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第67話「氷柱姫、壊れる」

 狭山の心は揺るがなかった。目の前で、眉根を寄せている義徳を前にしても。


「何度も確認してしまい、申し訳ございません。狭山"さん"」

「はい」


 二人は朱雀院家の応接室にいた。すでに狭山の執事業務は終了している。


「それで……このバイトを辞めるという話なのですが」

「はい。突然で申し訳ないのですが、辞めさせていただきたいと思っております。できれば今日……いや、なるべく早く」

「今日?」


 義徳が目を丸くした。いつも余裕な雰囲気を纏う彼からこんな表情が出てくるとは意外だった。


「辞めようと思う、実際に辞めるのは個人の自由です。ですが上司として理由を聞くのは当然の権利なので、お聞きします。何故突然、そのような決断を?」

「……プライベートな理由です」

「失礼ながら狭山さん。復帰できた理由の中にはお嬢様が純様に猛抗議したから、というのをご理解しておりますでしょうか」


 狭山は押し黙った。義徳は眉根を寄せる。


「その速さも含め意図が不明です。誰かに何か……例えばご家族から言われたとか」

「……プライベートな……理由です」


 義徳は微笑みを浮かべた。


「何かの本か、インターネットのサイトにそう書いてあったんでしょうね。理由を語りたくない時はこう言った方がいい、といったような」

「申し訳ございません。でも、決してここが嫌になったからとかでは」

「そうですね。今朝からそのような態度ではありませんでした」


 義徳が少しだけ前のめりになる。


「本音を語りましょう。狭山さんにはここを辞めてもらいたくはありません」

「……お嬢様のことですか」

「ええ。お嬢様の努力が水の泡と化してしまうのは、執事長としては避けたい。まずはそれですね」

「まずは?」


 義徳は答えなかった。嘆息し椅子の背もたれに体重を預ける。


「お気持ちは変わりませんか?」

「はい……自分勝手で、申し訳ございません」

「わかりました。ただ、狭山さん」

「はい?」


 老紳士が口角を上げる。


「頻繁に遊びに来てください。綾香お嬢様は、あなたに会えることが嬉しくて仕方ないので」

「……あ、あはは。光栄です」


 愛想笑いで答えると、テーブルに茶封筒が置かれる。


「狭山さん。お疲れ様でした。こちら今月の給料です。短期のアルバイトであるため口座振込ではなく手渡しとなります。ご了承ください」

「はい! ありがとうございます」


 狭山は礼をしてそれを受け取った。


「狭山さん。何をしようとしているのかわかりませんが、どうか後悔なさらないように。何かあればお嬢様経由でこちらにご相談ください。あなたと一緒に飲む珈琲は、中々楽しいので」


 狭山は心の奥が見透かされた思いだった。

 この人には叶わないなと思いながら、礼をしてその場を後にした。




☆☆☆




 虚空を見つめていた。今日のある出来事が忘れられない。

 まだ彼は屋敷にいるだろうかと思いながら、神白は自室の窓から庭を見下ろす。

 そこに、狭山が歩いているのが見えた。

 慌てて窓から離れ部屋の中をウロウロすると、頭からベッドにダイブする。


 フラッシュバックするのはあの二つの告白。

 神白はまず最初の告白を思い出した。


『神白が好きです』

『好きです』

『好きです』

『好き』


「……好き。好き……えへへ……」


 枕を抱えて破顔する。身悶えしてしまう。ゴロゴロと転がりまくる。

 が、すぐにその動きは止まった。次の告白があるからだ。


『だから、ここを辞めます』


 神白の表情が一変。天国から地獄。一気に肩を落とし茫然自失といった表情になってしまう。

 ベッドの上に座り首を垂れる。


「な、なんで……なんでぇ……」


 ボロボロと涙が零れ落ちた。

 文化祭前から自分の母である純に抗議を続け、文化祭で──多少ぼかしつつも──暴漢に襲われた時に助けてくれたことも話した。その功績もなんとか認められて、狭山は現場に復帰できたのだ。

 なのに、この仕打ちである。あんまりではないかと神白は歯噛みする思いだった。

 嬉しいのと悲しいのでもはや感情はグチャグチャである。それに加えて。


「なんで私の返事は聞いてくれないの……」


 狭山は返事は聞けない、と言い放ったのだ。それなら何故告白したのだ、と神白は聞きたかったが無理だった。

 恋愛経験が一度もないのに初恋の人から告白された。この状態で冷静に頭が働くか。いや働かない。働く奴は人間じゃない。


「~~~~!!! んんっ!!」


 うつ伏せになる。変な声を出しながら必死に考えようとする。

 しかし思い返されるのは、執事の服を着て真剣な表情で告白する愛しい狭山の顔だけ。


『好きです』

「……好きだよ。私も……大好き」


 窓の外に目を向ける。狭山はもういないだろう。

 返事をしたい。そしてここを辞めないでと言いたい。せめて辞める理由くらい聞きたい。

 早く学校が始まればいい。そうすれば彼と会えるから。


「……あ、そうだ」


 神白は起き上がりサイドチェストに置いてあるスマートフォンを手に取る。

 狭山に連絡を取りたかったが、できれば顔を見て話したい。

 とりあえず寅丸に対してメッセージを送る。


『告白された』

『あ? 何だよ突然。誰から』

『月曜日話す』

『……まさか、あれか? あの陰キャか? まさかな? あんなDTが似合う奴がな?』

『好き』

『あ?』

『うん』

『よしわかった。釘バット作って月曜日持っていくわ。おんどれ狭山の野郎奥歯ガタガタ言わしたる!!』

『うん、楽しみ』

『……お前大丈夫か?』

『好き』

『ちょ、おい、本当にちょっと混乱してる? 私の方が混乱してるけど』

『涎が出る時ってこんな時なのかな?』

『よしわかった! 一回話そうぜ? な? 恋バナしよ! な!? おーい! 綾香ちゃーん!!』


 スマートフォンをサイドチェストに置き、横になる。

 楽しみ半分不安半分の感情で、日曜日がすっ飛んでいるようにと願いながら、神白は瞳を閉じた。




 だが、週明けの月曜日。

 狭山は来なかった。



お読みいただきありがとうございます

次回もよろしくお願いします

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