第59話「前夜」
「鹿島。俺は再確認したよ」
窓から夕焼けの空模様を眺めながら、ゆったりとした口調で狭山は言った。
鹿島はその背中を見つめる。
「何がですか、狭山くん」
「学生の本分って奴さ」
「なるほど。その心は」
手を動かし、視線を狭山には向けず問う。相手は目を伏せ鼻で笑った。まるで映画に出てくる三流の悪役が如く。
「愛だよ。鹿島くん」
「は?」
「やっぱりソシャゲとかSNSとかそういうんじゃなくて、学生は勉強やスポーツといった青春に時間をかけるんだ」
「狭山くん、頭どっかで打っちゃったんですか?」
「今までの俺はダークサイドに落ちていた。けどな、俺の心にいるリトル春樹が言ってくれたんだ。「スマホの美少女とのコミュニケーションは一方通行だぞ」って」
「何言ってんだこいつ」
狭山は立ち上がった。
「その青春の中にある、恋愛! わかるか鹿島」
「わかりません」
「俺たち学生は学校で漢文や英語や微分積分や歴史の年号を学ぶんじゃない。愛というものを学ぶ。これが本文なんだ」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと手を動かしてください。しばき倒しますよ」
鹿島がようやく狭山を見た。というより睨んだ。縄張りを荒らされ怒りが頂点に達した獅子の眼光だった。
「はいすいません」
黄昏るのをやめて鹿島と共に作業を再開する。
時刻は17時を回っている。そして明日はいよいよ文化祭が迫ってきていた。そのため本日は学校全体各学年各クラスが、午後からずっと最終準備に取りかかっている。
狭山のクラスは題材を何にするのか遅れたものの準備は手早く完了した。というのも神白が
「みんなとの文化祭、楽しみ」
という鶴――または天使――の一言を発したせいだ。特に男子生徒がやる気を出し、今日やることはすでに無くなっていた。
そのため他のクラスの手伝いをすることになった。狭山と鹿島は寅丸がクラスに行き、演劇で使う背景看板の細かな色塗りを行っていた。ちなみにクラスの中には二人以外いない。他クラスの者に仕事を押し付けるとは、中々に舐めた真似をしてくれる。
「それで、突然なんで愛なんて似合わない言葉を吐くことに?」
「うん。鹿島あのさ」
「はい」
「俺、神白に告白しようと思うんだ」
「本当にどっかで頭打ってませんか?」
今度は可哀想な物を見る目で見てきた。
「いったいどうしたんですか。ただの男子生徒、オマケにクラスで端っこの方にいておよそ青春という言葉がこれっぽちも似合わない狭山くんがそんなことを言うなんて。毒キノコでも食べたんですか」
この一瞬だけ親友の縁を切ろうか、狭山は本気で悩んだ。だがそんなことは言わない。下唇を噛み締めただけにとどめた。
「そもそも。相手はこの学園一の美女にして神白グループの社長令嬢ですよ?」
「待てよ鹿島。俺だって何の勝ち目もなくこんなことを言っているわけじゃないんだ」
「つまり可能性があると?」
「……ふっ。秒読み、かもな」
もちろん冗談めかして言った。
「あ、馬鹿です。おバカな方がここにいます。ここ3階ですけど頭から落ちて生還したら元の狭山くんに戻りますかね」
この一瞬だけ親友の頬を殴ろうか、狭山は本気で悩んだ。だがそんなことはしない。拳を握っただけにとどめた。
「まぁ冗談はさておき……う~ん。もちろん応援してますがどうでしょうか。自信を身に着けていざ勝負したい気持ちはわかりますが時期尚早では?」
「いや違くてさ、その」
言い淀む。ここで神白との関係を明かせば、鹿島を納得させることもできるだろう。親友に後押ししてもらいたいという甘えが狭山にはあった。
その時だった。
「とう!」
狭山の背中に衝撃が走る。同時に乾いた音が鳴った。
「いってぇ!!」
「何馬鹿なこと言ってんだよお前」
狭山はキッと後ろを睨む。
そこには艶やかな花色の羽織を着た寅丸が立っていた。丈がミニスカート状の白の着物からは健康的な足が曝け出されている。変わっていたのは姿だけでなく髪型もだった。特徴的だったサイドテールは解かれ、流れるようなロングへアになっている。
普段とは違う可愛らしくも美麗な寅丸を見て狭山は目を丸くする。そのまま右手を見ると、ゴムでできた剣のオモチャが握られていた。
「と、寅丸さん?」
「おう。つうか、さん付けとかキモいから呼び捨てでいいよ」
「どうしたんですか、大牙。練習中じゃ?」
「もう終わったんだよ。らくしょー。調整もばっちりだし、あとはお前らの背景看板設置してくれればいいだけさ」
もともと俺らのじゃないんだけど、と狭山は呟くが無視された。
寅丸がニコニコとした表情で鹿島に近づき後ろで手を組む。
「どうよ、タケ。この格好。似合ってるだろ」
前かがみになる寅丸をジッと見つめ、頷きを返す。
「ええ。綺麗ですよ、大牙」
「キ……!? か、カッコいいだろうが!」
「ええ。カッコいいですし、綺麗ですし、可愛いです」
「ん、が」
顔を真っ赤にした寅丸は顔を伏せたままぶっきらぼうに剣を振った。ぺちんと鹿島の頬を叩く。
「いった」
「うるさい」
何とも甘酸っぱい空気が漂っていた。狭山は無性にここを抜け出したいと思った。同時に神白に会いたいとも。
「は、話戻すぞ。おい、狭山」
「なに」
「なにじゃねぇよ。綾香に告るってマジで?」
