第47話「恋はお金がかかるんです」
「25060円です」
狭山は耳を疑った。店員が会計を間違えているのではないかと思い、値段が表示されているレジ用タッチパネルに視線を向ける。
「お支払いは現金で?」
「あ~……えっと、あれ?」
なんでこんなに高いんだと思っていると、沙希が隣から財布を出してきた。
「ごめんなさい! 会計そのままで大丈夫です」
沙希は財布の中身を確認しながら狭山に言葉を投げる。
「私が払っておくから、あとで清算して」
「あ、了解です」
支払いを任せレジから離れるとマネキンの隣に立っていた鹿島に近づく。
「入れっぱなしにしているの気づかなかったのかよ、沙希さん」
「あの人そういうところ抜けてますからねぇ。道場でも忘れ物が多い人で有名でしたし」
「悪気がないから怒れねぇよな」
「狭山くん、女性に怒れるんですか」
狭山は言葉に詰まった。容姿も中身も優れていない自分如きが女性に何か文句を言うのはおこがましいことだと思ってしまった。
「無理だね」
投げやりに言うと沙希が申し訳なさそうな表情を浮かべ買い物袋を持ってきた。
「ごめんね狭山くん。私の服とか一緒に入っちゃってたみたい。え~っと狭山くんの分は」
沙希は金額を提示した。総額の半分くらいだった。
「オシャレって金がかかんだなぁ……」
泣きそうな思いで財布から札を取り出していると沙希と鹿島が目を合わせ、肩をすくめた。
「これくらい序の口よ」
「むしろ自分を磨くためのお金で損得を決めていたら大変ですね」
「どうしてだよ?」
「もしあんたが誰かと付き合ったとしてさ。そしたらプレゼントとかデート代とかご飯代とか払いたくなるでしょ?」
狭山は視線を斜め上に向けて自分がデートしている姿を思い描いてみた。
相手は甘栗色が似合う冷たい女性だ。ときおり見せる笑顔は氷の結晶のような儚さと美しさがある。
そんな子と一緒にご飯を食べたり映画を見たりショッピングを楽しむ。手を繋ぎながら。
そして夜には――。
「ふぅ……とりあえずホテルまでは行ったぞ」
「ドン引きですよ狭山くん!!」
「うわぁ、サイテーのモウソー」
額を拭う狭山に罵詈雑言が浴びせられる。
「でもそういうことだろ? どっかに泊まるとしても、俺の方から払いたいって思っちゃうし」
「お、意外と尽くすタイプ。お金払えば男らしいと思っているタイプだね狭山くんは」
「間違いなんすか? 沙希さん」
「ん~ん。そんなことないよ」
頭を振ると背を向け歩き始めた。含みのあるその言い方が気になり、狭山は沙希の隣に立つ。
「お金を出してくれるって申し訳ないけど……私からしたら、正直言って嬉しい」
エスカレーターに乗り、沙希が狭山を見上げる。
「もしお金出してくれなかったら「ああ、私にはそこまでの価値はないんだなぁ」ってショック受けちゃう」
「……なるほど」
「でもね、申し訳ないとか負い目に感じちゃう子もいることにはいるよ。むしろそっちの子が多いんじゃないかなぁ。タチが悪いのは口だけ申し訳なさを出して心の中では嘲笑っているキャバ嬢タイプ」
「キャバ嬢タイプって」
店の外に出ると肌寒い風が頬を撫でた。沙希が髪の毛を抑えて風に耐える。
「キャバ嬢に失礼じゃないですか、先輩」
鹿島が半笑いで咎めると鼻で笑う声が返された。
「人を金蔓として見ているあの瞳は、尊敬しなきゃね」
どこか恨みが籠っているような声だった。
流れ断ち切るように沙希は振り返り、狭山に向かって笑みを浮かべる。
「じゃあ次は、美容室行こう」
「え、今からっすか!? 俺服買いに来ただけなんすけど」
「馬鹿だなぁ。オシャレしたいんでしょ。思い立ったら即行動が人生で成功する秘訣」
人差し指を立てて講義するように、沙希はうんうんと頷く。
「明日やろうとか、今度の土曜日にしようとか、そういうのやめた方がいいよ。昔のドラマで聞いた名言を教えてあげるわ」
