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第77話「誰もが動いて揺らいでいる」

 神白から話を聞いたことはある。怖がりのくせにオカルト好きだという不思議な感性を持つメイドがいると。それが目の前にいる彼女だ。


「あの、なんで俺の部屋に?」


 何よりも疑問に思ったことを聞くと結城の頬が緩む。


「申し訳ございません。本来であれば狭山様が帰ってから尋ねるべきでしたね。ただ私は夕日が沈んでしまう時間帯には外にいたくないのです」

「……何を言っているんですかね?」

「端的に言うと忍び込ませていただきました」

「不法侵入じゃないですか!!」


 狭山が声を荒げる。結城は表情を変えもしない。


「不用心ですよ狭山様。お父様は仕事で家には滅多に戻らない。実質一人暮らしに近い状態なのに、窓の鍵を開けっ放しにしておくなど」


 窓に目を向ける。クレセント錠が見事に開いていた。


「無理やり開けたんじゃなくて?」

「いいえ。そんな無粋なことはしません。閉まっていたら幽霊に連れていかれる妄想をしなながら、ご自宅の前で待ってました」

「閉まっていなくてもそっちの方がいいんですけど。ていうかここ二階ですよ?」

「メイドの身体能力を舐めちゃいけません」


 神白に聞いていた以上の不思議ちゃん、いや、変人だった。赤い服を着て人々の部屋に入りプレゼントを配る白髭の男性じゃないだけマシだろうか。

 これ以上聞くことは無意味だと悟り狭山は肩を下げる。


「何かを盗もうと入ったわけじゃないですよね? 一応確認ですけど」

「ええ。そんな気は毛頭ありません。今日はあることをお伝えに来たのです」


 ネイビーのテーラードジャケットのポケットからメモ帳を取り出す。


「来週の日曜、玄武洞美月様の誕生日ですね。文治様のご予定は非常に詰め込んだスケジュールとなっております。恐らくパーティ開始からのあいさつ回りを含め、滞在時間は長くて1時間。30分で会場を後にしてもおかしくはありません」

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり話始めないでくださいよ。文治さんのスケジュール?」

「はい。沙希ちゃんと加賀美執事と別行動を取り、本日中に文治様の、ひいては玄武洞にいる皆様のスケジュールを把握しました」

「えぇ?」


 しれっととんでもないことを言っている。もしかしたら彼女は映画などで出てくる産業スパイや便利キャラとして立ち回る情報屋なのかもしれない。


「どうやって仕入れたんですか」

「まぁそこは置いておいて」

「怖いんですけど正直」

「え? 幽霊よりもですか?」

「いるかどうかもわからない奴をどう怖がればいいんですか」


 結城は信じられない、という視線を狭山に向ける。


「幽霊を信じないだなんて。あなたには毎週金曜日、目の前にホッケーマスクを被った大男が現れるという呪いをかけておきます」

「それは幽霊っていうか殺人鬼じゃ?」

「とりあえず話を戻すと、当日美月様はほったらかしにされる可能性が高いということです。例年の誕生日に関しても調べたのですが、美月様は毎年バイオリンの演奏会を行っている模様です。とてもお上手で来場者の方々も大変満足だったとか」

「なるほど。それで?」

「ただ文治様はすでに屋敷を後にしておりました。今年も同じ時間帯で行うと美月様の演奏を聞くことは叶わないでしょう」


 そこまで聞いて、狭山の中に、ある疑問が生じた。


「普通聞いてから仕事行かない?」

「美月様の母、桜月様のことがあるのでしょう。ちょうどいいタイミングで抜け出しているようです」

「逃げているみたいだ」


 狭山が顔をしかめた。


「あながち間違いではないかと。ただ確かなのは、必ずパーティ開始からしばらくは滞在しているということです」

「じゃあ早めに演奏するとか」

「それがよろしいと思います。ただスケジュールには記載しません」

「どういうこと?」

「サプライズ的な演出の方がいいです。来場者に楽しんでもらうという免罪符がある以上、予定と違うことが起こっても文治様は受け入れるしかありません」

「そう、ですね。わかりました」


 会場の準備もそうだがスケジュールの調整も必要らしい。理解した狭山は疑問に思っていたことを聞く。


「……あの、結城さんってメイドさんですよね?」

「ええ。三和執事長の右腕的存在のメイドです。この情報も執事長と協力して手に入れました」

 

