第60話「2時間待ちのコスプレ喫茶」
10月の最終週。毎年この時期に、自分の愛娘が通う学校で文化祭が開かれている。
純はタブレット端末の操作を止めカレンダーをぼうっと見つめていた。
「今年も行かないのですか?」
義徳の声でカレンダーから視線を切る。
「どこに?」
「文化祭です。今年は綾香お嬢様が熱心に取り組んでいるようですしね。行って見てみるのも一興かと」
「私の娘を酒の肴か何かだと思っているの? 行かないわよ別に」
「ほう。そうですか。毎年この時期に必ず休みを取っているのに」
純が眉根を寄せる。が、すぐに視線を切った。
「……私が行っても、喜ばないわ。あの子は」
「そうでしょうか?」
義徳がクスリと笑う。
「本当に喜ばないかどうか、確かめてみるのもいいかもしれませんよ」
★★★
狭山が通う高校の文化祭は土、日と2日間行われる。両日とも一般公開されており、特に親族規制などもなく誰でも気兼ねなく入れる。
つまり客が大勢来るのだ。開始まで10分を切っている。
狭山のクラスはコスプレ喫茶であるため、時期も相まってクラスメイト全員が仮装していた。
「みんな胸元とか腰に自分の名前書いた名札つけてね! クリップ型の奴! 丸い形のもあるから!」
文化祭実行委員の注意を聞きながら狭山と鹿島は何を着るか迷っていた。
「まだ着替えてないの俺たちくらいですよ、狭山くん」
「ん~。わかってんだけどさぁ。なんかみんなと被っちゃうじゃん」
「変にオリジナリティ出すよりも、あそこにいるグループみたいに犬耳つけるくらいでいいんじゃないですか?」
鹿島が親指でさした所にはさほど仮装をしていない男子生徒が数人固まっていた。
少し前の狭山だったら向こうのグループにいる者たちに混ざっていただろう。だが今回はそうはいかない。神白の護衛をしなければならないし、彼女にそれとなくアピールもしたいのだ。
「ん」
狭山は小首を傾げる。たまたま手に取った衣装は吸血鬼風のコスチュームだった。といってもそれほど派手ではない。
「執事服にマント付いてるみたいだな」
呟き、これにしようと決めた時だった。後方から歓声が上がった。
「わぁ!! 神白さん!! やっぱり可愛い!!」
見ると人だかりができていた。女子生徒たちに囲まれている神白が隙間から見える。
ミニスカートのメイド服を着ており、甘栗色の髪の毛は後ろで一本に束ねられている。長身の彼女は足が長い。おまけに色白であるため非常に眩しい。少しだけ化粧をしているのか、頬に若干桃色が混じっていた。
美女のメイド服に女子は嫉妬すら起きず称賛し、男子連中は遠くから感嘆の息を吐くだけであった。
「こりゃ今年の売上トップは貰ったな」
狭山の隣にいた男子が、自身の顎下を撫でて言った。
喫茶店や展示室、休憩室、お化け屋敷や劇、ライブその他出し物に問わず、来場者は訪れたクラスに金の代わりとなる「チップ」を置く仕組みになっている。その「チップ」は「売上」という形になり、チップ総数は全学年で比較される。もし1位になったら――
「まぁトップになったところで、何も貰えませんけど」
鹿島の言う通り特に何もない。あるとすれば先生が打ち上げ代を奢ってくれるくらいだ。学生の身分からすると、それでも充分な褒美ではあるが。
兎にも角にも、神白の姿は美しかった。
狭山は近づいて言いたかった。似合っていると。だが笑顔の神白を見て、それだけで満足してしまった。
そうして、文化祭が始まった。
★★★
開始から15分。
すでに狭山の頭の中には警報が鳴り響いていた。
扉から入ってくる客に対し、神白が出迎える。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
完璧な所作で頭を下げ、静かだが礼節を忘れていない澄んだ声を発す。
黙っていても美女なのにこのような言葉とミニスカートのメイド服というオプションまで付いてしまったら、大盛況になるのは目に見えていた。
さらに女性の客が来たら。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あ、あの! えっと、違う呼び方とかって」