「割と本気」
「ふーん。お前変なところで度胸あんな。ただ文化祭中はやめておけよ。私が前に話したこと、覚えてんだろ」
寅丸の言葉に二人は頷いた。神白は美麗な見た目とクールな性格が災いし、校内では敵が多い。特に女子の。最近では聖や西条といった発言力のある者たちや、校内一の不良として危ない噂がつきまとう、藤堂もでてきている。
「お前らには護衛を頼んだ。綾香が突然襲われたり誘拐されたりしないように守ってくれよ」
「誘拐って」
「ありえんだよ。明日の土曜日から外部の人間招き入れんだ。当然色んな奴が来る」
狭山が通う高校の文化祭は完全公開制となっている。家族、OB、希望中学生とその保護者だけではなく入場に規制は設けられていない。
「綾香の人気は学校外まで波及しているからな。あいつ目当てで来る客は多い。可愛い女子からいかついチンピラまで様々。ナンパ目的で来る奴もいる」
「うへぇ。マジか」
「問題は藤堂の野郎だな。あいつ、普通に夜の街で危ない連中とつるんでやがる。あの野郎はトラブルメーカーというより、トラブル好きなろくでもない男だ。綾香をダシに変な連中寄越してくる可能性もある」
寅丸は腕を組んで眉根を寄せた。
「寅、丸って、よくそんなこと知ってるね」
「あ? まぁ私も不良って話だからよ。他の不良連中に絡まれる際に耳に挟んだんだよ」
「まぁとりあえず、無事に文化祭が終わるまでは目立つ行動はするなってことですよね」
寅丸が頷く。
神白はこの文化祭を楽しみにしていた。普段の彼女からは想像もできない笑顔を見ることだってある。何も無く、平和に終わらせたい。あの顔を曇らせたくない。
「わかった。腕力とかそういうのには自信ないけど……頑張ってみるよ」
狭山は力強く言った。
「お前さ、意外と度胸あるよな」
「え?」
「なんでタケがつるんでるのかわかった気がしたわ。とりあえず今は準備だ。その背景、もう運ぶだろ。私も手伝うから体育館まで持ってくぞ」
看板を見る。話している間もずっと手を動かしていた鹿島のおかげで、立派な背景ができあがっていた。
☆☆☆
夕日が沈み夜になった。生徒は20時までに校内を出なければならない。普段であれば18時までなのだが、文化祭の準備前夜は遅くまで残ることが許可されている。つまり、この時間からはカップル同士が校内で恋愛を楽しむ時間帯なのだ。
校内中から甘い音と匂いを感じる中、教室にいた神白と他の女性生徒は飾り付けを行っていた。
「ごめんね、神白さん。他のクラスの手伝いまでやってもらって」
「気にしないで。結構楽しいから」
クールに言い放つと黄色い声が上がった。毎度思うが、何がそんなに嬉しいのかわからない。
「ねぇ! もうすぐ時間だからゴミ捨て行った方がいいよ」
「じゃあえっと行くのは……」
「私が行く」
神白は有無を言わさずゴミ袋を持つと、制止の声も聞かず廊下に出た。あのままではグダグダと誰が行くかどうか、決めあぐねるのは目に見えていた。
やるべきことをしてさっさと帰宅し、メイドの練習をしたい。廊下を歩く中残っていた生徒たちの視線を集めながら体育倉庫裏のゴミ捨て場までやってくる。
「ったく。どんだけゴミ出してんだよ、寅丸のクラス」
ゴミ捨て場の扉を、狭山が開けていた。
身を翻し隠れる。嬉しさがこみ上げすぐに声をかけたかったがグッと飲み込み、服の汚れを確認する。特に問題なし。
前髪を少しだけ手櫛で梳くと、神白は表情を正して声をかけた。
「狭山くん」
「あ! 神……白」
さん付けに違和感があり戸惑う。神白の頬が和らぐ。
「狭山くんももう帰る?」
「ああ。もう準備完了」
「じゃあ」
「一緒に帰らない?」
神白の目が丸くなる。まさか誘われるとは思わなかった。
狭山が「あっ」と言った。
「ご、ごめん。なんか失礼だったかも」
「ううん。全然失礼じゃないよ。嬉しい。一緒に帰ろ」
後頭部を掻いて照れていた狭山は誤魔化すように神白が持っていたゴミ袋を持ち、ゴミ捨て場に放り投げる。
「重くなかった?」
「ぜんぜん。ありがとう、持ってくれて」
捨て場は目と鼻の先にあったため持つ意味など特になかった。だが狭山の優しさが嬉しかった神白は笑みを浮かべて礼を述べた。
「あ~……明日からの文化祭、成功するといいね」
「うん。狭山くんも頑張って。私の執事なんだから」
「うわぁ、プレッシャー与えてくんじゃん。神白、こそ、メイド大丈夫なの?」
「もちろん。楽しみにしてて」
クールな声色からは、楽しさが滲み出ていた。
どうか文化祭が平和に終わりますように、この顔が曇らないようにと、狭山は誰かに祈っていた。
☆☆☆
「神白綾香に、狭山春樹ねぇ?」
ゴミ捨て場が見える2階から二人の姿を確認し、鼻で笑う。
「う~ん、男の方はどうしたもんかねぇ。頭、金属バットで叩いてやろうか」
藤堂蛮示はスマートフォンを確認しながら呟く。直後眉をひそめた。
「ったく。”あんた”の言う通りの男なら、多少のちょっかいにしておくべきかなぁ」
余計なこと教えやがってあのガキ。
普段なら絶対に言えない相手に対して悪態を吐くと、藤堂は不良仲間に神白綾香を狙えとメッセージを飛ばした。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
次回から文化祭編です。




