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第65話「後夜祭」

 文化祭が終わり、狭山たちのクラスの総合売上は、全学年中2位だった。1位は寅丸がいるクラスであり、二日目の劇が異常なほど盛り上がりを見せたらしい。


「最後すごかったね~。暴走族っぽい鬼たちが大量に出てきて」

「派手だったよね! ステージ上でバイク乗り回す寅丸さん凄かった!!」


 何やってんだよあの人、と狭山は心の中で呟いた。


「っああ~~!! もうちょっとで1位だったのにぃ!」


 盛り上がるクラスの中、志摩の悲痛な声が轟く。チップ数的には僅差だったのだ。コスプレ衣装や店のレイアウト準備を行っていた彼女が悔しがるのもわかる。

 

「ごめん、志摩さん。私がしっかり接客できていれば」


 神白が頭を下げると志摩は慌ててその肩を掴んだ。


「や、やめてやめて! 神白さんは何も悪くないから! ていうか正直すごいよ、まさか2位なんて」


 志摩は頷いて狭山を見る。


「男子も狭山くんが頑張ってくれていたしな~。ちょっと見直しちゃったよ」

「うぇ!? あ、はぁ……」

「顔、大丈夫? 転んで怪我したんだって?」

「まぁ?」

「どんくさいな~」


 志摩がカラカラと笑う。するといつもは話したこともない男子が狭山の肩に手を置いた。


「見てたぜ狭山! お前執事喫茶でバイトでもしてたのか?」

「え、えぇ?」


 一瞬ドキッとしてしまう。喫茶ではないが執事のバイトをしているのは事実だ。


「完璧な接客だったって客から大好評だったよ。俺も習おうかな。バイト先教えてくれよセンパイ」

「ば、バイトなんてしてないって。ただ……」

「ただ?」

「……どこかで見た執事さんの真似をしただけだよ」


 狭山の脳裏に、老紳士のような執事の姿が浮かんだ。

 