「……あ。かしこまりました。お嬢様」
黄色い声が必ず上がる。訪れる客のニーズに合わせてキャラを変える完璧な接客。
神白の情報は開始5分で拡散され、10分で満席。現在は長蛇の列を作るに至る。
廊下を見てみると奥の奥に最後尾の看板を掲げている男子生徒が見えた。「2時間待ち」と書かれている。
「夢の国の乗り物かよ」
隣の教室で料理と飲み物の準備をしていた狭山は乾いた笑い声が出た。
「得だよなぁ。女って」
「あーあ。俺も美少女に生まれたかったよ。そしたら人生イージーモードだったのに」
近くにいた男子生徒の声を聞いていた狭山は気色ばんだ。神白は神白で苦労しているのだ。少なくとも、イージーモード何かではない。
自分の好きな人兼主を馬鹿にされた気がして、狭山はそのグループから距離を置いた。
その時、魔女のコスプレをした女子生徒が必死の形相を浮かべ教室の扉を開けた。
「手が空いている人いる!?」
酷く焦っていた声色だった。飲み物を入れていた鹿島が声をあげる。
「どうしましたか」
「いやちょっと、お客が多すぎて! 接客出来そうな人は……」
女子生徒はぐるりと見渡し、頭を振った。
「鹿島くん以外無理か。どうしよう。今宣伝に言ってる子たち呼び戻して」
「あの」
狭山が言葉を遮る。
「俺、やってみていいかな」
女子生徒は一瞬驚き、小馬鹿にするように噴き出した。
「いや無理しなくていいよ」
「なんで。駄目?」
「いやだってぇ」
その顔は口ほどにものを言っていた。クラスで目立たない、人とあまり話せなさそうな陰キャが突然こんなことを言い出したのだ。馬鹿にするのも当然である。
「今いる人に迷惑かけたら、そっちも嫌でしょ?」
相手の気遣いは、明らかに馬鹿にしていた。だからこそ狭山は燃えた。
「馬鹿にするなら、一回見ててくれよ」
女子生徒がムッとする。
「あのさぁ。イメチェンして気が大きくなるのはいいけど、迷惑かけてからじゃ――」
「いいじゃないですか。狭山くん」
トレイに飲み物を載せた鹿島が近づく。
「持って行ってくださいね」
「おう。わかった。ありがとな」
「いえいえ」
不服そうな女子生徒を無視し狭山は隣の教室へ向かった。
トレイにはどこの席に届けるのかの紙も置いてあった。指定の場所に向かう。女性二人組だった。神白にお嬢様と呼ばれ喜んでいた二人だ。
話しかける前に息を吐き出し姿勢を正す。そして義徳の言葉を思い出す。
「執事は主を喜ばせるのが仕事」
つまり今ここにいる客全員が、自分の主だ。
「よし」
席に着くと狭山は頭を下げた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。こちらご注文のお品でございます」
「あ、どうも……ありがとうございます」
小さく頭を下げる両者の前に素早く飲み物を差し出し、ストローとお手拭きを置く。
「それではごゆっくり」
「あ、あの、えっと」
一人が狭山の胸元にある名札を見る。
「ハルキ、さん? ちょっと聞いてもいいですか?」
「もちろん。何なりとお申し付けください」
狭山は柔らかな笑みを浮かべる。
「凄い綺麗なメイドさんがいますけど、彼女は」
「はい。彼女はこのクラスで、そしてこの学園で一番の美少女、綾香お嬢様です」
「学園のアイドル的な!?」
「はい。私目線ではございますが、学園内でのトップアイドルですね」
会話が弾む。その後も完璧に受け答え、狭山はその場を去った。
「……ねぇ。あの執事さん、ちょっとカッコよくない?」
「カッコいいっていうより、爽やかだったよね」
称賛の声は狭山の耳に届かなかった。
廊下に出ると、中を窺っていた女子生徒が笑顔を浮かべていた。
「凄い。すごいよ狭山くん! 本当になんか、執事さんみたいだった!」
さっきまで馬鹿にしていたというのに、現金な女子だった。狭山は苦笑いを浮かべる。
「あはは……どうも。緊張したけど、あんな感じでいいなら、俺やるよ」
「うん! お願いしてもいいかな? いっぱいお客様くるから」
「承知いたしました」
