第48話「両関係は両不良」
神白の”お願い”を聞いた義徳は「ふむ」と一度頷き、顎に手を当てる。
「執事として、お嬢様の従者として正しい答えは、快く了承することなのでしょうが」
含みのある言い方だった。いつも通りであれば主の意見を何よりも尊重する義徳だが、今回は違うようだ。表情は変わっていないが、険しい雰囲気を纏っているのがわかる。
「障害を乗り越える必要がありますね。ひとつ、まずは狭山執事に行く気があるのかの確認。次いで純様の許可を取ること。そして最後が……これが一番重要なのですが、狭山執事が会場にて粗相をしないか、それを監視する目がないということです」
顎から手を放し後ろ手を組む。
「先日お伝えした通り、当日私は純様の専属となり、行動を共にします。お嬢様には加賀美執事が付きます。お嬢様は狭山執事を傍に置きたいですよね」
神白は即答するように首を縦に動かした。
「となると、回避策としては加賀美執事をボディガードとして傍に置き、狭山執事を専属とすることです。が、フォローができません。ボディガードが執事のフォローは流石に見てくれが悪いです」
「他に執事を付ければ……」
言いかけて頭を振った。
「そっちの方が駄目か。執事二人にボディガードを連れて歩いていたら、おかしすぎるし」
「変な噂が立ちますね。朱雀院家の娘という立場上、目立つことこの上なしです」
今回行われるパーティは、二ヶ月ほど前に建設が完了した海上カジノの営業開始を祝福する記念パーティだ。朱雀院家を含む複数の富豪、政府の官僚、大企業の社長などが合同主催として開く大規模なものとなっている。
つまり日本国内における多数の”上級国民”が参加する一大イベントである。
「そんな場所に執事経験も浅く、しかも高校生の狭山執事と共に足を踏み入れるのは中々厳しいことかと」
「いざとなったら私がフォローするし、いつも以上に大人しくしているから」
「お嬢様。フォローなどしたら、朱雀院家は人手不足で教育も行き届いていないと悪評がばら撒かれてしまいます。それに加え、大人しくしていられるとでも?」
「挨拶されたらし返すくらいで終わっておく」
「軽くあしらえるような相手が挨拶に来ると思いますか? どんな立場の人間が来ても、ここと同等かそれ以上の方々が、お嬢様に近寄りますよ」
「……光りに群がる蠅みたいだね」
「お嬢様」
義徳は人差し指を唇の前に立てた。
「私の心の声を代弁するのはご勘弁を」
相手の軽口で気持ちが軽くなった神白はスマートフォンの画面を操作し、耳に近づけた。
相手が出てくるのを待っていると、ワンコールで出た。
『はい! 狭山です!』
「うん。こんにちは、狭山くん」
『はい、お嬢様。いや、神白さん。ちょっと今家に帰ってきたばかりでドタバタ聞こえたらごめんなさい』
「そうなんだ。じゃあそのままでいいから聞いて欲しいことがあるの」
『はい、なんでしょうか?』
神白は一度息を吸って言った。
「明日、仕事できるかな。私と一緒にいて欲しいんだけど」
『……え? それはどういう』
一通りパーティについて情報を共有する。徐々に相手の声がしぼんでいくのがよくわかった。
それもそうだろう。誰がセレブパーティに行きたがる。それも大人しい性格をした平凡な男子生徒が。
「ということなんだけど……狭山くんには私の専属執事として同行して欲しいなと思って」
『なる、ほど』
しばしの沈黙。重い空気を振り払おうと何を喋ればいいか迷っていると、先に狭山が切り出した。
『それは俺がいないと、マズいでしょうか』
「いてくれたら、嬉しいなってだけ。ごめんね、こんな我儘」
『行きます』
さきほどとは打って変わって、力強い声だった。
『行きます。お嬢様が喜ぶなら、行ってみます。もしかしたら、いや、十中八九失敗して迷惑がかかるかもだけど、一生懸命やって、何とか問題を起こさないようにします』
狭山の声が義徳に聞こえるようにスピーカーにした。
「本当に? 誘っておいてなんだけど、大丈夫?」
『……大丈夫じゃ……ない……かも……い、いや! 大丈夫! お嬢様の我儘を聞いて、願い以上のことを成し遂げられるよう、ついていきます!』
神白は義徳を見つめる。
「ひとつ、訂正しなければなりませんね。彼は立派な執事です」
第一の問題を解決したところで、神白は両親がいる部屋へ向かった。
★★★
趣味部屋兼仕事部屋として使っている部屋を訪れる。社長室のような部屋には壁中棚だらけであり、中には見たこともない本や資料が乱雑に挟まれている。
