第73話「ミーティング」
火曜日の朝、中目黒駅に着くと藤堂と合流した。
「お前も、たいがい悪ガキだよな」
相変わらずヘラヘラとした態度だ。狭山は片手を上げて挨拶を交わす。
「そっちは聞いていたほど悪くないんだね」
「あ? どういうことだよ」
「時間」
狭山は壁時計を指差す。
「不良って時間にルーズだと思ってた」
藤堂が舌打ちし、頭の後ろで手を組む。
「慣れねぇ執事業務やってたら時間だけは厳守しちまうようになったわ。まぁもっと気軽な、ダチ同士の待ち合わせとかだったら遅れることもあるけどよ」
「あくまで俺たちは仕事の仲間ってことだね」
藤堂はそういうことだ、と言って頷く。正直ありがたかった。藤堂と仲良しだと思われるのはあまり嬉しくない。ただ一応SNSのフレンド登録だけは行っており連絡も取りあっている。
「そういえば、今日美月さんは家にいるんだっけ?」
「ああ。あのガキ最近またサボり始めてるからよ」
「以前もあったんだ」
「昨日話しただろ。あの事故の後、しばらく学校休んで不登校気味よ。ったく、このままだと友達なくすぞあいつ」
呆れてたようにため息を吐く藤堂を見て狭山はクスリと笑う。
「んだよ」
「なんやかんやで美月さんのこと大事に思ってるんだなって思って」
「はぁ? ただ金がいっぱい手に入るから手ぇ焼いてるだけだよ。あのガキに何かあったらこの羽振りのいい仕事がなくなる。それだけは避けたい。それだけだよ。いいから行くぞ」
藤堂は狭山を手招きすると、さっさと歩き始めた。
☆☆☆
玄武洞には体験期間勤務、という体で、藤堂が話を通してくれたらしい。
「玄武洞は朱雀院みたいに執事長が面接行うとかはねぇ。いったん体験勤務してもらって、俺ら使用人たちから大きな不満がなければ文治さんが面接をして最終的な判断を下すって感じだ」
「その体験期間中って給料出るの?」
「なんだよ。いきなり金の話か? 意外とがめついな」
「給料の話は大事だろ」
バイトとはいえ一度金の絡む仕事を行っているのだ。やはり、それがあるのと無いのとではモチベーションが違う。
無論、今回は金が出ないと言われても依頼は受けるつもりだった。自分と似た境遇である美月を放っておく考えなど狭山の頭の中にはなかった。
「まぁ出る。変なことしなければな」
「なら出ないかもな」
「あ?」
「俺、文治さんに喧嘩売るようなこと今からするんだろ?」
「ああ~なるほど。お前意外と根性あるな。頼むぜ優秀な執事さん。神白の時みたいにクソガキ守ってくれや」
「そっちだって執事だろ」
肩をすくめた藤堂は何も言わなくなった。そうこうしているうちに門が見えた。
門を潜ると庭掃除を行っている初老の男性がいた。
「おはようございます」
声を投げると相手が顔を上げた。くすんだ瞳をしており、どこか疲れた表情を浮かべている。
「おはようございます」
笑顔だが気持ちいいものではなかった。庭師は再び掃除を始めた。
「こんなもんよ、この家の使用人は。お前が新しく入った人間だろうが何だろうが、あんな態度のままだ」
「変わろうって気はないの?」
「別に誰かに迷惑かけたわけじゃねぇし。この屋敷でパーティなんてそれこそ美月の誕生日くらいだ。その時は余所行きの姿でちゃんと接するよ。もし普段から変わるとしたら、優秀なアドバイザーか……」
「美月さんか文治さんが変わらないといけないってことか」
藤堂が頷いた。
狭山はそのまま更衣室に案内され執事服を渡される。朱雀院の方とは若干デザインが違う。燕尾服であり、姿見に映る姿はコスプレ感が強かった。
「大丈夫かなこれ」
「正直あまり似合ってねぇな。お前意外と身長低いしガタイもよくねぇし」
「ぐぬ……」
狭山は横目で執事姿の藤堂を睨む。高身長で似合っていたのが腹立たしかった。
「もっと体鍛えな」
ヘラヘラと笑う藤堂をよそに美月の部屋へ向かう。
扉の前に立ち、ノックしようと腕を上げた時だった。
「あ、やっぱり来た。足音聞こえたからそろそろかなぁって思ったんだ」
美月が扉を開けた。髪の毛が整えられているが寝間着姿だ。
「おはようございます、美月お嬢様」
「あら! いい笑顔ね、ハルキ。おはよう。隣にいる馬鹿執事に見習ってほしいわ」
「馬鹿は余計ですよクソお嬢様」
友達同士のようなやり取りに狭山は苦笑いを浮かべる。
「とりあえず一週間後の誕生日パーティに向けて作戦会議だ。中入ろうぜ」
部屋に入ると狭山と藤堂は来客用の椅子に座らされた。美月の部屋は広く、狭山の部屋を2倍に広げたような空間だった。
初めに切り出したのは狭山だった。
「とりあえずパーティは予定通り開催されるんですよね?」
「うん。普段通りなら1階の大広間でやる。立食パーティーじゃなくて旅館の出し物みたいな感じ。わかる?」
「はい」
和風な内装にバイオリンって合うのか、という思いは飲み込んでおいた。
「規模はそんなに大きくないから。綾香ちゃん家のパーティーを想像していたら拍子抜けしちゃうかもね」
「なるほど。美月さんが演奏するタイミングは?」
「みんなに挨拶が終わった後に準備してだから……30分後くらい?」
「じゃあそれまでに文治さんがいるかは」
「わからない」
美月は食い気味に言った。
「全然喋ってくれないし、一応パーティーには挨拶だけはするって言っていたけど、仕事の方優先するっぽいし」
声のトーンが下がっていく。表情にも陰りが差していた。最後までいる可能性は望み薄らしい。
「大丈夫です! なんとかお父さ……失礼。文治さんにも聞いてもらいましょう!」
「言うは簡単だけど、できんのか?」
「何とかしてみるしかないですよ。ついでに演奏会も成功させれば万々歳です」
狭山は立ち上がり、美月の前で片膝をつく。
「大丈夫です。美月お嬢様が頑張る姿を見れば、文治さんだって最後まで見てくれます」
「……そうかな」
「大丈夫です。きっと」
狭山には確固たる自信があった。心には昨日言われた父親の言葉が根付いている。
「とりあえず文治さんと話してみましょうか」
「……お父さん、今は屋敷にいないよ」
「え」
狭山は顔色を変え藤堂を見た。
「話が違う。昨日連絡した時には「いる」って言ってたじゃないか」
「急な予定が入ったらしくて」
肩をすくめる藤堂に対し美月が答えた。
狭山の眉間に皺が寄る。昨日父と話を終えてから、学校を休むのは明日までにしておくと約束したのだ。元々学校だけはサボらない真面目アピールをしていたのだ。1週間も休む度胸など狭山は持ち合わせていない。
どうしたものかと顎に手を当て思案する。帰ってくるまで屋敷で粘るかと思い立った時だった。
「ハルキ、携帯」
美月の声にハッとする。ズボンのポケットにしまっていたスマートフォンの音にすら気付かなかった。
小さく頭を下げ礼をしてから取り出す。
「……え、なんで……?」
画面に表示されていた名前は、見知ったあの人物からだった。
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