第38話「好きな人のことを思うと馬鹿になるのが人間らしさ」
「みんな席に座ってるな。よし、今日のLHR (ロングホームルーム)始めるぞー」
クラス担任である男性の声が響き渡る。
「とりあえず今日の議題は文化祭の出し物に関する確認と準備に関してだ。文化祭実行委員は前に出てくれ」
締まりのない声が聞こえているクラスメイトの数は少ない。その証拠にそこかしこから雑談が聞こえてくる。文化祭実行委員の男女ペアが前に出てもその雑談は止まらなかった。
男子生徒が教卓に立つと野次が飛ぶ。それなりにクラスでは目立つ男だった。カーストで言うなら上の下、いや、中の上だろうか。対し女子の方は地味な見た目のせいか、自分から進んで書記を行い始めている。
「とりあえず静かにしてください! 今から2週間後にやる文化祭の注意事項と、出し物の確認を行うので!」
「真面目かよ!」
「真面目だよ!!」
そんな馬鹿話が鹿島の耳に飛び込んできた。
「全員話聞いてませんね、これ」
「文化祭なんてそんなもんだろ。適当に決めてくれればいいさ」
鹿島は横向きに座り、首から上を狭山の方に向ける。鹿島の席の後ろに座っている狭山は熱心にスマホをいじっていた。
「いい度胸してますよねぇ狭山くん」
「何が?」
「俺が教師だったらスマートフォンふんだくって窓から投げ捨ててますよ。そんな堂々といじられたら」
「大丈夫だって。バレやしねぇよ。何のための一番後ろの席だっつうの」
狭山の席の位置は窓際であり、黒板から一番遠い場所にある。つまり教室内の隅。教師の目が届きにくい。退屈な時は窓の外を眺めることもできるクラスメイト憧れの席である。
この席なら机の中でスマートフォンをいじっていても100パーセントバレない。おまけに前には鹿島がいる。教師が近づいてきたら咳払いで伝えてくれる手筈になってる。
今堂々と使用している理由は、LHR中であり、担任も興味なさげに何か本を呼んでいるため、誰も咎める者がいないからだ。
「そんなことよりファッションだよ」
「そんなことって」
「目先の文化祭より今後のファッションセンスを鍛えた方が、将来に繋がると思わないかい?」
「思いませんねぇ。協調性の無さを正当化するなんて最低ですよ、狭山くん」
「暖かい言葉ありがとう。なぁ帽子ってトレンドなのか?」
鹿島に見えるようスマートフォンの画面を見せる。
「狭山くん、これ「ちょい悪オヤジ用」のファッションです。30代にオススメってガッツリ書いてますよ」
「え? ……うわ、マジだ」
「オシャレの道は険しそうですね」
「な、うるせぇよ。見てろよ。俺は少ない努力と短期間でファッションリーダーになってやる」
「狭山くんのオシャレは間違ってますよ」
確かにいろいろとズレているかもしれないが、それでもオシャレになりたいのは本心だった。
狭山は画面に指を滑らせながらファッションサイトを開く。一般人が自分のファッションを公開できるwebサイトだ。ボトムズやパンツ、色や背丈など鼓膜設定ができるらしい。
「やっぱ黒かなぁ」
「黒?」
「ほら。シックで大人びていてカッコいい風に見えるだろ? それに体型もすらっとして見えるらしいし」
「良く言えば利便性に優れている。悪く言えば無難ですね。まぁ派手な色で冒険するよりはマシか。もう冬ですし、カーキとかもアリですね」
鹿島が提案したのと同時だった。パンパンと乾いた音が響いた。文化祭実行委員の男子生徒が手を叩いた音だ。いつの間にか黒板には長々と文字が書かれていた。
「というわけで、うちのクラスは喫茶店なんだけど、何か特殊なことしたい人がいるなら言って。これが最終確認だから」
「なに? 特殊なことって」
「例えばコスプレ喫茶やりたいとかだったら」
「衣装が無くない?」
「もう適当でいいよ。休憩所でよくね?」
何ともやる気がないクラスだった。狭山はどうでもいいと思って視線をスマートフォンに向けた。
「でもさ、神白さんがいるのにただの喫茶店ってもったいないよね。前も言ったけど」
女子の声が嫌に大きく聞こえた。狭山は手を止める。何か嫌な予感がしたからだ。
その時「あ」と実行委員が言った。
「そう言えば、衣装あるわ。去年の先輩かな? 使っていた執事服とメイド服が一応学校にあるっぽい」
「え、マジで」
狭山がバット顔を上げ目を見開いた。
待て。やめろ。その言葉は出なかった。
「だから執事・メイド喫茶ならできるけど……」
瞬間。狭山と鹿島を除く男子生徒の視線が神白に注がれた。数名鼻息が荒い。女子生徒も数人は神白を見ていた。注目を集めるのは当然だろう。彼女の一言で未来が変わるのだから。
だが誰も内心期待していない。神白なら冷ややかに「嫌だ」と発言するだろう。ただの喫茶店で終わりかと誰しもが思った。
その時、ふと神白の視線が狭山に向けられた。時間にすれば一瞬。だが狭山はその視線に気づいた。
その目元は、確かに楽しんでいた。
「楽しそう」
「だよねー。神白さんなら断るぅぇええええええ!!!?」
実行委員の変な絶叫が木霊した。それに続くように教室内にざわつきが広がる。
神白、まさかの乗り気。明日は富士山が噴火するのではという謎の文言がクラス中に駆けた。
教室内がざわつき、大騒ぎになっていく。神代綾香がメイド服を着るかもしれないとなれば、男子が喜ばないわけがない。というより氷柱姫などという二つ名を持っているのにまさか乗り気とは誰もが思わなかった。騒ぎになるのは当然だろう。
「おっとぉ……何かハッチャけてますね、神白さん」
「そ、そうだねぇ……」
歯切れの悪い返事をして狭山は視線を反らす。神白はメイドができるのかと思う。
同時に自分も執事服着なきゃじゃん、と気付き、狭山は額を机に叩きつけた。
正直言って。
神白のメイド服姿は、死ぬほど楽しみだ。
☆☆☆
一方神白は。
「狭山くんの執事姿が学校内でも見れる」
という楽しみしか、考えていなかった。
好きな人に関する己の欲望に対してIQが著しく低くなる、神白なのだった。
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