第39話「警告したつもりが口説かれた」
廊下に出た狭山は大きなため息をこぼした。
「まぁ気持ちはわかりますよ、狭山くん」
隣にいた鹿島は、項垂れている狭山の方に優しく手の平を置く。
「でもこれってチャンスじゃないですか? バイト経験を活かして見事な執事ムーブを見せつければいいんですよ」
「そんなもん見せつけてもキツいだけだっつうの」
「キツいとは」
再びため息をつきながら狭山は階段を下りる。
「クラスで目立たない男子生徒が。陰キャが。突然執事服着てドヤ顔ムーブ決めてみろ。気持ち悪いことこの上ないだろ」
「う~ん。自信満々でやればいいのでは?」
「顔がいい鹿島にはわからねぇっつうの。はぁ……だりいなぁ」
狭山が項垂れた。この後は文化祭の準備ということで、クラスの全員が残って作業を行うことになっている。
狭山たちが所属するクラスの出し物は、最終的に「執事メイド・ちょっとコスプレ喫茶」に決定した。どうせなら派手な格好もしたいというクラスの陽キャ連中の意見でコスプレが採用されたのだ。
教師からは「節度のある格好を心がけるように」という注意が一点だけ。そんなコミケで見かけるような過激なコスプレなどするわけがないだろう、と狭山は思った。その際、神白が”そういう”コスプレをしている姿を妄想してしまったことは、胸の内に秘めておこうと決意した。
「コスプレ衣装の採寸云々もするって言ってたなぁ……あと看板とか作ったりするとか。面倒くせぇなぁ」
「文句タラタラですね。みんなで一丸となって準備するんですから、楽しいですよ! きっと」
「友達がいない俺にとっては地獄なの。とりあえず先に採寸しに行くわ。だるいのはさっさと終わらせたいし」
「じゃあ俺は部活に行きます」
「は? ああ、空手部か」
「大会も近いですから、練習しないと」
「けっ。運動部している連中はサボれる大義名分があっていいよなぁ。りょーかい。ボッチで、一人寂しく行って来るわーい」
「そんな嫌味ったらしく言わないでくださいよ」
呆れた顔をする鹿島に対し、狭山は笑みを向けた。
☆☆☆
東校舎2階の渡り廊下に出ると突風が吹き、鹿島の髪を揺らした。それと共に野球部のランニングの掛け声が聞こえてくる。
廊下の真ん中辺りには、階下を見下ろしている寅丸がいた。肘をつき、ぶすっとした表情で何かを見つめている。
この位置から見えるものと言えば、体育館だ。この時間帯は文化祭の準備と複数ある部活動で活発になっている。
「大牙」
声をかけると、寅丸は鹿島を一瞥して再び視線を下に向けた。
「どうしたんですか? お腹でも痛いんですか?」
「馬鹿野郎。ちげぇよ」
「スカート短いから、足から冷えるのでは? ジャージのズボン履いた方が」
「だからちげぇっつってんだろ馬鹿が。お前は私の母ちゃんか」
本校舎と東校舎を繋ぐ渡り廊下には鹿島と寅丸のふたりしかいない。東校舎は実習室がほとんどであり、放課後の生徒達は既に移動を終えているからだ。それも3階の渡り廊下を普通は使う。東校舎の2階にはこれと言って特徴的な教室がない。つまりここはカップルがイチャついたり、隠れて友達同士で相談したりする時にはうってつけの穴場なのだ。
「とりあえず、こんなところに呼び出した理由を教えてください」
理由がなければ動けない。というより何をすればいいのかがわからない。
それを寅丸も理解したのか、鹿島を手招きする。近づいて見ると、「ほら」と言って、寅丸は顎をクイッと動かした。
「下、見てみ」
言われた通り視線を向けると、体育館の入り口前に2人の人影があった。
ひとりはサッカー部の聖だ。ジャージ姿でゼッケンを付けている彼は、床に座って目の前に立っている女子生徒を見上げている。ちょうど顔が見えるが、その表情は苦笑いを浮かべていた。
女子生徒は後ろ姿で頭頂部しか見えないため顔が見えなかったが、その茶髪と微かに見える気の強そうな腕組から西条であることを鹿島は見抜いた。
「嫌な組み合わせですね」
「それだけじゃねぇよ。ほら、出てくるぞ」
