第63話「暴力」
「あ? なんで綾香いねぇの?」
寅丸は狭山たちの教室をもう一度見回した。だが二人の姿はなかった。
隣にいた鹿島はチラチラと寅丸を見る。
「大牙。ちょっと、ねぇ」
「なんだよ。今忙しいんだけど」
「何で着替えてないんですか」
ミニスカートの着物ドレス姿のままだった。彼女の可愛らしさと健康的な肌が眩しい。
(喋らず黙っていれば)相当な美少女のせいか周囲の男たちの視線は彼女に釘付けだった。鹿島は隣に立ち、連れがいることをアピールするのに必死だった。
「なんでって。いいだろこれ!? 可愛いだろ~。うちの女共が夜なべしてまで作ってくれた手作りだぜ? そりゃ見せびらかしたくなるよ」
「ああ、だから劇でも大暴れだったんですね」
「うっ」
寅丸がバツの悪そうな顔をする。
劇はロミオとジュリエットを模しているだけなので、大筋は二人の恋愛話。
なのだが寅丸が大暴れしてロミオを倒してしまい、二人は結託。ジュリエットを不幸に陥れる実家という名の城を襲撃、寅丸大暴れ。ジュリエットと愛の逃避行を遂げる。ハッピーエンドを迎えた。
寅丸と仲がいい暴走族たちの合いの手は好評だった。そして最後、彼らは泣いていた。どこに泣く要素があったのかまったくわからない。痛快なアクションショーということでかなり大好評だったと思うが、鹿島は頭が痛くなる思いだった。
「で、でもさ! ほら! ハッピーエンドだったし! それにお前も嬉しいだろ?」
「何がですか」
「どうせパンチラとか期待してたんだろ。ちょっと見れたか? ほれほれ」
裾をパタパタと揺らしていたので、その手を握る。
「へ」
「やめてください、大牙」
「な、なんだよ……そこまで嫌がらなくても」
「他人に見せたくないんですよ。俺が隣にいても、そんなことは二度としないでください」
「あ、う、うん」
真剣な眼差しと声色に、寅丸は素直に返事をする。顔を赤らめ、スカートの裾を握った。
「怒った?」
「はい」
「……ごめん」
鹿島は嘆息し、彼女の頭を撫でた。
「やぁ、見せつけてくれるね」
聞き覚えのある声だった。鹿島は振り返る。聖が立っていた。
「何の用だよてめぇ」
「まぁまぁ落ち着いて。今日は君たちを助けようと思って」
「助ける?」
「最初は狭山だっけ? 彼と俺をコケにしてくれた神白さんにちょっと痛い目に合ってもらおうと思ったんだ。それで藤堂に相談したんだけど」
「お前も協力したんじゃないのかよ」
聖は頭を振った。
「最初はそのつもりだった。けど計画内容が度を越していてね。抜けた」
「どんな計画なんですか」
「痛い目に合わせる、それだけだよ」
鹿島と寅丸が視線を合わせる。
「今日ですか」
「さっき狭山を見かけた。ゴミ捨て場に向かっているのかな?」
鹿島の脳裏に、ゴミ捨て場近くの空き地が過ぎる。あそこは人通りがまったくない。何かするとしたらうってつけの場所だ。
「行こう! タケ!」
「はい。ありがとうございます、聖さん」
「ん。頑張ってね」
二人は廊下を埋め尽くす人の合間をすり抜けていく。
聖は二人の姿が見えなくなると、狭山の教室に入っていった。
★★★
「俺のお嬢様だぁ? 何言ってんだお前」
「馬鹿なんだろ。店の外でもその設定続けるのか」
チンピラのような二人がゲラゲラと笑う。狭山は震える足で地面を踏みしめ、睨みつけていた。
背に隠れていた神白が狭山の服を掴む。
「や、やめて狭山くん! 私が謝ればそれで済むから!」
「謝る必要なんかないです……。あの二人が、何もかも悪いんですから」
一人が舌打ちした。
「こいつちょっと調子乗りすぎだろ」
「どうする? もう何人か呼んでどっか連れてこうぜ。腕一本折れば泣いて謝るだろ」
