第69話「尾行」
放課後、神白、鹿島、寅丸の3人は、道路の物陰に隠れながら狭山が住む一軒家を見ていた。カーテンが閉まっているため中の様子はうかがえない。もしかしたら出かけている可能性も高い。
「大牙」
「んだよ?」
牛乳とアンパンを持って片膝をつく寅丸を見ながら、鹿島は頭を振った。
「またベタな物持ってますね」
「いいだろ。必須アイテムだぜ。ブラックコーヒーにするか迷ったけど牛乳にしといた」
「飲めないでしょ。ていうか今時古いですし、これ尾行じゃなくて張り込みっていうんですよ」
「どっちでもいいだろ」
寅丸は呆れたように言った。彼女の言う通り名称は重要ではない。だが、日が沈み微かに冬の足音が聞こえてくるこの気温で、外に長居するのはあまり得策ではない。
「俺が話しかけて来ますよ。警戒心も薄いでしょうし、秘密がバレていることも知らないと思うので」
確認するように神白に向けて言うと頷きが返された。寅丸は不服そうに大口を開けてアンパンをかじる。
とりあえず何があったのか、言いづらいことなら自分だけに話すように促そうと道路に体を出した。その時だった。
「っ、タケ!」
すぐに身を引いた。玄関から狭山が出てくるのが見えたからだ。
私服姿でリュックを担いでいる。どこかに向かうらしい。
神白は駆け出しそうになったが、グッと耐えた。
「今からお出かけか?」
「変ですね。狭山くん、夜はあまり出歩かない人なので」
「ここから尾行開始だな。行こうぜ」
鍵を閉めた狭山が家から離れる。3人は互いに頷き、バレないよう慎重に動く。
狭山が向かったのは駅だった。
「しくった……。着替えてくればよかったな」
「これに関してはしょうがないですね。あまり遠くに行くようであれば途中で下車しましょう」
3人は電車に乗り込む。時間帯もあってか車内は多少混んでいたが、1両先にいる狭山の姿はしっかりと視認できた。
複数の駅を超え、田園調布駅で降りるのが見えた。3人も続けて降りる。群衆に紛れているおかげで、狭山は振り返りもしない。
そうして東急東横線に足を踏み入れる。
「あいつ中華街行くつもりか?」
寅丸が疑問符を浮かべる。再び電車に乗ってしばらくすると、中目黒駅で降りた。目的が見当もつかないため3人は黙々と足を進める。
そして狭山が改札口を通った時だった。彼に声をかけた人物を見て、3人は目を丸くした。
「藤堂……!?」
鹿島が眉間に皺を寄せ、拳を握り前に踏み出そうとした。
その腕を寅丸が掴む。
「離してください、大牙」
「ちょっと落ち着けよ。お前こんな場所で喧嘩始めるつもりか?」
「明らかに脅されているでしょ。狭山くんとあいつの関りなんて、まともなはずがない」
口調は冷静だが表情は怒りに染められていた。鹿島の口調や態度は確かに礼儀正しいが、見た目は完全に色黒のヤンキーなのだ。神白は少し恐怖を覚えてしまう。
周囲にいた人々も自然と距離を置いている。険悪な雰囲気のヤンキーカップルに近づこうとする一般人など、いはしない。
「ふ、二人共!」
神白がハッとして呼びかける。視線の先には藤堂と話ながら歩く狭山が映った。
「行きましょう」
「いいか? 尾行するだけだぞ。藤堂が変なことしたり、変な店に連れ込んだりした突入するの手伝うから」
「了解」
自分とは違う暴力的な思考についていけず、神白は肩をすくめてしまう。
再び尾行が再開された。人の多い大通りを歩き、住宅街に入っていく。距離を置いて物陰に隠れながら様子をうかがう。
暗がりでよく見えないが、微かに藤堂の声が聞こえる。
「────かよ!? 俺もほし────」
楽しそうな声だった。少なくとも脅されていたりしているようではない。
「なんか、仲良しって感じがするな」
「ただのカモフラージュの可能性が高いですよ」
鹿島の警戒心は薄れなかった。
しばらくすると高級住宅街に差し掛かった。周囲の風景に、神白は見覚えがあった。
「あれ、この方角って」
到着地点を予測すると、案の定、狭山と藤堂はその家の門前で止まった。
その建物に見覚えがあったのは寅丸もだった。目を丸くして神白を見る。
「おい、綾香! あの家って玄武洞だろ!?」
「ゲンブ……?」
「そう、だね。なんで狭山くんがこの家に」
朱雀院とは違う、和の雰囲気を醸し出す大きな日本屋敷は日本を代表する大財閥のひとつ、玄武洞の人間が住む場所に、狭山が何か用があるとは思えない。
鳥居を彷彿とさせるデザインの、大きな門が開き、藤堂が先に入った。狭山もそれに続く。
「これは乗り込むべきですか?」
「バカ! 怪しいクラブとかじゃねぇんだ。この家は特別なんだよ。ヤクザの屋敷乗り込むより危険で、警備会社よりも厳重なセキュリティがあんだ」
だから藤堂にどうこうされる心配はない。
だが神白の背に冷たい汗が伝う。思い出されるのは、パーティ会場での狭山の言動。彼は玄武洞の頭領とも言える男性に掴みかかったのだ。
すぐに携帯を取り出し義徳に連絡を入れる。
「義徳さん! 相談が!」
『お嬢様? 落ち着いてください。どうされましたか?』
「さ、狭山くんが、玄武洞のお屋敷に入っていって……」
『……ふむ?』
声色が変わる。彼自身も同じことを思ったのだろう。警戒心が強まったのが伝わる。
『詳しくお聞きしたいですね。お帰り次第、お話をお聞かせください』
「で、でも……今入っていくのが見えて」
『お嬢様。何にせよお嬢様が乗り込んでいくだけでは何もなりません。かえって事態が悪化する恐れもあります。ここはいったん落ち着きましょう』
彼の言う通りだった。神白は了承して通話を切る。
「狭山くん……」
不安げな声を屋敷に向ける。
不安げな瞳に映る、そびえ立つ大きな家は、この上なく不気味だった。
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