再び教室内に戻り接客を開始する。
「いらっしゃいませ。あ、お子さんも一緒なんですね」
親子連れでもやることは変わらない。子供に視線を合わせるために膝を折る。
「いらっしゃいませ。小さなご主人様。何をお飲みになりますか?」
「ジュース!」
「そうですねぇ。オレンジとリンゴと……あ、ブドウも美味しいですよ」
ゆっくりと着実に丁寧に続けていく。
すると、神白以外の生徒とは接客の仕方に差ができつつあった。接客業の経験がある者もいるだろうが狭山の所作は、まさしく執事そのものだったのだ。
「2番テーブルから5番まで食器を下げます。ご主人様たちをお送りした後片づけてください!」
「お、おう! 任せろ」
「りょうかい……」
他の生徒にまで指示を出すまでに至っていた。
自信満々にテキパキと動く狭山を見て、クラスメイトたちが困惑する。
「ねぇ。狭山くんってあんな感じだったっけ?」
「急にイメチェンしたかと思ったらなんか、急に動き出しやがった」
「つうか普通に助かるね。いてよかったわ」
目を丸くする面々を他所に神白だけは狭山の姿を見て嬉しくなっていた。自分の執事が、そして想い人が褒められるのは悪い気はしない。
「……なんかちょっといいかも」
神白がバッと声のする方を見た。誰が言ったかわからないが女性だった。
まさかこの短時間で彼の魅力に気づいた者がいるのだろうか。もしそれで惚れたりしたら。
神白は奥歯を軽く噛んだ。自分の方が最初に気づいていたのだ。
小さな嫉妬心を胸に、神白は右頬を少しだけ膨らませて狭山の背中を睨む。
その時だった。足に誰かの手が触れた。
「っ!?」
小さく声をあげて飛び退くと、ニヤニヤとした笑みを浮かべている男二人組が座っていた。
片方の手が伸びている。それで神白の足を触ったのだ。
「メイドさん~。珈琲フーフーしてくれない? ご主人様からの命令なんだけど」
「お前キモいわぁ」
「足触ったお前に言われたくねぇわ」
「当たっただけだよ。なぁ、えっと? アヤカちゃん? マジで可愛いね。5000円くらい払うから連絡先交換してよ」
一般公開しているのだ。いくら警備していても、このような馬鹿は必ず入ってくる。
神白はため息をついてさっさと帰ってもらおうと思った。
その時だった。間に誰かが割り込んだ。
「お客様。お帰り下さい」
狭山だった。ぴしゃりと言い放ったその一言に、男二人が眉間に皺を寄せる。
「あ? 何だテメェ」
「この場所は生徒への故意の接触は禁じております。貴方の行為は明らかに生徒を不快にさせる行為でした。ましてや女子を」
狭山が睨み返す。
「お帰りください。これ以上騒ぐようであれば警備を呼びます」
「なっ」
「帰れ」
狭山の声が響く。周囲の客とクラスメイトの視線が注がれる。
男二人は居心地が悪くなり、舌打ちしてその場を立った。
「……このガキ。不細工な面で調子こいてんじゃねぇぞ」
「……もう二度と来ないでください。”ご主人様”」
皮肉を交えた返事をして頭を下げる。男二人は悪態を吐きながら教室を出ていった。
教室内に再び賑わいが戻る。そして周囲にいた生徒が狭山に寄った。
「狭山くん、大丈夫!?」
「あ、うん、ビビった」
「お前なんだよ。中々やるじゃん!」
クラスメイトに称賛され礼を返し、後ろにいた神白に、狭山は笑顔を見せる。
「大丈夫? おじょ、じゃなかった。神白さん」
「うん、大丈夫だよ」
神白は両手で持ったトレイで、口許を隠す。
「狭山くん、足震えてた」
「う、だっせぇ……」
「ううん。かっこよかったよ。ありがとう。狭山くん」
神白の目元がふわりと柔らかくなる。それだけで、狭山の心は高鳴っていた。
すると次の客が入ってきた。神白が出迎える。
「いらっしゃ……」
見て、固まった。
そこに立っていたのは、コート姿にサングラスにマスクをかけていた――
「……」
純と、
「盛況ですね。綾香お嬢様」
スーツ姿の老紳士、義徳だった。
お読みいただきありがとうございます。
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