第42話「怖い系メイドさんズ」
沙希はため息を吐きながらヘッドドレスを装着する。鏡に映る自分の顔はぶすっとしてた。
大学が終わってからのメイド業は正直面倒くさい。選択科目の影響もあってか、レポートの数が去年の今頃より多いせいだ。おまけに来月は試験ということもあり本格的に勉強をしなければならない。必修科目が完全テスト点数主義なのが痛い。昔から勉強は得意ではないのだ。
夏頃は合コンしたり飲み屋を練り歩いたり旅行に行ったりと遊び惚けていたツケだろうか。今では自宅と大学と朱雀院家を行き来しているだけの人生。
「社会に出たらこんな毎日過ごすことになるのかぁ」
声には出さず唇だけ動かし「めんどくさ」と吐き捨てると、前髪を梳いて笑顔を浮かべる。笑顔が素敵で可愛いメイドさんが鏡に映る。
社畜になるのは嫌だが、この仕事は好きだ。何と言っても、あんな可愛らしい子に毎日会えるのだから。
気合の声を小さく上げて、沙希は更衣室を後にした。
夕方からのメイド作業であるため、自室にこもっている綾香の世話をするのが今日の仕事だった。といっても綾香に呼ばれるまでは部屋周辺で待機するか、部屋の中に時折入ってお茶菓子を持ち運んだり話し相手になったり、夕食や風呂の時を見計らってベッドメイキングをするくらいだ。
茶菓子を乗せたサービスワゴンを押しながら綾香の部屋の前まで来る。沙希はドアを3回ノックした。本来であれば4回なのだが、綾香がやめて欲しいと言ったのだ。
ノック回数には諸説あるが、2回はトイレ、3回は友人や家族に対して、4回は初対面か礼儀が必要な相手に対して、という説を教わっていた。そのため本来であれば4回が正しい。しかし綾香が「沙希さんは友達だから」という理由で3回の許しが出ている。メイドとしていかがなものかと思うが、友と呼ばれて悪い気はしない。むしろ嬉しい。
「どうぞ」
凛とした声が返ってくる。一言断って中に入ると、綾香は姿見を見ながらお辞儀を繰り返していた。
「いらっしゃいませ、ご主人様……いや、坊ちゃまとか、お嬢様の方がいいのかな? それともお帰りなさいませ……?」
首を傾げながら勉強机に置いてあった本を手に取った。表紙にはテレビでよく見るアイドルグループの集合写真が写っていた。全員メイド衣装だった。
「あのぉ、お嬢様」
「あ。沙希さん。こんばんは」
「こんばんは。申し訳ございません、少々お聞きしたいのですが、何をなさっておられるのですか?」
「メイド」
「は、メイド?」
「うん。文化祭で「執事メイド、時々コスプレ喫茶」をやることになった。それで私はメイドとして頑張る」
「何ですかその懐かしい映画のタイトルみたいな出し物は……」
文化祭か。そう言えば大学でも一応やっていたなと沙希は思った。
しかしまさか、氷柱姫と呼ばれる女性がメイドになるとは。
「めずらしいと言いますか……意外です」
「何が?」
「お嬢様はそういうの嫌いかなぁって思ってたので」
「確かに……前までは興味もなかったけど」
綾香は胸に手を置き、笑みを浮かべた。
「狭山くんがいるから」
「……」
「普段執事として私のお世話をしてくれているから、そのお礼に。本当は、狭山くんだけにメイドらしいことしてあげたいんだけど」
顔を赤らめながら言った。
沙希は下唇を噛み締める。可愛いこの子を抱きしめたいと思う衝動と狭山マジぶっ飛ばすという怒りの感情が沸き起こった。
沙希の胸中はぐちゃぐちゃになった。こんな子に世話されたら恐らく一瞬でダメになるだろう。
「どうかな? 私、似合うと思う? メイド」
「最の高に決まってるじゃないですかお嬢様ぁ……キメキメですよぉ」
「キ、キメ? うん、ありがとう」
親指を立てて今にも泣き出しそうな沙希に対し首を傾げながら、綾香は苦笑いを浮かべた。
★★★
夜になると、一気に朱雀院家は静寂に包まれる。
結城愛奈は微かな灯りで照らされる廊下を歩いていた。目的は見回りと戸締りだ。
ふと、冷たい風が頬を撫でた。
「ひゃい!! ごめ、ごめんなさい!」
肩を大きく震わせ両手で顔を隠す。ゆっくりと指の隙間から周囲を伺う。誰もいなかった。
目を凝らすと、窓が微かに開いていた。そこから秋の夜風が吹いてきていたのだ。
「も、もう……ビックリさせないでよぉ」
結城は泣きそうになりながら窓を施錠した。
結城は非常に怖がりであり、夜の戸締り並びに見回り作業を大変苦手としているメイドだった。年は20、来年の3月に21になるのだが、身長が145であり童顔ということも相まって中学生か、いいとこ高校生にしか見られない。
そのせいか廊下をおっかなびっくり歩く彼女は子供そのものだった。
本来であればこういう作業は男性、執事や警備員に任せるものである。メイドたちの業務に戸締り確認が含まれているのは婦長だけだ。
しかし結城は自分からこの作業を手伝いたいと名乗りでた。
理由は単純である。
怖いのが、好きなのだ。
怖がりなのにゾンビ映画やホラー映画を見るのが大好きであり、毎夜オカルト本を寝る前に見てる。休日は遊園地のお化け屋敷巡りをするのが趣味だった。
そんな彼女をメイドたちは「不思議ちゃん」と呼んでいる。結城はその渾名が嫌いだった。ただ好きなことをしているだけなのに。
そんな趣味を持つ彼女だが、怖がりという性格は治っていない。そのため今も牛歩の速度で頑張って見回りをしているのだ。
そんな時だった。ふと、白い何かが目の前を通った。
「へ……?」
疑問を抱きながら目を凝らす。そのまま階段まで来てしまう。
「き、き、気のせい?」
いや、気のせいではない。結城は自問自答した。
白い服を着た女性だったはず。黒い長髪を靡かせているような気もした。
仲のいい沙希は控室で婦長に日報を提出している。既に屋敷を出ていてもおかしくない。
綾香は自室で勉強中。純に至ってはまだ帰宅すらしていない。
他のメイドだろうか。それとも本当に、幽霊だろうか。
「ふ、ふふふ……怖いなぁ」
震えながら階段を下りる。夜の屋敷に、結城の微かな笑い声が木霊した。
「……結城さん、何笑っているんだろ」
階段を上っていた、白いブラウスを着た綾香は階下から聞こえてくる結城の声に首を傾げた。
とりあえずその疑問を投げ捨て腕の中にある物を見る。自室から抜け出し、余っていたメイド服を倉庫から拝借した。これでメイド服を着ながら練習ができる。
形から入る綾香は、それを満足そうに握りしめると自室へ駆け足で戻った。誰かに見つかったら何を言われるかわかったものじゃあない。
そこでふと足を止めた。メイドのことを学びたいが、仲のいい沙希は屋敷には来るがそう時間は取れない。今日以降、純のパーティ準備にかかりっきりになってしまうからだ。
となると夜のメイドと一緒に練習した方が効率的だと思った。
「……結城さん、夜時間取れるかなぁ」
綾香は明日聞いてみようと思い自室へ戻った。
メイド服を着たら寅丸に送って反応を見てみよう。本当は狭山がいいが、そこまでの勇気はない。
「がんばるぞー」
小さい呟きは、楽しげな表情を浮かべる綾香以外に聞こえはしなかった。
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