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第50話「邪悪で煌びやかな世界へ移動」

 今日行われるパーティーは、去年の有澤(ありさわ)薬品工業主催で行われた新社長就任披露パーティーとは違う。顔も合わせたこともないまったく別企業の関係者や政府関係者、外国からも権力者が姿を見せる大規模なものだ。そのせいか、いつもより服装やマナーに関しては気合が入っているように感じた。

 鏡に映る自分の姿を見た沙希は「大変お似合いです」と言ってくれた。正直その褒め言葉は嬉しい。

 だが、一番嬉しいのは、好きな人に褒められることだ。

 エントランスへ向かうと狭山の声が聞こえた。前髪を少しだけ手で梳き、喉を鳴らして姿を見せる。


「こんばんは、狭山くん」


 自然と、笑みが浮かんだ気がした。

 愛しい相手を見たためか、それとも、口をあんぐりと開ける相手が面白かったのか。理由は定かではないが、それだけで神白の気分は舞い上がった。




★★★




「め、めっちゃ……あ、いや。大変似合ってお、います!」


 美しいドレスに身を包んだ神白は天使のようだった。細身で秀麗な体のラインを強調しており、とても知的で美しい。そのままじっと見つめてしまいそうだった。


「ありがとう」


 神白がふわりと微笑んだ。狭山は顔を赤らめ視線を下に向ける。スカートの長さは膝下まであったが裾がレース状になっており、微かに彼女の健康的な太腿が見えた。


「狭山くんも、似合ってるね。その服」

「へ? ああ」


 狭山は体を振って、自分の服装を見る。現在着ているのは執事服ではなく、艶のあるブラックスーツだ。パーティー用の服装として義徳が用意してくれたものである。同じくパーティーに向かう義徳もストライプ柄のグレースーツ、加賀美はクロコダイル柄のブラックスーツを着ている。


「どう、ですか。一緒にいて恥ずかしくないですかね」

「うん。大丈夫。凄く似合ってるよ。いつもより大人びて見えるし、カッコいい」

「あ、あはは」


 狭山は後頭部を掻く。

 カッコいい。クラスの、いや、学内で一番美しいとされる女子に褒められて嬉しくない男子などいない。


「いや、お嬢様の方がちょっと綺麗すぎて……」

「……そっか」


 神白は視線を切った。クールな彼女らしい反応に狭山は苦笑いを浮かべる。きっと表情は無だろうと思っていた。

 だが、神白は頬を赤らめ、口許がニヤけないよう下唇を噛んで我慢していた。

 初々しい二人の反応を見て義徳が鼻を鳴らす。 


「加賀美執事」

「なんだ」

「これが”エモい”というものでしょうか」

「……”ヤバい”じゃないのか?」


 そもそもエモという意味がわからん、と加賀美は言って視線を上に向けた。

 そこでようやく、階段の中間踊り場から純が見下ろしていることに気づいた。吹き抜けになっているため、エントランスの情景は丸見えである。当然、狭山と神白の姿も捉えていた。