寅丸の視線が鋭くなると、体育館から新しい人物が姿を見せた。その人物を捉えた瞬間、鹿島は息を呑んだ。
オールバックの髪型をしているが、腰辺りまで黒髪が伸びている特徴的な髪型。半袖短パンのジャージ姿から外気に晒されている四肢は、ここからでも筋肉がしっかりと付いているのが見て取れる。爬虫類を思わせる顔つきと鋭い目元はまるで蛇のようだ。
一見V系のバンドマンのような容姿の男子生徒は歯を見せて聖と西条に話しかけていた。ここからでも彼のガチャ歯はよく見える。
「藤堂……」
寅丸と同じくらい悪名高い、藤堂蛮示を睨みつける。
「笑っちまうよな。あんな「俺は不良です!」って見た目してる奴がバドミントン部に所属してんだからよ」
「運動部の悪い連中とツルみたいだけで、部活に入っただけでしょう。まだ辞めてなかったのは意外でしたが」
「やっぱり汗水垂らしてるイケメンやら陽キャやら普通の生徒に女は寄ってくるのよ。女子をとっかえひっかえして部室で”遊んで”るらしい。証拠は証言くらいしかないけどな」
「証言?」
「あいつに遊ばれた女子が言ってた」
「……大牙は相変わらずお悩み相談箱しているんですね」
「中学時代から伝わる私の大役だからな、っておい。どうでもいいんだよそんなことは。重要なのはあの3人が話しているって事実だ」
チラと目を向けると、3人が何かを話していた。西条は身振り手振りを加えて何かを訴えており、藤堂はそれを見て大口をあけて笑っている。
「詳細はわからねぇが、噂だと西条と藤堂はいい感じの仲らしい。恋人かどうかはわからねぇけどな。ただそこに聖が入っている」
「修羅場じゃないですよね」
「違うな。共通点は、綾香だよ。藤堂自体は被害を受けてないだろうが、西条から相談されたとしたら」
「……なるほど」
先日のことを鹿島は思い出していた。確かにあの時、西条は敗北の苦渋を飲んだ。神白に対する怒りから藤堂に相談し、聖という被害者も交えて煽り、男手を使って復讐しようと考えているのではないか。
寅丸が真剣な眼差しで鹿島を見る。声に出さずとも、鹿島が理解していることに気付く。
「タケ。お前、綾香のこと守ってくれるか?」
「え?」
「藤堂がいる時点で穏便に済むかどうかわからん。というより、藤堂と聖を抜きにしても西条が何かしてくる可能性もある。そうなると腕っぷしに自信のあるお前が味方にいると心強い」
寅丸の警戒心は理解できる。文化祭といえば他校や一般人が来る行事だ。校外の人間をつかって神白に危害を加える可能性は充分にあり得る。
「構いませんよ。大牙の友人ですからね」
「ありがとよ」
「ですが、なぜ俺にだけ? 狭山くんにも教えてもよかったのでは」
「はぁ? あんなモヤシ男が何の役に立つんだよ」
肩をすくめて鼻で笑う寅丸に対し、鹿島は目を細める。
「んだよ」
「狭山くんは結構役に立つ男ですよ」
寅丸はその言葉から、鹿島が狭山のことを強く信頼しているということを感じた。どちらかというと、自信のようにも聞こえる。
寅丸は鼻白む。
「そうかい。なら狭山に伝えてもいいぜ。ただ、伝えるなら余計なことはするなって釘刺しておけ。変に騒がれて向こう側に口実を与えたくないしな」
「ええ、わかりました」
鹿島は踵を返す。
「ああ、そうだ、大牙」
「ん?」
「そっちも、何かあったらすぐ呼んでくださいね」
「ハッ。ピンチの時は助けてくれんの?」
「ええ。飛んでいきます」
鹿島は肩越しに寅丸を見る。
「俺は神白さんよりも、大牙の方が大切なので」
「……照れねぇぞ」
「それは残念。では」
「ん……部活、ガンバレ」
今度こそ振り返らず、鹿島は本校舎へ姿を消した。
一人残された寅丸は階下にいる3人が解散したのを見てからため息を吐いた。
「あいつカッコよすぎんだよぉ……」
情けなさを隠せないか細い声を出しながら、顔を真っ赤にした寅丸の顔が下を向いた。
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