第78話「執事として」
沙希の視線はパーティ会場となる和室の大広間に向けられる。
「ん~」
結城から渡された手帳を取り出し来賓者を確認する。朱雀院家とも関りがある企業の名がズラリと並んでいた。全員が確定したわけではないが、9割方来ることは間違いない。
「これだけの数が来るってことは信頼のおける人物なんだろうね」
「文治さんのことですか?」
「そう。娘さんには優しくないお父さん」
隣にいた狭山に意地の悪い笑みを向ける。
「事情があるから一概に否定はできませんよ」
狭山が一応フォローすると部屋の中に加賀美が入ってきた。黒いスーツのせいか、それとも巨大な体躯のせいか、野生の熊が乱入してきたように見えてしまう。
「かなり気合の入ったパーティだな。酒と料理もそうだが提供される手筈の”お土産”もまた高い」
狭山は眉を下げた。
「それ誰情報なんすか?」
「愛奈だ」
「あの人本当企業スパイか何かなんじゃ?」
「腰に銃とか隠し持ってるかもな」
「失礼だよ二人共。ただのオカルト好きな女子高生だって」
狭山が目をひん剥く。
「女子高生!!? え、女子大生じゃ……」
「あんた一回殴られてきた方がいいよ」
「いや大人びているって意味で」
「隠していた銃で撃たれるかもな」
加賀美が低い声で笑った。なんとなく冗談に聞こえないのは気のせいだろうか。
「で、業者がそろそろ来るな」
会場設置に外部の手を借りるのもセレブ特有なのだろうか。といっても大人数用意するわけではない。少数でテーブルセッティングや飾り付けなどを行い、当日の流れを確認しながらデモンストレーションを行うという物だ。例えるなら結婚式の披露宴だろうか。流石に子供の頃の動画などは流れないらしいが。
「時間としても1時間かそこらやればいいくらいのパーティだな」
「2年くらい前、桜月さんが生きていた時は挨拶回りも丁寧だったから3、4時間はかかっていたらしいわ。美月さんが自室に戻ってからも大人同士で飲み直して夜遅くまで続けてたらしいけど」
その時は活気に満ち溢れていたのだろう。だが今は玄武洞の使用人など誰も見当たらない。広い和室会場にポツンと狭山たちがいるくらいだ。
今日が土曜日ということを加味しても、あまりにも人が少ない。来週が本番だというのに。一応使用人自体はいるが、こちらを見るばかりで手伝いもしない。
「狭山。この設置場所なんだが────」
加賀美の言葉を聞き、頷きを返す。
その様子を見ていた神白はひとり、美月がいる部屋へ向かう。
ドアをノックすると美月が出てきた。手にはバイオリンを持っている。
「こんにちは、美月ちゃん」
「いらっしゃい! 綾香ちゃん」
「バイオリンの練習中だったの? 全然音が聞こえなかったけど」
「うん。お父さんがね、完璧な防音だ、とかいって、昔改造してくれたの。だから窓を開けでもしないと、外に音は漏れないかもね」
外か、と思いながら窓の外を見る。美月の部屋の窓からは正門と中庭が一望できた。朱雀院家よりも狭いが、家から正門までは距離がある。
その中に、狭山たちの姿が見えた。
☆☆☆
「なぁ、あんた」
業者に指示を出す加賀美とその隣にいた狭山が後ろを振り向く。見知らぬ男が立っていた。業務中の藤堂と同じ黒いスーツを着ているため執事であることがわかる。
太い眉毛が印象に残る男だった。
「えっと」
狭山と加賀美は顔を見合わせる。
「ああ、悪い。そっちの。若い方の」
「自分ですか?」
「ああ。ちょっといいか?」
断りを入れると加賀美は業者と共に二人から離れる。
「どうされましたか?」
「あんた、朱雀院の執事だよな?」
「えっと、元です。今はこの玄武洞で執事体験を────」
「藤堂に脅されてるんですか」
相手の冷ややかな視線に狭山は押し黙る。
「何の関係もないあなたがここまで協力する必要性ってないですよね」
「い、いや、そういうわけじゃ。脅されているというか」
いやある意味脅されているのか。
