんじゃない?」

「そうそう。全然待ち合わせの相手こないじゃん」


 ひとりは茶髪で、ダボついたダウンジャケットを着ていた。もう一人は大学生がよく着てるオーバーサイズのトレンチコートだった。

 女性はため息をついて茶髪を睨む。


「なんであなた達と友達のフリなんてしなきゃいけないわけ。いい加減にして。これからデートだって言ってるでしょ。ハッキリと言うわ。鬱陶しいから失せなさい」


 周囲の温度が下がったようだった。鋭い氷柱が落とされたように男二人の顔が苦痛で歪む。

 だが茶髪は諦めが悪いようで、口許を震わせながらも笑みを崩さなかった。


「いいから来いって。な?」


 だが発せられた声は怒気が混じっていた。


「すいません、ちょっと通してくださいね」


 野次馬を押しのけ素早く三人に近づくと、女性を背中に隠すように割り込む。


「な、なんだお前」

「初めまして。この子の彼氏です」


 狭山は人当たりのいい笑みを浮かべた。


「春樹くん」


 女性の、神白の顔がパッと明るくなり白い歯を見せた。嬉しさを醸し出しながら狭山の腕に抱き着く。男二人とは対応と言動が雲泥の差だった。それだけで二人の関係が嘘ではないことを物語っている。