「みんな揃ってるか~!」


 賑わう声の中に扉を開ける音と一際大きな声が混ざる。担任の教師がいったん教室内を見回し頷く。


「今から後夜祭始まるから、来たい奴は外でな。用事ある奴とか家遠い奴は気をつけて帰れよ」


 生徒たちが盛り上がる。一気に廊下に出ていく中、鹿島は狭山に近づく。


「狭山くん」

「お、よう」


 気まずそうな顔をしている。というより、困惑の方が勝っているのだろう。

 藤堂と話した後、狭山は鹿島を保健室に呼び出した。


「藤堂くん」

「ああ。呼び捨てでいいって。くん付けとか小学生までだろ?」


 藤堂は鹿島にスマホの画面を見せながら、暴力のシーンがありありと映った動画を再生し始めた。

 鹿島は一瞬だけそれに目を向けると藤堂を睨む。


「友達助けるために武を使う。熱いねぇ。カッコいい武道家はそうじゃねぇとな」

「何が目的だ」

「”もう達成できたよ”。お友達に、狭山に感謝すんだな」


 動画を止め削除ボタンを押した。鹿島が目を見開く。

 データが残らないよう完全に動画を削除すると、藤堂は何も言わずに保健室を出ようとする。


「待て!!」


 すれ違いざま、鹿島は藤堂の腕を掴んだ。藤堂は眉一つ動かさない。


「またな」


 それだけ言って腕を振り、鹿島の手を払う。その言葉は鹿島ではなく狭山に向けられているのはすぐにわかった。

 だから教室内にいる狭山に話しかけたのだろう。目的が何なのか。


「大丈夫だって鹿島。言ったろ? 何も怪しげなアタッシュケース運べ~とか言われたわけじゃないって」

「じゃあ何を要求されたんですか」

「まぁ、人助けというか、バイトの手伝い?」

「バイト?」

「うん。だから気にしないでくれ。ヤバくなることはないと……思う……から」


 パーティ会場の出来事がフラッシュバックする。自信を失いつつあった。

 鹿島はそんな狭山を見てため息を吐く。


「何かあったら連絡してください」

「ん。頼りにするわ」

「……ただ、本当にビックリしましたよ。狭山くんが手を出すところ初めて見ました」

「そうだっけ?」

「そうですよ。昔から温厚だった……ああ、でも。一度だけありましたね」


 鹿島が天井を見た。


「あれですよ、えっと。いつだったかな。狭山くんが本気で怒って誰かと喧嘩してたような。大人につっかかっていたような?」

「なんだそりゃ? 俺、そんな記憶ないぜ?」

「ん~見間違いだったんでしょうか」


 狭山は首を傾げてグラウンドに行こうと鹿島を誘う。

 そこで神白が女子の集団に飲み込まれ教室を出ていくのが見えた。

 声をかけようとした時、神白が横目で狭山を見る。そして口許だけ動かした。


『あとでね』


 秘密のやり取りのようで心が高鳴った狭山は。


「かしこまっ、あ、じゃ、あぁ」

 

 つい返事をしてしまいそうになった。




☆☆☆




 学園の後夜祭は、グラウンドに設置された特設ステージの上で応援団並びに軽音楽部が場を盛り上げ、最後に大きな花火が揚がるのが例年通りの流れだった。

 今年も同様であり、今年卒業する3年生の応援団員たちがキレキレのダンスを踊っている。大きな声と太鼓が特徴的な部活であるため、このような物を見せられるとギャップで憧れる生徒が多いのだとか。


 クラスメイト達と楽しんでいた狭山はトイレに行くフリをして、いったん集団から離れる。陰キャが突然クラスの人気者になった気分だった。正直精神が持たない。


 ため息を吐いてグラウンドの、一目の付かない隅に座る。肩を落とし首を垂れる。

 はやく神白に会いたい。そう願った時だった。

 狭山の隣に、誰かが座る気配がした。どこか冷たく、ほんのりと暖かい。あといい匂いがする。


 声を聞かずともわかる。顔を上げ横を見ると、視線が合った。


「お疲れ様、狭山くん」

「……うん、神白も、お疲れ様」

「今日。ありがとう。助けてくれて」

「いやぁ、俺なんか行かなくても神白さんならどうにかしちゃいそうだったなぁ」


 アハハと笑う。神白が微笑む。


「ありがとう。カッコよかったよ」

「そんなことないよ。ボコボコだったじゃん。ダサ────」


 神白の人差し指が、狭山の唇に当てられる。


「カッコよかった。素敵だったよ。狭山くん」


 顔が、一気に熱くなる思いだった。狭山が笑みを浮かべると、悪戯っぽい笑みが返される。


 ────ああ。ちくしょう。可愛いなぁ。


 もう口から零れ落ちそうだった。誤魔化すために何か喋りたいが、狭山は堪える。


「狭山くんが」

「ん?」

「狭山くんが、私の執事でよかった。私ね……今、とっても幸せなんだ。だって────」


 視界の隅で光の線が走った。二人が光に顔を向けると、同時に天が輝いた。


「わぁ!!」


 花火が始まった。生徒たちからこれを待っていたと言わんばかりの歓声が上がり、文化祭の成功を称えるように拍手が沸き起こった。

 その音を掻き消すような花火が空に咲き誇る。


「綺麗だね」


 狭山は答えず、神白の横顔を見た。彼女は瞬きもせず、じっと世界を照らす花を見続けている。

 流れるような甘栗色の髪に、炎の雫が滑り落ちていく。


「綺麗だ」


 静かに言った。




  ────この子に、好きだよって、言いたい。




 狭山はグッと息を呑んだ。今ではない。だがすぐに言おうと心に誓った。これだけは先延ばしにしてはいけないと思ったからだ。

 今じゃない。告白するなら、あの格好がいい。自分の人生を変えてくれた、あの執事の格好で。彼女の執事の時に告白したい。


 それなら、断られても後悔しない。クビにされても諦めがつく。

 ただもし成功しても。


「綺麗だ」


 神白が顔を横に向ける。空を見上げる狭山の横顔をジッと見つめる。






 狭山はこの時、朱雀院の、神白の執事を辞める決意を固めていた。






お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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