 狭山は肩をすくめるしかなかった。やっぱりあの執事長は只者じゃなかった。

 ただこの情報が使えることだけは確かであり、悪用するかどうかは自分に委ねられていることはよくわかった。


「わかりました。明日みんなと話してみます」

「それはよかった。ところで一つお願いが」

「なんでしょう」

「夜道は妖怪に誘拐される可能性が高いです。ここに泊めてください」

「お帰り下さい」

「いいんですか? 長身ののっぺらぼうとかに私が殺されても」

「帰ってください本当に」


 それからしばらくの間、結城が「やだやだ」とごね始めたので、狭山は義徳に連絡すると脅すと諦めて帰っていった。


「不思議な人だなぁ、本当」


 ビクビクとした足取りで去っていく結城の後ろ姿を見送りながら狭山は頭を振った。

 後日、放課後の電車内。玄武洞に向かう道中で昨夜のことを話すと、まず神白が謝罪した。


「本当にごめん。結城さんそういうところあるから……」

「全然気にしてないから大丈夫だよ」

「いや、義徳さんも悪い。あとでキツく言っておく」


 神白は眉間に皺を寄せ目を逸らした。


「神白さんの家、今度遊びに行ってもいいですか?」


 鹿島が聞いた。


「めっちゃ楽しそうじゃないですか」

「何もねぇぞ、綾香の家って」

「でも豪邸なんですよね? 漫画みたいな」

「創作物で出てくるような建物だと思う。いいよ、来て。」

「ぜひ。狭山くんは執事姿でお願いします」

「お前本当からかうなぁ……」


 鹿島がクスクスと笑うと目的地に到着した。




☆☆☆




 雑用係の執事を捕まえ、両肩を掴む。


「なぁ、本当に協力してくれねぇのか? お嬢様の誕生日だぜ?」

「自分は桜月様にお仕えしてます。近々ここを辞めようと思っているので、そういうのはちょっと」

「いやおかしいだろ。別に辞めても構わねぇけど、辞める前にひと仕事するってことにはならないわけ?」


 藤堂が胸倉を掴む勢いで詰め寄る。太い眉毛が特徴的な相手は頭を振った。


「そんな考えは古いですよ。だいたい思いの籠ってない手伝いなんて、いても邪魔になるだけでしょう。業者に任せておけばいいんですよ」


 腐りきった目を向けられ藤堂は不快で顔を歪めた。手を離し相手が去るのを見るとため息をつく。

 やはり自分の力だけではまったく人を動かせない。これが不良同士の会話なら暴力にでも頼ればいい。だが相手はただの一般人で仕事仲間である。派手な藤堂にもそれくらいの分別はある。


 廊下の先から楽しげな声が聞こえた。美月の声だ。恐らく、狭山たちが来たのだろう。

 まったく、あの我儘なお嬢様はこっちがどれだけ苦労しているのか知らないのか。


「愚痴ってても仕方ねぇか」


 努力というのは自慢するものではない。藤堂は両頬を叩いた。




☆☆☆




「綾香が玄武洞にいるみたいね」

「そのようですな」


 純は舌打ちした。


「メイドたちの間で噂になってるわ。狭山と、そしてあなたが関わっていることもね」

「メイドを締め上げて聞き出した、の間違いでは?」

「義徳」


 純の目はナイフというより、よく砥がれた刀の(やいば)のようであった。刺し殺されると思った義徳は後ろで手を組み喉を鳴らす。


「あなたが勝手に動き回ることは別に構わないわ。でもそれは、私や綾香に悪影響がでない限りの話よ」

「友人のために綾香お嬢様は動いております。それをご助力しているだけです。影響があるにしろ、悪い方には転がりません」

「どうかしらね」


 鼻で笑って机に肘をつく。せっかくの午後半休だというのに書類整理は終わらない。苛立ちが加速するようだ。


「もっと笑うべきですよ、純様」

「なんですって?」

「柔らかく笑うべきです。その眉間に皺を寄せた表情。悪鬼羅刹を跳ね除ける力がありますが、同時に人々も逃げ回ってしまいます」

「なに? じゃあ笑って能天気になれとでも?」

「綾香お嬢様は、柔らかい笑みを浮かべております。幸せそうな笑みというのでしょうか」


 純の脳裏に綾香の横顔が映る。

 狭山を見つめている時の横顔だ。あれは印象に残る。親バカと言われても仕方ないが、整った顔立ちに恋する表情は、似合い過ぎている。

 そしてそんな表情を作り出したのは、他ならぬ狭山だ。


「わかってるわ。それは狭山のおかげよ。だから、否定したいのよ。気に食わないのよ」


 苦虫を嚙み潰したような表情になる。視線を逸らし、近くにあった書類を握りしめる。


「昔の私をそのまま見ているみたいで」


 義徳は口を閉ざした。

 純の気持ちが痛いほど伝わってきたからだ。


 だからこそ、綾香と狭山には上手くいって欲しいと願うしかなかった。

お読みいただきありがとうございます

次回もよろしくお願いします

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