 周囲からナンパ男たちに向けた失笑が漏れ始めていた。ナンパを仕掛けていたロングコートの方が野次馬を見回しつつ、茶髪の肩を叩く。


「おい。行こうぜ」

「はぁ? わかりやすい嘘吐きやがって。お前みたいな微妙な奴が正義漢面してしゃしゃり出てくんじゃねぇぞ」


 プライドを傷つけられたのか茶髪は興奮しているようだった。

 怒りで顔が赤くなりつつある相手を見ながら狭山は頭を振る。


「やめておいた方がいいですよ。俺みたいな微妙な奴の顔を立てておいた方がいいです」

「あぁ!?」

「後ろ」


 忠告したが遅かった。茶髪の体が宙を浮く。正確には後ろ襟を掴まれて持ち上げられたのだ。まるで子猫が親猫に咥え上げられるかのような格好になる。


「なにすん────」


 後ろを振り向いて、男は絶句した。トレンチコートの方も後退っている。

 熊がいた。いや。熊のような体格をしたスーツ姿の大男が片手で人間を持ち上げていた。


「クリスマスに野暮なことをするな」

「加賀美さん」


 神白の護衛である加賀美がニッと笑う。


「だから言っただろう、狭山執事。お前も格闘術を習えと」

「いやぁ路上で喧嘩するようなことなんて現代ではほとんどないですし」

「いざという時惚れた相手を守れるのは己の筋肉だぞ。鍛えておいて損はない」


 加賀美が腕を伸ばしトレンチコートの方の襟も掴んだ。


「ひっ!」


 引き寄せられ悲鳴が上がる。茶髪の方は震えあがっていた。


「二人共。デートを楽しんでくれ。俺は男連中で楽しくお喋りしてこよう」

「加賀美さん。駅近くはイルミネーションが綺麗ですよ」

「そうか。男三人で見るのも乙だな」


 狭山は神白の手を掴んだ。


「行こう、綾香」

「うん!」


 二人は小走りでその場を離れた。

 野次馬がスマホを加賀美たちに向けている。騒ぎを聞きつけた駅員が来るのはそれから間もなくだった。


「なぁにしてんだかあいつら」


 その様子を少し離れた所から見ていた寅丸は頭を振った。


「綾香が人目のつく所に行ったらこうなるってわかってただろ」

「心配性ですね、大牙は」


 隣にいた鹿島が喉奥を鳴らす。


「狭山くんも加賀美さんもいるんだから、危険なんてないのにわざわざ見に行って」

「いいだろうが別に」


 鹿島は肩をすくめた。


「なんだよ。嫉妬してんのか?」

「嫉妬?」

「私が綾香に熱心でさ」

「……そうかもしれませんね。せっかくの機会に水を差されたくなかったかもしれません」

「心狭いなぁお前は」


 寅丸は口角を上げて、右手を鹿島のコートのポケットに手を入れた。

 鹿島もポケットに手を入れる。

 小さな手を確認し強く握る。


「握力勝負か?」

「中学生じゃないんですから」

「わかった。悪かったよタケ。イルミネーション見に行こうぜ。あと映画」

「はいはい」

「あ~……でもさ。やっぱり人多いところいやかも。ちょっとしたら静かなところ行こうぜ」

「いいんですか? 何するかわかりませんよ?」


 寅丸はキョトンとした。


「へ? しないの?」

「え?」

「クリスマスに彼氏と彼女で夜は一緒でしょ? 準備もしてきたのに」


 目を少し潤ませながら大胆なことを言う寅丸を見て、鹿島は我慢できず噴き出した。

 直後に肩を思いっきり叩かれたのは言うまでもない。




☆☆☆




「うわぁ……また雨だ」


 沙希は窓を拭きながら陰鬱な空を見上げる。


「冬の雨って最悪だよね。冷たいだけだし」

「沙希先輩。愚痴ってないで動いてください」


 隣で窓を拭いていた執事服の狭山は笑顔を崩さず咎める。


「結城さんなんてもうほとんど自分の仕事終わらせてますよ」

「いいのよ。あの子は忍者だから」

「……否定できないのがなぁ」

「ていうか狭山最近調子乗りすぎ。お嬢様の彼氏になったからって」

「羨ましいですか」

「お前はッ倒すぞ本当」


 土曜日の夕刻だった。年を越してから1月末、屋敷内は大勢の執事とメイドで溢れていた。

 年末に海外へ出張に行っていた純が帰ってくるのだ。お出迎えしようと提案したのは狭山だ。誰も拒否はしなかった。

 ポケットが振動した。中からスマートフォンを取り出す。


「あ~! せんせー。狭山くんが仕事中に携帯いじってまーす!」

「俺はちゃんと純様から許可取ってるんで」

「何その言い返し。やっぱり生意気だわ。はぁ……私も彼氏欲しい」


 沙希をなだめつつ画面を見る。メッセージが表示された。


『明日お父さんと藤堂と一緒に遊びに行くわ! 今度こそあのボス倒すわよ!!』


 美月からだった。狭山と神白がやっているゲームをやり始めたらドハマりしたらしく、休日の業務後はほぼ確実に誘われている。藤堂も一緒にやらされているらしい。

 親子関係も良好だった。以前文治に「美月がゲームにハマりすぎている。1時間制限を設けたいがどう思う」と言われたことを思い出す。ちょっと過保護だ。「5時間までOKにしましょう」と言ったことを思い出す。


「あ。帰ってきた」


 沙希の声を聞いて狭山はスマートフォンをしまう。窓の外をチラと見る。

 雨に紛れて車が中に入ってきた。

 エントランスに向かい整列する。出迎えるのは狭山の役割だった。

 扉が開かれ頭を下げる。


「お帰りなさいませ」


 ハイヒールの音を鳴らして入ってきた純が、狭山の前で止まる。

 

「……庶民の臭いね」

「申し訳ございません。一生消えないもので」

「少しは隠す努力をなさい」


 純は狭山に紙袋を突き出した。洒落た模様が描かれていた。

 両手で受け取ると中身が少し見えた。香水だ。


「お土産。綾香が好きな香りだからつけていきなさい」

「……ありがとうございます! いっぱいつけます!」

「ばっ!? ああ、もう。香水もつけたことないのかしら。いい? (うなじ)とか手首にちょっと付けるくらいにしておきなさいよ。あとでやり方教えてあげるから部屋にいらっしゃい」