扉を開けて中に入ると、純が電話応対している声が耳に飛び込んできた。光沢を放つ木製の高級デスクの上には少ない資料とノートパソコンしか置かれていない。必要最低限の物だけを用意する彼女の癖が体現されているようだ。
「資料の漏れが見つかった? あなた、最終チェックはやらなかったの? プロデューサーでしょう。大方部下の数名がチェックしたから自分は碌に確認を取らなかったのね」
純の眉根を寄せた顔が神白に向けられる。
自信の娘と痕から入ってきた義徳を一瞥すると、まるで舌打ちを連続でするように言葉を吐き出し始めた。
「とりあえず第一に私に報告する前に各セクションごとに意見を共有し解決案を出したうえで副社に連絡を入れなさい。私に直接聞くのはお門違いよ。過程が辛いからって飛び越えたら力なんて碌に出せないでしょう。とりあえずマネジメントリーダーを交えて話し合いなさい」
一方的な物言いで通話を切ると、スマートフォンを机に置く。それと入れ替わるように資料を手に取ると茶革のモダン味溢れる椅子に深く腰掛けた。
「見てわかると思うけれど、仕事中よ」
情報処理系の大手IT企業の社長並びに飲食グループの総合マネジメントを務めている純に休日などほとんどない。休める仕事中に体を休めるという意味の分からないことを平然とやってのける鋼鉄の女性だ。
テレワークの推進もあってか彼女が家にいることは多くなっていた。だがその表情と忙しさは普段通り会社に行っているのと差異はないのかもしれない。
「お母……”純さん”。お話が」
仕事中、または人前の時は名前で呼ぶのがしきたりとなっている。
純は資料から目を離さない。
「明日のパーティに関してなのですが」
「鬱陶しい敬語じゃなくていいわ。何?」
「私の専属を変更して欲しい」
「加賀美以外のだれを連れていくつもり? 蓮? 宮土?」
「……狭山執事」
純の視線が、資料から神白に移される。
「寝ぼけているの? 早く寝なさい」
「もう許可は取ってる。私の専属として配置したい。加賀美執事はボディガードととして警備兼フォローを」
純が手に持っていた資料を神白に投げた。紙媒体であるため神白に届く前に波打つように翻り、ひらひらと舞いながら床に落下していく。
「義徳」
「はい。如何されましたか」
「綾香をつまみだして。今ここで怒鳴り散らしたいけど仕事に支障をきたすわ。説得してちょうだい」
虫を払うように手を振ると、ノートパソコンの画面に集中し始めた。
「承知いたしました」
義徳が神白の隣に立つ。
「諦める気はございますか」
「ない」
「失礼ながら、お嬢様。たんなる友人関係だからという楽観的思考で狭山執事をお呼びすると手に負えなくなります。ここで熟考するのも手ですよ」
「そんな思考じゃない」
神白は義徳を見ずに言った。
「狭山執事なら相応しいと思った。それだけ」
「そうですか。ふむ。ここは娘さんの成長並びに新米執事の初めての大舞台という記念を祝して、私は綾香お嬢様側につきましょうかね」
「義徳」
苛立ちを隠せない瞳が向けられたが、義徳はニッコリと微笑みを返した。
「純様そっくりですね。我儘なところと……謎の説得力がある力強い言葉は」
「あんな庶民臭いのを連れていったらどうなるか、あなたならどうなるか」
「庶民臭くない」
神白は自信を持って一歩前に出る。
「今の狭山くんなら大丈夫だから」
純の舌打ちが返された。睨み合う親子同士、ここから口喧嘩が始まろうとしていた時だった。
純のスマートフォンが振動した。職場からだろう。手を伸ばし通話に出る。
「お疲れ様。わかっているわ。例のシステムで使う自律成長型AIの試運転ね。指定した銀行葉リストアップ済みよね。そこでの使用を」
「狭山執事を許可する?」
「許可します……え?」
慌てて前を見ると、既に神白は部屋を出るところだった。
「綾香!! あ……な、ええ、大丈夫、なんでもないわ」
純は恨めしそうに残った義徳を睨んだ。
義徳は肩をすくめて腰をトントンと叩く。
「腰が痛くて動けませんでした」
「……もしもし。聞こえてる? ちょっと頭痛が酷くなってきたからいったん折り返すわ」
通話を切った純は急いで後を追おうとしたが、言ったことは頑として曲げない、自分そっくりである相手の性格を理解し。
「……庶民と一緒にいると、碌なことにならないのよ」
諦めの込められた恨み節を呟くと、純は義徳に頭痛薬を要求した。
部屋を出た神白は嬉しそうな表情で狭山に連絡を入れつつ、巨大な執事である加賀美を探し始めていた。
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