第70話「玄武の屋敷」
「お! 狭山、こっちこっち!」
中目黒駅の改札を出たと同時だった。視線を右に向けると藤堂がいた。
普段身に纏っている、派手な雰囲気とは裏腹に、黒一色の服装だった。
「そんじゃ早速行こうや」
親指をクイと動かし道を指す。狭山は頷いた。
「つうかお前学校休んだのか?」
狭山は一瞬バツの悪い顔をする。神白に告白した後に辞める宣言をしたせいだ。彼女に会うのが、気まずかった。
だが疑問が生じる。
「何で知ってるんだ」
「俺のダチから来てんのよ。文化祭の喫茶店でお前のこと目にかけている女子がいてよ。ほら、グループチャットで流れてんだ」
藤堂がスマートフォンの画面を見せる。SNSのグループチャットが流れていた。64人もメンバーがいるのを確認し何度か瞬きしてしまう。陽キャというのはなぜこんなにも大人数で群れたがるのか、理解ができない。
メッセージを見ると文化祭の感想と受験や冬休み何をして遊ぶかなどの話題が流れているらしい。その中に確かに、狭山の名前があった。
「やっぱよ、男なら黒髪メガネで猫背になってゲームするより、明るく楽しく元気に外ではっちゃけるべきだよな。動き回っている方が人っていうのは寄って来るもんだ」
「……俺がゲームばっかりしているって知ってるのかよ」
「鹿島とつるんでるから嫌でも目に入るんだわ。見たまんまのつまんねぇオタクだと思ってた。「将来はプロゲーマーになる」とか言って腰と目悪くする馬鹿だとも。けど今は違うぜ。180度印象が違う。磨けば光るもんだよなぁ」
謎の上から目線だったが口答えする気はなかった。藤堂は鹿島と違いなんちゃってではない不良だ。どこか危険な香りが漂っている。怒らせるようなことはしたくなかった。
適当に雑談しながら大通りを歩き住宅街に差し掛かる。
「うちのクソガキが気にいるわけだぜ。そういやお前ゲームやってんだろ? ソシャゲ。ああは言ったが俺もちょこっとだけ話題作りの一環でゲームはちょくちょくしてるのよ。ほら」
藤堂が再びスマホを見せる。狭山と神白がよくやっているゲームが映っていた。
話題を変えられ答えをはぐらかされたのが気に食わなかったが、深く追求するのは避けた。
「今やっている限定キャラがカッコいいから欲しいんだよな。ロボ系の。ああいう無機物な奴は好みだ」
「俺持ってるよ」
「マジかよ!? 俺も欲しいわぁ。クソガキも羨ましがるぜ、よかったな」
適当に雑談を交わしながら高級住宅街に入り、しばらく歩いた時だった。
他の建物とは一線を画す屋敷の前で止まった。言わずともわかる。ここが目的地だ。
初めて見る玄武洞は、朱雀院の洋風な建物に勝るとも劣らない、立派な門を構える日本屋敷だった。和風のせいか狭山的には、こちらの見た目の方が好きだった。
「おーし、ちょっと待ってろ、開けるから」
藤堂が門に近づき、何か手元を動かすと、門が開いた。
「ようこそ玄武洞へ」
つられる様に中に入る。日本庭園が広がっており、時代劇のセットで使われているような造りだった。池の中には鯉が泳いでおり、橋までかけられている。
「すげぇな」
「あとで鯉の餌やりしてみるか? 意外と楽しいぜ」
池を越え、屋敷の入口に行くと藤堂は勢いよく引き戸を開けた。乱雑な開け方に狭山の頬が引きつる。
「うーい、帰りましたよーっと」
靴すら乱雑に脱ぎ捨てる始末だ。狭山はため息を吐きながら靴を正し、靴を脱ぐ。
「お邪魔します」
「いいよ、かしこまらなくって。どうせ誰もいないし、帰ってこねぇから」
「え? 誰もって、こんな広い屋敷なのに?」
確かに藤堂の言う通り人の気配がなかった。
朱雀院とはまるで違う雰囲気だった。あってはどんなに遅くても誰かいた。少なくとも義徳だけは必ず。彼がいるだけでも暖かな雰囲気があった。
だが、この屋敷は酷く冷え切っていた。
狭山は藤堂の後に続く。3階に行き長い廊下を歩いていると、ある扉の前で止まった。
