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第40話「とりあえず休日の予定は決まった模様」

 黒板の上にかけられた時計の針は17時をまわっていた。狭山はようやく帰れると思い、大きく伸びをした。肩甲骨からパキパキという音が鳴ると、全身に血が巡る。

 採寸を終わらせた後は文化祭準備に勤しんでいた。基本的に実行委員の言うことを聞いて黙々と作業を行ったこともあってか、看板はほぼ完成形まで持っていけた。クラスの半分は雑談交じりに適当に作業をしていたのだが、まるで自分の手柄のように喜んでいる。

 羨ましいとは思わない。ただそんなに元気ならもっと手を動かせよ、と思い、狭山は誰にもバレないよう舌打ちした。


 文化祭が再来週に迫っているということもあってか、大掛かりな舞台セットを作成し体育館に運んでいるクラスもあった。面子を見ると寅丸大牙がいるクラスだった。不良同士を集めたのか、見た目が派手で粗暴な連中が多いクラスだ。

 ただこういうイベントごとには目がないのか、どのクラスよりも団結力がある気がした。


 狭山が教室を見回そうとしたのとほぼ同時に実行委員の男子が手を叩いた。


「今日の作業はここまでで大丈夫! 来週の水曜か木曜に衣装は来るみたいだからそれまで待機で。コスプレ班と料理班は休日とか使って練習しとけよ~」


 その後担任が続けて解散の号令をかけた。ほとんどの生徒は興奮冷めやらぬ様子で適当に雑談を繰り広げている。

 時間は有限なのだ。狭山は自分の時間を大事にしようとそそくさと帰り支度を済ませ、教室を後にした。




★★★




 駅を降りて自宅に続く道をまっすぐ歩いているとスマートフォンが振動した。ポケットから抜き取り画面を表示すると、メッセージが表示された。


『あれ!? 採寸終わっちゃったんですか!?』


 鹿島からの連絡だった。恐らくまだ部活中だろう。だがクラスに人がいる可能性は低い。


『終わったよ。だから休み時間中に来いよって一度連絡入れただろ』

『うわぁ、マジですか~。教室行っても誰もいなかったし……先生に相談かな』

『大丈夫だよ。実行委員の女子が「いない人の採寸は明日やろう」って言ってたぞ』

『あ、そうなんですね。よかったぁ。コスプレ役になるところでした』

『いいじゃんコスプレ。やれよ。鹿島なら筋肉も身長もあるし、肌も黒いし、ゲームのキャラとか再現できそう。銀髪にしようぜ髪の毛』

『え~。俺衣装がごちゃごちゃしている騎士とかがいいです』

『あ、コスプレするのは否定的じゃないのね』

『ただ準備が大変でしょう。ていうか何で帰っちゃうんですか狭山くん』


 連続で送られてきたメッセージを見て、狭山はフッと笑った。


『うるせぇなぁ。部活終わりまで待ってられっかよ。彼女か俺は』

『彼女なんていたことないくせに何言ってんだか』

『わかった。ブロックするわ』

『お、何ですか開戦宣言ですか。明日を楽しみにしててくださいね!』


 バカな会話をしていると自宅が見えてきた。狭山は鹿島に一度別れの連絡を入れて家の中に入る。


「た~だいま~っと……」


 返事はなかった。電気もついていない。

 ただ三和土(たたき)も廊下も、どこか小綺麗に見えた。父が掃除してくれたのだろうと思いリビングに行く。やはり父親の姿はなかった。いて欲しかったわけではないが、消えて欲しいわけでもない。

 男手一つで育てているからか、父はずっと働き続け、家を留守にすることが多かった。最近は仕事の量も増やしているらしい。昇進が近いのか、それとも大学生活のための資金を貯めてくれているのだろうか。


「余計なお世話だっつうの」


 素直に礼を言えない狭山はふと、ダイニングテーブルの上に何かあることに気づく。

 疑問に思いながら近づくと、そこにはメモ用紙と、一万円札が5枚、置かれてあった。


『仕事に戻る。再来週あたりにもう一度来くるから、その時は10万置いておきます。今月は入金が遅くてごめんな。とりあえずこれで、友達と一緒に美味しい物でも食べてくれ』


 メモにはそう書かれてあった。よほど急いでいたのか、終わりの辺りはミミズがのたくったような字になっていた。

 雑だが思いの伝わるメモを冷ややかな目で見て、ゴミ箱に捨てた。

 

「飯食わせておけば、まともな親になれるとでも思っているのかね」


 独り言が静かな部屋に響いた。誰に向けていった言葉でもない。ただ強いて言うなら、頭の中にいる鹿島や神白に対してだろうか。

 もし神白に言ったら笑ってくれるだろうか。共感は無理だろうか。金持ちの娘は総じて愛に飢えているような気がする。


「漫画とかだったら、話した時に「ご飯作りに行くね」とか言ってくれそう」


 口許をニヤけて呟くと、あまりの自分の気持ち悪さに頭を振った。

 狭山の手が万札に伸びる。臨時収入として使うのは決定しているが、2週間分の食費にしては多い気がした。

 その時、万札の下にもう1枚メモが置いてあることに気づく。手に取って内容を確認した狭山は舌打ちした。


『部屋のファッション雑誌、見た。食費以外の余分な金は自由に使ってくれ』


「勝手に部屋入ってんじゃねぇよクソ親父」


 世の親というのは、何故子供の部屋に許可なく入るのだろうか。これは非常に罪深い行為だと思うのだが。

 呆れてため息を吐き、メモを捨てた時だった。

 再びポケットの中にあるスマートフォンが振動した。それも長い。電話だった。

 イラついていた狭山はろくに画面も確認せず通話を許可する。


「もしもし?」

『狭山さん。こんばんは。義徳です』

「……義徳さん? え、どうしたんすか」


 義徳から電話がかかってくるのは、実は初めてではないだろうか。

 職業病か、狭山の背筋が自然と伸びる。


『業務連絡です。今週の土日なのですが、狭山さんの業務はお休みとなります。申し訳ございません、こちらの不手際で伝え忘れておりました』

「は、はぁ。休みですか。それはまたどうして?」

『パーティがあるのです。これには純様も、綾香お嬢様も参加するものとなっております。そのため家の業務は業務予定だった少数のメイドと執事だけで事足ります』

「なるほど……わかりました」 

『申し訳ございません。来週にはまた新しい業務をお教えしますので』

「了解です! 楽しみにしてますよ!」


 別れのあいさつを交わした後、通話を切った。

 土日の予定が空いてしまった。狭山は顎にスマートフォンを当てテーブルを見る。

 札に暇という状況。


「……臨時収入ってことで」


 狭山は鹿島にメッセージを飛ばした。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします。

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