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第76話「心強い助っ人たち」

「いやぁ、しかしショックですね」


 授業の合間にある10分間の休憩中、前の席に座った鹿島は恨めしそうに狭山を見る。


「俺には相談して欲しかったなぁ、執事云々全部含めて」

「……お前一生このネタでイジり続ける気?」

「まさか」


 大袈裟に手を広げた。


「狭山くんは大親友ですよ? その人に対してイジるだなんて恐れ多いというかなんというか」

「口許がニヤけてんだよ」

「おっと失礼」


 手の平で口を隠す。きっとその下には満面と表現できるほど口角が上がっているのだろう。


「ただよかったじゃないですか狭山くん。そのバイトのおかげで変わることができて。以前の狭山くんと比べて随分と明るくなったというか」

「いいよもう。うるせぇって」

「さっきも他クラスの女子から話しかけられていて。おまけに志摩さんはすっかり狭山くんのこと気に入っているみたいですよ」


 昼休みを終えてトイレに向かっている時だった。廊下を歩いていると見知らぬ女子から声をかけられた。


「あの、文化祭で執事していた方ですよね?」


 狭山はなるべく平常心で肯定すると相手は笑みを浮かべた。えくぼが可愛らしい女子だった。


「どこかの執事喫茶でアルバイトしているんですか!? ご迷惑をおかけしないので、行ってもいいですかね? 接客されたいというか」


 顔を赤らめるその子は大変可愛らしかったが、狭山は丁重に断った。もちろん、執事喫茶なんてところで働いてないことも。

 相手は誤魔化されたと思ってショックを受けていた。すまない、俺には神白さんがいるんだ。と狭山は心を鬼にした。


 ただ志摩の話は初めて聞いた。というか鹿島がここまで情報通だったことも意外だった。


「モテモテですね、執事さん」

「お前ちょっと黙れって本当」

「いいんですか、黙って? この後真面目な話をしようとしてたのに」

「お前いい性格してるわぁ」

「いやぁ、尊敬する大親友、狭山くんは怒らないからいいなぁ」


 そんなに楽しいかこの野郎。怒りの感情をのせた眼をぶつける。

 鹿島は両手を軽く上げて下げた。


「美月さん、でしたっけ? さっきの話からすると玄武洞とか」

「ああ」

「朱雀院と同じく大企業というか、大富豪というか。四大企業の内のひとつですね」

「よんだいきぎょう、ねぇ」


 日本には数多くの大企業が存在するが、近年頭角を現しているのが四大企業だ。

 医療とIT関連が事業の中心であり、それぞれ朱雀院、玄武洞、秋鮫(あきざめ)瀬上(せかみ)となっている。最初の二つのせいで四神に(なぞら)えていると勘違いされがちだがそんなことはない。


「で、狭山くんは以前その玄武さんとトラブっていると。はぁ~。いいなぁ。空手ばっかりやっている自分より見識が広まっているじゃないですか」

「ただ相手のこと怒らせただけだよ。正直軽くトラウマだわ」

「それでも、その美月さんのために頑張ろうとしているんですよね」

「まぁ、ね」

「神白さんが気にいる理由もわかります」

「いやちょっと生意気なんだけどな。寂しさの裏返しっていうか」

「美月さんのことじゃなくて、狭山くんのことです。神白さんが手伝おうと決めたのも、きっと狭山くんのためですよ」


 鹿島が笑みを浮かべる。


「告白、いい返事が来ればいいですね」

 

 小馬鹿にした感じは一切ない。何かを察知したかのような声色だった。




☆☆☆




『出席はすると言っているだろ。私は忙しいんだ』

『お父様、出席だけじゃなくて……』

『それより美月。また学校をさぼったらしいな。勉強についていけなくなったらどうするつもりだ』

『それは……』

『それに勝手に使用人を雇おうとするな。必要なものがあるなら私に直接言えばいい。それとあの小僧を二度と家には入れるな』

『小僧って、ハルキのこと? ハルキは悪い人じゃ』

『視界にいれるだけでも虫唾が走る。美月。お父さんを怒らせるな。二度は言わない。わかったな?』

『……でも……』

『わかったな』

『……はい』


 沈黙が流れる。次いで足音が近づき扉が開かれた。

 前に立っていた藤堂は出てきた人物に頭を下げる。文治は相手のつむじを見て鼻を鳴らすと廊下を歩いて行った。


「お嬢にもっと優しくしてもいいんじゃないっすかね、旦那。会社に住むために家に一時的に戻ってくるなんて、いくらなんでもあんまりじゃあないっすか?」


 頭を下げ、視線も地面に向けたままだが口調は強い。相手の肩に掴みかかるような声を発した。

 しかし物理的ではない止め方に効力などそれほどない。


「お前も近いうちに追い出してやる」


 足音が遠ざかっていく。しばらくして再び扉が開いたと同時に顔を上げた。

 美月が立っていた。


「また目元腫らして。泣いてたのか」

「泣いてない」

「そうかい。会場の飾りつけだけど」

「いいよもう」


 吐き捨てるように言うと、文治が去っていったのとは逆の方へ歩き始めた。


「待てよ。お前の誕生日を祝おうと思って準備してくれる使用人もいるんだ」

「どうせここの使用人じゃないでしょ。お父さんが勝手に呼んできた、見てくれだけよくするよう頼まれた業者が来ているだけ。いいのよ別に。私はお母さんに似ているってだけで育てられているんだから」

