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第58話「ふたつの夜空」

 空が瞬いた。それも一度ではなく連続で何度も。

 数秒後、空が叫んだ。


「うお」


 爆発音に近い雷鳴が轟いたため鹿島の肩が上がる。


「近くに落ちましたね」


 停電を懸念しながらカーテンを開ける。雨脚は強まるばかりで、一時間前より雷の数が多くなっていた。


「これ本当に明日晴れるんですかね」


 視線をベッドの上に向ける。そこにはこんもりと盛り上がった掛け布団の姿があった。ガタガタと揺れ動いている。


「……聞いてますかぁ?」


 ベッドの前に座って問いかける。震える音以外返ってこなかった。

 その時、再び雷が鳴った。


「ひぃっ!!」


 布団がビクリと動いた。普段からは想像できない怯えた声に鹿島は口許に拳を当てた。


「笑ってんじゃねぇよお前!」


 布団の中から寅丸が顔を出した。顔が赤く、目元が少しだけ潤んでいる。


「大丈夫ですか、大牙」

「半笑いで心配されても嬉しくねぇよ!!」


 雷鳴。同時に寅丸が叫ぶ。光ってからの音が鳴るまでを考えると近場に落ちたらしい。


「マジでへそ取られるよこんなん」

「へそって。何時代ですか」

「いや今だって言うだろ!」

「今は目玉なんですよ」

「マジでか」

「嘘ですけど」

「……今わりとマジでぶっ殺したくなったわ」


 雷鳴。寅丸が叫んだ。


「ひぃ……もうやだぁ」

「小さい頃から雷苦手ですよね、大牙」

「逆に何でお前は平気なんだよぉ。トラウマになるだろ普通」

「小学校低学年の時でしたね。一緒に家でお泊まり会していたら、目の前に本当に雷落ちて。大牙がベッドから転げ落ちて頭打って泣き叫んで」

「もういいよ! そこまで思い出すんじゃ――」


 再び雷鳴。それも今度は音が大きく、重低音が凄まじい。地震のような微かな揺れすらも感じた。


「わぁああ!!」

「おおう」


 流石の鹿島も驚いたが寅丸は比ではない。ベッドから飛び降り鹿島に飛びついた。

 胸の中にいる寅丸は子猫のように震えていた。


「大丈夫ですよ、大牙」


 背中を軽くポンポンと叩くと、寅丸が鹿島の体を押して離れた。顔が真っ赤になっている。


「な、何すんだよ変態!」

「突然抱きついてきて変態呼ばわりですか」

「近いんだよバカ!」

「突然近づいてきたくせにバカ呼ばわりですか」


 バツが悪そうに、寅丸は視線を切って口許をもごもごと動かす。


「本当に大丈夫ですか、大牙」

「う……うん。ごめん、タケ」


 謝りはすれど離れはしなかった。本当に怖いのだろう。肩が震えていた。

 鹿島は鼻を鳴らして、膝の上に乗る寅丸の肩に手を置く。


「今日、おじさんとおばん、いないんでしたっけ?」

「うん。会社の人と食事会だったらしいけど、この雨のせいで帰れなくなってるみたいで。うるせぇくらいに心配の電話が来てた」

「相変わらず過保護ですね」

「まぁいいんだけどさ」


 会話が途切れると窓の外が再び光った。寅丸が眉をひそめたので、鹿島は自分の手で彼女の耳元を隠した。

 寅丸が目を丸くする。雷鳴が轟いた後、手を離した。


「今日泊まっていきます?」

「……変なことすんなよ」

「しませんよ。そんなことしたら、おじさんに殺されます」

「いっそ殺されちまえよ。風呂入ってくるわ」

「こけないでくださいよ?」

「コケるか馬鹿」


 胸を軽く拳で叩いてから、寅丸はようやく鹿島の膝の上に乗り続けていることに気づいた。




☆☆☆

 


 