「なんすか?」
沙希は白い歯を見せた。
「”明日やろう”は”馬鹿野郎”」
★★★
「武彦が通っている高校って、校則厳しくないよね」
ソファに座って雑誌を読んでいた鹿島は、引き攣った顔を隣にいる沙希に向けた。
「もし厳しかったらこんな見た目してないっす」
足を組んで頬杖をついていた沙希は、首から上を横に向ける。
金髪肌黒筋肉男。
「不良だね」
「不良じゃないっす」
「絶対タバコ吸ってるわー。それに喧嘩好きで女の子に怖がられている。それを理解しながら、お前はたまに優しい所を見せる。重い物を持ったり捨て猫を拾ったり、迷子を助けたりな。それで女子たちはキュンとする」
「なんですかそれ」
「ギャップ萌え。っか~。何人の女の子を惚れさせてんだか」
「沙希さんは女子も男子も馬鹿にし過ぎだと思いますよ」
笑いながら目を前に向ける。狭山が髪の毛を染められている場面だった。
「大丈夫でしょうか……」
「まぁド派手な色じゃないんだから、似合うだろ。これで似合わないなら絶望的だな」
「髪染めてワックス付ければモテるとでも?」
「少なくとも陰キャっぽさを隠せる」
「……どうですかねぇ?」
沙希の自論はさておき、徐々に変わっていく友人の姿を見て、鹿島は必死に笑いをこらえていた。
「笑ってんじゃねぇぞ鹿島」
鏡に映っていた狭山が眉根を寄せたところで、鹿島は噴き出した。
★★★
「また30分後にお呼びいたします」
メイドは捨て台詞のように、感情の籠ってない言葉を吐き捨てドアを閉めた。
神白はベッドに突っ伏し情けない声を出す。
朝からずっと、明日のパーティの準備を行っていた。ドレスを何十着と着替え続け、歩き方、食べ方、接し方のマナー確認。さらに来日する者たちの顔と名前、会社名を脳に入れなければいけない。
これらの作業は、神白の精神を削っていた。
「はぁ」
ため息を吐く。何も今日慌てて準備しているわけではない。ひと月前からずっとこれらの勉強はしてきた。今日はその確認なのだ。
唯一ドレスだけ、急遽変更となった。どうやら”相手”の思考に合わせるらしい。
綺麗で鮮やかなドレスを着るのは嫌いではない。だが興味のない相手に対してだと気合いが入らないだけだ。そのせいで余計に体力が削られている気がした。
「……狭山くんに会いたいなぁ」
ポロっと零れた本音だった。
その時だった。まるで思いに応えるように、勉強机の上にあるスマートフォンが振動した。
まさかと思い、一縷の思いを胸に画面を見る。
沙希からだった。肩を落とす。画像を送信しましたと書かれてあった。
「何?」
若干不快に思いながら画像を表示する。
そして目を見開いた。
『狭山くん大変身』
と、続けてメッセージが送られてきた。
そこには服もだが、髪型を変え、色を薄い茶に染めた狭山がいた。
どこか不服そうだがその表情が非常にあっていた。
「かっ――――――――」
息を呑み、顔がくしゃっとなる。
「――――っこよすぎる……!」
いつもの大人しい感じから、どこか男らしさを感じるようになった気がする。
そこで、画面には狭山の友人である鹿島武彦が写っているのに気付く。どうやら三人で買い物に言っているらしい。
「いいなぁ……」
会いたい。その思いを胸に抱いていると、神白はある考えに思い至った。
それは我儘すぎることだと思った。家だけでなく狭山にもとんでもない迷惑がかかるかもしれない。
だが物は試し、相談は自由だ。
神白はまずどちらに尋ねるべきか思案する。そして上手い言葉を考えていると、扉が開いた。
「綾香お嬢様。そろそろ」
義徳だった。神白はベッドから降りる。
「義徳さん」
「はい」
「相談があるんだけど」
一度息を吸って、言った。
「明日のパーティ、狭山くんも呼んでいい?」
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