「おい」

「もう放っておいて。私を祝っても誰もいい顔をしないから。せいぜい来る人に愛想振りまいて────」


 美月が言葉を止めた。ポケットの中にある携帯が振動したからだ。取り出し画面を見て顔色を変える。


「ハルキからだ」

「え?」

「助っ人を頼んだんだって」


 次いで藤堂の方の携帯も震えた。一応職務中であるためマナーモードにしている。内ポケットにあるそれを手に取る。


「……10分後に来てくれって?」


 藤堂と美月は顔を見合わせる。それから10分後、宣言通り来客を告げる音が鳴り響いた。

 藤堂は門前にある監視カメラを見て顔をしかめた。


「何連れてきてんだ、こいつ……」


 呑気に手を振っている相手に呆れつつ門を開ける。

 本来であれば使用人が出迎えるのだが美月がいの一番に駆け出し玄関に近づく。


「ハルキ?」


 相手が答える前に美月は玄関を開けた。

 最初に目に飛び込んできたのは巨大な壁だった。疑問に思いつつ顔を見上げる。


「……初め────」

「わぁあああ!」


 美月が悲鳴を上げた。


「く、クマ! 熊!! 蛮!! 蛮示!! 助けて!!」


 どたどたと慌ただしく動き、床を這うようにして逃げる。遅れてやってきた藤堂を見つけると体にしがみつき、背に隠れる。


「おいおい。落ち着けよ。あれは熊じゃないぞ」

「え?」

「あ、あの~美月お嬢様?」


 壁の横からひょこっと狭山と沙希が顔を出す。


「は、ハルキ。と……?」

「あはは。どうも。手伝いに来ました。助っ人と一緒に」




☆☆☆




「ほ、本当にごめんなさい。朱雀院の方にとんだご無礼を!」

「ああ、いえいえ。大丈夫です」


 頭を下げようとする美月の肩を掴み沙希が頭を振る。


「それもこれもアレが熊みたいなのが悪いんで」


 二人の視線は部屋の隅で項垂れている加賀美に向けられる。来客用の広い会議室のような部屋に案内されて以来ずっと同じ様子だ。


「ショックなのはわかりますけど立ち直りましょうよ、加賀美さん」

「やはり小さい子に怯えられると堪える。我が家にもいるんだよ。小さい女の子が」

「加賀美さん結婚してたんすか」

「可愛くてなぁ。クマさんみたいで可愛いって言ってくれる反面、他の子には怯えられて」


 目頭を押さえる。


「加賀美さん、子供好きなの」

「あ、ああ~……それは辛いというか」

「本当にごめんなさい……」

「何でもいいんだけどさ、マジで手伝ってくれんの? 朱雀の人」


 藤堂が疑り深い視線を投げる。


「一応商売敵というかライバル同士でしょ、ウチら」

「そうなんですけどね。義徳、三和執事長からの命令で」

「……朱雀院の純様もご存じの令で?」


 美月が恐る恐る聞くと。


「あ、あはは」


 誤魔化すような苦しい笑みが返された。


「で、でも! 手伝ってもいいって言うのは本当だから! 安心してください!」

「ん~。ただ問題というか。さっき狭山にここの家の敷居跨がせるなって言われたばかりで」

「ううん。大丈夫! お父さんもうこれからほとんど帰ってこないから。その、会場のこと、お願いしてもいいでしょうか」

「ええ、もちろん! そのために来たのですから!」


 沙希が胸を張って答える。


「上手くいくといいな」


 狭山が藤堂に言う。


「へ。まだ全然形にもなってねぇんだ。楽観視できねぇよ。とりあえずウチらも気合い入れねぇとな」

「何するつもりだ?」

「決まってんだろ。収集すんだよ。いつまでたっても桜月さんのこと忘れられねぇアホ共ケツ、蹴り上げねぇとな」


 気合の声と共に、藤堂は携帯を取り出した。




☆☆☆




「はぁ~……」


 21時を回ってようやく家に着いた。スマートフォンが鳴っている。メッセージが届いているらしい。

 確認すると神白、鹿島、寅丸、そして沙希からだった。

 真っ先に神白のメッセージを確認する。


『お疲れ様、狭山くん。また明日学校で。駅から一緒に行けたら嬉しいです』


 シンプルな内容だった。狭山の胸中が喜びで満たされる。

 父はすでに会社に行っている。今日は狭山ひとりだ。返事を打ち込みながら自室へ向かい扉を開ける。


「おかえりなさいませ」

「はい、ただいま─────え?」


 ありえない声が聞こえた。女性の声だ。

 困惑する眼を自室に向ける。部屋には天使の輪ができそうな短い黒髪で片目を隠した、幼い少女がいた。

 その顔に見覚えがあった。


「……結城、愛奈さん?」

「はい。直接お話するのは初めてかもしれませんね、狭山春樹様」


 結城の左目の目尻が下がった。


お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします

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