 問題がある。狭山は机に両肘を付いて指を汲んでその上の顎を乗せる。神妙な顔をしながら考えを纏めようとした。

 今、神白が自宅の風呂を使用しているのだ。冷静に考えてこれは問題しかない。付き合ってもない男性の家で風呂だと。

 ただ相手は女性だし身を綺麗にしたい気持ちはわかる。だがこちらとしては悶々としたこの気持ちをどうすればいいのかわからない。

 しかもさきほど、狭山は自分の気持ちに気づいてしまったのだ。それが意味するものは。


「~~~!!!」


 頭を抱えて悶絶する。唇を真一文字に結びながら喉奥で叫び声を上げる。

 必死に違うことを考えても、メンズのヘアシャンプーとボディソープしかないけど大丈夫かな、ということしか思いつかない。

 その時リビングの扉が開いた。


「狭山くん」

「ふぁい!!?」


 変な声を出しながら目を向けると制服姿の神白がいた。着替えなど無いため家に来た時と同じ服装になる。


「ごめんね、勝手に借りて」

「いや、いいよ! ていうか、ごめん……。風呂場狭いし、こう、コンディショナーとかなくて」

「ううん。全然気にしてない。ただ――」


 神白は何か言おうとしてたのか、逡巡した。狭山が疑問符を浮かべると、頭を振った。


「ごめんね。何でもない。狭山くんは入らなくて大丈夫?」

「またぶり返すのも嫌だから。とりあえず今日は」


 時計を見る。すでに22時になっていた。


「なんか、映画でも見る? ゲームとか」

「ううん。もう寝よう」

「え? まだこんな時間だよ」

「狭山くん」


 少しだけ頬を膨らませて距離を詰める。少しだけ火照った神白の顔がアップになり、甘い香りが鼻腔をくすぐった。自分と同じシャンプーを使っているはずなのに、なぜこんないい香りがするのか。


「さっきまで熱出していたんだから。寝ないとダメ」

「わ、わかった。じゃあ神白さんが寝る場所は」


 顎に手を当てる。正直空きの部屋はない。父親の部屋を使わせるわけにもいかず、かといってリビングに置いていくわけにもいかない。

 確かに2階に一部屋だけ空きはあるが、そこは問題がある。


「一緒の部屋で寝る」

「え?」


 悩んでいる狭山が答えを出す前に神白が口を出した。


「その方が安全でしょ?」

「い、いや、そう、っすね」


 狭山はしぶしぶ了承するしかなかった。

 2階に行った狭山は”空き”の部屋の中に入る。ひんやりとしていた部屋の中を見ずに、押入れにある余っていた布団を持ち出し自室に向かう。


「ごめん、お待たせ。これでいいかな。誰も使ってない布団だから臭わないはず」

「うん。大丈夫」


 その時、神白が小さくクシャミをした。可愛らしいという感想が真っ先に出たが、それよりも心配が勝った。


「寒い!? ちょっと待って」


 すぐにクローゼットへ行き厚手のパーカーを持ち出す。


「これ着てくれ。暑かったら脱いでいいから」

「う、うん」


 エアコンは動いているためすぐに温まるはずだった。

 神白はパーカーに袖を通す。若干袖が余り、ダボっとしていた。


「ちょっと大きいかも」

「あれ? 意外と大きかったかな?」

「ありがとう、狭山くん。あったかいよ」


 狭山は照れくさそうに頬を掻いて布団を敷いた。

 神白はそんな狭山にバレないよう袖口に口許を持っていき、すんと鼻を鳴らした。

 布団が敷き終わると二人は無言になる。両者共に話したいことはいろいろとあった。


「寝よう。狭山くん」

「お、う、うん」


 誤解を招くような言い方に狭山の心が一気に音を立てた。が、もちろんいかがわしいことなどなく神白はさっさと布団に入った。

 残念な気持ちがないわけではない。だがこの状況と、執事であるという自覚のおかげで、これでいいんだと納得できた。


「じゃあ、電気消すから」


 照明を消そうとリモコンに手を伸ばす。


「狭山くん」

「ん?」


 神白の目元が緩む。


「元気になってよかった」

「うん。神白さんが見舞いに来てくれたからだよ」

「そっか。なら来てよかった。私の友達で、執事だから、元気でいて欲しい」


 二人の視線が重なる。


「おやすみ。狭山くん」

「おやすみなさい。神白さん」

「それ」

「ん?」

「さん、いらないから」


 狭山は少しだけ戸惑ったが、口を開く。


「……おやすみ、神、白」


 そう呼ぶと満足そうに神白は笑った。

 電気を消し狭山は布団を被る。心臓の音がうるさい。こんな状況で寝られるのだろうか。

 危惧しながら意識を雨に向ける。雷は静かになっていたが雨は降り注いでいる。

 そのせいだろうか。雨音が心地よかったのか、それとも疲弊していたのか病み上がりだったせいか。こんな貴重な体験だというのに、狭山の意識は夢の中へと向かって行った。




☆☆☆

 


 

「おはようございます、狭山執事。風邪は大丈夫ですか?」

『……めっちゃ元気です』

「その割には声に元気がありませんね」


 義徳がカラカラと笑う。理由がわかっているからだ。


「本日は朝から晴天ですね。台風一過というやつです。お嬢様の送り迎えをよろしくお願いいたします」

『……はい』

「貴重な体験、楽しめましたか?」

『……結構』


 義徳は再び笑った。

 通話を切りスマホのカレンダーを確認する。文化祭が今週末にあることを、義徳は再確認したのだった。


お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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