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第79話「美しい月」

 部屋から出てきた美月を狭山と藤堂が出迎える。


「馬子にも衣装だな」

 

 鼻で笑う藤堂に対し美月がムッとした。


「そんなこと言うなよ」


 狭山が肘で突っつくと、藤堂は肩をすくめた。


「どう、ハルキ。似合ってる?」


 気を取り直してといった感じで、美月はドレスの裾をつまんでポーズを取る。

 彼女の金髪に似合う深紅のドレスだった。全体的にフリルが多くゴシックドレスの見た目に近い。段になっているスカート部分がふわりと浮く。


「似合ってます。大変可愛らしいです」


 膝をついて笑顔で感想を述べる。美月は頬を赤らめた。


「ありがとう」


 視線を逸らし前髪をいじる。顔を隠しているようだった。


「狭山執事のお墨付きなら大丈夫ね」


 美月に続いて神白が部屋から出てくる。こちらは薄いピンク色のパーティドレスを身に纏っていた。美月と比べると地味だが彼女の美貌をもってすれば勝るとも劣らない衣装に様変わりしていた。


「お嬢様! 大変お似合いです!」

「ありがとう、沙希さん」


 沙希は神に祈りをささげるような両手で作った拳を頬に当て目を輝かせている。


「もう会場に人は入っているの?」


 神白が聞くと藤堂が答えた。


「すでに挨拶回り中だ。文治さんは」

「まだ始まってないでしょう? 娘の姿も見ずに仕事?」

「めちゃくちゃ早く切り上げようとしてるみたいだ。多分、俺らの動きを見て予定を早めてんだよ」

「逆にチャンスだよ。上手くかち合うかもしれない」


 美月を見る。緊張しているのか、手を胸に当てて深呼吸していた。

 自分の誕生になのだから緊張などせず楽しんで欲しい。そう思いつつ狭山が手を叩く。乾いた音が鳴り響き全員が狭山を見た。


「美月お嬢様。笑顔で行きましょう」

「うん。わかった。しっかりついてきてね」

「いつも通りでいいぞ。何かあったら朱雀の人がフォローしてくれっからよ」

「あなたのためじゃないわよ」


 4人は美月を筆頭に歩き始める。その数歩後ろを沙希はついていった。


 パーティ会場に着くとすでに多くの人で賑わっていた。

 会場は和室の大広間ではなく来客用の洋風の大広間に変更した。例年と違い立食パーティー形式にしたのだ。部屋の形状は以前、神白と共に訪れたパーティ会場に酷似している。唯一の違いは部屋の奥にステージがあることだろうか。

 部屋に入ると美月を出迎える歓迎の声と拍手が鳴らされた。


「おお! 朱雀院の綾香お嬢さんまで!」


 神白の姿を捉えると一段と音が大きくなる。その隙に狭山と藤堂は二人から離れる。

 場慣れしているのか二人は緊張なぞ微塵も感じさせない様子で周囲への挨拶を始めた。

 狭山は胸ポケットから小型のブルートゥースイヤホンマイクを耳に差す。以前つけたまま美月を出迎えた時、彼女は不機嫌な顔をしたのだ。理由を聞くと「他人行儀で嫌だ」とのこと。


 耳に入れるとすぐに音声が聞こえた。


『文治さんの姿が見えますよ』

「鹿島。お前今どこにいる」

『会場の右端かな? なぜか飲み物運んでます』

「結城さんは?」

『彼女も接待中です。「俺やったことないですよ」っていったら沙希先輩と一緒に「何事も経験だ」とか言って手伝わされてます』

「それでやりこなすお前もすげぇよ」


 とりあえず文治がいるのならまだいい。来賓者の中でも特に目立つ有名人に挨拶を終えたあとは美月の挨拶が始まる。数十分後にバイオリンの演奏会だ。すでに美月と同じバイオリン教室に通う同年代の子たちは待機している。


