第44話「任務はボディガード」
「おい、ちょっとツラかせ」
金曜の昼だった。いつも通り教室内で机をくっつけて弁当を広げていた狭山と鹿島の前に、突然来た寅丸は静かにそう言い放った。
呼び出しを喰らうようなことはしていないと思っている狭山は、鹿島をじろりと睨む。
「なにしたんだよお前」
「なにもしてませんよ」
狭山はチラと横目で寅丸を見る。腕を組んで神妙な面持ちだった。
「どうかしたんですか?」
「隠すようなことじゃないんだ。ただよ、ここで話すと周りの目があるだろ」
ふたりは周囲に視線を向ける。教室内に残っていたほとんどの生徒がこちらを見ていた。
にやけ面が多い。校内一とも呼ばれる不良女に呼び出されているのだから興味を引くのは当然の反応だった。
「狭山って子何かしたの?」
「喧嘩かカツアゲか? 先生呼んで来た方がいいのかな」
「知らねぇ。ほっとけよ。無視しとけって」
皆が好き勝手に口走っている。最初はひそひそとした話し声だったが徐々にボリュームが大きくなっているようだ。
「トラが来たからこんな風になっちゃったじゃないですか」
「私のせいかよ」
「自分がどういう立場の人間なのか考えて行動してくださいって話です」
「あぁ?」
「おい、喧嘩すんなよ。わかったから。ついていくから」
狭山は喧嘩を諫めながら広げていた弁当を仕舞い始めた。鹿島も渋面になりながら昼食を中断する。
教室内を出るまで好奇の視線に晒され続け、狭山は心の中で悪態を吐いた。
★★★
人気のない中庭まで連れて来られると、寅丸はベンチに座って足を組んだ。悪ぶっており喧嘩も強いらしいが見た目は女子生徒。それなりに可愛い容姿と細身なスタイルをしているため、黙っていると美少女にしか見えない。
「んだよ、ジロジロ見やがって」
相手が柳眉を逆立てたのを見て狭山は視線を切った。
「それで話ってなんですか」
鹿島が割り込むと、寅丸は腿の上に肘を立て頬杖をついた。
「お前らさ、なんで止めなかったの?」
「話が見えないのですが」
「文化祭の出し物だよ。お前らのクラス、執事メイド喫茶とかなんとかやんだろ?」
「コスプレイヤーとかも出るらしいですよ。過激な衣装とか、武器を持ったりとかはNGらしいですが」
「は? 前者はわかるけど後者はなんでだよ」
「暴力的な物は悪影響だから、心象が悪いから、らしいです」
「くっだらねぇ……って今はそんなことどうでもいいんだよ」
寅丸は蠅を払うように手を動かすと目を細めた。
「問題は綾香がメイドするって点だ」
「「……ああ」」
合点したように男ふたりの声が重なった。
「ああ、じゃねぇよ。お前ら事の重大さわかってんの?」
「校内で一番のアイドルがメイド姿になるっていうのは、中々なニュースですよね」
「意外とノリノリだったよ。神白さん」
「はぁ……この馬鹿男共は」
頭を振って呆れるとギロリとした目を向けた。
「いいか? 綾香はただでさえ人気があるし、女子や一部の男子からは恨まれてんだ」
「男子も?」
「お前も綾香の告白の断り方くらい見たことあるだろ?」
狭山の脳裏に、相手の告白を乱雑に断る、神白の映像がよぎる。
「公衆の面前とか、そうじゃなくてもあんな公開処刑みたいな振られ方した奴が大勢いるんだ。恨まれるのは当然っだつの」
「情けない男たちですね」
「いやそういう話じゃないだろ」
「とにかくだ。そんな連中が綾香がメイドになっているなんて聞いたらどうする? 絶対嫌がらせしに来るぜ」
「写真一緒に撮ろうとか言い出しそう」
「それだ」
寅丸の人差し指が狭山に向けられる。
「綾香の家知ってるか? 朱雀院グループの女社長が住んでいる」
「……え!? え、ということは神白さんって社長令嬢ってことですか」
鹿島の目が見開かれた。神白の家事情を知る者は、校内でも少ないのかもしれない。
寅丸が頷く。
「ホテル事業から有名な飲食店を運営して、最近は医療関係にまで手を伸ばしている会社だ。めちゃくちゃ業績を伸ばしているらしくてな。まさに……あれだ。飛ぶ鳥を撃ち落とす勢いってやつ。そんな会社の一人娘がコスプレして、チャラい男連中と馬鹿みたいに遊んでいる写真が出回ったらどうなると思う?」
そこまで言って頭を振る。
「それだけじゃない。あいつが襲われでもしたら? 話がデカくなってくるぜ」
「……神白さん、自分の立場考えて動いてないのかな?」
「あ~、そういうの気にしない人間なのかも」
「とりあえずだ! そういうトラブルを未然に防ぐために――」
寅丸は勢いよくベンチから立ち上がると小さな拳を鹿島と狭山の腹に叩き込んだ。
その小さな体から想像もできない力強い拳に、狭山は腹を押さえて蹲る。鹿島はケロッとした様子で、訝しげな視線を寅丸に向ける。
「事情はわかりました。けど考えすぎじゃないですか?」
「……中学時代に。あいつ襲われそうになってんだよ。異性の生徒にさ」
寅丸は腕を組んで、眉間に皺を寄せる。
「あの時は私とか、他の生徒が止めてくれたけど今度また起こるかもしれない。しかもあいつ、今年はなぜか文化祭にノリ気だしよ。頼むよ、あいつに楽しい思い出作ってやってくれ」
狭山ははたと気付く。神白が過去の学校行事にあまり参加してないことに。
体育祭ではひとつの競技に出るとほとんど姿を見せなくなっていた。芸術鑑賞会ではいち早く帰宅し、林間学校では後ろ姿を一度見かけたと思ったら当日に帰宅していた。
そしてそのどれもに、神白の笑顔はなかった。
「立場もあれば、ああいう性格だろ? だから文化祭くらいは楽しんで欲しいのよ」
寅丸の言葉は狭山に向けられていた。狭山もそれを理解していた。
彼女を満足させることができるのはお前だけだ、と言われているようだった。
自惚れかもしれないが、決して答えから遠くはないと狭山は理解していた。
「わかった。ボディガード。務めるよ」
腹を摩りながら言うと、鹿島はため息を吐いた。
「お人よしですよね、狭山くん」
「だって、あんな綺麗な子の楽しんでいる姿、見たいじゃん」
鹿島は肩をすくめた。
「じゃあ俺も手伝いますかね」
「無理しなくていいんだぜ?」
「なに言ってんですか。狭山くんじゃボディガードにならないでしょ」
「な、ば、ばかにするんなよ! 俺だって必殺パンチ持ってんだからな!」
「変に殴って手首折ったり指を脱臼したりしないでくださいよ」
はしゃぐ両者を見ながら、寅丸は心の中で感謝の言葉を呟いた。
「頼むぜお前ら。私も自分の所の出し物終わったら、加勢しに行くから」
寅丸の言葉に、狭山は頷きを返した。
「……」
そんな3人の会話を、藤堂蛮示は校舎の陰から聞いていた。
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