第41話「広まる約束」
スマートフォンで動画を見ていた時だった。画面上部に狭山からのメッセージが表示された。
『土日暇? 暇だよな? 暇だな、よし』
聞いておいて聞かない態度に苦笑いを零してしまう。鹿島はタブをメッセージアプリに切り替え返信した。
「あまり暇じゃないんですよ。大会も練習試合も近いですし」
『あら、マジか』
「土曜日なら空いてますよ? あれ。でもバイトは?」
『なんか休みになった』
「なるほど。で、何をする気ですか?」
『服買いに行きたい。付き合ってくれよ』
「はいはい」
返信してからある人物の顔が浮かんだ。鹿島は画面上で指を滑らせる。
「ある人も一緒でいいですか?」
『ある人? なに、空手部の人?』
「あ~……似たような感じですね。道場の友人というか先輩です」
『マジで? いかつい先輩とかくんじゃねぇの?』
「大丈夫ですよ~! 性格にやや問題あり」
そこまで書いてバックキーを押した。文字を消していき、書き直していく。
「大丈夫ですよ~! 優しい先輩です!」
『まぁ鹿島が言うならそうなのかな……』
「それに女性ですよ」
『あー。それマジでありがたいかも。女性からの視点って大事だもんな、ファッションって』
画面の先で狭山が頷いているのが見えるようだった。異性と一緒に買い物に行けばファッションセンスが磨かれるとでも思っているのだろうか。その場で「似合っている」と言われても、相手のセンスが壊滅的だった意味がないというのに。
それにしても、狭山が本気でオシャレに目覚めたのは意外だった。以前聖に言われた言葉がよほど響いたのだろうか。
それとも怪しげな執事バイトのおかげだろうか。バイト先の人に小馬鹿にされたから見返したいのだろうか。
それならそれで、面白そうだった。
鹿島は狭山の負けず嫌いな所を尊敬していた。
「一応なんですけど、どこで買う予定ですか? 結構遠くですか?」
『なかめ』
”なかめ”とは中目黒のことだ。鹿島は「ふーん」と声を上げた。
「意外ですね。もっとこう、大衆が行きそうな場所を想像してました。それこそ近くのショッピングモールとか」
『それでもいいかなと思ったんだけどさ。やっぱり高い物の方がこう、いいじゃん? ピシっと見えるというか、生地が違うっつうかさ』
どこに行くつもりなんだろうこの人は。ズレたファッションに関する知識に笑ってしまう。
ただ言っていることは決して間違いではない。
「わかりました。中目黒なら自分もオススメの店を紹介できますよ!」
『おけ。じゃあ、頼むわ~。また明日学校で』
「はい、ではではでは~」
そのメッセージを見終えた後、ある人物のトーク画面を開いた。一昨日メッセージを送りあっていたところで止まっている。
「すいません、先輩。来週の土曜日暇ですか? 一緒に買い物付き合ってくれません? 服を買いに行きたいんです。場所は中目黒です」
多分気付くのは明日になるだろう。鹿島はメッセージアプリを閉じ、今度戦う対戦相手の組み手動画を見返し始めた。
☆☆☆
朝日を浴び、スマートフォンの画面を見ながら歯磨きをしていた時だった。
「あれ、タケから?」
沙希は眉をひそめた。ボサボサの髪の毛をガシガシと掻き内容を確認する。
「……懐かしいなオイ」
大学に入る前はよく一緒に買い物やカラオケに行ったものだ。正直鹿島に対する思いは弟のそれに近くなっていた。小学生の頃からずっと先輩後輩の仲だからだろうか。
沙希はメッセージを飛ばした。
「タダで付き合えるとでも? 2時間で5000円貰うわ」
送信してからスマートフォンをベッドに放り投げ洗面所へ向かう。
歯磨きを終え顔を洗い、髪の毛を整えようと自室に戻るとスマートフォンから音が鳴った。
『安いですね』
画面に浮かんだ文字を見て、沙希はクスリと笑った。そのまま了承の意を送ろうとしたが、その前にある場所へ電話をかけた。
『はい』
「おはようございます、田島さん」
『あら、めずらしい、沙希さんが朝から私に電話をかけてくるなんて。今日は遅刻を誤魔化して欲しい連絡じゃないわね』
小馬鹿にしたような声が聞こえた。沙希はメイド長である彼女を少しだけ苦手としていた。話し方というか声色のせいだろうか。ハスキーボイスが苦手なのだろうか。
『それで、何の用?』
「今週の土曜日なのですが、メイド業務って何か残ってますか?」
『業務? 特にないと思うわ。土曜は奥様とお嬢様の事前準備しかないし、今回は朱雀院家じゃなく、六本木のホテルパーティだもの。あなたが邸宅にいても暇なのは目に見えているわ』
「……な、なんか棘ありません?」
『さっさと言いなさい。休ませて欲しいんでしょう? 理由は?』
「あ~……デートです」
語尾に「笑」をつけて冗談めかして言ってみた。
『あら。それは大事ね。楽しんでらっしゃい』
「……怒ってません?」
『ぜんぜん? それじゃ、お休みは了承したからそろそろ切るわね。沙希さんの業務内容をどれだけ増やせるか考えないと』
「いや、ちょっと本当勘弁――」
通話が切れた。たまに出す学生のノリはどうにかならないだろうかと、日々思っている。
「はぁ~……増やされたらどうすんだよ。タケのせいだ」
悪態をつきながらも鹿島に一緒に行ける連絡を入れ、ようやく沙希はタンクトップ姿から着替え始めた。
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