「はい。ありがとうございます」


 再び頭を下げる。

 そんな狭山に純は何も言い返さず笑みを浮かべると、その横を通り過ぎた。




☆☆☆




 神白と恋人になってからも狭山は純の専属の執事として働いていた。

 なぜかというと義徳からの頼みだったからだ。


「最近会社の方が忙しく、純様が大変疲労しているようで。私は助っ人に名乗り出た次第です。なのでお屋敷でのお世話は結城さんと狭山さんにお任せしようと思いまして」


 神白の部屋だった。優雅に椅子に座っている義徳は今日もビシッとしたスーツを着ていた。


「あらためて、お礼を言わせてください、狭山さん」

「いや、もう大丈夫ですよ義徳さん。前に会った時も言われましたし」


 対面に座っていた狭山は頭を下げようとする義徳に言った。


「まさか狭山さんが本当にお嬢様を、純様を懐柔してしまうとは」

「懐柔って」

「義徳さん。あまり春樹君に無理強いしないでね」

「ん~……狭山執事は意外とタラシなのかもしれませんね」

「タラシって」


 嬉しような不名誉のような。

 狭山は「あ」と言って義徳を見た。


「あの、前に言っていたじゃないですか」

「何をでしょうか?」

「お礼のついでに義徳さんの正体を明かすとかなんとか」

「ああ。それですか。たいしたことじゃないですよ」


 恐らく朱雀院が経営する会社の従業員とかなのだろうと狭山は思っていた。


「純様の前の社長で、この家の元当主なだけです」

「……は、はぁ!!?」


 狭山が目をひん剥いた。


「いいリアクションですね、狭山さん。最近の若い子はクールな子が多いと言われてますが、やはり反応していただけると嬉しい気持ちになります」

「いや、ええ? なんで執事なんてやってるんすか!?」

「老後の趣味で」

「趣味?」

「紳士な老執事ってカッコいいじゃないですか。幼い頃から憧れていたのです。あの存在に」


 狭山は乾いた笑い声をあげた。自分はとんでもない人物に毎回助けられていたことを認識したからだ。

 これが事実であるなら義徳の今までの立ち回りも理解できる。ただの執事が純や文治にあそこまで進言できるわけがないのだ。


「狭山さん」

「は、はい」

「どうでしょうか。このまま執事として働いてみるというのは、もちろん無理強いはしませんしただの戯言だと取ってもらっても構いません。ただ将来的には、そうですね。狭山さんはこの家にいて欲しい存在だと思っております」


 義徳の声色は優しかった。

 狭山は神白を見る。期待と不安に満ちた瞳を向けていた。

 執事は主の期待に応えること。

 であれば、主を困らせることはしてはいけない。


「義徳さん」

「はい」

「大学、行きながらでもいいですか? もっと勉強して色んなことを学んで。お嬢様の、綾香の傍に相応しい人間になりたいです」


 義徳は執事長の時と同じような、心優しい微笑みを浮かべた。


「もちろんですとも」

「なら、よろしくお願いします」


 狭山も笑顔で答える。

 あとは彼女にもよろしくと伝えようと、横を向いた。


 同時に。


「春樹君!」


 神白が飛びつくように抱きつき。


「うおっ!? ちょ、お、お嬢────」




「大好き」




 視界いっぱいに神白の顔が映り、唇に柔らかい何かが触れた。











★★★★★★




 時間通りだった。

 ネクタイがズレてないか確認し背筋を伸ばす。スーツの裾を正し喉を鳴らす。

 

 今日、朱雀院家を訪れる方々は、大切なお客様なのだ。失礼のないようにしなければ。


 ポケットからコンパクトな手鏡を取り出し髪の毛を整える。

 おかしな点はない。胸に付けた銀のネームプレートには「狭山」の文字がある。

 身だしなみのチェックを終え手鏡をしまうと扉が開かれた。


 頭を下げ、何度も練習した言葉を出す。


「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」


 顔を上げる。

 常に相手のことを慕う笑顔を添えて。

 まず、お呼びするのは。




「────様」


 あなたのお名前です。








 本日もこれからも、どうぞよろしくお願いいたします。




 完

お読みいただきありがとうございました。

これまで応援していただいた皆様に感謝いたします。

完結まで書かせていただき、誠にありがとうございます。


では、続きを用意しますので今しばらくお待ちください。

次回作もよろしくお願い致します。

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