第62話「俺のお嬢様」
「やぁやぁ! 露魅雄! お前如き武士崩れが、我らが姫こと樹里絵兎に会えると思うてか!!」
文化祭二日目。体育館内は人で溢れかえっていた。ステージ上には、寅丸のクラスが劇を行っている。ちょうど寅丸が台詞を吐いたところだ。
着物ドレスと言ったか。派手な衣装に身を包んだ寅丸の声が体育館に木霊する。彼女の金髪がライトに照らされる度に。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
観客席の一画から野太い声が上がる。寅丸の舎弟たちこと暴走族の者だ。
ステージ上では露魅雄を演じる優しげな男が抜刀する。もちろん模造刀だ。
「やかましい! 貴様こそ牢人だろう!」
「私……いや、拙者はいいんだ! 可愛いし、女子だし!」
「訳が分からん! 男女の差を出すと場が乱れるぞ!」
熱演が繰り広げられている。
「オヤビン! やっちまってください!」
「おどれ誰の大賞に光物見せびらかしてんだコラ!!」
場内も熱くなる。
「……なんだこの劇」
鹿島は苦笑いを浮かべながら周囲を窺う。
意外と他の観客たちも楽しんでいた。野次のウケもいいらしい。
近場にいる男性客の声が聞こえる。
「あの金髪の子かわいくね?」
「めっちゃ足出てるよな。パンツ見えそう」
「なんか遊んでそうだよな~。顔っつうか雰囲気が」
ステージ上では寅丸が露魅雄役の男と一戦交え始めた。身体能力が高い彼女はアクロバティックな動きを見せ露魅雄を翻弄している。観客が湧き上がる。
「オヤビン!! やばいって! パンツ見えちゃう!」
「テメェらオヤビンのパンツ見たら殺すぞ!!」
「ズボン履いてオヤビン!!」
族の方々が騒ぎ始める。寅丸は物騒な連中から「オヤビン」と呼ばれているらしい。
見た目は危なっかしいがどうやら紳士的らしい。彼らの言う通り寅丸の着物ドレスがユラユラと揺れ動く。ミニスカートであるため本当に見えそうになってしまう。
「まぁスパッツくらい履いてるでしょ」
小さく呟くと寅丸の胴廻し回転蹴りが炸裂した。歓声が上がる。
「やべっ! 当てちゃった……! しっかり私を倒せ露魅雄!! 私の役、雑魚Bなんだから!」
「じゃ、じゃあもう少し手加減して……」
ステージ上では敵が主人公を奮い立たせる謎の現象が起きていた。野次が寅丸を煽る。
楽しそうで何よりだと思っていると、すぐ近くに聖がいるのが見えた。顎に手を当て唇を動かしている。
疑問に思いつつ鹿島は席を立ちそれとなく近づく。斜め後ろに座り耳を澄ませる。
「やはり可愛らしい……寅丸さん。お近づきになるために神白さんをダシにしようとしたが……」
鹿島はぎょっとした。どうやら彼の狙いは、最初から寅丸だったらしい。ニヤニヤとした表情でステージ上の寅丸を見ている。後頭部思いっきり殴ってやろうかと殺気を出してしまう。
とりあえず聖の監視はできそうだった。神白本人はクラスにいるし、あっちの監視は狭山に任せてもいいだろう。
歓声が上がる。寅丸のドロップキックが露魅雄の胸部に突き刺さる場面だった。
★★★
「どうぞ、コーヒーです」
淡々とした口調で神白はテーブルにコップを置いた。座っていた男性客二人は怯えている。
「あ、あの~。お写真とか」
「は?」
「え、いや」
「当店はそのようなサービスを行っておりません。迷惑をかける場合は退出していただきます。それでは」
吐き捨て、背を向ける。その周囲が凍りついたようだった。
昨日家で何かあったのか、神白の周囲には凍てついた空気が漂っていた。
「う~ん。神白さん機嫌直してくれないなぁ。何が原因かわからないけど」
「神白さんの笑顔がないとお店盛り上がらないよ」
志摩含む女子生徒たちが相談している。確かにこのままでは客足が遠のくだけだ。
昨日の噂を聞きつけて足を運んでくれた客も、聞いていた話と違うということで怒って帰る者も出てきている始末だ。
このままではいけないと思い、狭山は料理を取りに来た神白に声をかける。
「神白、大丈夫?」
「……ええ。大丈夫」
どう見ても大丈夫と言った感じではない。不機嫌さが目元に出ている。
「無理しないで。休んでいても誰も文句言わないと思うから……」
「ねぇ、狭山くん」
「ん?」
「私、今日お昼から少し長めに休憩あるんだ」
「ああ。うん。そうだね。さっきみんなのスケジュール見てたから知ってるけど……それが?」
「狭山くんも同じ時間帯で休みだよね? 一緒に、文化祭回ってくれる?」
一瞬何を言われたかわからなかった。狭山は恐る恐る自分を指差す。
「俺、でいいの?」
「もちろん。狭山くんと遊びたい」
「も、もちろん。俺でよければ付き合うよ」
答えると、神白の顔が明るくなった。
「うん!」
笑顔で頷くと再び業務に戻った。さきほどとは打って変わって機嫌がよくなったようだ。
まぁ何にしても結果オーライかと思い、狭山も業務に戻る。
神白と狭山が働く姿を廊下から見ていた藤堂はスマートフォンを操作する。
「────ああ。タイミング的には昼だ。頼むぜ」