「美月さんとは関りがありましたし、迷惑をかけたことがあって」
「迷惑? もしかしてあなたですか? 文治様に暴言を吐いた若い人って」
しまったと、狭山は思った。余計なことを言って蛇を出してしまったかもしれない。
相手が不快感を露わにする。
「もっと意味がわかりません。それで美月さんを喜ばせようと? 文治様にろくに挨拶もせず?」
「い、一応挨拶はしました。取りつく島もないって感じでしたけど」
「当たり前でしょう。やっても迷惑になるだけですよ。こんなパーティ」
狭山の目が開く。こんな、という言い方に引っかかった。
「そんな言い方しなくてもいいのでは?」
「この家の事情を知らないキミにとやかく言われる筋合いはない。何をする気かわからないがさっさと出て行ってくれないか。これ以上文治様を苦しめないでくれ」
「何を言ってるんですか」
「桜月様がいないこの屋敷は静かな方がいい。美月お嬢さんが笑顔になればなるほど、この家の人間は辛い思いをするんだ」
狭山は眉根を寄せた。真剣な表情でなんとも情けない発言をする男を睨む。
自然と拳が握られていた。執事としても人間としても、ここで退いたらいけないという決意の表れだった。
「申し訳ございませんが、準備は進めます。どうですか、一緒に」
「話を聞いてなかったのか?」
「聞いてましたよ。でもそれだけで止める理由にはならないかと。あなたがどんな執事か知りませんが」
背筋を伸ばし胸を張る。鉄柱が脳天から股下にかけて貫いたような気分だった。狭山は声の調子を変えず、淡々とした喋り方をする。
「理由はどうあれ、私は今、美月様の執事です。彼女を笑顔にするために力を注ぐ所存です。彼女が笑顔になれば誰かが文治様やこの家が苦しむとあなたは言いましたが、それは大きな間違いかと」
「なに!?」
「自分の子供の笑顔を見て不幸せになる親などこの世にいません。仮に不幸になったとしてもそれは美月様のせいじゃない。それを跳ね除けるだけの強さを見せつけるべきです。あなたや文治様は、その強さを持っていないとでも」
「お前いい加減にしろよ。俺への侮辱はいいが文治様に対する暴言は許さん」
狭山は一歩踏み込んだ。相手が一瞬たじろぐ。
「許されなくて結構です。ですがこの準備は誰にも邪魔させません。美月様の誕生日は最高の物に仕上げてみせます。みんながそうしたいという一心で動いている。そうすれば未来が変わると信じてる。動かなければ、望みは叶いません。だからもしあなたも、以前みたいに明るい家を戻したいというなら、手伝っていただけませんか」
空気を燃やすような白い息を吐き出しながら言い切った。
相手は視線をしばらく逡巡させ、踵を返した。
遠ざかっていく背中を呼び止める気はなかった。今は彼よりも、準備の方だ。
両者のやり取りを近くで見ていた沙希が目を丸くする。狭山という男はこんな度胸のある男だったろうか。
初めて昼食を共にした時とはまるで別人ではないか。
沙希の瞳には一瞬、狭山の姿が義徳と重なって見えていた。
同じく、物陰からその言葉を聞いていた藤堂は下唇を噛んだ。
狭山を初めて見た時の印象は、なんの特徴もない、クラスに必ず一人はいる、目立たない陰キャだと思っていた。自分は一人のくせに、仲間を持って明るくふるまうクラスメイトを影で馬鹿にしてそうな軟弱者。そう思っていた。
「……やるじゃん」
認識を改めなければならない。
狭山の言葉に後押しされたかのように、藤堂は動き始めた。
まずは。思い立つと執事の控室へ。数人いた。誰もが藤堂を一瞥するとすぐにスマホに目を向けた。
「お話があります」
狭山のような語彙力はない。故にこれしかできない。
自分の主を喜ばせる。そのために、藤堂は膝を折った。
☆☆☆
そうして、パーティの日がやってきた。
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