『うわぁ。あれ海東さんじゃないですか? 女優さんまでいるなんて』

『タケ。お前はしゃぎすぎ』


 寅丸が釘を刺した。


『つうかさ、狭山。今のところ順調じゃないか?』

「え、何が?」

『いやほら。お前言ってただろ。玄武洞の"お手伝いさん"たちの協力は得られないかもって』


 会場内には10人強の給仕やメイドがいる。


『結構いるじゃん』

「ああ。藤堂が頑張ってくれたからだよ」

『あ?』

「余計なこと言うなよ狭山」


 横にいた藤堂が舌打ちして睨んだ。

 藤堂が執事やメイドたちに頭を下げたことを知ったのはパーティの2日前だった。狭山に話しかけてきたメイドから事の顛末を聞いた。


『ふーん……まぁいいや。とりあえず文治って奴、しきりに動いてるぞ』

「うん」

『ここまで露骨に距離取ろうとしてるのもどうなんだろうな。こっちの手伝いに関しても特になんか言ってこなかったし。無関心にもほどがあんだろ』


 寅丸の言う通り、1週間以上あった準備期間中、文治が姿を見せたことはなかった。美月に無関心という寅丸の予想は誰でもするだろう。


「無関心かどうかは、このあとわかるよ」


 狭山はそう告げると部屋にマイクチェックの音声が木霊した。司会を勤めているのは玄武洞の執事だ。元々プロの司会者であるため喋りが上手いとのことで、こういったイベントは彼が進行を行うらしい。


『皆様。本日はお忙しい中ご足労いただき、誠に────』


 ただの挨拶であるため聞いたことのあるような台詞ばかりだが、声がいいため聞き取りやすい。

 本日の主役の紹介と告げると、ステージに美月が上がる。部屋にいる時や普段過ごしている時とは違う雰囲気を身に纏っていた。姿も相まって大人びて見える。


「やっぱり桜月さんそっくりだ」


 藤堂が呟いた。狭山は目を向けようとした。

 その時だった。視界に文治の姿が映った。スーツ姿で、胸ポケットには美月の部屋の前に飾られている花と同じものが入っていた。


 それを見て、狭山はあることに確信を持てた。


『────なりました! ぜひ楽しんでいってください。よろしければ、私たちの演奏も聞いていってください。以上です、よろしくお願いいたします!』


 美月の挨拶が終わった。可愛らしい笑みを浮かべる彼女に暖かな拍手がかかる。

 同時に、司会者の持っていたマイクを誰かが奪った。寅丸だ。

 派手な黄色のドレスを着た彼女は喉を鳴らし唇にグリルボールを近づける。


『レディースエンドジェントルメン、ボーイズアンドガールズ!! ウェルカムトゥゲンブレジデンスゥ!!』


 テンションが高い声。全員の視線が寅丸に注がれる。狭山と藤堂はその場から移動し始める。


『どこぞの夢の国のアナウンスか』


 加賀美のツッコミに狭山は顔を伏せて笑う。


『美月お嬢様、素敵な挨拶マジサンキュー! 誕生日パーティはこれからが本番ですよ~! あ、ちなみに私は寅丸って言います。トラちゃんって呼んでくださいね。そんでそんで、毎年恒例の演奏会に関してなのですが────』