「義徳」


 純の声が響き渡った。執事二人が姿勢を整え、少し遅れて狭山も姿勢を正す。階段から降りてきた純は狭山に一瞥もくれることなく前を通り過ぎる。


「そろそろ出るわよ」

「承知いたしました」


 義徳が頭を下げ、加賀美は狭山にアイコンタクトした。

 これから仕事開始だ。

 狭山は浮ついた感情を沈めるために、襟元を正した。




★★★




 車内は沈黙が流れていた。朱雀院邸から10分ほど、運転席に座りハンドルを操作する加賀美は、一回も口を開いていない。

 狭山は横目で隣に座る神白を見た。窓の外を見つめている。どこか物憂げな表情を浮かべているような気がした。

 ため息が零れそうになった。最初は助手席に乗ろうとしたが、加賀美が


「お嬢の隣に座れ」


 と言ったのだ。

 結果として、気まずい沈黙が車内に流れている。少し手を伸ばせば触れ合える距離にいるのが、余計にもどかしい。

 そんな狭山の様子を、加賀美はバックミラーで見ていた。


「狭山」

「は、はい!」

「義徳の爺さんから話しは一通り聞いていると思うが、一応確認しておく。俺たちはお嬢から離れず一緒に行動を共にする。客の対応はすべてお嬢が行う」


 ウインカーを出して車が曲がる。目の前には義徳と純が乗る車が見える。


「お嬢は勤勉だからな。もう来客者のデータは頭の中に入っているんだろう」

「ええ」

「ということだ。狭山、客が挨拶をしに来ても俺たちは対応しない。全部お嬢に任せておけ。その代わり、お嬢がお困りの時、そして怪しい奴が来た時は体を張るぞ」

「か、かしこまりました!」

「後者に関しては俺の専門だ。だが前者はお前の役目だ。頼むぞ」


 見た目通りの低い声で言われたため、緊張感が増す。狭山は背中に浮かんだ汗を吹きたかった。

 帰りたい、と少しだけ思ってしまう。だが神白のドレス姿が見れるのは少し得かとも思ってしまう。

 信号で停止し、加賀美はすっかり肩を落としている狭山を見た。


「狭山」

「はい」

「どう思う? この車」

「へ?」

「黒のベンツだ。高級車でな。昔はヤクザが乗っているような乗り物だったんだ。俺はこれがあまり好きじゃない。どうせならBMWや、ハマーみたいなデカい車の方が好きだ。お前はどうだ?」

「え、っと」


 意図がわからなかった。狭山は狼狽する。


「あまり車に興味ないか」

「そう、ですね。あまり」

「ならお前がハマっていることはなんだ? 教えてくれよ」


 狭山が悩む隣で、神白は加賀美の意図を汲み取った。


「ゲームだよね」

「あ~。まぁ確かに。けどちょっと最近ハマってることがあって」

「なに?」

「ファッション雑誌……。前から色々見ててさ、見てて面白いんだ、意外と。俺には似合わないかなぁとか思いながらも、こう、着た自分を想像したり……」

「面白いよね。男性向けのは見たことないけど、私も同じ思いになったことはあるよ」

「……お嬢様だったら、何でも似合うだろうなぁ」

「そんなことないよ」


 いつも通りのクールな振る舞いに、狭山は笑みを零した。くだらない話をしているせいか、それとも神白のおかげか、少しだけ緊張が和らいだ気がした。

 加賀美はバックミラー越しに、緊張が解れた狭山と照れを必死に隠す神白を見て、小さな笑みを浮かべた。




★★★




 夜景が流れていく。もうそろそろ六本木に到着する頃だ。


「そんな不満げな表情を浮かべなくてもよいのでは?」

「何?」


 窓側のアームレスト肘をつき、物憂げな表情で外を見ていた純は眉根を寄せる。


「結局狭山さんを連れていくことになったのです。しょうがないと割り切って欲しいですね」

「うるさいわよ義徳。主人に対してなんて口の利き方をしてるの」

「おや? こんな軽口を叩かないと、純様はお怒りになるでしょう。”緊張が解消できない”と言って」

「はぁ……後任ができたら真っ先にクビにしてやるわ。この老人」

「あと10年は現役ですぞ」


 豪快に笑って見せた。馬鹿らしくなった純は再び頬杖をついて窓の外を見る。


「流石のあなたも断ると思ったわ。このパーティーは前回の比じゃないほど、この国の権力者が集まるの。そこにただの一般家庭……いや、問題を抱えた家庭の高校生を連れて行くなんて。沙汰の限りよ」

「狭山くんは立派な執事になりつつありますよ。実は彼、あまりミスを出しておりませんし、それに仕事が丁寧だとメイド長が褒めておりました」


 純は不服そうに鼻を鳴らした。


「それに綾香お嬢様と仲がよろしいのも良い点です。彼女は些か厳しい所がありますからね。柔らかな雰囲気を纏える存在は貴重です」

「だからよ。なんで……庶民を相手に……」

「似てますよねぇ」


 キッと、純は義徳を睨んだ。


「これは失礼。しかし、純様。この老骨はあの二人を見ていたくなるのです」

「どうしてよ」

「見ていると”エモい”のです」

「それ使い方間違ってるわよ、義徳」

「むっ、やはりですか」

「そういう時は”尊い”とか言うの」

「ふむ……勉強になります」

「……何言ってんのかな。私は」


 もう29になるのに。いや、年齢は関係ないか。

 ため息を吐くと、車がホテルの敷地内に入った。


「何か問題を起こしたら、あの執事には消えてもらうわ。義徳。そうさせたくなかったら綾香と彼のサポートも視野に入れておきなさい」

「承知いたしました」


 声色を変えた純は指示を出すと、車が停止する。

 義徳が降りたのを確認し、最後にもう一度ため息を零す。


「嫌な予感しかしないわ」


 こういう悪い勘だけは、よく当たるのだ。

 小さく呟くと同時に、義徳がドアを開けた。



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!

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