「半殺しにして裸にして駅前に置いてやろうぜ」
二人がゲラゲラと笑い声をあげた。あまりにも非人道的であり下種な考えに、神白は吐き気を催す。
「……このクズ共」
「じゃあ続き行こうか~。しっかり撮っとけよ」
チンピラ連中が西条に指示を出す。
だが、西条はカメラを下げていた。
「も、もう充分だよ。これ以上はちょっと」
「はぁ? お前が復讐したいって言ったんだろ? 変なこと言ってんじゃねぇよ」
チンピラが詰め寄ると、西条は小さい悲鳴を上げる。
「やめろ!」
「あ?」
「お前らの相手は、俺だ」
痛みと怒りで興奮状態になっていた狭山は、普段では絶対に出さない言葉と態度を出していた。
だが傍から見たらフラフラで覇気もない。チンピラの一人が大笑いした。
「いいよ、わかったわかった。そんなに痛い思いしたいんだな」
近づき、狭山の胸倉を掴むと拳を振り被った。狭山は目を閉じ、衝撃に備える。
殴られても絶対に倒れないと決意していた。
神白の悲鳴が響く。
「何してんだテメェら!!!」
怒声と共にチンピラの脇腹に足刀が刺さる。苦悶の声をあげチンピラが吹っ飛ぶ。
狭山は蹴りを放った張本人を見る。
「か、鹿島……」
「下がってろ、狭山」
敬語がない。ぶち切れているらしい。正直ありがたかった。狭山は尻もちをつく。神白はその体を支えた。
「綾香! 狭山! 大丈夫か!?」
少し遅れて寅丸が二人に駆け寄った。
「こ、このクソガキ!」
チンピラが起き上がり鹿島に詰め寄る。
が、鹿島の拳が相手の人中を捉える。
音は小さい。だが衝撃と威力は絶大だった。チンピラが白目をむいて、地面に突っ伏す。
「へ?」
連れは何が起きたのか理解できなかった。鹿島が鬼の形相を浮かべ近づく。
「ちょ、ちょっと待って! これは、その……じゃれていただけでさ」
聞く耳など持ち合わせていない。鮮やかかつ美麗な、素早い後ろ回し蹴りが男の顎を強襲する。
バギッ、という嫌な音が響くと、男は膝から突っ伏した。
鹿島がギロリと西条を睨む。
「これはどういうことだ」
「い、いや、あの」
「説明しろ。女は殴らねぇ主義だが場合によっては……」
「ああ、もういいよいいよ。充分だから」
新しい声だった。全員の視線が動く。
藤堂が、スマートフォンを耳に当てながら空き地に入ってくるのが見えた。
「あーあー。こりゃひでぇな」
「藤堂……」
「構えんなよ鹿島くんよ。今先生方呼んだから」
「……このチンピラはお前の指示で来たんだろうが」
「ん? 何の話かな? ね、西条さん」
同意を促すと、西条は視線を切り、その場から逃げ出した。
「あらら。まぁいいけど」
「どうするつもりだ? 文化祭でこんな騒ぎ起こして。危うく警察沙汰だぞ。お前下手したら」
「別に退学ならそれでも構わない。けどさ……西条も、それにノビてるこいつらも、俺の名前は出さないよ。それよりマズいのは君だよ」
「……なに?」
「さっきの暴力シーンはバッチリスマホで撮った。空手部主将がこんなことしてます~って好評したら、どうなるんだろうな」
「あの野郎……」
話を聞いていた寅丸が立ち上がろうとする。が、神白が腕を掴んだ。事態がややこしくなるだけだったからだ。
「……何が目的だ」
「とりあえず事情説明した後は、鹿島くんと寅丸ちゃんは退散。そして神白さんは保健室で彼をしばらく看病したら、退散してね」
藤堂以外の全員が目を見開く。
「俺と、狭山くん。二人っきりにしてちょうだい」
藤堂はにっこりと、笑みを浮かべた。
どうやら一難去ってまた一難あるらしい。何が目的か不明のため、狭山の頭は困惑するばかりであった。
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