 指を鳴らす。窓近くに移動した狭山と藤堂はカーテンを開ける。窓の外には玄武洞の広い中庭が広がっている。

 その庭に、演奏会用の煌びやかなステージと、来賓者用のテーブルが置かれていた。以前までの殺風景な庭とは違い花や植物を使ったオブジェクトも多数置かれている。


 ステージの上ではすでに美月と同じバイオリン教室に通う生徒が準備していた。


『狭い部屋の中でお固い挨拶なんてもう飽きちゃうでしょう! 素敵な音色でも聞いた方が話も酒も進むってもんです!』

「ちょっと失礼だよ」


 小声で呟く。寅丸はノリノリだった。


『なので今年の演奏会は外で行います! では皆さまお外の方へ!』


 ドアが開けられ誘導が始まろうとしていた。狭山から見える範囲の人間、そのうち半分は渋い顔をしていた。冬場の外に出たくはないだろう。


「楽しそうじゃない。行きましょう」


 誰かが声を上げた。弾かれたように数人移動し始めると、全員が動き始める。


『海東さんの声でしたね』

『上手く移動してくれるようお願いしておいた』


 神白があっけからんとした口調で言った。狭山が顔を引きつらせる。


「え、じゃあサクラ的な?」

『妨害とかそういう行為はないにしろスムーズに行事が進んだ方がいいでしょう。海東さんもこの世界だと有名だし権力もある。彼女が動けば大半は動くよ』


 それを動かせる神白も大概だろうと狭山は思う。とんでもない子と関係を持ってしまったことを再認識する。


『美月さんも移動してくださいね!』


 美月は頷きを返しステージから降りる。

 全員が動く中、狭山と藤堂は文治を捉え続けていた。

 廊下に出た彼は数人と言葉を交わすと、中庭には向かわず違う方向へ歩き始めた。


「狭山」


 藤堂が顎を動かす。狭山はインカムに指示を出し藤堂と共に文治の後を追った。


 文治が向かった先はガレージだった。携帯を持って誰かと話している。

 通話が終わったのかスマホをしまい、ドアノブに手をかける。


「文治様!」


 狭山が声をかける。文治はゆっくりと振り返った。何の感情もない目だった。


「君か。一人で来たのか?」

「はい。一人であなたを止めに来ました」

「止める? 私はこれから仕事でね」

「予定入ってないですよね」


 文治の眉が上がる。


「この日、美月様の誕生日は毎年必ず休暇を取っていると聞いてます」

「義徳……いや、誰から聞いたかはどうでもいいか。今年は違う。急な用事が入った。それだけだよ」

「ご自分で運転するんですか? 藤堂から聞いてます。仕事に向かう時は運転手をつけていると」


 文治が視線を切った。呆れたように目を細めている。

 狭山の眉間の堀が深くなる。


「くだらない嘘なんかついてないで美月お嬢様の演奏を聞いていってください。あなたに聞かせたくて必死に練習してきたんです。今だって。あなたならわかっているでしょう」

「君は」


 ため息を混ぜる。


「ただの執事……いや、この家の正式な執事でもないだろう」

「正式じゃなかろうと、体験だろうと手伝いだろうと、執事服を着てここにいます。今の私は、美月お嬢様の執事です。そう自覚して動いてます」

「主を困らせるのが執事か?」

「美月お嬢様が笑顔でこのパーティを終えたいと願ってる。なら叶えなければなりません。あなたを困らせても、最後までパーティにいてくれれば彼女は笑顔になります。だから────」

「そうか。なら残念だったな。君のせいで美月はまた悲しむ」


 ドアノブを開けて運転席の乗り込むとロックをかけた。

 狭山は駆け出し窓を叩く。


「文治さん!」

「君は今日限りでクビだ」


 小声で呟いたため声は届いてないだろう。狭山は必死に声を出している。


「美月さんが挨拶する時、あなたの顔を見た! あの顔は子供に向ける優しい笑みだった! あなたは美月さんの誕生日を祝いたいんじゃないのか!! その胸ポケットにある花が証拠でしょう!」


 ガレージの扉が開いた。車に乗り込むとセンサーが反応し開く仕組みだ。


「本当に嫌ならパーティの準備を妨害することも朱雀院のみんなを追い出すことだってできたはずだ! 文治さん!!」


 エンジンを入れギアを変えアクセルを踏む。

 狭山を置き去りにして車が発進する。


 直後、文治はブレーキをかけた。

 目の前に仁王立ちし、行く手を阻む男がいたからだ。


「藤堂」


 藤堂が文治を睨む。


「文治さん。あんたそれでいいのか? あの子は……美月は今、一人ぼっちなんだぞ」


 低い声はフロントガラスを突き破る。


「美月が寂しくないと思ってんのか、ふざけんじゃねぇ。あんたがいてくれなきゃ意味がねぇんだよ。美月は必死に過去を受け入れて笑顔になろうと頑張ってる。なのにあんたは逃げてばかりだ」