★★★
それからというもの、順調に客は捌いていった。神白の対応もよくなり、再びクラス内は盛り上がりを見せた。忙しかったため昼になるのはあっという間だった。
「はぁ~。疲れた」
ため息を零して調理室へ戻る。
「お疲れ~!」
「狭山お疲れ」
男子生徒たちに手を挙げて答える。正直声を出すのも億劫だった。椅子に座って一息つき神白を探す。彼女の姿はなかった。
どこに行ったのか疑問に思っていると、近くから志摩と女子生徒の声が聞こえた。
「神白さん、機嫌なおしてくれたね。何が原因かわからなかったけど……」
「とりあえず休憩してもらわないと。どこ行ったの?」
「ゴミ捨て行くって。それが終わったら休憩していいよって言っといた」
志摩の言葉を聞いて、狭山は立ち上がる。
「あ、狭山くん! お疲れ様。休憩?」
志摩の声に対し頷きを返す。
「神白さんが心配だから見てくるよ」
「心配って……。親か。別に危ないことないでしょ」
「ナンパとかされていたら大変かなと思って」
「神白さんだったら軽くあしらっちゃうよ」
「あ、でも大丈夫かな……」
女子生徒がふと呟いた。
「何が?」
「なんかチャラチャラした人が高校生ナンパしてんだって。大学生だよ多分。見た目大人しいけど喋り方が、こう、派手に遊んでるってイメージで……」
胸騒ぎがした。狭山は慌てて教室を出て、ゴミ捨て場へ向かった。
★★★
「西条だっけ? あんた。この子本当にやっていいの?」
神白の前には西条と、その両脇を固める男二人が立っていた。昨日神白の足を触った変態達だった。
西条は腕を組み、憎々し気に神白を睨む。
「ええ。構わないわ。ここなら人は滅多に来ないし」
ゴミ捨て場から少し離れた場所にある、開けた地だった。昔焼却場があったらしく、ここだけ不自然に、ぽっかりと穴が空いたようになっている。
建物の陰になっていて人通りも少ない。よほどの大声を出しても、ゴミ捨て場に誰かが来ない限り、誰も助けてはくれないだろう。
「で? 何の用。結構忙しいんだけど」
明らかに危険な状況になっても、神白は凛とした表情を崩さない。
「はっ。余裕ぶっちゃって。本当は泣き出して逃げたいくせに」
「別に思ってないけど」
「言っておくけど、あんたが悪いんだからね。私にも、友達にも恥かかせやがって」
スマートフォンを取り出しカメラを向ける。
「安心してよ。別に傷つけるつもりはないから。体には。数枚写真撮って反省してもらうだけ」
「……」
「けど下手なことしたら、わかるよね? 優秀な神白さんだもん」
「一応聞くけど、こんなことして大丈夫だと思ってるの?」
「はぁ? あんた自分の立場わかってる? そうやって粋がれないようにしようとしているのに。あんたが大人しくなれば喜ぶ子が大勢いるのよ」
西条の目が二人に向けられる。一人が肩をすくめた。
「嫌だねぇ、女のいじめって。陰湿だわ」
「まぁまぁ。俺らは気持ちいことするだけだ。おい、俺らの顔は撮るなよ?」
「わかってるわ。とりあえず好きにしていいから」
「あいよ。じゃあ神白ちゃん。とりあえずそのままでいてくれよぉ」
下品な笑顔を貼り付け距離を詰める。どうやらこういった蛮行は初めてのことではないようだ。
神白はため息をついてどう対処するか思案する。とりあえず男一人倒すことを念頭に置いた時だった。
「ま、待て!! 待てよ!!」
その時だった。空き地に一人の影が飛び込み、神白の前に立つ。
吸血鬼のコスプレに身を包んだ狭山だった。
「あ? 何だお前?」
「おい、こいつ。昨日俺らに舐めた口聞いてくれた奴じゃん」
男の口角が上がる。
「お前、この子の彼氏か何か? いいねぇ。お前にはムカついてたんだ。ちょっと痛い目見てもらうぜ」
「おい。コイツの目の前で神白さんひん剥こうぜ。めっちゃ面白いだろ」
何て下種なことを話すんだ。震える足を叩いて神白を見る。
「逃げて! 神白さん! それで誰か先生とか」
「うるせぇよ」
男の裏拳が狭山の頬を叩いた。狭山が尻もちをつく。
突然の衝撃、唇が切れ血が滴り落ちる。
「狭山くん!!」
神白は膝をついて狭山にすがる。悲痛な声だった。狭山の顔に恐怖が浮かぶ。
「軽く小突いただけでこんなにビビんのかよ」
「だっせぇ……ちょっと殴ったら小便漏らすぜ。なぁそれも撮っといてくれよ。変態カップルがどんな高校生活送れるようになるか楽しみだ」
「え、ええ」
西条は少し距離を置いてスマートフォンを構え続けた。
神白が小声で話しかける。
「狭山くん。逃げて。相手の狙いは私だけだから。ここにいたら────」
狭山は何も答えず立ち上がり、口許を拭った。
そして男たちを睨む。
「俺のお嬢様に、触るんじゃねぇ!!」
狭山の怒りの声が響き渡る。
★★★
「やっぱりそうか。マジでクソガキの言う通りだったなぁ。……さぁ、どうなるかな?」
物陰に隠れて様子を窺っていた藤堂の視線は、狭山に釘付けだった。
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