「扉の横の壁。花があるだろ?」
言われた通りに壁を見る。花瓶のようなものが壁に埋め込まれており、花が差し込まれていた。
「アジュガって花だ。屋敷にめちゃくちゃある扉の横にはこんな風に花があってな。んで、アジュガ近くのこの扉は、クソガキがいるってこと。わかったか?」
「ああ」
藤堂が扉をノックする。
『だれ?』
「俺だよ、お嬢」
『はぁ……帰ったんじゃなかったの?』
「ひでぇな。こっちだって一生懸命に仕事してんのにそんな冷たい言い方ねぇだろ?」
『うるさい。どうせやることなんてないんだから帰ってよ。掃除なら明日やって』
「まぁまぁ。とりあえず開けるぞ」
扉を開けて中に入る。和室をアレンジしたのか床は畳みだった。勉強机やベット以外、本棚くらいしか置かれていないシンプルな部屋だった。ただシックな照明のせいか、高級旅館の一室のようでもあった。
「ちょっと! 勝手に入ってこないで……」
語尾が小さくなっていく。
美月は狭山の顔を見て口を開き、目を丸くした。
「驚いたか? こちら、朱雀院の執事────」
「ハルキ!!」
美月の顔にパッと華が咲く。ベッドの上で寝転がっていた彼女は素早く立ち上がり、狭山に近づく。藤堂は両肩をすくめ距離を置いた。
「美月さん、お久しぶりです」
「助っ人ってあなただったの!? わぁ、嬉しい! 綾香ちゃんの執事なのにいいの?」
「ええ。ちゃんとそっちの方は話をつけたので。ただその、助っ人の内容はまだ知らないんです」
美月が面食らったような表情をし、次いで藤堂を睨んだ。藤堂は視線を逸らしている。
「ちょっと。仕事内容も教えてないで依頼したの?」
「まぁ」
「はぁ……。ハルキもハルキよ。何で内容知らないのにOKしちゃったの」
「いや、返す言葉もないです。ただ美月さんを喜ばせて欲しいということだけはわかります」
「そ、そう」
美月が金色のもみあげをいじりながら視線を右往左往させる。頬が少し赤らんでいた。
「気持ちは嬉しいけど、ハルキだとちょっと……いや、でも」
「……とりあえず内容だけでも教えていただけますでしょうか」
「そ、そうね。えっとね。来週の日曜日、屋敷で私の誕生日パーティがあるの。そこで同じ教室に通う生徒たちと一緒に、バイオリンを披露しようと思ってて」
「素敵な考えですね。しかし、自分はバイオリンとかやったことは……」
「そこじゃないの、手伝ってほしいのは」
言って、美月は口許をもごもごと動かす。
「あ~、裏方作業とかですか?」
「んん、ある意味そうかもだけど」
「歯切れが悪いぞクソガキ。さっさと言えよ。話進まねぇだろ」
「うるさい! 黙ってて!」
「へいへい」
とてもじゃないが、執事と主のやり取りには聞こえない。”仲は良い”らしいが。
美月が落ち着くように嘆息する。
「お父様にも聞いて欲しいなって、思って」
「ああ……あの人ですか」
少し苦い思い出だった。語尾に不快感が混ざる。
美月は慌てて手を振った。
「ごめんなさい。ハルキにとっては、あまりいい人じゃないよね」
「まぁそれは置いておいて。美月さんは、お父さんにパーティ会場にいてもらいたい、演奏を聞いてもらいたいということでしょうか」
「そう。でも年末が近いせいかな。この時期は凄く忙しくてね。去年は……来てくれなかったなぁ」
美月は笑みを浮かべた。
「お父様はもう、ここ最近ずっと私に構ってくれてないの。なんか、どんどん、いない物扱いされているみたい」
沈黙が流れる。狭山は何と言っていいかわからなかった。
その気持ちが痛いほどわかるからか、上手い言葉が即座に出てこなかった。
そんな狭山を見た美月は、口角を上げる。
「なんちゃって」
強がりだとわかる笑みを、彼女は浮かべるだけだった。
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