 両手を広げる。


「ごめん、桜月さん。やっぱり執事なんて向いてねぇよ、俺」


 今はいない恩人に詫びると、藤堂は声を荒げた。


「そんなに会社行きたきゃ俺を轢き殺していけ!! それができねぇなら車から降りろテメェこの野郎!! "俺ら"のお嬢様に恥かかせまくりやがって!! 今日誕生日だぞお前! この日くらいは、1日でも1分でも、あの子には笑顔でいて欲しいんだよ!」


 文治はため息を吐き、ハンドルを握りしめる。

 そして右腕を振り被った。




☆☆☆


 


 ガレージの方から甲高い音が鳴った。

 美月だけはその音に気付いた。首から上を動かし、何があったのか探る。


「美月ちゃん。出番だよ」

「あ、うん」


 神白から言われ、美月はステージの上に立つ。風もなく陽の光が眩しい、暖かな昼の日差しだった。防寒的には心許ないドレスでもほのかなぬくもりを感じる。

 父親と母親が買ってくれたバイオリンを持ち、肩にのせる。


 その時。

 視界に文治の乗る車が見えた。また会社に行ってしまうのだろうか。それでも構わなかった。自分の我儘で働き者の、大好きな父を止めるのは申し訳ない。


 だが妙だった。道路へ向かうはずの道の途中で車は静止していたのだ。

 よく見ると、窓が開いている。


「お父さん」


 呟くと、自然と腕が動いた。




☆☆☆




 美しい音色だった。以前、ちょっと聞いた時はお世辞にも上手いとは言えない出来だった。

 なのに今はどうだ。来賓者たちの視線を釘づけにしているではないか。音楽など聞き飽きた者たちだって魅了している。

 親の視点が入っているだろうが、彼女の演奏は最高だと思っている。


「まだまだね」


 いつの間にかその人物は、運転席に近づいていた。

 文治は無視してステージの上に美月を見つめる。


「正直言って、下手糞。昔のあなたそっくり。下手糞のくせに「金持ちは楽器ができないといけない」とか言って。私たちに何度も聞かせて」

「うるさいぞ」

「けど一度もあなたの演奏を聞きたくないと思ったことはない。なぜだかわかる?」


 相手が鼻で笑った。


「ステージにいる美月ちゃんが答えよ。あなたにそっくり」


 バイオリンを引く美月は、満面の笑みを浮かべていた。

 周囲から不釣り合いな合いの手が上がる。狭山の友人や執事たちがはしゃいでいるのだ。仕事放棄だこれは。

 だがあまり不快ではなかった。美月がそれに合わせているからだ。


「心の底から楽しんでいるのがわかるから、みんな聞き入るのよ。美しいわ。あの子は」


 文治は語りかけてくる相手の顔を見上げた。サイドミラーを指で叩いている。


「間違っている」

「何が?」

「美月は、昔の私より圧倒的に上手い」

「……はいはい。気持ちの切り替えができたらあの子に会いに行きなさい。あとは私に任せてね」


 純は手を振って車から離れた。バックミラーを見ていると、純と文治に向けて頭を下げる狭山と藤堂が映る。


 視線を美月に戻す。演奏はまだ続いていた。演目にない曲を演奏し始めたため、同じ教室に通うバック演奏者たちが困惑している。


 例年では見られない、何ともふざけたパーティだった。

 だがパーティなのだ。ふざけないとしょうがない。


「いい音だ」


 演奏が終わった。

 文治はゆっくりと正面を向くと、アクセルペダルを踏みしめた。



お読みいただきありがとうございます

次回もよろしくお願いします


最終話まで書き終えたので毎日投稿となります、よろしくお願いします

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